SAO-1/10000-
ステイアライブ
言われていた通り、その階層のボスは比較的倒しやすいものだった。
ルーズたちは攻略メンバーの中では最低のレベルだったが、攻撃でも防御でもそれなりに役に立っていた。勿論、攻略に慣れた者たちが立ててくれた作戦のおかげである。
ボスが消え去ったその場は、一瞬の静寂ののち、ほうっという安堵の溜め息に包まれた。
そして沸き起こる歓声と拍手。
「おめでとう。」「おめでとう。」
口々に言い、中の一人が祝賀会をやろうと提案すると、別のところから「俺、いい店知ってるぞ。」と声が上がった。
「階層攻略の情報が出る度に『攻略祝い半額サービス』やってるんだ。まだ料理スキルはマスタークラスじゃないらしいけど、中々旨いぜ?」
あ、とルーズは明るい顔をそちらに向けた。
「もしかして…。」
「ん?あんたも知ってんのか。Kate’s kitchenって店だ。」
「ああ、ケイトは友人だ。ちょくちょく食べに行ってる。半額んときゃ混んでて乗り遅れると入れないけどな。」
「じゃあ、攻略組で占拠しちまおうぜ。頑張ってる俺たちが享受できなくってどうすんだって話だろ?」
半額につられたのか、皆賛成モードですぐに祝賀会が決まった。
「おめでとうございますっ!!」
ケイトはこれ以上ないというくらいの笑顔で攻略メンバーを迎え入れた。
「攻略組の方に来ていただけるなんて、夢のようです!あ!今回は、攻略に参加された方のみ、無料で提供いたします!!」
マジか、という声に彼女がYesの返事をすると、ボス戦直後よりも大きな歓声が沸いた。
「お、おい。大丈夫なのか?」
心配して小声で尋ねるルーズに、問題ないとケイトは返した。
「いつもルーズさんがタダで食材提供してくれてるから、随分助かってるんです。それに、実を言うと他にも無料提供してくれてる友達もいるんですよ。ちょうどお客が切れたとこだったし、今日は貸し切りにしちゃいます。」
そう言って彼女は店舗メニューを操作して、貸し切りの表示を入り口に出した。
皆思い思いに席に座って注文を済ませる。ざわつく中で周りに促されて、アスナが挨拶に立った。
「え…えーっと、今日は皆さんご苦労様でした。流れでこういうことになりましたが、たまにはいいわよね。おすすめのお店だという話だし、皆さんたっぷり堪能しましょう。」
パチパチと拍手。ついでNPC店員が全員に飲み物を配ると乾杯の声が上がった。
店員の人数が多いのは、ケイトが臨時で増やしているのだろう。サービスです、と注文したものができるまでのつまみに小皿料理が配られ、それを食べながら皆そこここで会話が始まった。
ルーズたちは今回初参加だったから、知り合いが少ない。特に話しかけてくる人物もおらず、いつものように4人で喋っていると、キリトがすぐそばの席に座りなおした。
「ありがとうな、参加してくれて。なんか、思いのほか面目を保てたっていうか…。」
そう言った後ろからアスナが被さるように身を乗り出して口を挟む。
「ホント意外だったわ。この人が誰かを連れてくるなんて。正直、あてにしてなかったのよ。」
キリトは「まあ、俺も、」と言いかけて口をつぐんだ。
アスナが冷めた目で見下ろす。
「どうせ、『声はかけたけど断られた』で済ます気だったんでしょ。」
「いやあ…そんなことは…。実際、ちゃんと声かけたから、この人たち…えっと…ギルド名は?」
話題を変えたかったのか、ルーズたちにそんなことを振る。
「ギルド名?“ジェネフリー”」
「…ああ、ジェネレーションフリーってことか?」
そうそう、とレイシーが頷いた。
「各世代から選り集めたみたいなパーティーだからな。」
ルーズは当初ギルドを組む気はなかったのだが、時折知り合った相手からギルドに誘われるのが煩わしくて、パーティーメンバーオンリーでギルドを組んだ。もし入りたいという者がいれば入れなくはないが、特に人数を増やす予定もない。ギルド名を決めるにあたって、ルーズは苦手だからとその役目を放棄し、あとの3人で話し合った結果できた名前だ。
「へぇ~、なるほどね。」
感心したようにそう相槌を打って、アスナがキリトの隣に陣取った。キリトは何故か少々困惑気味だ。
「で、あなたたちは彼とどういう知り合いなの?」
ソロでやっているキリトがどこかのギルドと特別に仲がいいということを不思議に思ったようだ。
「ああ、随分前に助けてもらったんだ。それっきりだったんだが、この前偶然出会って、な?」
ルーズがキリトに同意を求めると、「ああ。」という返事だけが返った。どうやら自分のことを根掘り葉掘り探られているようで居心地が悪いらしい。
アスナの方は興味津々で、さらに突っ込んで聞いてくる。
「助けたの?通りすがりで?」
「俺が助けを求めに街に入ったんだ。声かけて応じてくれたのがキリトだけでさ。」
レイシーがそう言うと、キリトはあからさまに話題を変えてきた。
「あー、そういえば、あの時の技、なんだっけ?」
指を刺されてルーズが「ステイアライブ」と技名を答えた。「それそれ」とキリトは身を乗り出す。
「あの技を他で聞いたことがないんだが、もしかして、ユニークスキルってやつじゃないのかと思ってさ。」
それにはジェネフリーの4人全員が訝しげな顔を返した。
「それはないだろ。」
ナナがそう言って眉を顰める。キリトほどのプレイヤーが何故そんなことを考えてしまったのかわからないといった風だ。キリトとしては話題が逸れれば良かったのだから、わざとおかしなことを言ったのかもしれない。それにはルーズ自身も「ないない」と手を顔の前で振る。
「ゲーム始まって二日目でそんな特別なもん付くわけないだろ?倒したモンスターだってメンバーと同じだし。倒し方だって。」
「それは分からないだろ。ユニークスキル自体、どういう基準で出現するのかわからないんだ。」
今確認されているユニークスキルは血盟騎士団の団長であるヒースクリフの神聖剣だけだ。それも、「恐らくユニークスキルだろう」と言われているに過ぎない。
「何々?どんなスキルなの?」
アスナはそれにも興味を示した。
「HPバーが赤の領域になると使えるってシロモノ。あの時のレベルから言って、通常スキルの数倍の威力があるんじゃないか?」
キリトがざっくりと説明する。
「ステイぃ…。」
「ステイアライブ。」
「生き残り…か。」
アスナは意味を思い出し、ふん、と考えに入る。
と、そこに隣のテーブルから声がかかった。
「なに?ステイアライブ?俺も持ってるぞ?」
「え、それなら俺もあるけど。」
いきなり二人の所持者が現れて、あっさりとユニークスキル説は否定された。
「でも、あんなもん使えねーよな。」
「ああ、普通のゲームなら喜んで使うとこだけど。わざとHP減らしたりしてさ。」
そう言って苦笑する二人に、キリトがニッと笑って言う。
「この人は使ったんだ。ゲーム開始二日目に。」
嘘だろ?と二人は言葉を失った。
その様子に慌てたようにルーズが付け足す。
「アイテムもなくって、どうしようもなかったから使っただけだ。それ以来使ってないよ。」
成程な、と二人は納得したようだった。
キリトがうーんと唸る。なんだろうと皆が注目すると、新たな疑問を口に出す。
「スキルの出現条件がますますわからないな、と思ってね。」
「…あー…。」
「ルーズさん、あんた片手剣のバランスタイプだろ?で、そっちは斧使いの防御タイプ、んであんたは…。」
「両手剣でスピードタイプだ。」
「いつ出現した?」
「ごく初期だ。三日目にはもう付いてたんじゃないかな。」
「ああ、俺もそのくらい。」
「第一層のモンスターは種類も少ないし、他のプレイヤーと差がつくとは思えない。それに、あんたたち3人のプレイヤー特性はバラバラだ。スキルの出現には必ず一定の決まりがあるはずなんだが…。」
「ホントだな、なんで出たんだ?」
皆が首をかしげる中で、ルーズは頭を掻いて「うーんとさ…。」と自信なさげな声を出す。
「何か思い当たることがあるのか?」
「うーん…、前に一回思ったんだけど…、茅場のプレゼントかなぁ、って。」
ポカンとする面々に、ルーズが続ける。
「プレゼントっつーか、皮肉っつーか…。俺、あいつと言葉交わしたから、それでかなってな。」
キリトは衝撃を受けて立ち上がった。
「茅場と喋った!?あんた知り合いなのか!?」
あまりの勢いに圧されてルーズはぶんぶんと首を横に振る。
横からナナが説明を入れた。
「ほら、始まりの街で茅場に話しかけたやついただろ?あれだよ。」
「始まりの街?」
「茅場のデスゲームの話のあとだ。」
「…話しかけた?………ああ…でもあれ…男の声じゃなかったか?」
「あれだよ。あれ、俺だから。アバターが男だったんだ。」
ルーズがそう言うと、皆一様に驚きの表情を見せた。
「あ…あ、そうか、アバター解かれる前だったな。」
「ん。あれさ、俺の言葉にだけ反応したんだよな、アイツ。それが気に入らなかったかなんかで、嫌がらせのプレゼントなんじゃないかと思ったんだ。」
成程、とキリトはまた座って考え込んだ。
あの時、確かに他のプレイヤーからも声は上がっていた。恐らくその全てを黙殺するつもりだった茅場が、なぜだかルーズの声にだけ反応してしまった。それは不愉快なことだったに違いない。
「嫌がらせなの?生き残れるように、つけてくれたんじゃなくて?」
大人しく聞いていたサンが、素朴な疑問を投げかけた。
ルーズは苦笑する。
「HP赤領域のスキルなんて、よっぽどじゃなきゃ使えない。やっぱ怖いよ、あのスキル。『使うかどうかはあなた次第だ。』とか言ってるようにしか思えない。使って死ぬもよし、使わないで死ぬもよし、ってな。」
うわ、とステイアライブを持っているあとの二人が顔をしかめた。
「俺、茅場の声で想像しちゃったよ。すごく言いそうだ。」
「ああ、『さあ、使って楽しませてくれ』とかも言いそうだよな。」
がっくりと肩を落とした二人を見やって、キリトはまた聞く。
「でも、どういう人選なんだ?言葉を交わしたのはあんただけだろ?」
