SAO-1/10000-

映る片鱗




 ルーズたちは久しぶりに下層域に来ていた。
 今日はレベル上げではなくクエストが目的だ。
「まだ誰もクリアしていないんでしょ?」
「ああ、そうらしい。」
 サンに聞かれてルーズは答えた。
 ふん、とナナが唸る。
「敵が強いわけじゃねーのに、なんでクリアできないんだよ。」
 攻略が進んだ今、かなりレベルの高いプレイヤーもいるというのに、下層域に未クリアのクエストが残されているのは異例だ。情報によるとそのクエストに出現するモンスターはその層に見合ったもので、ハイレベルのプレイヤーが手こずるような強いモンスターは確認されていない。
「時間制限があるからなぁ…。」
 レイシーが難しい顔をした。
 挑戦したプレイヤーたちは手を変え品を変え、散々知恵を絞ってきた。それでもどのやり方にも欠点が見つかり、八方ふさがりらしい。
「やっぱ足の速さはかなり影響すると思うぞ?」
 クエストは岩山の中腹にある洞穴に住む親子の依頼をこなすものだ。
 その洞穴の前で立ち止まり、事前確認。
「これまで確認されている依頼は3回まで。それぞれのクエストアイテムのありかは地図で見せたとおり。モンスターを足止めする役割と、クエストを進行させる役割とを分けるやり方が有力だとされてたが、パーティーメンバー全員が洞穴にそろってないとクエストが進まないことが分かった。このクエストのモンスターに時間停止や石化のアイテムは効かない。モンスターを蹴散らせつつ進むというぐらいしか方法がないが、これまでの挑戦者はあえなく時間切れ、だとさ。」
 恐らく前線を行く攻略組で組まれたパーティーならクリアできるだろう。しかし、この下層の単純なクエストでは経験値やレアアイテムに期待できない。攻略組にとっては何の魅力もないのだ。
「まあ、ダメ元だな。ナナもサンもスピードのポイント上げただろ。マラソンする気分でやろうぜ。」
 げ、とナナが舌を出した。
「マラソンなんか大っ嫌いだよ。」
 それを聞いてルーズは笑う。
「現実と違って疲れないじゃないか。」
「気分だよ。走ってるって気分がヤなんだ。」
 ルーズはナナの背中をポンポンと叩いて促した。
「帰りは俺とレイシーで道を開く。お前たちがここに到着する頃には追いつける筈だ。」


 洞穴の中には母親と幼児がいた。クエストは母親の頼みごとで始まる。子供がなくしたものを探してきてほしいというものだ。
 一つをクリアするとまだ無くしたものがある、と続けて頼まれる。制限時間はその一回ごとに設定されていて、時間内に洞窟に戻って母親に話しかけるとクリアできる。
 三回目のコースが厄介らしく、届ける寸前でタイムアップ、というパーティーが続出らしい。
「要領は同じだ!行け!!」
 足の速いルーズとレイシーがモンスター出没ポイントまで行き、敵を蹴散らす。ナナとサンが駆け付けたところで一番スピードのあるレイシーがクエストアイテムを取りに行く、といった具合だ。
 二回目までは余裕でクリアできた。問題の三回目はクエストアイテムの場所まで少々遠く、モンスター出没ポイントも数か所ある。
「次行くぞ!レイシー!」
「おうっ!」
 数匹を残した状態で吹き飛ばしのスキルを使い、次へ急ぐ。そろそろナナとサンが次のモンスターの所に辿り着く頃だ。タイミングを上手く計らないとタイムロスになってしまう。
 最後のモンスター出没ポイントでレイシーがアイテムを取りに行くと、ルーズがあとの二人に指示を出した。
「戻れ!」
「!?いいのかよ!」
「問題ない。この数なら一人でくい止められる!」
「わかった!次で待ってるぞ!!」
 全てを倒す必要はない。レイシーが駆け抜けるのを待つだけだ。
「二人は!?」
「次で待ってる!行け!」
 レイシーはターゲットにされないうちに通り抜け、振り向いて呼んだ。
「もういいぞ、ルーズ!!早く!!」
「おう!」
 次の場所でナナとサンはモンスターに囲まれていた。
「行け!攻撃喰らっても大したことはない!」
 二人が離脱すると、すぐにレイシーがモンスターを弾き飛ばした。
「行くぞ!アイツら追い越して次も蹴散らそう!」
「よっしゃ!」
 とにかく全員が時間内に洞穴に戻らなくてはいけないのだ。足の遅い二人は闘っている余裕はない。



