SAO-1/10000-

誓い



 また一匹モンスターを倒し、剣を鞘に仕舞うと彼女は振り返った。
「っしゃ、こんなもんだろ。次行くぞ。」
「おう。」
 強さのあるキリっとした表情で男言葉を使う彼女に、仲間2人は了解の返事をする。
 今頃始まりの街はどうなっているだろうか。一晩経った朝でさえ、人々はまだ混乱で行き場のない状態だった。
 放心した顔をした面々の殆どが、一睡もしていなかったようだ。
 彼女をリーダーとしたこのパーティーは、早々に街を出てきた。他にもそういうパーティーがいくつもあった。
 パニックに陥った民衆を見たくはない、というのが正直なところだろう。
 彼女らが始まりの街に転送されたのは、幸い、パーティーを組んで練習と称して小さなモンスターをかなり倒したあとだった。
 手に入ったお金でアイテムを買えるだけ買って持ってきているから、何とか次の街には辿り着くことが出来る。

「ルーズさん!私も今、新しいスキルが出ました!」
 ケイトが歓喜にぴょんと跳ねあがる。
「おう、おめでとう。」
 リーダーのルーズがパチパチ数回手を叩いて祝福すると、レイシーとナナもそれに倣った。
 ケイトは今一時的にこのパーティーに入っている、ゲストのようなものだ。次の街までの護衛を頼まれてのことである。
「最初のうちは自分で材料集めと資金集めするしかねーだろうし、ある程度強くなくっちゃな。その調子で頑張れよ。」
 そう言って長身のレイシーがポンっとケイトの肩を叩いた。
「はい!頑張ってお店出します!」
 彼女は料理スキルを上げて店を出す予定だ。
 意気込む彼女に、ナナがぼそりと呟く。
「…店買うの、めっちゃ金掛かるってよ。」
「………屋台…ぐらいならすぐ手に入るでしょうか…。」
 あはは、とルーズが笑って見せた。
 それが馬鹿にした笑いではないのは皆知っている。彼女は根っからの楽天家なのである。
「大丈夫だ。一歩一歩、だろ?」
 やってできないことはないさ、と根拠のない予想を自信ありげに言う。
 現実世界でならこういう人物に対して『いい加減』というレッテルを張ってしまうものだが、レイシーやナナ、そしてケイトには今、こんな明るい思考が必要だった。



 茅場の信じられない宣言を聞いて、「ちょっと待てよ。」とよく通る声を上げた男がいた。
 かなり長身の、強面のすらっとした中年だ。
 一個人の質問に答える気などなかったであろう茅場も気を引かれる声だった。
「ゲームのルールは理解した。でもなぁ、俺んちには餓鬼がいんだよ。稼ぎ手の俺が病院送りになっちゃあ、餓鬼どもが生きていけねえだろうが。」
 数秒の間が空いて茅場が言葉を向ける。
「御心配は分かるが、今はご自分が生還することを考えてはいかがかな?あなた一人がいないぐらいで、世間は子どもたちを見捨てたりしない筈だ。特にこの日本では。」
「ふざけんな。お情けで生かされてる状況になっちまったら、いろんなことを諦めなきゃなんねえ事態に陥るだろうが。」
「…了解した。プレイヤーだけでなく、その家族の保護も政府に打診しておこう。ただし、政府がどう動くかまでは私の責任ではない。」
 まだいい足りない様子の男だったが、茅場はもう聞く耳を持たないことを示すように次に進んだ。
 手鏡を全員に与えると、彼はゲームの始まりを告げた。