「…思うに…、家庭環境?」
ルーズが茅場に物申したのは、一家の稼ぎ手が病院送りになれば残された子供たちがどうなるかという話だ。ルーズの場合、子供二人との三人暮らしだから、生活に支障が出るのは必至である。
「あんたら、世帯主か?」
ルーズの問いに、二人は頷いた。
「……んで、子供がいる?」
「ああ、いる。」
「…俺も、うん。」
もうひとつ、片親だという条件も含まれているかもしれないとは思うが、そこまで追及して出現条件を割り出す必要はない。どちらにしろこのスキルが『使えない』ことには変わりないのだから。
「…怖い人ね…。」
アスナは茅場という名前を音にしなかった。茅場のことも、このゲームのことも、そして現実世界のことも、あまり話題にしたくない内容だ。その心情に皆押し黙った。
ルーズは笑みを見せて明るい声を出す。
「俺は使っちまったんだよな、一回。アイツを喜ばせたのかと思うと悔しいね。ぜってぇ100層目まで行って茅場をブッ飛ばす。」
「んじゃ、攻略組に食いついて力つけとかなきゃな。」
ナナも笑った。
一瞬の躊躇いののち、キリトも笑顔を見せた。
「その意気だな。」
初のボス戦参加のあとは、度々攻略戦に誘われるようになった。
ルーズたちはレベルが心許無いからと一定の条件をクリアできた時だけ参加することにしていた。それは、チームの平均レベルとの差が10まで、というもの。
その条件を付けていても、暫くは参加できていたのだが。
「やっぱ攻略組はどんどん上がってくな。もうやめといた方がいいかもしれない。」
平均とのレベル差が、今は20近くついてしまっている。その平均値を上げている要因に、かのヒースクリフも入っているのだが、つまり、彼が出なくてはならなくなってきたということだ。ルーズたちが追いついていたのは、彼の不在と、たまたま攻略組のレベルが停滞時期にあったということだったらしい。階層攻略の流れを止めないために、攻略組は競ってレベルを上げている。そのスピードにはとてもついていけない。
「だな。無理してレベル上げすることもないだろ。あとはあいつらに任せよう。」
毎日狩りに出てクエストもこなしているが、そもそも攻略組と違って自分たちが楽しめることを優先している彼らにそれ以上の加速は不可能だった。
「久しぶりに今日はのんびりしようぜ。こないだ見つけたレストランが、デザート豊富なんだけど、行かないか?」
ナナの提案に、甘いもの好きのルーズが嬉しそうに賛成した。こうなると、レイシーとサンはなし崩し的についていくことになる。勿論二人とも嫌々というわけではないが。
夕方になって部屋に帰るとき、キリトからの連絡が入った。
「…あー、ボス戦のお誘いだ。断るぞ?ってか、もう誘わなくていいって言った方がいいよな。」
「そうだな、毎回悪いし。こっちの事情説明して、もう参加しない方向で…。」
「了解。返事返しとく。」
それから数日後、狩りに出ようとしたところにまたキリトから連絡が入った。
先日断りを入れたし攻略戦が成功したばかりだから、次のお誘いということは考えられない。人付き合いの少なそうなキリトが公的な理由以外で連絡してくるとは思っていなかったから、何の用だろうと首をかしげつつ開いてみると。
『今どこにいる?』
現在地を細かく説明して送り返すと、またすぐに返事が来た。
『そこにいてくれ。』
「…なんだ?…なんか問題でもあったかな。」
仕方なく出発を遅らせてその場で待機した。すると、そこにやってきたのはキリトではなくアスナだった。
「お待たせ。ごめんなさいね、急に。」
彼女の後ろには血盟騎士団の団服をまとったプレイヤーが数名。
「…どうかしたのか?っていうか…俺たち相手にどんな用事があるんだって感じなんだが…。」
「あら、そんなどうでもいい人だなんて思ってないわ。大事な攻略組の仲間だと思ってます。」
そう言って、アスナはメニュー画面を操作し始めた。ストレージを探っているらしい。
「あなたたちに渡すものがあるの。」
差し出されたものは書状だった。
「手紙…?誰から…。」
「我が血盟騎士団の団長であるヒースクリフから預かってきました。大事な話ですので、ここですぐ読んでいただけると幸いです。」
それが私的なものでなく公的なものだということを示すように、アスナは丁寧な物言いで恭しく頭を下げた。
驚きで4人は顔を見合わせる。
ヒースクリフという人物と自分たちとの接点はない。手紙をもらう理由はどこにもないと思うのだが…。
「今…?まあ、うん、じゃあ、ちょっと待ってくれ。」
現れたアスナに合わせるように立ち上がっていたルーズは、また元の石段に腰かけると手紙を開いた。仲間3人も訝しげに覗き込む。
「はあ!?」
内容を読んで声を上げたルーズに、アスナは人当たりの良い笑顔を向ける。
「どうかしら。お返事いただける?」
「いやいやいや、訳わかんねえんだけど。」
「団長はいたって真面目よ?きちんとしたお返事をいただいてこいと仰せつかっております。」
その手紙には、ルーズたちを血盟騎士団に入団させたいとの意向が書いてあった。勿論文面は遜った紳士的なものだ。
「きちんとした…?…手紙で返したほうがいいかな…?」
「いえ、口頭でも構いませんよ。私が使いに選ばれたのはそういうことも視野に入れてのことだから。」
副団長であるアスナをよこしたのが信用によるものだということは、場合によっては別の人物が手紙をもってくることもあり得たわけだ。アスナと面識があるという理由での勧誘ではないということか。
「返事は…申し訳ないが、NOだ。理由はまあ、主義の問題かな。あと、誘われる理由が思い当たらないのも…なあ?」
そう言って仲間のほうを向くと、レイシーたちも訝しげに頷いた。
アスナは少々ばつが悪そうに笑う。
「ごめんなさいね。多分、私のせい。」
「あんたの?」
「前に祝賀会やったでしょ?あの時の話、しちゃったのよね…。あの、ステイアライブの話。」
「ああ、…だからって、なんで。」
「出現条件の話と、唯一あなたがあの技を使った人物だってことを言ったら、なんだか妙に興味持っちゃったみたいで。」
断りの返事はある程度予想していたようで、アスナは快くその伝言を引き受けてくれた。
ところが。
次の日から毎日、手紙が届けられるようになった。それもルーズたちの家の前で団員が待ち構えている状態だ。
アスナには口頭で返事を返したが、他の者にはそういうわけにもいかず、読んでは断りの文面をひねり出して手紙にしたためるという作業を要した。
アスナが来ないのは、恐らく彼女の意志だろう。一度断りの返事をもらったのに、何度も同じ用件で訪れるのは失礼だと進言してのことだと思われる。普段の様子から言って、彼女は礼儀をわきまえる性格の筈だ。
それでも手紙をよこすヒースクリフの執着ぶりに少々辟易しながら、ルーズは今まで書いた言葉を微妙に変えた文面を作り出して手紙を用意した。
もう文章のストックなんてないぞと思っていた翌日、再びアスナが現れた。
「ごめんなさいね。何度も。」
「…ん~、ぶっちゃけ嫌になってきてたとこだ。」
「…でしょうね。」
「で?今日も手紙か?」
「ええ、でも、今日のはちょっと趣向が違うみたい。」
そう言って差し出されたのはカードだった。
『一度お会いしたい。』
たったそれだけが書かれている。
ルーズはがっくりと項垂れた。
カードを突き返して言う。
「言っとけ。会いたかったらてめーが出向け!五分ぐらいの時間は空けてやる!」
アスナはあはは、と苦笑を返した。
その次の日は気分よく家を出た。
『てめーが来い』なんてことを言ったのだから、さすがに愛想をつかせてもう連絡は来ないだろうと思えばこその上機嫌だ。
「今日はどうする?」
狩りに行くかクエストに行くか、それともどこかに遊びに行こうかと話しながら4人で歩いていると、人気のない路地で突然人影が押し寄せた。
「!?」
驚いている間に取り囲まれてしまう。10人近くのプレイヤーは、皆、血盟騎士団の団服を身にまとっていた。
「…なんだよ、お前ら。」
前日までの手紙の件とはまるで違い、マナー違反の行為でルーズたちの逃げ場を奪った面々に、ルーズは遠慮なく顔を顰めて見せた。他の3人も同様である。
「血盟騎士団の本部まで来てもらおう。」
「はあ?呼び出しにしちゃあ、あんまりなやり方じゃねーのか。」
「ふざけるな!!」
そう声を荒げた男の言うことには。
礼を欠いた行為を繰り返したのはお前たちの方だ。団長は弱小ギルドの長であるお前に対しても礼儀を重んじてのやり取りをしてやっていたのに、再三の呼び出しに応じないだけでなく、こともあろうに格上の相手に対して口頭で呼び出すなど、己の立場を理解していない。今日こそは出頭し、団長にこれまでの非礼を詫びろ。
「あのなぁ、俺たちは団員じゃない。呼び出しに応じる義務はねえだろうが。」
「我らが血盟騎士団の貢献は周知の事実。お前たちとてこれまでの攻略戦での恩があるはず。それをわきまえろと言っている。」
「なんだよそれ!」
まるで攻略戦で生き残れたのは血盟騎士団に守られていたからだという口ぶりに、ナナがいきり立つ。
取り囲んだ全員がガチャっと武器を鳴らし、剣を抜くそぶりを見せた。
「拒否は認めん。」
そう言って回廊結晶を出した。
「入れ。本部に出る。」
顎で示されたことにも腹が立ち、ルーズは睨みつける。
「出口が本部だという証拠は?」
男はチッと舌打ちをして、回廊に足を踏み入れた。
「俺が先に行く。ついて来い。お前ら!逃がすなよ!」
回廊の出口は、ご丁寧に本部の建物の中、ヒースクリフが常駐する部屋の前だった。
「連れてまいりました。」
高圧的な態度だった男は、穏やかな物言いでそう言った。
入れとの声があり、ドアが開かれる。
促されるまま部屋に足を踏み入れると、ヒースクリフと思しき人物は、大きな窓の前で椅子に腰かけてこちらを見ていた。両脇には副官らしき男たちが座り、面接さながらの雰囲気だ。
「よく来てくださいました。お待ちしていましたよ。」
