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今日はChiruruと『デート』だ。こうして二人で出掛けるのは、ようやく片手の指の数を越したところ。
……正直言うと、まだ付き合っていない。というかきちんと告白出来ていない。『あの日』の『アレ』は最早プロポーズだったが、あれはノーカウントだ。物事には順序というものがある。彼女にはちゃんと誠実に向き合いたいのだ。
勿論あれは嘘じゃない。確かに勢いで言ってしまったところはあるが、そのおかげで私の彼女に対する気持ちに気付けた。だから今はそういう意図を持って彼女を誘っているし、彼女からも好意的に想われていることは感じているので『デート』と称させてもらう。

待ち合わせ場所は駅前広場。彼女に会えると思うと、つい気持ちが浮ついて、約束の時間より少々早く着いてしまった。休日の駅前ということもあってか、行き交う人達や同じように待ち合わせをする人達で混雑している。この人混みの中を待たせるより待っている方がずっといい。人の流れをぼんやり眺めながら彼女を待った。
それから少ししないうちに、灰色のゴスロリ服の少女が視界に入った。Chiruruだ。スマホ片手にキョロキョロと辺りを見回す彼女に声をかけた。

「Chiruru!」
「Tomomin!?遅れてごめんなさい」

声に気付いてこちらに駆けてくる。ちょっと驚いた表情なのはきっと私が先に着いて待っていたからだろう。

「全然!私が早く着きすぎちゃっただけだよ。やっぱり駅前は混んでるね」

しれっとそんな風に言ったがこの場所を待ち合わせに指定したのは私だ。彼女も私も人混みはあまり得意ではないから、本当は違う場所がいいのだけれど。それでも今回は敢えて此処にした。その理由は――

「はぐれないように手繋ごっか」
「ふぇっ!?」

そう、手を繋ぎたいからである。だって、こうした理由があった方が自然に…そう、自然に提案できるではないか。
この提案にChiruruは目を真ん丸くして大袈裟なくらい驚いた。わたわたと戸惑う彼女の反応が可愛い。
……やっぱりちょっと強引だった?一瞬不安が過ったが、もう引き下がるつもりはない。だってこれは本心だもの。

「……あ、ありがと」

私が差し出した手を彼女は戸惑いながらも控えめに取ってくれた。良かった、嬉しい。これだけで舞い上がりそうだ。……あぁ、なんて白くて小さい手。思っていたより柔らかくて、潰してしまいそう。そんな感情が一気に脳内を騒がしく駆け巡っていく。落ち着け、とにかく潰してしまわないようにそっと優しく握る。触れたところからじんわり彼女の体温、それから少し震えているのを感じた。

「……もしかして、嫌…だった?」 

恐る恐る問いかける。引き下がるつもりはないけど、彼女の嫌がることはしたくない。

「ぅえ?ち、違うぞ!これはっ……むむ武者震いじゃぁ!」

どうやらこの震えは緊張と照れの現れのようだ。あぁ良かったと安堵しながら、武者震いなんて言い回しについ笑ってしまった。

「ふふ、手を繋いだだけなのに?」
「だ、だって!だって……男の人と手繋ぐの、は、初めてなんだもん……」

彼女は顔を真っ赤にしながら、Tomominは慣れてるんだろうけど、と消え入りそうな言葉を溢して俯いてしまった。しまった!と思うのと同時に脳内を電気信号が駆け巡って、先程の彼女の言葉を復唱した。

(男の人と手繋ぐの、は、初めてなんだもん)

(初めてなんだもん)

……。

…………。

……待って。

ちょっと待って?

か わ い い。


……いけない、そんな風に思ったら彼女に失礼だ。でも『初めて』なんだって。それにその反応、可愛すぎない?破壊力がエグい。これはまずい、顔がニヤけるのを抑えるのに必死だ。いや、それよりも彼女の憂いを払わなければ。

「ごめんね、からかったつもりは無いんだ」
「……分かっておる」

どうにかこうにか表情を繕って彼女に謝った。彼女はまだ俯いたままだが、返してくれた言葉と繋いだままでいてくれている手から察するに、機嫌を損ねた訳でも嫌がられている訳でもなさそうだ。

「実を言うと私も緊張してて」
「……え……Tomominも…?」

伺うように少し疑うように目線だけこちらに向けてきているのが分かる。

「私だって〝好きな人〟と手を繋ぐのは初めてだから」
「すっ!?え、えぇっ??」

彼女は弾けるように俯いた顔を上げこちらを見つめた。普段厚い前髪に隠れがちな黒水晶の瞳は今、私を――私だけを映している。思わず握った手に力がこもった。

「お互いに〝初めて〟ならお揃いだね、嬉しいな」
「〜っ!?……っもぅ!早く行こっ!!」

彼女は一瞬私の手を振り解こうとしたが、思ったより力が強かったらしい。振り解くのを諦め、代わりにきゅっと握り返す。それから私の手を引いて歩みを早めた。彼女の歩幅で一歩半くらい前を行くから表情はあまり見えないが、繋いだ手の体温がまた少し上がったような気がする。きっとまた顔を真っ赤にしているのだろう。秋津の四季みたいに豊かに移り変わるその表情は、あまりにも愛おしくて愛しい。繋いだ手を、そのまま引き寄せ抱き締めたいくらいだが――それはまた次の目標にしよう。

まだ手を繋いだだけ。それでも私にとって――私達にとっては大きく一歩前進だ。

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