 アイテムを持っているレイシーが母親に話しかけると、彼女はにっこり笑った。
「ありがとうございます。実はあと一つ、失くしたものがあるのです。もう一度お願いできますか?これが最後です。」
 クリアできたと喜んだのもつかの間、もう一回と聞いてあんぐりと口を開ける。最後の探し物は情報がないから場所も分からない。
「多分裏の畑にあると思うのですが、この子ったら、私の指輪を土に埋めてしまったようで…。」
 あっさりと場所を教えられてしまって顔を見合わせた。
 しかもすぐそこの畑ならモンスターも出ないのではないだろうか?
「…畑掘り返すのに手間取るとか?」
 考えている間に母親がお辞儀をした。
「では、お願いしますね。」
 視界の端にカウントダウンが始まってしまった。
「やべっ!行くぞ!」
「おうっ!」
 洞穴を出て、山肌に沿って細い道を行くとすぐに畑があった。
 スコップが数個置いてあり、畑にはポインターが光っていた。
「え…この場所掘り返せばいいってことか?」
「とにかくやろう!運が良きゃ一発で見つかる!」
 スコップは4個以上置いてあり、全員で手分けして探すことが出来る。
 ラッキーだと思う反面、簡単すぎる気がして引っかかった。
「あ!指輪だ!!」
 サンがすぐにそれを見つけた。
「よし、戻るか。」
 時間はまだ十分余裕がある。ナナが気に掛かって畑を振り返る。
「…まさか、他にも指輪があって、どれが本物だ、とかならねーかな…。」
「えー!?」
 ルーズが立ち止って腕組みをして唸った。
「…もう少し、探すか?」
「どうする?」
「ポインター全部掘り返す?」
 そうなると時間はギリギリだろう。サンが駆け戻ってスコップを手に持つ…が。
「あれ?もうポインター消えてるよ?」
「え?なら、いいのか、それで。」
 簡単だったな、と皆でゆっくり洞穴に戻ると、母親はまた笑って出迎えてくれた。
「ありがとうございます。おかげで…。」
 サンが指輪を手渡す後ろの方で、クエストエンドであろう台詞を言う母親から視線を逸らしてルーズは洞穴の中を見回していた。
 この岩山の洞穴にしては、内部はきちんと装飾された家になっている。
 面白いなと思いつつあれこれ見ていると、足元に何か転がっていることに気が付いた。
「…?」
 かがんで拾い上げるとそれはおしゃぶりだった。この幼児の物かと思って子供を見ると、先程まで機嫌よく遊んでいたその子が突然火の付いたような泣き声を上げる。
 ハッと全員が子供に視線を移した。
 それと同時に、母親の表情が豹変した。
「…また…この子は…何度も何度も…!」
 その声色が恐ろしく、視線は母親に向かう。
「ぁぁあああああ!!!」
 苛立ちから起こった叫び声が、最後は「きぇええええ!!」という咆哮になったかと思うと母親の体が大きくなり始めた。
 洞穴だった筈の場が闇で覆われた広い空間に変わる。
 BGMは子供の鳴き声と母親の咆哮。
 母親だったものは、もう人間の姿をしていなかった。
「キメラ!?」
 ドラゴンの尾と毛で覆われた体。後ろ脚には蹄があり、前足はネコ科のものに似ている。顔は鳥に見えるが、くちばしの中には鋭い牙があった。
「ちょ…ポインター…赤い…ぞ…。」
「マジかよ…。」
 ポインターの色は強さを表している。この階層には不釣り合いな色だ。
 レイシーが焦りつつ武器を手にとった。
 また一つ咆哮が響き渡って、戦闘が始まろうかというその時、皆の後ろの方でルーズがのんびりと動いた。
「ほら、お前のだろ?」
 そう言っておしゃぶりを子供の口に突っ込むと、ピタッと泣き声がおさまる。
 そして抱き上げるとキメラの前に歩み出た。
「ほら、お母さん。もう泣きやんだから。」
 キメラに向かって高い高いをするように子供を掲げる。
 するとキメラはシュウンと小さくなって元の母親に戻った。
「ああ、ありがとうございます。この子、このおしゃぶりがないとすぐに泣き出すんです。」
 本当にありがとうございます、と母親は今度こそクエストエンドの台詞を言った。