「そりゃあどうも。」
ルーズは不機嫌にそう返す。
部屋の中央まで歩み出て、4人でその男を見据えると、彼は笑った。
「そう怖い顔をしないでいただきたい。一度会って話したいと思っていたのです。」
ふーん、と気のない返事にヒースクリフは目を伏せた。
「再三の申し出を断られた理由を伺いたい。」
血盟騎士団への入団についてだ。
「断りの理由は手紙に書いたはずだ。」
「主義が違う、生活のリズムが違う、やりたいことが違うと、とってつけたような理由を返されても納得はできない。こちらはそれに対し、妥協案を提示した筈ですが。」
確かに手紙にはそういったことが書いてあった。
しかし、どんな条件を提示されても、ルーズはギルドに入ること自体を嫌っているところがあって、再考の余地はない。
「主義の違いをとってつけた理由だと言われるのは心外だ。俺は、あんたたちみたいな軍隊然とした組織に入る気はない。」
それにはヒースクリフも眉を顰めた。
「軍隊とは…、それこそ心外だと言いたい。我が血盟騎士団はどこぞの大型ギルドと違い、軍を気取ってなどいない。」
「軍だよ、あんたらがどう思ってようとな。気に食わねえんだ。血盟騎士団至上主義、ヒースクリフ至上主義。」
ルーズの言葉にあからさまな嫌悪を示す。
「そのような主義を主張した覚えはありませんが。…何をもってそうおっしゃられるのか。」
ふん、とルーズは小さく笑った。
「俺は弱小ながらギルドのリーダーだ。立場はあんたと同じ。確かにあんたんとこの方が規模もレベルも上だがな。あんたが現実でどんな仕事をしてるかは知らないが、もしあんたが社長だとしたら、あんたは他社の社長やその社員を、規模が小さいからって部下に『お前ら』呼ばわりさせるのかって話だ。あんたんとこの団員は、明らかに俺たちを見下してた。『誇り高き血盟騎士団が弱小ギルドに首を垂れる必要はない』って姿勢が見て取れる。それは至上主義って言うんじゃねーの?」
返答を吟味している風なヒースクリフに、ルーズは更に言う。
「現に、俺たちはここまで連行されてきたんだ。」
「連行…?」
「ああ、取り囲まれて、剣を抜くそぶりを見せられ、回廊に入れと脅された。」
それは…とヒースクリフは言葉を止めた。言い訳を探しているという風ではなく、単に驚きのせいで言葉が続かなかっただけのようだ。
「…それは…申し訳ないことをした。昨日の返事を聞いて、つい『多少強引にでも、説得して連れてきてくれ』と指示してしまったんだが…そこまでやるとは。」
申し訳ない、と目を伏せる。
ふん、と今度は息をつき、ルーズは続けた。
「で、連行されたうえにこの状況。」
両腕を軽く広げて部屋を見回すようなふりをして見せる。
テーブルにはヒースクリフ、その両脇に副官、部屋の隅には団員が数名控えている。その中央にルーズたちは立っている状態だ。
「こっちにしてみりゃ『吊し上げ』られてる気分なんだが。」
そもそも関係性から言えば、客として扱われてもいいのではないのか。そう訴えると、ヒースクリフは破顔した。
「これは…重ね重ね申し訳ない。ここにはあまり客人を呼ばないのでね。つい、失念してしまった。」
そう言って副官に指示をすると、部屋にはソファーが現れた。
「お茶をお出しして。」
それにはルーズが首を横に振る。。
のんびりと寛いでしまっては、また入団を勧められるだろう。しかし色よい返事をする気はない。あまりもてなされても困るのである。
促されてソファーに落ち着き、ルーズは小さく咳払いをすると表情を柔らかくした。
「ま、客として扱ってくれるなら、今日のことは水に流しますよ。」
「それはありがたい。では、この席を再度の話し合いの場としてよろしいかな。」
唇を引き締めて頷く。
「お話は伺います。が、あまり期待はしないでいただきたい。」
話は手紙にあったものとほぼ同じだった。
血盟騎士団に入る気はないか、というのが主な申し出だ。
「何度も言うが、そちらのやり方に合わせてレベルアップをする気はない。こちらにはこちらのやり方がある。」
「言わせていただくが、あなた方のやり方ではトップクラスとの差が開く一方だ。」
「…だから、俺たちは戦線を離脱すると言ったはずだ。」
「それでは困るから言っている。」
堂々巡りにルーズが溜め息を吐くと、ヒースクリフは軽く笑んだ。
その眼にしっかりと視線を合わせ、ルーズは言う。
「攻略組の人数を増やしたいのはわかるが、俺たちでは力量不足だ。血盟騎士団に入りたいと思っているやつなら他にいるはずだ。俺たちに固執する必要はないと思うが。」
「勿論固執しているわけではない。他でも声をかけているよ。それでも、足りないと感じているということだ。」
そうかな、とルーズは呟いた。
「俺たちは何度か攻略に参加して、攻略組の強さを間近で見た。あんたが戦っているところは見たことがないが、あいつらの上を行くと聞く。なら、あんたたちが引っ張って行ってくれれば、このゲームの攻略は可能だと判断した。…だから、力量の足りない俺たちが出る幕はない。」
その言にヒースクリフは小さく息をついて返答を吟味しているようだった。
やっと説得ができたかと安心したのもつかの間、ヒースクリフは笑みを消した。
「…これは…あまり言いたくない話だったのだが…。」
トーンの下がった声色に、微かに緊張する。何を言われるのか予想がつかずにいると、彼は言葉を続けた。
「これから階層のボスは更に攻略が難しくなっていく。特に、ターニングポイントとも言える強敵。25層での顛末は知っているかな?あの時はその後の攻略を絶望視する声が多かった。あのレベルの敵が続くのだと予想してのことだ。しかし違った。26層からはまたレベルに見合ったボスが用意されていた。だから今は攻略が進んでいるが、恐らくターニングポイントはまだ準備されている。…私の予想では…50層、75層。だが、わからない。予期せずターニングポイントが現れる可能性もある。そしてゲームのセオリーから言えば、そのうち転移結晶も使えなくなるだろう。」
そこでヒースクリフはルーズたちの反応を確認するように言葉を切った。
うん、と頷いて見せる。
「転移結晶が使えず、退路もない場所では、ボスの情報を得ても持ち帰ることができない。その場所へ踏み込んだが最後、倒すしかない。できなければ、全滅が待っている。万全の態勢で、トップクラスの人間を攻略に送り込み、そして、失敗したら…どうかな?私たちがいなくなった後、この世界に残された者たちは、攻略をしていけるだろうか。」
皆押し黙った。
そんな事態になったら、混乱は必至、何が起こるか予想できない。パニックに襲われた人間は、どんな暴挙に出てもおかしくはないのだ。
「混乱がどのように広がるかは予想できない。絶望して自殺する者もいるかもしれない。どうせ死ぬならと犯罪に手を染めるものもいるかもしれない。だが、可能性として、人々がその時点でレベルが一番高いグループに攻略を迫ることも考えられる。それは、あなた方かもしれないし、他のものかもしれない。中には自ら立ち上がるものもいるかもしれないが。…そうなったとき、攻略に慣れていない者たちが、いきなりターニングポイントの強敵を突破できると、思うかね?」
「…それは…レベルを上げれば…。」
軽く突破できるレベルまで上げることができれば、進めなくはない。
ルーズの返事にヒースクリフは頷いた。
「そう、レベルを上げれば、ね。そこで、現在攻略組とのレベル格差が大きいあなた方が、私たちのレベルを追い越すまで、どのくらいの時間がかかるかという話だ。攻略組がいなくなってからレベルを上げるのでは、100層攻略に何年要することになるやら。…現実の体が、持ちませんよ。」
だから、攻略組のすぐ後ろをついてきてくれるプレイヤーを育てなければならないのだ、と彼は言う。
「まだ、足りない。本当のことを言えばプレイヤー全員がレベルを上げてくれればいいと思う。しかし、今更レベル1の者が攻略組のレベルになることを期待するのは非現実的だ。だからこそ、今力のあるプレイヤーを私たちが引っ張って行かなくてはいけない。」
彼の言うことは分かった。確かにそうだと頷けた。
ルーズはふいっと視線を落としてから、ソファにもたれるようにして窓の外を見た。
「…あんたは…すごいな。」
「…なにがですか?」
「…攻略やってる奴ってのは、自分が生きて帰ることを夢見て、それを原動力にやってるんだと思ってた。だから、死んだらそれで終わりだと。なのに、あんたは自分が死んだあとのことも考えてる。…すごいよ。…感服する。」
「それは、解っていただけたと取ってよろしいか。」
「ん。まあ、あんたの言いたいことは解った。…でもな…。」
「手紙でも提案した通り、あなた方の都合のいいやり方で活動に参加してくれればいい。」
「いや、それは断る。」
無碍もない返事に、ヒースクリフは苦笑した。
「それは、解ったとは言わないのでは?」
「申し出はありがたいが、俺たちが団に入って好き勝手やったんじゃ、あんたら内部から崩れちまうだろ。引っ掻き回す気はない。」
結局堂々巡りですねと笑う彼に、ルーズは「でもな、」と返す。
「レベル上げはやる。あんたらについてけるように精進するよ。」
そうですか、とヒースクリフは言葉を止め、先ほどのルーズのように窓の外に目をやる。
暫しの沈黙が流れて、ルーズは頃合いだと立ち上がった。
「お招き痛み入る。次はゆっくりお茶でもしよう。話せてよかった。」
仲間を促し、ドアの方に足を向けたところで、ヒースクリフが口を開いた。
「では、フレンドに登録させてもらっていいかな?お茶のお誘いを手紙でやり取りするのも楽しいかもしれないが、少々じれったい。」
言ってフレンド申請の操作をする。
目の前に現れたイエス/ノーのボタンに、ルーズは躊躇いなく指を伸ばした。
「ああ、いつでも誘ってくれ。」
ヒースクリフからの連絡に、ルーズは暫し考え込んだ。
『美味しいデザートを出す店を紹介しよう。その前に、一緒に狩りでもどうだろうか。』
