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 昼間ジリジリと陸を焦がした熱は、日が落ち月が登った夜まで残り、宵闇の中今度は空気を蒸した。陸から海へ還っていく風が若い衆が拵えたらしい風鈴を揺らすが全く意味をなさなかった。


ーーー今夜は温い夜だ。


 これだけ蒸し暑いと寝付きも悪い。一度飲んだ酔いも呆気なく醒めてしまった。眠気を煽るために一杯やろうか、と思ったが、いつもの飲み相手である幼馴染みの陸酔い野郎は生憎二日ほど前に上乗りに出ていて不在だ。かと言って、しんと寝静まり返ったこの時分に弟分たちを起こしてやる気にはならなかった。
 仕方ない、手酌で我慢しよう。静寂に一人酒を注ぐ音が虚しく響くのを思い浮かべて苦笑する。
 すると、締め切った障子の向こう側に気配を感じた。それからすぐにその気配が「兄ぃ」と控えめに口を開いた。珍しい来客だ。
 入れよ、そう声をかければ、これまた控えめに障子が開いた。

「何だよ、お前から来るなんて珍しいじゃねぇの」

 開いた障子の先には寝間着姿の舳丸が立っていた。普段乱雑に束ねている朱の髪を下ろしている。

「すいません、目が冴えてしまって」

 迷惑でしたか?と聞きながら、トンと静かな音を立て障子を閉めた。
 迷惑かなんて余所余所しい。ガキんときからの付き合いだ、今更気にすることでもない。だが、そう言いつつも既に部屋に入り俺の横に腰を下ろした。これが何というかコイツらしい。

「丁度いい、一杯付き合え」

 そう言って猪口を手渡した。元々そのつもりだったんだろ、と言えば、さすがですねと猪口を受け取りながら眉尻を下げた。


 温い酒はさほど旨くないが、この蒸し暑さの中酔いを誘うにはこれくらいでいいだろう。


 それからお互いにお酌をし合いながら、所謂他愛ない話というやつをした。普段口数の少ない舳丸も、酒が入っているからか、それとも気を許されているのか、いつもより喋るし笑った。

 滅多に見れないコイツのそんな姿が拝めたのだから、温い夜も悪くないかもしれない。

 ……とはいえ、相も変わらず蒸される暑さは続く。


「暑いですね」

 舳丸はそう言って、自分の後ろ髪をかき上げた。髪に隠れていた首筋には暑くて堪らないと言わんばかりに汗が伝い流れ、かき上げきれなかった後れ毛が離すまいと肌に貼り付いていた。
 灯りがチラチラ揺れながら汗で濡れた箇所を照らす。灯りの色も相まって何とも言い難い艶を見せた。

 思わず喉が鳴る。

 その音に気付いたのか、目線だけ動かして、にやり、口角を上げた。
 これは、してやられた。


「…はっ………上等、」


 考えるより先に身体が動いた。思った以上に酔いが回っていたらしい。床に広がった朱の髪を目にした時、舳丸を押し倒したことに気が付いた。

「あにぃ」

 危うい呂律と無意識に潤んだ瞳が俺を見つめた。煽りやがって。たまらず唇に喰らい付いた。

「…んっ……ふ、」

 僅かに開いたそこに舌を差し込みこじ開けてやれば、向こうの方から絡ませてきた。遠慮なく貪りついてやれば、甘い吐息が漏れた。舌も唾液も息も、何もかも奪い合い、混ざり合う。
 ようやく喰らった唇を解放すれば、どちらともつかない唾液が名残惜しそうに糸を引いて零れた。

 酒気に火照った身体と口吸いで乱れた息は、お互い様。ただその熱さが温く緩く、手離しがたいのだ。あまりの暑さに頭がやられたのかもしれない。
 そう頭の片隅で思いながら、舳丸の胸元へ手を滑らせた。


ーーーあぁ、なんてぬるい夜だ。

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