推察



小森がポンポンを振り始めたことにより、上野の出番が来たことが分かってテントから前に出る。
校庭を見ると、上野がコーナーの立ち位置からこっちのテントに向かって手を振っていた。
余裕かよ。

委員長から渡されたポンポンを上野に振っていると、片耳のアニソンが止まった。

『報告。始まったヨ。』

抑えるような真剣な声に手が止まったが、すぐにまたポンポンを上下に振る。
ただ、視線は上野から離れ、先程教えてもらった鯨岡の方へ移った。
居る。

『南部くんの所在が不明になったヨ。少し前に報告したZクラスと親衛隊の騒ぎが大きくなって、重視していなかった南部くんから風紀が離れた隙に拉致られたとみてる』
南部さん…。
自然と眉に力が入る。

『本命が南部くんであったのかは不明。現在ハッキングしてる風紀の監視カメラで捜索中。対処にあたるのはボクら写真部と、風紀の数名だヨ。狼谷くんとうーたんはまだ待機。ただ、場合によっては狼谷くんはすぐに動けるようによろしくネ！うーたんも不審な動きを見たら報告よろしくネ！それじゃ！』

端的で口早な報告が終わり、再び流れるアニソン。

不審に思われない程度に少し後ろに下がり、ゆっくりと周囲を見回す。怪しい動きの生徒は見当たらなかった。
その場で再度鯨岡の方を見る。時折クラスメイトと談笑しながらリレーを観戦していて先程と変わらない様子だった。
全く何も知らないような、そんな姿にふと疑問を抱いた。

本当に、あの人が主犯で合ってるのか？

だが、さっきの報告で、本命が南部さんである可能性から浮かんだ考えはすぐに消えた。

鯨岡が何気なく下を向いた。
その瞬間、伏目で地面を見る瞳はゾッとするほど冷たく、口元が憎々しげに大きく歪む。
ただ、それは一瞬で、瞬きをしたらさっき見た姿は幻覚であったかの様に穏やかな表情に変わっていた。
その後、テントにいる生徒から声をかけられたらしくすぐに後ろを振り向き、その表情は見えなくなった。

主犯はあの人で間違いない。
確信してそのまま後ろに下がる。こっちを見る遠坂に、トイレ行ってくる、と告げポンポンを渡してそのままテントを出る。
手を口元に持っていき、主犯に動きがない報告で覚えた引っ掛かりについて歩きながら考えをまとめていく。

あの様子からみて鯨岡が主犯だっていう加賀屋先輩の調べは確かだと思う。
それに、鯨岡が携帯を気にする素振りすらなかったのは、南部さんがターゲットになっていたことも計画の内ってことだろう。
きっと加賀屋先輩も主犯である鯨岡を張っているだろうからこの点は分かっているはず。
でも、と、先程見た鯨岡の一瞬の表情を思い返す。

計画がスムーズに進んでいるならなんであんな苦い表情を。

校舎に入り、廊下を進む。向かっている先は、遠坂に伝えた様にトイレだ。

ただ…これまでの動きから、鯨岡が何もアクションを起こす様子はない。そこが引っ掛かってる。
俺達は、主犯の鯨岡の様子からメインターゲットであろう毛玉に手を出すタイミングを見ていた。

けど、もし、今日鯨岡が何もアクションを起こすことがないようにしているとしたら…？
それに、夏目副委員長によって話が筒抜けだとすると、鯨岡が主犯だと知っていることがバレてる。
マークされてることを知ってるなら動きを見せるとは思えない。
むしろ鯨岡の動きはダミーであると考えた方がいい気がする。

目的地に着き、トイレのドアを押して中に入る。スリッパを履きながら中を伺うもタイミングが良かったのか誰もいなかった。校庭から1番近いトイレだったため、窓から体育祭の音がよく聞こえる。
スリッパを履いてそのまま窓の方に向かう。
音が聞こえるとはいえ、騒がしさはマシで、思考に集中する。
窓枠に手を着き、これまでの考えをまとめ、思い付いたことを小さく口に出した。



「つまり…計画はいつでも実行可能で、主犯にとって1番都合がいいのは、アリバイが確実にあるタイミングで事を起こす…か…？」
『やぁーっぱり、うーたんもそう思う？』