デザートで釣られるわけではないが、レベルアップに精進すると言った手前、狩りの誘いを断るのも気が引ける。
「行くの?」
サンがルーズを覗き込んでそう聞いた。
「どうしたい?」
「僕はどっちでも。あの人、すごく強いんでしょ?一回見てみたいって思うけど。」
サンの言ったことにナナも頷いた。
「どう凄いのか、気になるよな。」
「俺たちの行ってる狩場じゃ一撃でやっちまうかもな。」
レイシーも気になるようで、話に乗ってきた。
「でもそれじゃ、一緒に狩りってのも難しいよな。」
うーんと考えてから、ルーズはメールツールを開いた。
自分たちのレベルと、狩場によってはそちらが手持無沙汰になるということを知らせると、すぐ返事が来た。
狩場はルーズたちの手に余るレベルの場所にするという。ヒースクリフと団員数人でサポートしながら、経験値を譲ってくれるという話だ。
レベル上げには最適なやり方だが…。
「…なんかズルしてるみてーでヤなんだけど…。」
「ルーズはそういうの拘るよな。いいじゃん、普通のゲームじゃないんだし。」
「何か…ポリシーがな~…。」
「でも、あの人の言うように攻略組についてくには、そういうやり方も仕方ないんじゃない?」
「俺達、他の奴らとあんまツルんでこなかったからそういう機会なかったけど、いい機会じゃないか。協力体制ってのを築くのも大事だろ?」
プレイヤー全体のことを考えれば、そういうやり方を推奨するべきなのだろう。
レイシーたちもヒースクリフの考えには賛同しているようで、誘いを疎ましくは思っていない様子だ。
ルーズはもう一度唸ってから、よし、と心を決めた。
指定された場所に行ってみると、ヒースクリフの側には5人の団員が控えていた。
後ろをついていこうとするルーズたちにヒースクリフが前に来るよう促して笑った。
「何もそう遠慮することはない。」
「…いや…なんか悪くて…ね。」
本来なら団員たちは自分のレベル上げをしに行くところではないだろうか。先日のこともある。顔には出さなくても、面白くないと思っている団員がいても不思議ではない。
微妙な雰囲気を保ったまま、一行は狩場へと向かった。
ヒースクリフが気を使ってか、何度かルーズに話を振り、ルーズはそれに短く答えた。話が広がらないながらも少しずつ打ち解けていく様子を後ろから見ていたサンが、こっそりナナに話しかけた。
「ねえ、ヒースクリフさんってさ、ルーズさんのこと、好きなのかな?」
「はあ?…んなわけねーと思うけど。」
ナナがレイシーの方を振り返ると彼も頷く。
「だってさ、あんなに仲間に入れたがってたし、今日だって狩りに誘ったでしょ?」
「…それは、レベルを上げるべきだって話の、アレだろ?」
「でも、血盟騎士団に入らないってことになったんだから、わざわざ誘う必要もないと思わない?」
「んーでもさ、ルーズって、結構オバチャンだぞ?…あの人何歳なのかな…?」
ヒースクリフを眺めてみるが、年齢は推し量れなかった。サンから見れば大人は大人というくくりでしかない。それにアバターが解けているとはいえ、本当の体をそのまま再現できているわけではない。髪型はアバターのままだし、顔のしわなど忠実に再現してはプレイヤーが嫌がるのではなかろうか。
「僕、聞いてみる。」
「ああ。」
サンは小走りでヒースクリフの側に行き、声をかけた。
「ヒースクリフさん。」
「ん?なんだね?」
「ヒースクリフさんは、ルーズさんのこと好きなんですか?」
ナナとレイシーが驚いて吹き出した。
「何聞いてんだよお前!!」
「年齢だよ年齢!!」
慌てて大声を出す。ルーズが「んなわけないだろ!?」と焦って言った。
すると、あっけにとられて足を止めたヒースクリフが声を立てて笑った。
「失礼。…これはどうも…失念していた。なるほど、確かに、そんな風にも見えるかもしれない。」
「す…すみません。」
ルーズの謝罪にヒースクリフは首を横に振る。
「いえ、こちらこそ申し訳ない。あなたが女性だということをすっかり…。」
忘れていた、という言葉は飲み込んだらしい。
あはは、とルーズも誤魔化すような笑い声を立てた。
顎に手を当てて、思案するような風にヒースクリフは言う。
「ああ、惜しいことをしたな。」
「え?何がです?」
「そのことを踏まえていれば、団に誘うにしても他のやり方があったというものだ。」
「………?」
「女を落とす方法はいろいろあるということですよ。」
言っている意味が分かってルーズはムッとして歩き出した。
「そういう男は嫌いだ!!」
あはは、と高らかに笑って、ヒースクリフがその後に続く。
狩りの誘いは日常的なものになった。
ルーズは手紙の件を思い出し、あの男は粘着質だと揶揄したりもしたが、レベル上げの手伝いには基本的に感謝していた。
「すまない、ちょっと今日は食材探しに行こうと思ってたんだ。」
たまたま近い場所にいたルーズ一行はヒースクリフのところまで出向いてそう断った。
「食材?ご自分で料理を?」
「いや、知人にレストランやってるのがいて、提供してるんだよ。美味しい料理をごちそうしてもらえるからな。」
「なるほど。」
ヒースクリフは思案する風を見せた。
「いい食材が取れる場所を知っている。」
どうする?という視線を送ってくる。
「いい食材?」
「…そうだな、現実世界で言えば特上の和牛といったところか。S級食材ではないが、それなりにいい値がつくものだ。」
牛肉と聞いてナナが身を乗り出した。
「マジで!?ルーズ!!行こうぜ!!」
「特上和牛か…松坂牛とか?」
「ステーキできるかな。」
「でも、提供した分食っちまったら意味ないだろ。」
そのやり取りにヒースクリフが心配ない、と付け加える。
「大物だ。20人分は取れる。」
よっしゃー!というナナの咆哮で、行くことが決定した。
食材が豊富な地区らしく、途中でキノコや木の実も簡単に見つけられた。ホクホクと機嫌のいいルーズを見て、フフとヒースクリフが笑う。
「面白い人だ。」
「…そうか?」
とぼけた顔で返すと、脇からナナが茶々を入れた。
「面白いってか、変なやつだよな。ルーズって。」
「変って……。まあ、否定はしない。」
「否定しないのか。」
レイシーが呆れて肩をすくめると、ヒースクリフはレイシーに話を振る。
「楽しそうなパーティーだな。君はどうして彼女と?」
「…どうしてって、ま、腐れ縁?」
「腐れ縁かよっ!」
ルーズのツッコミは無視して、ナナも同意した。
「だよな。開始数時間で捕まったんだ、このオバチャンに。」
「ナナ、酷いよ。それ。」
「俺の肩持ってくれるのはサンだけだな~。」
「…うん、オバチャンなのは否定しないけど。」
「サン~!?」
あはは、と笑いが起こった。途中からメンバーになったサンも、もうすっかりこの空気に馴染んでいる。最初は冗談で誰かを貶すことに抵抗があったようだが、最近はノッてくるようになった。いい傾向なのだろうとルーズは思っている。
「戦い方を見ていても息もあっているし、いい仲間だな。期待できるというものだ。」
ヒースクリフの言にルーズは顔を顰めて見せた。
「期待って…そういうの重圧だなぁ…。」
「どうだか。あなたはご自分を過小評価する傾向にあるらしい。」
「適正評価だよ。あんたこそ買い被りだ。」
「買い被りではないことが、今から証明できる。」
え?と彼の顔を振り返ると、彼は岩場の盆地のようになっている平地を示した。
「ここだ。期待に応えていただこう。」
その意味を把握する前に、ルーズは足を踏み入れてしまっていた。
途端聞こえてくる咆哮。
「和牛?」
「そう、我々はサポートに回る。あなた方でカタを付けていただこう。」
「え!?ちょっと待て、ここのモンスターは俺達には!!」
「危険になったら、守ろう。ご心配なく。」
また反論しようとしたが、もう敵は間近に迫っていた。
「行くぞ!」
ポインターは赤。ガタイはそう大きくないが、スピードが速くて威力が強い。突進されるとガードをしても吹き飛ばされた。
「ちくしょう…闘牛かよ…。」
ナナのボヤキがそのモンスターを言い表していた。
ヒースクリフが牛肉と言ったのは、味だけの比喩ではないようだ。頭部はまさに牛そのものだった。二本足で立つこともあるが、前足を地面におろせば大型の牛と表現してもいい。おまけに闘牛のように突進してくるのが主な攻撃だ。
「足を止めるぞ!!」
4人で待ち構え、ガードをしてみるが、それでも飛ばされた。
「足止めしなきゃ攻撃も出来ねえじゃん!!」
「受け流すか…。」
モンスターが離れたすきに、ルーズは指示をして立ち位置を決めた。
ルーズがスキルで剣圧を当てて敵を呼び、寸でのところで飛び退く。
真正面から止めようとしても無理なことは解った。なら、横から接触するしかないのだが…。
少し間を開けて立ったナナとサンの間に、モンスターが突っ込んだ。ガードとの接触でエフェクトが散る。
「堪えろ!!」
言ってルーズがモンスターの後ろからスキルを発動する。止められはしなくても、ナナとサンとの接触でモンスターのスピードは落ちている。
ルーズの攻撃が当たり始めたところでレイシーがモンスター前方に躍り出て、溜めに入った。
「スイッチ!!」
後ろからの攻撃にモンスターが気を取られた頃合いにレイシーのスキルを発動。
「ほお?」
離れた場所で見守っているヒースクリフが楽しげに笑んだ。
先ほどから血盟騎士団は少しも手を貸していない。
「まだ、よろしいのですか?」
「まだだ。」
チッとルーズは舌打ちをした。
後ろを窺っても血盟騎士団の連中は動こうとしない。ヒースクリフの指示であることはすぐに分かった。
「サン!ナナ!下がれ!回復だ!!」
作戦を考えて攻撃を当てることはできても、格上のモンスターのHPゲージの減りは緩やかだった。それに比べて自分たちのHPはガードをしても徐々に減っていく。この分では持っている回復アイテムをすべて使い切らなくては勝てそうにない。
(どういうつもりだ!!ヒースクリフ!!)
