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――昨夜から降る雨はまだ止まない。


 上級生の、特に五年の終わりあたりから難易度の高い『忍務』が課せられるようになった。
 その内容は今までの授業や課題など比にならず、人を殺めなければならないことも度々ある。それは、自分が命を落とす危険も孕んでいた。
 学年が上がるにつれ『脱落』するものも出てくるが、この時期が最も多いのはそれ故なのだろう。

人を殺めることそのものは忍務だと割り切れるようにはなった。だが、その度にもう後戻りなど出来ないと再認識させられた。


(後戻りも何も、こんな私が一体何処に帰れるという)


 この行為に対する嫌悪感と迷いはいつまで経っても拭えそうにない。
 それがいいことなのかそうではないのか――答えを出すのはもう止めた。

 陽が上る時刻はとうに過ぎているが、未だ止まぬ雨の厚い雲が遮ってまだ暗い。
 打ち続く雨は酷く冷たく、まるで槍が降るかのようだ。だが、それが今の私にはちょうどいい。


(…いや、感傷に浸るのはもう止めよう)


 雨によって、体温ばかりか思考までも奪われていくのが分かる。これ以上考えたところで何も意味をなさないだろう。
 とにかく今は、誰かに出くわす前に早く長屋の自室に戻ろう。そう思った。



「長次?」

 ふいに名を呼ばれた。かわたれ時の薄闇であっても誰か確認するまでもない。安堵するその愛しい声色を聞き間違えるはずもなかった。

「…伊作」

 …よりによって一番会いたくない人物に出くわしてしまった。
 今、私はどんな表情でいるのだろうか。元より自覚しているいつもの無表情から、きっと何ら変わりないのだろう。だが、伊作は僅かな表情、そして感情の変化に敏感だ。例えこの薄闇であってもおそらく見透かされるだろう。


(こんな姿を見せたくないなど、)

(何と傲慢なのだろうか)


 きっと雨が血の匂いを流してくれているはずだから、それだけは幸いだった。



「おいで」

 私よりも小柄な背格好の彼が、両手を大きく広げて言った。
 それから、自分が濡れてしまうことも構わず、ぎゅっと強くそれでも優しく抱き締められた。


(あたたかい。)


 冷えきった身体に感じるこの温もりは確かにここに在る。
 それは雨に奪われた体温を引き戻してくれるようだった。

「おかえり」

 心地好いその声色は、全てを許してくれるように思わせる。それは私の我儘にすぎないのだが、もう身を委ねてしまおうか。
 ただいま、そう言う風に口は動いたが、おそらく音にならなかっただろう。



――気付けば雨も降り止んでいた。


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