 始まりの街全体が発光して(実際にはプレイヤーたちが発光して)、次の瞬間にはアバターが解かれる。
 すると茅場にモノ申した男の姿は消えてしまっていた。
「レイシー、お前…背が伸びたか?」
 レイシーは否定の言葉を返しながらも目の前の人物が誰か解らず、混乱していた。
「……まさか……ルーズ…なのか?」
「ああ。なんだ、アバター解かれちまったのか。」
 鏡を見てやっと理解したルーズは、もう一度レイシーを見上げた。
 レイシーの方は、意識してアバターを似せてあったのか、相変わらずの美青年だ。
「お前は変わんねーな、あんま。」
「………あんた…女…なのか?」
 レイシーが混乱するのも無理はない。
 目の前にいた自分より背の高かった中年男が、今は20cmも見下ろす背丈の線の細い女性に変わってしまったのだ。
 ただ一つ、中年、というところだけは同じであるが。
「まあな。あ…アー、声も変わったか?」
 ルーズは何度も「あー」と声を出して変化を確認している。
 現実の自分の声とは違うのだろう。違和感があるらしい。
 しきりに声を出してから、横を向いて高校生ぐらいの体格のいい男の手を掴んだ。
「お前、ナナだろ?」
 掴まれた方は青ざめて逃げ腰になっている。
「ナナ!?」
 レイシーはまた驚きでパクパクと口を動かした。
「う、うるさいっ!見るな!俺を見るな!」
 背の高さは高校生だとすると中くらい、体型は太っていると表現して差し支えない。
 アバターは可愛い少女だった。当然、装備もそういったものだ。
「あはははは!気にすんなって、俺もこんなだしさ。」
 ルーズは肩を抱くようにしてナナを宥めた。
「早速装備変えに行こうぜ。」



 装備変更を終えて店を出ると、街は異様な空気に囚われていた。
 茅場の話を信じるか信じないか。一度も死なずに百層を攻略する方法があるのか。誰がそれをやるのか。安全なログアウトの方法がどこかにないのか。茅場との交渉が可能か。
 そんな事をぶつけ合って喧騒になっている人だかりがある。
 逆に押し黙ったまま動こうともしないグループもある。
「…ルーズ…あんた…どうする?」
 レイシーの質問に、ルーズはうーんと考える風を見せながら広場に足を向けた。
 比較的落ち着きのある人だかりに近づくと、スッと息を吸った。
「心配しなくても、強い奴は必ずいる。ゲームに長けた奴もいる。慣れない奴が無理をして戦う必要はない。ずっとここにいてもいいと思う。」
 そこまで言って反応を窺って、視線が集まっているのを確認して続ける。
「でも、出来るなら、攻略をしていく奴らのサポートをしてやって欲しい。鍛冶屋になって強い武器を提供するのも攻略には必要なことだ。防御力の高い装備品を作るのもいいだろう。旨い料理を食べさせてやるのもサポートになる。」
 ルーズの言葉に直接の反応はなかった。
 それでもそれぞれ思うところはあるらしく、ざわざわと身近な相手と話し出している。
 その様子に満足したように、ルーズはレイシーとナナを促してそこを離れた。
「俺は、一晩休んで早朝に次の街に向かうつもりだ。お前ら、このパーティーで進む気はあるか?」