「キメラの鱗だって。」
 サンが自分のストレージに入ったアイテム名を指さした。
「なんだそれ?」
「…素材アイテム?武器の材料になるのかな?」
 情報屋にクエストクリアの方法を教えてから、4人で武器屋に向かう。
 しかしそこでは何も作れなかった。
「ウチじゃないってことは、防具屋じゃないですかね。きっとレアですよ、それ。」
 そう言われて今度は防具屋に行ってみた。
 キメラの鱗を見せてみると、店主は目を輝かせた。
「どこで見つけたんです!?こんなレアな一品、出会えるなんて幸運ですね!」
「じゃあ、これ使ってアーマー作ってくれるか?」
「勿論です!すぐ出来ますから、待っていてくださいね。」
 嬉しそうに「これは一種類しか出来ないんですけどね。」と言いながら、他の材料を確認している。揃ったのか、「よし」と呟いて奥に引っ込んでいった。
 待つこと数分。
「お待たせしました。」
 そう言って持ってきたものは普通のアーマーの形をしていなかった。かなり小さいものだ。
「…これで完成か?」
「はい。女性ものですから、あなたが着けて見せてください。僕もよく分かんないんです。」
 言われてルーズは自分を指さす。今ここにいる女性と言えばルーズだけなのだから聞くまでもないのだが。
 ピンク色のきれいな鱗が重なって小さな形をなしている部分と、特殊な素材のひもで網の目のようになっている部分がある。とてもアーマーとして役に立ちそうなものではないが、ここはゲームの中だ。このアーマーに設定された数値できっちり守ってくれる筈。
「…どこにどう…着けるんですかね?」
「ストレージに仕舞ってから装備すればいいですよ。今着けている物と勝手に交換してくれますし。」
「あ…そうか…。」
 現実の服屋と違って試着室無しで着替えられるのがいいところだよなと言いながら、ルーズはアイテム欄の説明を読まずにそのまま装備を押した。
 パッと着けていたアーマーが消えた。
 すぐ傍にいたレイシーが吹き出すのをこらえるように口を押さえて顔を背ける。ナナとサンは口を開けて固まっている。
 何が起こったか分からず、近くの鏡を見てやっとルーズは把握した。
「うわあああ!!!」
 慌ててショーケースの隙間に隠れた。
 アーマーは全身のものだった。しかし、ビキニよりもさらに小さいそれは、ほぼ局部しか隠していない。パッと見は全裸である。
「ななななんだよこれっ!!」
「…すごいセクシーアーマーですね。」
 店主はとぼけたようにそう返した。
「お前!!知ってたな!?」
「やだなあ、知ってたら試着室どうぞって言いますよ。」
 赤い顔でふるふると握りこぶしを震わせるルーズに、サンが声を掛ける。
「ルーズさん、自分のアーマー装備し直せば大丈夫だよ。」
 言われてやっと気付いた。メニューを開いて急いで装備を選ぶルーズ。
「使わないんですか?」と店主は事も無げに訊ねた。
「使うわけないだろ!?」
 やっとショーケースの隙間から出てきたルーズは、ストレージからキメラの鱗のアーマーを出してカウンターの上に置いた。
「…買い取ってくれ。」
「…勿体ない…レアなのに…。」
 心底残念そうに言う店主は年齢不詳の男だ。
「レアでも使えねーんじゃ意味ねーよ。」
「…ちゃんと見ましたか?これ、防御力ハンパないですよ?」
 それには4人全員が「マジで?」と声を合わせて店主の出した画面に食い入る。
「…今着けてるヤツの倍以上…。」
「すげー、経験値ボーナスも付くってよ?」
「…スピードも上がる…。」
「…何か急に勿体ない気がしてきた…。」
 どうします?と聞かれてルーズは唸る。
 ナナが思い付いてポンと手を打った。
「マント使えばいいんじゃね?」
「成程。」
 サンは納得したが、レイシーは苦笑している。ルーズも渋い顔だ。
「…露出魔みたいだ。」
「戦闘中、味方の視線を釘付けにすること間違いなしだな。」
 暫しの沈黙が流れ、レイシーもルーズもまるで景色を楽しむかのように窓の外に遠い目を向けた。
「…買い取ってくれ。表のショーケースにでも飾ってみりゃあ、いい買い手が付くんじゃねーか?」
「そうですか。お客さんプロポーションいいから似合うのに。」
「似合わねえよ。断じて。」



