新入生歓迎会するんだってよ

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まだ昼休み入ってすぐの為、食堂の席はガラガラだ。だのに壁際のテーブルを選んでいた上野。小森が朝言っていた事を覚えていたのか否か分からないが、話をするのには丁度良い場所だった。

上野に席取りの礼を言ってから各自席に着き、それぞれ頼んだものを食べ始める。何はともあれ、折角全力疾走して手に入れたこの定食は温かいうちに食べなければならないという使命感が俺にはあった。話を聞くことよりも、だ。


既に冷めてぬるい味噌汁をかき混ぜ、最後の一口を飲んで完食。上野は食後のお茶タイム。まだ食べている小森と遠坂をチラ見してから手を合わせた。

いつもより3割増し美味しかったですご馳走様でした!

食事から15分程経ち、食堂が騒がしくなってきている。そろそろ全員完食か、と思い教室より少し声を張って小森に話し掛けた。

「それで?激おこだった原因は?」

聞いた途端、無くなっていた眉間のしわが復活。ただ、朝よりはだいぶ機嫌は回復しているようだった。八つ当たりに関する不安が解消された。よしよし、ラリアット回避。

箸を置いた小森はぶすーっとした表情のまま口を開いた。

「昨日、生徒会長様があの問題児と遭遇しただろ」
「凄かったね〜」

お茶を飲んでいた上野が頷く。
確かにあの騒ぎは凄かった。今日も朝から、昨日食堂でうんたらかんたらとチワワ達が騒いでたし。そういや、会長のこと激推しの筈の小森が昨日荒ぶってなかったのは何でだ?

「なぁ小森。そういやその事なんだけど、なんでそんな…あー…反応が落ち着いてんの?」だって、もっと教室の奴らみたいにブチ殺すってなっててもおかしくないだろ。
あん時だって相当悲痛な雰囲気醸し出してたし。

俺の言葉に溜め息を吐く。
話を遮って悪かったって。


「……確かに神の美貌たる会長様の身体を蹴り飛ばした罪は万死に値することだけど…」ノンブレス。

「それを守ることが出来なかった僕達親衛隊にも責任があるから、一方的にアレを責めるわけにはいかない……それ相当の罰も受けさせたいが、会長様がそれを望んでいないそうだ」


話の導入には目が虚ろになりかけたが、随分と冷静に物差しを測れんだなと驚く。内心腑煮え繰り返るくらい怒ってたのかと思ったのに。


それと、と続ける。


「アレに蹴り飛ばされた後、相撲部所属の親衛隊が受け止めてくれていたから、幸いお腹に軽い痣だけで済んだそうだ。だからあの件に関して、一親衛隊の僕は特に何も言えないね。」
接吻に関しては今更だし。
そう最後に付け加えてお茶を飲んだ。


意外や意外。接吻に関してはもう立ち直れたのか。今思えばあの混乱ぶりは中々のネタだぜ。
に、しても……な、

「本音は?」
「顔が無事だからまだ許せる。」

素晴らしく揺るぎない。


「じゃあ小森くんが朝怒ってたのは何が原因なの?」

遠坂に、それな。そう返した瞬間机がバン!!!!とけたたましい音を立て、その後、食器の着地した高い音が続いた。


おいおい周りの巨体達がビビってんぞ、やめてやれよ小森。
俺?勿論怯えてる。


さっきの落ち着きはなんとやら、朝のお怒り小森様の襲来です。顔を俯かせ、お盆の両端に置いた両手は白くなるほど強く握っていた。
噴火までのスピード速くね?マントルから火口までゼロ距離かよ。


どうやらラリアットを覚悟してたほうがいいかもしれんな。
そう思いながらも上野に希望を託してアイコンタクトを送った。最後の望みはお前だ。怒りを鎮めてくれ。


俺の必死のアイコンタクトに気付いてくれた上野が1度強く頷いた。流石だ。


「その怒り、柴が受け止めてくれるってさ!」
「なんでだよちげぇよグゥッッッッッ!!!!!!」


間。




軽く咳き込み、発声してみる。問題なし。
もう声が出なくなるかと思ったプロレスこわい。姉さんを見習ってくれ。ハッ…もしかして手加減してくれてたのか…?!
優しさに今気づく俺であった。


身構える隙もなかったし躊躇もなかった。えっ、って驚いた顔して介抱してくれたが許さねえからな…上野…………!
小森はスッキリした顔をしている。あれで発散できなかったら俺が体張った意味無いからな。


...............俺なんで体張ったの......?