声に出す余裕もなく、ルーズはモンスターに注意を払わなくてはならなかった。気を抜けばやられる。
二人が回復アイテムを使う間、レイシーと二人でモンスターの注意を引く。と、モンスターは一直線にルーズの方に駆け出した。
「ルーズ!!」
ガードはしてみるものの、その甲斐なく飛ばされる。
その時ヒースクリフが動いた。
「三人を頼む。私は彼女のガードに入る。」
「は!」
レイシーが攻撃をかけている間に、ルーズは回復をしようとアイテムを取り出した。
が、使おうとしたところで手首を掴まれる。
「…ヒースクリフ。」
「まだだ。まだ、赤領域に達していない。」
そう言って、腰から出したナイフでルーズの手に傷をつけた。ゲージが赤領域に入る。
「…どういう…つもりだ。」
「急がねば、お仲間が危ない。部下たちにガードは命じたが、手を出さないように言ってある。」
「…アレを…使えってか…?」
「ご名答。…あなたの命は保障しよう。この盾にかけて。」
ちくしょう、と口の中でぼやく。
これが目的か、と今更思った。あの執着も固執も、あの口上さえもこの目的のための行動か。
「ちゃんと守ってくれるんだろうな。」
「ええ。この命に代えて。」
「死ぬ気なんてねえ癖に!!」
ふふっと笑って、ヒースクリフはモンスターを顎で示した。
「ついて来いよ!!ぴったり!!」
「了解した。」
ルーズが駆け出した。
ステイアライブを使うこと3回。仲間たちとのスイッチで、何とか猛牛を倒すことができた。
その間血盟騎士団はガードだけはしてくれたがそれ以上のことは決してしなかった。
「…食えねえ奴だよ、あんたは。」
「申し訳ない。どうしても、一度見ておきたかったのでね。」
「じゃあ大満足だな。3回も見せてやったんだ。」
「ありがたいと思っている。」
「なら、これであんたとの縁は切れるってこったな。」
勢いそう言うと、ヒースクリフは困ったような顔を向けた。
「どうか怒りを収めていただきたい。」
「あんたの口上に踊らされたと判った今、これ以上レベル上げをする気はないな。」
「それは違う、と言っておこう。私は嘘をついて踊らせたつもりはない。」
「信用しろって?」
「あなたの実力を見ておきたかった。それだけの話だ。」
何が本当か計りかねて、ルーズは押し黙った。
下を向いて考えていると、ヒースクリフは勝手に気楽な雰囲気を纏って笑った。
「この戦闘で手に入ったものは全てあなたに進呈しよう。狡いことはお嫌いなのだと伺っている。あなた方の力で倒したものだ。遠慮せずに持って行くといい。」
ルーズがむっとした顔を上げても、彼の笑みに変化はなかった。
どこまでも食えないやつだと思いながら、ルーズは怒りをひっこめる。
「仕方ねえ。それで帳消しだ。」
言われていた通り、その階層のボスは比較的倒しやすいものだった。
ルーズたちは攻略メンバーの中では最低のレベルだったが、攻撃でも防御でもそれなりに役に立っていた。勿論、攻略に慣れた者たちが立ててくれた作戦のおかげである。
ボスが消え去ったその場は、一瞬の静寂ののち、ほうっという安堵の溜め息に包まれた。
そして沸き起こる歓声と拍手。
「おめでとう。」「おめでとう。」
口々に言い、中の一人が祝賀会をやろうと提案すると、別のところから「俺、いい店知ってるぞ。」と声が上がった。
「階層攻略の情報が出る度に『攻略祝い半額サービス』やってるんだ。まだ料理スキルはマスタークラスじゃないらしいけど、中々旨いぜ?」
あ、とルーズは明るい顔をそちらに向けた。
「もしかして…。」
「ん?あんたも知ってんのか。Kate’s kitchenって店だ。」
「ああ、ケイトは友人だ。ちょくちょく食べに行ってる。半額んときゃ混んでて乗り遅れると入れないけどな。」
「じゃあ、攻略組で占拠しちまおうぜ。頑張ってる俺たちが享受できなくってどうすんだって話だろ?」
半額につられたのか、皆賛成モードですぐに祝賀会が決まった。
「おめでとうございますっ!!」
ケイトはこれ以上ないというくらいの笑顔で攻略メンバーを迎え入れた。
「攻略組の方に来ていただけるなんて、夢のようです!あ!今回は、攻略に参加された方のみ、無料で提供いたします!!」
マジか、という声に彼女がYesの返事をすると、ボス戦直後よりも大きな歓声が沸いた。
「お、おい。大丈夫なのか?」
心配して小声で尋ねるルーズに、問題ないとケイトは返した。
「いつもルーズさんがタダで食材提供してくれてるから、随分助かってるんです。それに、実を言うと他にも無料提供してくれてる友達もいるんですよ。ちょうどお客が切れたとこだったし、今日は貸し切りにしちゃいます。」
そう言って彼女は店舗メニューを操作して、貸し切りの表示を入り口に出した。
皆思い思いに席に座って注文を済ませる。ざわつく中で周りに促されて、アスナが挨拶に立った。
「え…えーっと、今日は皆さんご苦労様でした。流れでこういうことになりましたが、たまにはいいわよね。おすすめのお店だという話だし、皆さんたっぷり堪能しましょう。」
パチパチと拍手。ついでNPC店員が全員に飲み物を配ると乾杯の声が上がった。
店員の人数が多いのは、ケイトが臨時で増やしているのだろう。サービスです、と注文したものができるまでのつまみに小皿料理が配られ、それを食べながら皆そこここで会話が始まった。
ルーズたちは今回初参加だったから、知り合いが少ない。特に話しかけてくる人物もおらず、いつものように4人で喋っていると、キリトがすぐそばの席に座りなおした。
「ありがとうな、参加してくれて。なんか、思いのほか面目を保てたっていうか…。」
そう言った後ろからアスナが被さるように身を乗り出して口を挟む。
「ホント意外だったわ。この人が誰かを連れてくるなんて。正直、あてにしてなかったのよ。」
キリトは「まあ、俺も、」と言いかけて口をつぐんだ。
アスナが冷めた目で見下ろす。
「どうせ、『声はかけたけど断られた』で済ます気だったんでしょ。」
「いやあ…そんなことは…。実際、ちゃんと声かけたから、この人たち…えっと…ギルド名は?」
話題を変えたかったのか、ルーズたちにそんなことを振る。
「ギルド名?“ジェネフリー”」
「…ああ、ジェネレーションフリーってことか?」
そうそう、とレイシーが頷いた。
「各世代から選り集めたみたいなパーティーだからな。」
ルーズは当初ギルドを組む気はなかったのだが、時折知り合った相手からギルドに誘われるのが煩わしくて、パーティーメンバーオンリーでギルドを組んだ。もし入りたいという者がいれば入れなくはないが、特に人数を増やす予定もない。ギルド名を決めるにあたって、ルーズは苦手だからとその役目を放棄し、あとの3人で話し合った結果できた名前だ。
「へぇ~、なるほどね。」
感心したようにそう相槌を打って、アスナがキリトの隣に陣取った。キリトは何故か少々困惑気味だ。
「で、あなたたちは彼とどういう知り合いなの?」
ソロでやっているキリトがどこかのギルドと特別に仲がいいということを不思議に思ったようだ。
「ああ、随分前に助けてもらったんだ。それっきりだったんだが、この前偶然出会って、な?」
ルーズがキリトに同意を求めると、「ああ。」という返事だけが返った。どうやら自分のことを根掘り葉掘り探られているようで居心地が悪いらしい。
アスナの方は興味津々で、さらに突っ込んで聞いてくる。
「助けたの?通りすがりで?」
「俺が助けを求めに街に入ったんだ。声かけて応じてくれたのがキリトだけでさ。」
レイシーがそう言うと、キリトはあからさまに話題を変えてきた。
「あー、そういえば、あの時の技、なんだっけ?」
指を刺されてルーズが「ステイアライブ」と技名を答えた。「それそれ」とキリトは身を乗り出す。
「あの技を他で聞いたことがないんだが、もしかして、ユニークスキルってやつじゃないのかと思ってさ。」
それにはジェネフリーの4人全員が訝しげな顔を返した。
「それはないだろ。」
ナナがそう言って眉を顰める。キリトほどのプレイヤーが何故そんなことを考えてしまったのかわからないといった風だ。キリトとしては話題が逸れれば良かったのだから、わざとおかしなことを言ったのかもしれない。それにはルーズ自身も「ないない」と手を顔の前で振る。
「ゲーム始まって二日目でそんな特別なもん付くわけないだろ?倒したモンスターだってメンバーと同じだし。倒し方だって。」
「それは分からないだろ。ユニークスキル自体、どういう基準で出現するのかわからないんだ。」
今確認されているユニークスキルは血盟騎士団の団長であるヒースクリフの神聖剣だけだ。それも、「恐らくユニークスキルだろう」と言われているに過ぎない。
「何々?どんなスキルなの?」
アスナはそれにも興味を示した。
「HPバーが赤の領域になると使えるってシロモノ。あの時のレベルから言って、通常スキルの数倍の威力があるんじゃないか?」
キリトがざっくりと説明する。
「ステイぃ…。」
「ステイアライブ。」
「生き残り…か。」
アスナは意味を思い出し、ふん、と考えに入る。
と、そこに隣のテーブルから声がかかった。
「なに?ステイアライブ?俺も持ってるぞ?」
「え、それなら俺もあるけど。」
いきなり二人の所持者が現れて、あっさりとユニークスキル説は否定された。
「でも、あんなもん使えねーよな。」
「ああ、普通のゲームなら喜んで使うとこだけど。わざとHP減らしたりしてさ。」
そう言って苦笑する二人に、キリトがニッと笑って言う。
「この人は使ったんだ。ゲーム開始二日目に。」
嘘だろ?と二人は言葉を失った。
その様子に慌てたようにルーズが付け足す。
「アイテムもなくって、どうしようもなかったから使っただけだ。それ以来使ってないよ。」
成程な、と二人は納得したようだった。
キリトがうーんと唸る。なんだろうと皆が注目すると、新たな疑問を口に出す。
「スキルの出現条件がますますわからないな、と思ってね。」
「…あー…。」
「ルーズさん、あんた片手剣のバランスタイプだろ?で、そっちは斧使いの防御タイプ、んであんたは…。」
「両手剣でスピードタイプだ。」
「いつ出現した?」
「ごく初期だ。三日目にはもう付いてたんじゃないかな。」
「ああ、俺もそのくらい。」
「第一層のモンスターは種類も少ないし、他のプレイヤーと差がつくとは思えない。それに、あんたたち3人のプレイヤー特性はバラバラだ。スキルの出現には必ず一定の決まりがあるはずなんだが…。」
「ホントだな、なんで出たんだ?」
皆が首をかしげる中で、ルーズは頭を掻いて「うーんとさ…。」と自信なさげな声を出す。
「何か思い当たることがあるのか?」
「うーん…、前に一回思ったんだけど…、茅場のプレゼントかなぁ、って。」
ポカンとする面々に、ルーズが続ける。
「プレゼントっつーか、皮肉っつーか…。俺、あいつと言葉交わしたから、それでかなってな。」
キリトは衝撃を受けて立ち上がった。
「茅場と喋った!?あんた知り合いなのか!?」
あまりの勢いに圧されてルーズはぶんぶんと首を横に振る。
横からナナが説明を入れた。
「ほら、始まりの街で茅場に話しかけたやついただろ?あれだよ。」
「始まりの街?」
「茅場のデスゲームの話のあとだ。」
「…話しかけた?………ああ…でもあれ…男の声じゃなかったか?」