 ケイトには門を出ようとしたところで声を掛けられた。
 昨晩のルーズの言葉を聞いていたらしい。最前線のプレイヤーを癒せる料理人になるのが目標だという。
 まだ心もとないレベルではあるが、一人ぐらいなら守りながら闘うことも可能だろうとルーズが言った。
「ナナ!スイッチ!」
「おうっ!」
 シャキンと武器の音が響く。
 まだ目的地までの行程の半ばだが、ゆっくりとレベルを上げながら進んでいるため、ザコ相手ならスイッチ無しでもノーダメージで倒せる。それでも律儀にそういう倒し方をするのは、いざというときの為だ。パーティーメンバーの連携が取れなければ、強い敵に出会ったときに対処が出来ない。
 ふう、と息をついてから、ナナは言いにくそうに「あのさあ、」と呟いた。
「どうかしたか?」
 ルーズがキョトンとした顔を向けると、その視線から逃れるように顔を背けた。
「…呼び方…変えてくんねぇ?」
 少女のアバターを使っていたからナナという名前を付けたが、現実と殆ど変らない容姿の自分がそんな女の子の名前で呼ばれるのは恥ずかしすぎる。
 中性的な美少年ならともかく、お世辞にもそんなタイプではない。
 最初は装備品の事ばかり気になっていたし、状況が状況でそんな話を持ち出しにくかったためにそのままにしていたのだ。
「…だよなぁ。」
 気の毒そうに相槌を打ったのはレイシーだ。
 うん、とナナは頷いた。
「…でもお前…ここんとこにナナって書いてあるし。」
 なんていったのはルーズ。
 パーティーメンバーのHPバーを上目遣いで見ながらソコを指さしている。
「だから、呼び方だけでも変えてくれたっていいだろ!?」
 プンスカと怒って見せながら、ナナは顔を赤くした。
 それをルーズはアハハと明るく笑い飛ばす。
「じゃあなんて呼べばいいんだ?新しい名前考えたのか?」
 そう切り返されて、ナナは「う…うーん…そうだな…。」と考え始めた。
 その横で「ナナミ、ナナエ、ナナオ、ナナキチ、ナナタ、…」とルーズが茶々を入れる。
「うるせーよっ!」
 考えが纏まらねーだろ、とナナがまた怒る。
 呆れたようにレイシーが肩を竦めた。
「あんたな、大人なんだから待ってやれって。」
 そのやり取りを、ケイトは苦笑いで見守っている。
 彼女はこのゲームで出会ったばかりらしいこのメンバーが、昔馴染みのように仲がいいことに感心していた。
 開始数時間でよく気の合う仲間と出逢ったものだ。普通はこうはいかないだろう。
 茶々を入れて満足したのか、ルーズは悪戯な笑顔を収めてニッと口角を引いた。
「別にナナでもいいんじゃねーの?七瀬とか七尾とか苗字だと思えば。」
 予想外の事を言われ、ナナは寸前まで考えていた名前の群れをすっかり忘れてしまった。
「…苗字…?…そか、成程。」
 言われてみれば、と妙に納得している。
「まあ、ニックネームだと思えば変でもないのか…?」
 レイシーも首を傾げながらルーズの言に同意する風だ。
 結局、ナナはナナでいいじゃないかと言うことで落ち着いた。
 じゃあ進もう、とルーズが向きを変えたところで、ケイトは「そういえば。」と首を傾げた。
「ルーズさんはなんで『ルーズ』さんなんですか?」
 レイシーとナナも興味があったようで、歩きだそうとした足を止めている。
 ん?とルーズはとぼけたような顔で頭を掻いた。
「…性格…かな?」
 つまり、ルーズだと評することのできる性格をしているという事だ。
 聞いた3人はププっと吹き出した。


 楽天家でお気楽で大雑把、だらしないところもそのうち見えてくるのだろうかと考えると面白い。
 容姿がすっかり変わってしまった所為で少し掴めないように感じていたレイシーは、目の前の『ルーズ』が出逢ってすぐ受けた印象と少しも変わっていないことが分かってなんだかホッとしていた。
 頭が切れて的を射たことを言えるクセに、言うことやることがスマートじゃない。
 そういう部分がオッサン臭さを演出していたのだが、それは元々彼女が持っていたものなのだろう。
 もしかしたら、女性だからという遠慮はいらないのかもしれない。
 喋り方を変えないのはそれを解らせるためだろうか。
 男言葉をしゃべり続ける女性というのも少々気になってはいたから、そういう理由が見えてくると理解がしやすくなる。
「ルーズ、あんたさ、…普段からそんな喋り方なのか?」
 自分の予想の確信を得たくてそんな事を聞いてみた。
 ルーズは少しはにかんだように笑う。
「いや?それなりにまともな社会生活を送ってますよ?」
「じゃあなんで?」
「気に入らないなら戻してもいいけど、ちょっとね。理由はあるさ。」
 少し素の出た喋り方になったものの、理由を言う気はないらしい。
 するとナナがさっきのお返しとばかりに言った。
「今さらお淑やかなオバサンに変身されたってキモイだけだろ。いいじゃん、リーダーなんだし。強そうじゃね?」
 オバサンだのキモイだのと、かなり失礼なことを言っている筈だが、ルーズは少しも気にしていないようで高らかに笑う。
「残念ながら、素に戻ったところで『お淑やか』にはならねーけどな。」