「こほっ、で?なんで怒ってた?」
俺も小森も諸々収まった為、咳を漏らしながら改めて聞く。これ以上引き延ばすと聞く気が失せる。


あぁ……と話し始めた小森。
所々怒りの再発もあった為要約すると、

実は昨日の夜も食堂で問題児が問題を起こした。
今度は副会長様だった。
大人数の前でハグされた黒い毛玉。
麗しき顔にビンタ。
口の端が切れた。
小森ガチギレ。
以上。


うん。…うん、確かにガチギレの気持ち、少し分かる。副会長さんだもんな……。


実は俺もあの顔嫌いじゃない。と、いうよりはむしろ好き寄り。
確か英国生まれだったか?
ヨーロッパ系の中性的で綺麗な顔立ちで、肩まである髪もまつ毛も綺麗なブロンド。

しかも他の役員と違い、いつも柔和な笑みを浮かべている。女神のような見た目の、まるで2次元キャラ。
例えるなら…"あそびあそばせ"のオリヴィア、を大人にしたような顔。
俺にとってはおっぱい付けたら完璧だ。ハグしただけという小森の話を鵜呑みにするとになるが、ただの一般生徒の俺でさえ軽く不快になるのに、親衛隊がキレない訳がない。

ラリアットについては寛大な心で不問に付すことにしよう。


そうこう話していると予鈴が鳴り、休み時間が終わる時間が迫っていたことに気が付いた。もうそんな時間かと慌てて俺達は教室に戻ることにした。




5限目はHR。いつも通り10分程遅刻してきた担任に体育会系の奴らが野次を飛ばす。それに対抗するチワワ達。

いつもの流れだ。これであと5分は潰れるな。いいぞもっとやれ。そう思いながら、恐らくこの授業のメインになるであろう、新入生歓迎会について考える事にした。


去年は自分が歓迎される立場だったけど、今年は歓迎する側。そう思うと、なんか感慨深いもんだ。あの頃は毎日驚いてばかりだったな……。1年はあっという間だった。


「はーい、じゃ〜授業を始めまーす。心の中で起立、礼」
思い出しているうちに茶番は終わったようだ。


「え〜…..早速ですが、昨日言った新入生歓迎会、内容はまだこっちも知らされて無いが....開催日が決まった。えーっと?あー、再来週の月曜でーす」


頭の片隅にでも覚えておくように。そう言われチワワ達は揃って「はーい」と合唱。


良いお返事で。


案の定、昨日言っていたように新入生歓迎会についての話を、茶番を終えた担任が初っ端から話し始めた。プリントを大雑把に分け、各最前列の机に置いていきながら書いてある内容を丸読みしている。前の席の小森からプリントを受け取り礼を言う。10枚ほど余ったから、明らかに足りてなさそうな左隣の列の人に渡す。


俺は先生の声をシャットダウンし、プリントを黙々と読むことにした。

…生徒会通信と一番上に書かれた紙にはいつも通り彩り豊かに文字とイラストが挿入されていた。が、歓迎会の内容は確かに書かれておらず、”お楽しみに!!!!!”と随分大きくカラフルに誇張されていたのが嫌でも目に入った。
子供か。


かわい〜、と言っているチワワ達の会話に頷きかけている自分がいたことはなかったことにしたい。
持ち物や集合時間を確認していると遠坂から声を掛けられた。


「ねぇ、新入生歓迎会って例えば何をするの?上級生との交流会の様なもの?」
近からず遠からず?