「あれだよ。あれ、俺だから。アバターが男だったんだ。」
ルーズがそう言うと、皆一様に驚きの表情を見せた。
「あ…あ、そうか、アバター解かれる前だったな。」
「ん。あれさ、俺の言葉にだけ反応したんだよな、アイツ。それが気に入らなかったかなんかで、嫌がらせのプレゼントなんじゃないかと思ったんだ。」
成程、とキリトはまた座って考え込んだ。
あの時、確かに他のプレイヤーからも声は上がっていた。恐らくその全てを黙殺するつもりだった茅場が、なぜだかルーズの声にだけ反応してしまった。それは不愉快なことだったに違いない。
「嫌がらせなの?生き残れるように、つけてくれたんじゃなくて?」
大人しく聞いていたサンが、素朴な疑問を投げかけた。
ルーズは苦笑する。
「HP赤領域のスキルなんて、よっぽどじゃなきゃ使えない。やっぱ怖いよ、あのスキル。『使うかどうかはあなた次第だ。』とか言ってるようにしか思えない。使って死ぬもよし、使わないで死ぬもよし、ってな。」
うわ、とステイアライブを持っているあとの二人が顔をしかめた。
「俺、茅場の声で想像しちゃったよ。すごく言いそうだ。」
「ああ、『さあ、使って楽しませてくれ』とかも言いそうだよな。」
がっくりと肩を落とした二人を見やって、キリトはまた聞く。
「でも、どういう人選なんだ?言葉を交わしたのはあんただけだろ?」
「…思うに…、家庭環境?」
ルーズが茅場に物申したのは、一家の稼ぎ手が病院送りになれば残された子供たちがどうなるかという話だ。ルーズの場合、子供二人との三人暮らしだから、生活に支障が出るのは必至である。
「あんたら、世帯主か?」
ルーズの問いに、二人は頷いた。
「……んで、子供がいる?」
「ああ、いる。」
「…俺も、うん。」
もうひとつ、片親だという条件も含まれているかもしれないとは思うが、そこまで追及して出現条件を割り出す必要はない。どちらにしろこのスキルが『使えない』ことには変わりないのだから。
「…怖い人ね…。」
アスナは茅場という名前を音にしなかった。茅場のことも、このゲームのことも、そして現実世界のことも、あまり話題にしたくない内容だ。その心情に皆押し黙った。
ルーズは笑みを見せて明るい声を出す。
「俺は使っちまったんだよな、一回。アイツを喜ばせたのかと思うと悔しいね。ぜってぇ100層目まで行って茅場をブッ飛ばす。」
「んじゃ、攻略組に食いついて力つけとかなきゃな。」
ナナも笑った。
一瞬の躊躇いののち、キリトも笑顔を見せた。
「その意気だな。」
初のボス戦参加のあとは、度々攻略戦に誘われるようになった。
ルーズたちはレベルが心許無いからと一定の条件をクリアできた時だけ参加することにしていた。それは、チームの平均レベルとの差が10まで、というもの。
その条件を付けていても、暫くは参加できていたのだが。
「やっぱ攻略組はどんどん上がってくな。もうやめといた方がいいかもしれない。」
平均とのレベル差が、今は20近くついてしまっている。その平均値を上げている要因に、かのヒースクリフも入っているのだが、つまり、彼が出なくてはならなくなってきたということだ。ルーズたちが追いついていたのは、彼の不在と、たまたま攻略組のレベルが停滞時期にあったということだったらしい。階層攻略の流れを止めないために、攻略組は競ってレベルを上げている。そのスピードにはとてもついていけない。
「だな。無理してレベル上げすることもないだろ。あとはあいつらに任せよう。」
毎日狩りに出てクエストもこなしているが、そもそも攻略組と違って自分たちが楽しめることを優先している彼らにそれ以上の加速は不可能だった。
「久しぶりに今日はのんびりしようぜ。こないだ見つけたレストランが、デザート豊富なんだけど、行かないか?」
ナナの提案に、甘いもの好きのルーズが嬉しそうに賛成した。こうなると、レイシーとサンはなし崩し的についていくことになる。勿論二人とも嫌々というわけではないが。
夕方になって部屋に帰るとき、キリトからの連絡が入った。
「…あー、ボス戦のお誘いだ。断るぞ?ってか、もう誘わなくていいって言った方がいいよな。」
「そうだな、毎回悪いし。こっちの事情説明して、もう参加しない方向で…。」
「了解。返事返しとく。」
それから数日後、狩りに出ようとしたところにまたキリトから連絡が入った。
先日断りを入れたし攻略戦が成功したばかりだから、次のお誘いということは考えられない。人付き合いの少なそうなキリトが公的な理由以外で連絡してくるとは思っていなかったから、何の用だろうと首をかしげつつ開いてみると。
『今どこにいる?』
現在地を細かく説明して送り返すと、またすぐに返事が来た。
『そこにいてくれ。』
「…なんだ?…なんか問題でもあったかな。」
仕方なく出発を遅らせてその場で待機した。すると、そこにやってきたのはキリトではなくアスナだった。
「お待たせ。ごめんなさいね、急に。」
彼女の後ろには血盟騎士団の団服をまとったプレイヤーが数名。
「…どうかしたのか?っていうか…俺たち相手にどんな用事があるんだって感じなんだが…。」
「あら、そんなどうでもいい人だなんて思ってないわ。大事な攻略組の仲間だと思ってます。」
そう言って、アスナはメニュー画面を操作し始めた。ストレージを探っているらしい。
「あなたたちに渡すものがあるの。」
差し出されたものは書状だった。
「手紙…?誰から…。」
「我が血盟騎士団の団長であるヒースクリフから預かってきました。大事な話ですので、ここですぐ読んでいただけると幸いです。」
それが私的なものでなく公的なものだということを示すように、アスナは丁寧な物言いで恭しく頭を下げた。
驚きで4人は顔を見合わせる。
ヒースクリフという人物と自分たちとの接点はない。手紙をもらう理由はどこにもないと思うのだが…。
「今…?まあ、うん、じゃあ、ちょっと待ってくれ。」
現れたアスナに合わせるように立ち上がっていたルーズは、また元の石段に腰かけると手紙を開いた。仲間3人も訝しげに覗き込む。
「はあ!?」
内容を読んで声を上げたルーズに、アスナは人当たりの良い笑顔を向ける。
「どうかしら。お返事いただける?」
「いやいやいや、訳わかんねえんだけど。」
「団長はいたって真面目よ?きちんとしたお返事をいただいてこいと仰せつかっております。」
その手紙には、ルーズたちを血盟騎士団に入団させたいとの意向が書いてあった。勿論文面は遜った紳士的なものだ。
「きちんとした…?…手紙で返したほうがいいかな…?」
「いえ、口頭でも構いませんよ。私が使いに選ばれたのはそういうことも視野に入れてのことだから。」
副団長であるアスナをよこしたのが信用によるものだということは、場合によっては別の人物が手紙をもってくることもあり得たわけだ。アスナと面識があるという理由での勧誘ではないということか。
「返事は…申し訳ないが、NOだ。理由はまあ、主義の問題かな。あと、誘われる理由が思い当たらないのも…なあ?」
そう言って仲間のほうを向くと、レイシーたちも訝しげに頷いた。
アスナは少々ばつが悪そうに笑う。
「ごめんなさいね。多分、私のせい。」
「あんたの?」
「前に祝賀会やったでしょ?あの時の話、しちゃったのよね…。あの、ステイアライブの話。」
「ああ、…だからって、なんで。」
「出現条件の話と、唯一あなたがあの技を使った人物だってことを言ったら、なんだか妙に興味持っちゃったみたいで。」
断りの返事はある程度予想していたようで、アスナは快くその伝言を引き受けてくれた。
ところが。
次の日から毎日、手紙が届けられるようになった。それもルーズたちの家の前で団員が待ち構えている状態だ。
アスナには口頭で返事を返したが、他の者にはそういうわけにもいかず、読んでは断りの文面をひねり出して手紙にしたためるという作業を要した。
アスナが来ないのは、恐らく彼女の意志だろう。一度断りの返事をもらったのに、何度も同じ用件で訪れるのは失礼だと進言してのことだと思われる。普段の様子から言って、彼女は礼儀をわきまえる性格の筈だ。
それでも手紙をよこすヒースクリフの執着ぶりに少々辟易しながら、ルーズは今まで書いた言葉を微妙に変えた文面を作り出して手紙を用意した。
もう文章のストックなんてないぞと思っていた翌日、再びアスナが現れた。
「ごめんなさいね。何度も。」
「…ん~、ぶっちゃけ嫌になってきてたとこだ。」
「…でしょうね。」
「で?今日も手紙か?」
「ええ、でも、今日のはちょっと趣向が違うみたい。」
そう言って差し出されたのはカードだった。
『一度お会いしたい。』
たったそれだけが書かれている。
ルーズはがっくりと項垂れた。
カードを突き返して言う。
「言っとけ。会いたかったらてめーが出向け!五分ぐらいの時間は空けてやる!」
アスナはあはは、と苦笑を返した。
その次の日は気分よく家を出た。
『てめーが来い』なんてことを言ったのだから、さすがに愛想をつかせてもう連絡は来ないだろうと思えばこその上機嫌だ。
「今日はどうする?」
狩りに行くかクエストに行くか、それともどこかに遊びに行こうかと話しながら4人で歩いていると、人気のない路地で突然人影が押し寄せた。
「!?」
驚いている間に取り囲まれてしまう。10人近くのプレイヤーは、皆、血盟騎士団の団服を身にまとっていた。
「…なんだよ、お前ら。」
前日までの手紙の件とはまるで違い、マナー違反の行為でルーズたちの逃げ場を奪った面々に、ルーズは遠慮なく顔を顰めて見せた。他の3人も同様である。
「血盟騎士団の本部まで来てもらおう。」
「はあ?呼び出しにしちゃあ、あんまりなやり方じゃねーのか。」
「ふざけるな!!」
そう声を荒げた男の言うことには。
礼を欠いた行為を繰り返したのはお前たちの方だ。団長は弱小ギルドの長であるお前に対しても礼儀を重んじてのやり取りをしてやっていたのに、再三の呼び出しに応じないだけでなく、こともあろうに格上の相手に対して口頭で呼び出すなど、己の立場を理解していない。今日こそは出頭し、団長にこれまでの非礼を詫びろ。
「あのなぁ、俺たちは団員じゃない。呼び出しに応じる義務はねえだろうが。」
「我らが血盟騎士団の貢献は周知の事実。お前たちとてこれまでの攻略戦での恩があるはず。それをわきまえろと言っている。」
「なんだよそれ!」
まるで攻略戦で生き残れたのは血盟騎士団に守られていたからだという口ぶりに、ナナがいきり立つ。
取り囲んだ全員がガチャっと武器を鳴らし、剣を抜くそぶりを見せた。
「拒否は認めん。」
そう言って回廊結晶を出した。
「入れ。本部に出る。」
顎で示されたことにも腹が立ち、ルーズは睨みつける。
「出口が本部だという証拠は?」
男はチッと舌打ちをして、回廊に足を踏み入れた。
「俺が先に行く。ついて来い。お前ら!逃がすなよ!」
回廊の出口は、ご丁寧に本部の建物の中、ヒースクリフが常駐する部屋の前だった。
「連れてまいりました。」
高圧的な態度だった男は、穏やかな物言いでそう言った。
入れとの声があり、ドアが開かれる。
促されるまま部屋に足を踏み入れると、ヒースクリフと思しき人物は、大きな窓の前で椅子に腰かけてこちらを見ていた。両脇には副官らしき男たちが座り、面接さながらの雰囲気だ。
「よく来てくださいました。お待ちしていましたよ。」