 帰る道すがら、ルーズはぶつぶつと何やら呟いている。
 いつものお気楽な性格が何処かに行ってしまったようだ。
「なんだよ、アンタあれ欲しかったのか?」
「ンなわけねえだろ?」
 不機嫌に返すルーズに、訊ねたレイシーは苦笑いを向ける。
「じゃあいいじゃないか。売って儲けたわけだし。」
「防御力倍だぞ?経験値だって…。」
 ナナが笑った。
「だから、マント着けて使えばよかったじゃん。」
「ヤだよ!!あんな…。」
 鏡に映った自分の姿を思い出して、ルーズはぶんぶんと頭を振る。
「僕たち気にしないよ。ルーズさんがどんな服着てたって。」
「んなわけねーだろ!!サンは気にしなくったって…。」
 そう言ってビシッとレイシーを指さした。
「コイツは噴き出してたじゃねーか!!」
 え?とレイシーは意外なことを言われたというような顔で見返す。
 ルーズはぶつぶつと続けた。
「どうせ俺がセクシーなもん着たって笑えるだけだよな。オバチャンだし?生脚見せたって公害だって言われる歳だもんな。」
「え…いや、あれは…笑ったわけじゃ…ないぞ?」
「笑ってた。てか、絶対あれ着たら笑いモンになるだろ。」
 ナナとサンが無言で顔を見合わせた。
 ルーズは何に怒っているのだろう。
 あんなものは着たくない、と言っている割に、あれを着るとどうだとか、どうでもいいことに文句を言っているように思える。
「着る気がないなら…いいんじゃないかな…?」
「…だよな。」
「…だから、防御力と経験値が勿体ねーって話だよ。…もういい、宿行って寝る。」
 そう言ってルーズは一人でいつもの宿に行ってしまった。

 残された三人は暫し立ち尽くした。
 ルーズがあそこまで機嫌が悪くなったのは初めての事だ。
 いつだって笑っていて、通りすがりの輩にからかわれても見下されても飄々と返すことが出来る。誰がどんな失敗をしたって、自分の持ち物をダメにされたって笑って許すような人間なのに。
「…ホントは欲しかったのかな、あれ。」
「それは…ねえと思うけど…。」
 鏡を見たときの反応は、どう見てもあの姿を嫌がっているとしか思えない。元々女っぽい服装を着たがらないのも知っている。
 ナナとサンが首を傾げていると、レイシーが困ったような顔をした。
「…多分、俺が笑ったから…怒ってんじゃないかな…。」
 セクシーな格好を笑われて平気な女性はなかなかいないだろう。
「…やっぱ笑ったの?」
「いや、笑ってないから!…確かに噴きそうにはなったけど、笑ったわけじゃなくて…その…ほら、あんなの滅多に見れねーだろ?」
 赤面して頭を掻いているレイシーを見て、ふうん、とナナが納得した。
「色っぽく見えたわけね。俺は母ちゃんの風呂上がり思い出したけど。」
「…僕もお母さんの裸なら見慣れてる。」
「…お子様はいいな、脳がそんな処理してくれて。」
 二人の発言にレイシーは不服そうに返す。
 なんだよ、とナナがムッとした。
「俺だって若い女の子があんな格好したら、鼻血噴きそう、ぐらいは言うよ。」
「若くなくったって充分色っぽかったろ!?」
 恋愛対象になり得ないと思っている女性に色気を感じてしまったことが、レイシー自身納得いかないのだろう。色気を感じても仕方ない、と同意してくれる仲間が欲しいらしい。同世代の男がいれば頷いてくれる筈だが、あの姿を見たメンバーがこの三人では、レイシーは少数派だ。
「んー、じゃあ、ルーズの機嫌直すのはレイシーの役目だな。よろしく。サン、飯食いに行こうぜ。」
「うん。じゃあ、レイシーさん、よろしく。」
「あっ!お前ら!!」
 二人が行ってしまい、一人取り残されたレイシーはカシカシと頭を掻いた。
 笑ってないことを納得させられればルーズの機嫌は直るかもしれない。しかし、それは自分のプライドにかかわる問題だから素直に白状は出来ない。
「…仕方無い。…謝るか…。」
 白状はせず、笑ったことを謝る方向で解決を図ろうと、レイシーは重い足取りを宿に向けた。



 結局レイシーの謝罪は徒労に終わった。
 ルーズは別に怒っていないと言い張り、レイシーの謝罪を受け入れようとしなかった。
 そして、一晩経つと、ルーズは何事もなかったかのようにいつもの楽天家に戻っていた。
「…女はわからん…。」





fin.
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