「あー、まあそんなもん。学年関係なく交流できる遊びをして、その後体育館で立食パーティーってのが恒例らしい」


流石にまだ不思議そうにしていたので去年の“遊び”を話す事にした。


去年とはいえ、昨日の事のようにはっきりと思い出せる。入学してたった1ヶ月程で訳の分からない行事に強制参加させられ、ましてや洗礼に合う身の方だったんだ。忘れられるわけがない。


去年は…皆さんご存知、鬼ごっこ。ガキの頃によく遊んでいた有名な遊び。少し浮世離れしているように見える遠坂でも、流石に知っているようだった。


だが此処は天下の金望高校。グレードが違う。


ルールに付け加え、2年3年が“鬼”、新入生である1年が“子”、その両方に種類の違うGPS付きのバングルを渡し、鬼と子が近づくとバングルから音が鳴るようにしていた。

その為、態々それぞれの立場で景品も付けた。鬼側で多く子を捕まえた人と、最後まで逃げ切った子は......何か豪華なもんだった。多分。俺の興味が惹かれなかったもんだから、特に遠坂も気にならないもんだとは思う。
後は食堂割引券とか、食堂割引券とか...食堂割引券....。
今年もあるなら狙おう。


ま、遊びについてはざっくり話せばそんなもんだった。


立食パーティーに関しては、“立食パーティー〜金持ち版〜"と言えば分かってくれた。
表現力が乏しくて申し訳なかったが、遠坂は理解力レベチなので助かりました。


「へぇ。遊びも気になるけど、景品も気になるねぇ」
「食堂割引券あったら協力頼んます!!」
ガチのトーンで頼む。いや、わりと遠坂体力やべえし、今年も校舎使った遊びならいけんじゃね.......?とか、思ったり。


これは期待するだろ....!!
な、なんか一気に楽しみになってきた...!


そんな俺を見て微笑みの天使は快諾してくれた。最高。

「別に僕に協力できる事だったら全然いいよ。今年の内容によると思うけど。」
神は彼のことだ。


「えっじゃあおれも〜!」

上野もか〜〜!
こっちに体を向けていた上野は、やはりしっかりと話を聞いていたようで急に参加してきた。
お前は、それ、ズルくね?とは思ったが、やっぱ公平に勝負だな。
そう。
じゃんけんでな!!!


「遠坂が欲しければ公平に俺とじゃんけんだ!」
「その表現僕どうかと「まかせろ!」思うなぁ...。」


よし!!

「「さーいしょはグー!じゃんけん、」」
遠坂の声なんて耳に入らない。この時、俺は今までで一番気合いが入っていただろう。


上野と同時に引いた手の、反対の手を素早く



上野のボディーにブローした。


「グフッッ?!!」
完璧だ。


「え???」
レアな遠坂の唖然とした驚き顔を尻目に、俺は勝利を勝ち取った。


腹を、正確に言うと鳩尾辺りを手で押さえている上野は両手を"パー"にしていて、俺はじゃんけんした方の手を"チョキ"にしていた。


「っふ.....悪いな上野。勝負は勝負、俺の勝ちだ」
クラスメイトに負けず劣らず立って騒いでいた為地味に周りに見られていて、最低だ...、と言う声が聞こえる。
はっはっはいやはや聞こえんな。食堂割引券のことを考えれば塵のような声だ。俺はいそいそと席に着いた。あと何気に手が痛い。腹筋硬すぎるだろ。柔らかくしてくれ俺のために。


復活した上野も席に戻り、俺を悔しそうに見やった。


「やるな、柴。まさか負けるとは.....」
「受け入れるんだね....上野君...」


ツッコミに回ってくれてありがとう遠坂。




それからさっきからドン引いた視線が痛いです小森くん。





「うーん、今年おれに有利なヤツだったらいいな〜。バスケとか」
「楽しくなりそう、かな.......?」
「た、楽しみだな!!!」
「(ドン引き)」
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