「そりゃあどうも。」
ルーズは不機嫌にそう返す。
部屋の中央まで歩み出て、4人でその男を見据えると、彼は笑った。
「そう怖い顔をしないでいただきたい。一度会って話したいと思っていたのです。」
ふーん、と気のない返事にヒースクリフは目を伏せた。
「再三の申し出を断られた理由を伺いたい。」
血盟騎士団への入団についてだ。
「断りの理由は手紙に書いたはずだ。」
「主義が違う、生活のリズムが違う、やりたいことが違うと、とってつけたような理由を返されても納得はできない。こちらはそれに対し、妥協案を提示した筈ですが。」
確かに手紙にはそういったことが書いてあった。
しかし、どんな条件を提示されても、ルーズはギルドに入ること自体を嫌っているところがあって、再考の余地はない。
「主義の違いをとってつけた理由だと言われるのは心外だ。俺は、あんたたちみたいな軍隊然とした組織に入る気はない。」
それにはヒースクリフも眉を顰めた。
「軍隊とは…、それこそ心外だと言いたい。我が血盟騎士団はどこぞの大型ギルドと違い、軍を気取ってなどいない。」
「軍だよ、あんたらがどう思ってようとな。気に食わねえんだ。血盟騎士団至上主義、ヒースクリフ至上主義。」
ルーズの言葉にあからさまな嫌悪を示す。
「そのような主義を主張した覚えはありませんが。…何をもってそうおっしゃられるのか。」
ふん、とルーズは小さく笑った。
「俺は弱小ながらギルドのリーダーだ。立場はあんたと同じ。確かにあんたんとこの方が規模もレベルも上だがな。あんたが現実でどんな仕事をしてるかは知らないが、もしあんたが社長だとしたら、あんたは他社の社長やその社員を、規模が小さいからって部下に『お前ら』呼ばわりさせるのかって話だ。あんたんとこの団員は、明らかに俺たちを見下してた。『誇り高き血盟騎士団が弱小ギルドに首を垂れる必要はない』って姿勢が見て取れる。それは至上主義って言うんじゃねーの?」
返答を吟味している風なヒースクリフに、ルーズは更に言う。
「現に、俺たちはここまで連行されてきたんだ。」
「連行…?」
「ああ、取り囲まれて、剣を抜くそぶりを見せられ、回廊に入れと脅された。」
それは…とヒースクリフは言葉を止めた。言い訳を探しているという風ではなく、単に驚きのせいで言葉が続かなかっただけのようだ。
「…それは…申し訳ないことをした。昨日の返事を聞いて、つい『多少強引にでも、説得して連れてきてくれ』と指示してしまったんだが…そこまでやるとは。」
申し訳ない、と目を伏せる。
ふん、と今度は息をつき、ルーズは続けた。
「で、連行されたうえにこの状況。」
両腕を軽く広げて部屋を見回すようなふりをして見せる。
テーブルにはヒースクリフ、その両脇に副官、部屋の隅には団員が数名控えている。その中央にルーズたちは立っている状態だ。
「こっちにしてみりゃ『吊し上げ』られてる気分なんだが。」
そもそも関係性から言えば、客として扱われてもいいのではないのか。そう訴えると、ヒースクリフは破顔した。
「これは…重ね重ね申し訳ない。ここにはあまり客人を呼ばないのでね。つい、失念してしまった。」
そう言って副官に指示をすると、部屋にはソファーが現れた。
「お茶をお出しして。」
それにはルーズが首を横に振る。。
のんびりと寛いでしまっては、また入団を勧められるだろう。しかし色よい返事をする気はない。あまりもてなされても困るのである。
促されてソファーに落ち着き、ルーズは小さく咳払いをすると表情を柔らかくした。
「ま、客として扱ってくれるなら、今日のことは水に流しますよ。」
「それはありがたい。では、この席を再度の話し合いの場としてよろしいかな。」
唇を引き締めて頷く。
「お話は伺います。が、あまり期待はしないでいただきたい。」
話は手紙にあったものとほぼ同じだった。
血盟騎士団に入る気はないか、というのが主な申し出だ。
「何度も言うが、そちらのやり方に合わせてレベルアップをする気はない。こちらにはこちらのやり方がある。」
「言わせていただくが、あなた方のやり方ではトップクラスとの差が開く一方だ。」
「…だから、俺たちは戦線を離脱すると言ったはずだ。」
「それでは困るから言っている。」
堂々巡りにルーズが溜め息を吐くと、ヒースクリフは軽く笑んだ。
その眼にしっかりと視線を合わせ、ルーズは言う。
「攻略組の人数を増やしたいのはわかるが、俺たちでは力量不足だ。血盟騎士団に入りたいと思っているやつなら他にいるはずだ。俺たちに固執する必要はないと思うが。」
「勿論固執しているわけではない。他でも声をかけているよ。それでも、足りないと感じているということだ。」
そうかな、とルーズは呟いた。
「俺たちは何度か攻略に参加して、攻略組の強さを間近で見た。あんたが戦っているところは見たことがないが、あいつらの上を行くと聞く。なら、あんたたちが引っ張って行ってくれれば、このゲームの攻略は可能だと判断した。…だから、力量の足りない俺たちが出る幕はない。」
その言にヒースクリフは小さく息をついて返答を吟味しているようだった。
やっと説得ができたかと安心したのもつかの間、ヒースクリフは笑みを消した。
「…これは…あまり言いたくない話だったのだが…。」
トーンの下がった声色に、微かに緊張する。何を言われるのか予想がつかずにいると、彼は言葉を続けた。
「これから階層のボスは更に攻略が難しくなっていく。特に、ターニングポイントとも言える強敵。25層での顛末は知っているかな?あの時はその後の攻略を絶望視する声が多かった。あのレベルの敵が続くのだと予想してのことだ。しかし違った。26層からはまたレベルに見合ったボスが用意されていた。だから今は攻略が進んでいるが、恐らくターニングポイントはまだ準備されている。…私の予想では…50層、75層。だが、わからない。予期せずターニングポイントが現れる可能性もある。そしてゲームのセオリーから言えば、そのうち転移結晶も使えなくなるだろう。」
そこでヒースクリフはルーズたちの反応を確認するように言葉を切った。
うん、と頷いて見せる。
「転移結晶が使えず、退路もない場所では、ボスの情報を得ても持ち帰ることができない。その場所へ踏み込んだが最後、倒すしかない。できなければ、全滅が待っている。万全の態勢で、トップクラスの人間を攻略に送り込み、そして、失敗したら…どうかな?私たちがいなくなった後、この世界に残された者たちは、攻略をしていけるだろうか。」
皆押し黙った。
そんな事態になったら、混乱は必至、何が起こるか予想できない。パニックに襲われた人間は、どんな暴挙に出てもおかしくはないのだ。
「混乱がどのように広がるかは予想できない。絶望して自殺する者もいるかもしれない。どうせ死ぬならと犯罪に手を染めるものもいるかもしれない。だが、可能性として、人々がその時点でレベルが一番高いグループに攻略を迫ることも考えられる。それは、あなた方かもしれないし、他のものかもしれない。中には自ら立ち上がるものもいるかもしれないが。…そうなったとき、攻略に慣れていない者たちが、いきなりターニングポイントの強敵を突破できると、思うかね?」
「…それは…レベルを上げれば…。」
軽く突破できるレベルまで上げることができれば、進めなくはない。
ルーズの返事にヒースクリフは頷いた。
「そう、レベルを上げれば、ね。そこで、現在攻略組とのレベル格差が大きいあなた方が、私たちのレベルを追い越すまで、どのくらいの時間がかかるかという話だ。攻略組がいなくなってからレベルを上げるのでは、100層攻略に何年要することになるやら。…現実の体が、持ちませんよ。」
だから、攻略組のすぐ後ろをついてきてくれるプレイヤーを育てなければならないのだ、と彼は言う。
「まだ、足りない。本当のことを言えばプレイヤー全員がレベルを上げてくれればいいと思う。しかし、今更レベル1の者が攻略組のレベルになることを期待するのは非現実的だ。だからこそ、今力のあるプレイヤーを私たちが引っ張って行かなくてはいけない。」
彼の言うことは分かった。確かにそうだと頷けた。
ルーズはふいっと視線を落としてから、ソファにもたれるようにして窓の外を見た。
「…あんたは…すごいな。」
「…なにがですか?」
「…攻略やってる奴ってのは、自分が生きて帰ることを夢見て、それを原動力にやってるんだと思ってた。だから、死んだらそれで終わりだと。なのに、あんたは自分が死んだあとのことも考えてる。…すごいよ。…感服する。」
「それは、解っていただけたと取ってよろしいか。」
「ん。まあ、あんたの言いたいことは解った。…でもな…。」
「手紙でも提案した通り、あなた方の都合のいいやり方で活動に参加してくれればいい。」
「いや、それは断る。」
無碍もない返事に、ヒースクリフは苦笑した。
「それは、解ったとは言わないのでは?」
「申し出はありがたいが、俺たちが団に入って好き勝手やったんじゃ、あんたら内部から崩れちまうだろ。引っ掻き回す気はない。」
結局堂々巡りですねと笑う彼に、ルーズは「でもな、」と返す。
「レベル上げはやる。あんたらについてけるように精進するよ。」
そうですか、とヒースクリフは言葉を止め、先ほどのルーズのように窓の外に目をやる。
暫しの沈黙が流れて、ルーズは頃合いだと立ち上がった。
「お招き痛み入る。次はゆっくりお茶でもしよう。話せてよかった。」
仲間を促し、ドアの方に足を向けたところで、ヒースクリフが口を開いた。
「では、フレンドに登録させてもらっていいかな?お茶のお誘いを手紙でやり取りするのも楽しいかもしれないが、少々じれったい。」
言ってフレンド申請の操作をする。
目の前に現れたイエス/ノーのボタンに、ルーズは躊躇いなく指を伸ばした。
「ああ、いつでも誘ってくれ。」
ヒースクリフからの連絡に、ルーズは暫し考え込んだ。
『美味しいデザートを出す店を紹介しよう。その前に、一緒に狩りでもどうだろうか。』
デザートで釣られるわけではないが、レベルアップに精進すると言った手前、狩りの誘いを断るのも気が引ける。
「行くの?」
サンがルーズを覗き込んでそう聞いた。
「どうしたい?」
「僕はどっちでも。あの人、すごく強いんでしょ?一回見てみたいって思うけど。」
サンの言ったことにナナも頷いた。
「どう凄いのか、気になるよな。」
「俺たちの行ってる狩場じゃ一撃でやっちまうかもな。」
レイシーも気になるようで、話に乗ってきた。
「でもそれじゃ、一緒に狩りってのも難しいよな。」
うーんと考えてから、ルーズはメールツールを開いた。
自分たちのレベルと、狩場によってはそちらが手持無沙汰になるということを知らせると、すぐ返事が来た。
狩場はルーズたちの手に余るレベルの場所にするという。ヒースクリフと団員数人でサポートしながら、経験値を譲ってくれるという話だ。
レベル上げには最適なやり方だが…。
「…なんかズルしてるみてーでヤなんだけど…。」
「ルーズはそういうの拘るよな。いいじゃん、普通のゲームじゃないんだし。」
「何か…ポリシーがな~…。」
「でも、あの人の言うように攻略組についてくには、そういうやり方も仕方ないんじゃない?」
「俺達、他の奴らとあんまツルんでこなかったからそういう機会なかったけど、いい機会じゃないか。協力体制ってのを築くのも大事だろ?」
