土器土器体育祭

柴の決意



このままで居ても現状は変わらないし、何より上野が帰ってきたらアイス溶けるな。

頭にもう1人の人がいる様に冷静に考えたが、立つ気にはなれなかった。

下を見ていると、上からの階段から影が見えた。

誰と認識する前に"答え"が静かに声を出した。

「うーたん」

俺をそう呼ぶのは1人だけだ。

加賀屋先輩。

いつの間に来たのか、いつから居たのか。
少し驚いたけど、今の俺にはそれだけで、顔を上げることなく影をぼんやりと見たままだった。

「うーたんはうーたんだよ」
「っ!」

どうして。
穏やかに続く声に、今度こそ驚いて目を見開いた。
足音も無く影が近付いて来るのが見える。

けど、何というか。まあこの人なら知っていてもおかしくないか。
納得してしまい、口を歪めた。

「…そうですね」
地面に落ちた声はすぐに消えた。

姉ちゃんにも言われた。
その通りだ。
誰かと誰かを比べるなんて不毛だ。

それでも。

…その言葉が俺の心を軽くすることはない。

影は上履きに変わり、俺の隣に。

「お姉さんのことは知らないけど、うーたんにはうーたんの魅力があること、見てれば分かるヨ」
魅力って。
そりゃ、ストーカーしてるくらいだしそう思うんだろうな。可笑しくて顔が緩む。

「キミは強いよ」
はっきりと言い切る声に自然と目を上に向けた。

窓からの光で時折光る埃の視界。手を後ろに回して壁に背を預け、こちらを見下ろす表情は穏やかだった。

「ボクは全部知ってる。キミの強さを。…これはボクだけじゃないケド」
「…加賀屋先輩」
加賀屋先輩が預けていた体を起こし、向き直る。

「キミは、守られるだけじゃない。守る強さも、報復する力も持ってる」
「……そんな、こと」
「現にキミのお陰で犯罪者が学校から追放されたよ」
犯罪者?
「"新入生歓迎会"」
「まっ、えっ?!」
ぶち込んできた単語に、驚きのあまり立ちあがろうとして前に崩れた。

膝をついたまま、そろりと顔を上に向けると、口元をにんまりとさせた顔が。

「言ったでしょ〜?ぜ〜んぶ、ボクは知ってるから!」
「……見てたわけ?」
首を横に振って髪がふわふわと揺れる。
「残念だけど、見れてないんだよネこれが……。見てたらうーたんに触れる前にアレやコレやぶった切ってたのに…。」
そうすか…。

肩を落とすのを見て呆れる。
居なくて良かったような…そうでもないような…。

だからね。と続ける口元。
「直接的な強さは無くても、キミにはキミの強さがある。だからその"強さ"を今回、ボクや風紀に貸してくれないかな?」
言いたいことを察する。
「…計画、分かったのか?」
すっかり忘れかけていた風紀室での一幕。
しっかりと探っていたらしい。

「明日次第だけど、何となくはネ。ターゲットは、キミ達の言う"毛玉"くんだよ」
腕を組み、人差し指を顎に数回触れる加賀屋先輩。

ターゲットに、だよな、と納得する。
相変わらず敵が多いな、アレは。

でも。
「…別に俺じゃなくても、風紀で充分でしょ」

やっぱり、俺が関わる必要は無いと思った。

「これはキミにとっても朗報なんだよ」
「朗報…?」
「計画を企ててるのは、新入生歓迎会の時と、」
「……、」
「キミや、2年主席くんと南部くんを退学にさせようとした人物、ダヨ」

確信している加賀屋先輩の言葉に動揺する。
あの一件を、考えた人物。

つまり、権現寺先生を使って俺達を学園から排除しようとした。
それも、新入生歓迎会からということは、生徒会の親衛隊絡み。

そして……なによりも、

俺が邪魔をしたということがバレている。

「漆身呑炭になるかもしれない…ケド、一矢報いたくない?」
「一矢報いる…。」
呟く俺に手を差し伸べてきた。

真っ直ぐに伸びた腕を見つめる。

俺は、姉ちゃんみたいに真っ直ぐにぶつかる強さはない。
惶みたいに認められるような力もない。
小森みたいに親衛隊をまとめる力もない。

ただ、俺にあるのは反骨心と、意地が悪い執念。

目前に置いてある手に、手を伸ばす。
しっかりと握り、楽しそうな笑みを浮かべる加賀屋先輩を見据えた。


鮎に比べられて思い出したことがある。

「加賀屋先輩。…俺ん家に、家訓が1個だけある」
「うん」
「"舐められたままで終わるな"」

握った手を強く引いて加賀屋先輩の前に立ち上がった。

「そうこなくちゃ!」
加賀屋先輩が楽しそうに目を細めて笑った。

やってやろうじゃねえか。
何度でも邪魔してやる。
善良な一般人を巻き込んだこと、後悔させてやるからな。



「ところでぇ、……うーたん家ってヤンキー一家なの?」
「えっいや、違うけど?!」
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