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 夕方から降り出した雨は、時折ザァザァと激しく音を立て降り続いている。空が帳を落とした後もその勢いは衰えず、止む気配はない。気象予報では今夜中降り続くなんて言っていた。この辺りは大丈夫そうだけど、南の方では注意報が警報に変わったらしい。
 
 こんな日は彼が気がかりだった。
 
 長く雨が降り続いている時の彼は、何処か浮足立っていた。度々窓の方を見たり、耳をそばたて雨音を聞いている。そこにいつもの涼やかで聡明な表情はなく、淀んだ水に鈍色の空を映しているようだった。このままじゃいつか沈んでしまう――そう思った。
「知美さん」
 早く引き上げなくちゃ、とまだ呼び慣れない彼の名前を呼ぶ。言葉と同時に伸ばした手で掴んだ彼の手を取る。その手は驚くくらい乾いていて冷たかった。
「……姫子ちゃん?」
 どうしたの。なんて言葉を彼はいつものように口にした。さっきまであんなに消えてしまいそうだったのに。其処にあるのは、私の心を溶かしてくれる優しい魔法みたいな声色と笑顔だった。いつも通りの彼の仕草、でもその笑顔は何処となく引き攣っていて無理に繕おうとしているのが分かった。胸の奥がキュッと締め付けられる。
 
(そうじゃないよ、なんで、どうして)
 
 思わず彼を抱き締めた。中性的な見た目に反してしっかりと堅い身体は、室内に居ると言うのに、やっぱり冷えていた。
 
 貴方がどうして雨の日を憂うのか。その理由を私は知らない。まだ聞けないでいる。でもきっと、いつか零していた『喪った家族』に繋がるのだろうという確信はあった。
 
 だからこそ。
 
 お願い、どうか繕わないで。抱え込まないで。どうか『それ』を分かち合わせて欲しい。私じゃ分かち合えないのだろうか? それならせめて、寄り添いたい。
 私にとって貴方はよすが。いつだって心の一番近いところに居て、背中を押し支えてくれた。
 貴方がそうしてくれたように、私も貴方の力になりたい。
 
 ――そう伝えたいのに、この想いは喉を越えれない。どうしても言葉にならなくてもどかしい。そのもどかしさに視界が潤んでいく。私が泣いてどうするんだ、でも情けなくて、悲しくて、涙が零れていった。
「……姫子ちゃんはあたたかいな」
 そっと抱き締め返してきた彼の声色は、やっぱりいつもみたいに優しくて――でもほんの少しだけ震えていた。
 
 雨は変わらず降り続いている。
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