プレイヤー全体のことを考えれば、そういうやり方を推奨するべきなのだろう。
レイシーたちもヒースクリフの考えには賛同しているようで、誘いを疎ましくは思っていない様子だ。
ルーズはもう一度唸ってから、よし、と心を決めた。
指定された場所に行ってみると、ヒースクリフの側には5人の団員が控えていた。
後ろをついていこうとするルーズたちにヒースクリフが前に来るよう促して笑った。
「何もそう遠慮することはない。」
「…いや…なんか悪くて…ね。」
本来なら団員たちは自分のレベル上げをしに行くところではないだろうか。先日のこともある。顔には出さなくても、面白くないと思っている団員がいても不思議ではない。
微妙な雰囲気を保ったまま、一行は狩場へと向かった。
ヒースクリフが気を使ってか、何度かルーズに話を振り、ルーズはそれに短く答えた。話が広がらないながらも少しずつ打ち解けていく様子を後ろから見ていたサンが、こっそりナナに話しかけた。
「ねえ、ヒースクリフさんってさ、ルーズさんのこと、好きなのかな?」
「はあ?…んなわけねーと思うけど。」
ナナがレイシーの方を振り返ると彼も頷く。
「だってさ、あんなに仲間に入れたがってたし、今日だって狩りに誘ったでしょ?」
「…それは、レベルを上げるべきだって話の、アレだろ?」
「でも、血盟騎士団に入らないってことになったんだから、わざわざ誘う必要もないと思わない?」
「んーでもさ、ルーズって、結構オバチャンだぞ?…あの人何歳なのかな…?」
ヒースクリフを眺めてみるが、年齢は推し量れなかった。サンから見れば大人は大人というくくりでしかない。それにアバターが解けているとはいえ、本当の体をそのまま再現できているわけではない。髪型はアバターのままだし、顔のしわなど忠実に再現してはプレイヤーが嫌がるのではなかろうか。
「僕、聞いてみる。」
「ああ。」
サンは小走りでヒースクリフの側に行き、声をかけた。
「ヒースクリフさん。」
「ん?なんだね?」
「ヒースクリフさんは、ルーズさんのこと好きなんですか?」
ナナとレイシーが驚いて吹き出した。
「何聞いてんだよお前!!」
「年齢だよ年齢!!」
慌てて大声を出す。ルーズが「んなわけないだろ!?」と焦って言った。
すると、あっけにとられて足を止めたヒースクリフが声を立てて笑った。
「失礼。…これはどうも…失念していた。なるほど、確かに、そんな風にも見えるかもしれない。」
「す…すみません。」
ルーズの謝罪にヒースクリフは首を横に振る。
「いえ、こちらこそ申し訳ない。あなたが女性だということをすっかり…。」
忘れていた、という言葉は飲み込んだらしい。
あはは、とルーズも誤魔化すような笑い声を立てた。
顎に手を当てて、思案するような風にヒースクリフは言う。
「ああ、惜しいことをしたな。」
「え?何がです?」
「そのことを踏まえていれば、団に誘うにしても他のやり方があったというものだ。」
「………?」
「女を落とす方法はいろいろあるということですよ。」
言っている意味が分かってルーズはムッとして歩き出した。
「そういう男は嫌いだ!!」
あはは、と高らかに笑って、ヒースクリフがその後に続く。
狩りの誘いは日常的なものになった。
ルーズは手紙の件を思い出し、あの男は粘着質だと揶揄したりもしたが、レベル上げの手伝いには基本的に感謝していた。
「すまない、ちょっと今日は食材探しに行こうと思ってたんだ。」
たまたま近い場所にいたルーズ一行はヒースクリフのところまで出向いてそう断った。
「食材?ご自分で料理を?」
「いや、知人にレストランやってるのがいて、提供してるんだよ。美味しい料理をごちそうしてもらえるからな。」
「なるほど。」
ヒースクリフは思案する風を見せた。
「いい食材が取れる場所を知っている。」
どうする?という視線を送ってくる。
「いい食材?」
「…そうだな、現実世界で言えば特上の和牛といったところか。S級食材ではないが、それなりにいい値がつくものだ。」
牛肉と聞いてナナが身を乗り出した。
「マジで!?ルーズ!!行こうぜ!!」
「特上和牛か…松坂牛とか?」
「ステーキできるかな。」
「でも、提供した分食っちまったら意味ないだろ。」
そのやり取りにヒースクリフが心配ない、と付け加える。
「大物だ。20人分は取れる。」
よっしゃー!というナナの咆哮で、行くことが決定した。
食材が豊富な地区らしく、途中でキノコや木の実も簡単に見つけられた。ホクホクと機嫌のいいルーズを見て、フフとヒースクリフが笑う。
「面白い人だ。」
「…そうか?」
とぼけた顔で返すと、脇からナナが茶々を入れた。
「面白いってか、変なやつだよな。ルーズって。」
「変って……。まあ、否定はしない。」
「否定しないのか。」
レイシーが呆れて肩をすくめると、ヒースクリフはレイシーに話を振る。
「楽しそうなパーティーだな。君はどうして彼女と?」
「…どうしてって、ま、腐れ縁?」
「腐れ縁かよっ!」
ルーズのツッコミは無視して、ナナも同意した。
「だよな。開始数時間で捕まったんだ、このオバチャンに。」
「ナナ、酷いよ。それ。」
「俺の肩持ってくれるのはサンだけだな~。」
「…うん、オバチャンなのは否定しないけど。」
「サン~!?」
あはは、と笑いが起こった。途中からメンバーになったサンも、もうすっかりこの空気に馴染んでいる。最初は冗談で誰かを貶すことに抵抗があったようだが、最近はノッてくるようになった。いい傾向なのだろうとルーズは思っている。
「戦い方を見ていても息もあっているし、いい仲間だな。期待できるというものだ。」
ヒースクリフの言にルーズは顔を顰めて見せた。
「期待って…そういうの重圧だなぁ…。」
「どうだか。あなたはご自分を過小評価する傾向にあるらしい。」
「適正評価だよ。あんたこそ買い被りだ。」
「買い被りではないことが、今から証明できる。」
え?と彼の顔を振り返ると、彼は岩場の盆地のようになっている平地を示した。
「ここだ。期待に応えていただこう。」
その意味を把握する前に、ルーズは足を踏み入れてしまっていた。
途端聞こえてくる咆哮。
「和牛?」
「そう、我々はサポートに回る。あなた方でカタを付けていただこう。」
「え!?ちょっと待て、ここのモンスターは俺達には!!」
「危険になったら、守ろう。ご心配なく。」
また反論しようとしたが、もう敵は間近に迫っていた。
「行くぞ!」
ポインターは赤。ガタイはそう大きくないが、スピードが速くて威力が強い。突進されるとガードをしても吹き飛ばされた。
「ちくしょう…闘牛かよ…。」
ナナのボヤキがそのモンスターを言い表していた。
ヒースクリフが牛肉と言ったのは、味だけの比喩ではないようだ。頭部はまさに牛そのものだった。二本足で立つこともあるが、前足を地面におろせば大型の牛と表現してもいい。おまけに闘牛のように突進してくるのが主な攻撃だ。
「足を止めるぞ!!」
4人で待ち構え、ガードをしてみるが、それでも飛ばされた。
「足止めしなきゃ攻撃も出来ねえじゃん!!」
「受け流すか…。」
モンスターが離れたすきに、ルーズは指示をして立ち位置を決めた。
ルーズがスキルで剣圧を当てて敵を呼び、寸でのところで飛び退く。
真正面から止めようとしても無理なことは解った。なら、横から接触するしかないのだが…。
少し間を開けて立ったナナとサンの間に、モンスターが突っ込んだ。ガードとの接触でエフェクトが散る。
「堪えろ!!」
言ってルーズがモンスターの後ろからスキルを発動する。止められはしなくても、ナナとサンとの接触でモンスターのスピードは落ちている。
ルーズの攻撃が当たり始めたところでレイシーがモンスター前方に躍り出て、溜めに入った。
「スイッチ!!」
後ろからの攻撃にモンスターが気を取られた頃合いにレイシーのスキルを発動。
「ほお?」
離れた場所で見守っているヒースクリフが楽しげに笑んだ。
先ほどから血盟騎士団は少しも手を貸していない。
「まだ、よろしいのですか?」
「まだだ。」
チッとルーズは舌打ちをした。
後ろを窺っても血盟騎士団の連中は動こうとしない。ヒースクリフの指示であることはすぐに分かった。
「サン!ナナ!下がれ!回復だ!!」
作戦を考えて攻撃を当てることはできても、格上のモンスターのHPゲージの減りは緩やかだった。それに比べて自分たちのHPはガードをしても徐々に減っていく。この分では持っている回復アイテムをすべて使い切らなくては勝てそうにない。
(どういうつもりだ!!ヒースクリフ!!)
声に出す余裕もなく、ルーズはモンスターに注意を払わなくてはならなかった。気を抜けばやられる。
二人が回復アイテムを使う間、レイシーと二人でモンスターの注意を引く。と、モンスターは一直線にルーズの方に駆け出した。
「ルーズ!!」
ガードはしてみるものの、その甲斐なく飛ばされる。
その時ヒースクリフが動いた。
「三人を頼む。私は彼女のガードに入る。」
「は!」
レイシーが攻撃をかけている間に、ルーズは回復をしようとアイテムを取り出した。
が、使おうとしたところで手首を掴まれる。
「…ヒースクリフ。」
「まだだ。まだ、赤領域に達していない。」
そう言って、腰から出したナイフでルーズの手に傷をつけた。ゲージが赤領域に入る。
「…どういう…つもりだ。」
「急がねば、お仲間が危ない。部下たちにガードは命じたが、手を出さないように言ってある。」
「…アレを…使えってか…?」
「ご名答。…あなたの命は保障しよう。この盾にかけて。」
ちくしょう、と口の中でぼやく。
これが目的か、と今更思った。あの執着も固執も、あの口上さえもこの目的のための行動か。
「ちゃんと守ってくれるんだろうな。」
「ええ。この命に代えて。」
「死ぬ気なんてねえ癖に!!」
ふふっと笑って、ヒースクリフはモンスターを顎で示した。
「ついて来いよ!!ぴったり!!」
「了解した。」
ルーズが駆け出した。
ステイアライブを使うこと3回。仲間たちとのスイッチで、何とか猛牛を倒すことができた。
その間血盟騎士団はガードだけはしてくれたがそれ以上のことは決してしなかった。
「…食えねえ奴だよ、あんたは。」
「申し訳ない。どうしても、一度見ておきたかったのでね。」
「じゃあ大満足だな。3回も見せてやったんだ。」
「ありがたいと思っている。」
「なら、これであんたとの縁は切れるってこったな。」
勢いそう言うと、ヒースクリフは困ったような顔を向けた。
「どうか怒りを収めていただきたい。」
「あんたの口上に踊らされたと判った今、これ以上レベル上げをする気はないな。」
「それは違う、と言っておこう。私は嘘をついて踊らせたつもりはない。」
「信用しろって?」
「あなたの実力を見ておきたかった。それだけの話だ。」
何が本当か計りかねて、ルーズは押し黙った。
下を向いて考えていると、ヒースクリフは勝手に気楽な雰囲気を纏って笑った。
「この戦闘で手に入ったものは全てあなたに進呈しよう。狡いことはお嫌いなのだと伺っている。あなた方の力で倒したものだ。遠慮せずに持って行くといい。」
ルーズがむっとした顔を上げても、彼の笑みに変化はなかった。
どこまでも食えないやつだと思いながら、ルーズは怒りをひっこめる。
「仕方ねえ。それで帳消しだ。」