 二人のやり取りを、レイシーは不思議な気分で眺めた。
 彼はあまりネットには明るくなくて、個人情報を漏らしてはいけない、という程度の認識しかない。
 流行り物に敏感だから、ゲームは有名どころをそれなりにこなしていて、このゲームもそんなノリで足を踏み入れてみたといった風だ。
 アバターをわざわざ自分と違った風に作るつもりは全くなく、当然のように自分に似せて、背の高さも正確に設定した。
 だから、二人の性別が変わってしまったことは驚愕と言っていいぐらいの驚きだった。
 それでもパーティーから抜けようとしなかったのは、ルーズもナナもゲーム慣れしている風が見て取れたのと、やはり気の合う相手だと最初の数時間で判断していたからだ。
 少しぐらいアバターを演じていたとしても、その人の性格は出ている筈だ。アバターで話が弾んだなら、素に戻ったって理解しあえるだろう。
 そう思っている。
「あんたが喋りたいように喋ればいいよ。俺は気にしない。」
「そか。サンキュ。」
 よし行くぞ、とルーズは今度こそ歩き出した。




 もう少しで街に着くという場所で、4人は見たことのないモンスターに出くわした。
 まだ距離のある場所で少し眺めてから、ルーズがメニューを探りだす。
「何探してんだ?」
 ナナが訊ねると、彼女はアイテムを出した。
 閃光爆弾、一定時間モンスターの目を眩ませてくれる。
「もう回復アイテムがないだろ?アイツの相手をするのは危険だ。素通りする。」
 皆すんなりと同意した。
 一度でも死ぬわけにはいかないのだから、当然ではある。
 アイテムの説明を何度も読むルーズに、レイシーが苦笑を向けた。
「俺が投げようか?」
「…………ん。任せた。」
 回復アイテムとは違って爆弾の類は値が張り、ひとつしか買えなかった。だから失敗するわけにいかない。
 失敗できないというプレッシャーには弱いらしいと見てとって、レイシーはクスリと笑った。

「今だ!走れ!」
 レイシーの掛け声で、街の門を目指して駆けだす。
 メンバーの安全を確認するために、ルーズは皆の後ろを走っていた。
 ところが、充分に安全な場所まで走った時、うしろで悲鳴が聞こえた。
 ハッとして足を止める。
 振り向くと、たまたま後から来ていた二人組が先程のモンスターにターゲットにされていた。
 攻撃を掛けてはいるが、敵うレベルじゃないように見える。
 ルーズは歯噛みした。
 うしろにいたプレイヤーに気付かなかったのは失敗だった。
 自分たちが爆弾を使ったため、目眩ましが解けたときに近くにいたプレイヤーをターゲットにしたのだろう。
「仕方…ねえよ…。」
 ナナが呟いて背を向けた。
 もう手持ちのアイテムがない。いや、それ以前に自分たちの手に余るモンスターだと見たから素通りしたのだ。
「あいつら運がなかったんだ。」
 ひとりのプレイヤーが吹き飛ばされ、HPゲージが黄色の領域まで下がる。
 それを回復する様子が見られない。きっと道中で使い切ってしまったのだろう。
 あと一撃でやられてしまう状態では逃げるに逃げられない。
 チッと舌打ちして、ルーズは走りだした。
「お前らは街に入ってアイテム買ってこい!!」
 止める間もなく駆けて行ったリーダーの背中を見て、レイシーが「ヤバイ…」と呟いた。
「街に入って回復!店を探せ!!」




「ガードしろ!隙を見て逃げるんだ!!」
 ルーズはスキルを駆使してモンスターに挑んだ。
 幸いさっきHPが減ったプレイヤーへのターゲットは外されている。
 今なら逃げることが出来る。
「行け!」
「で、でも…。」
 二人はガードの構えをとりはするが、逃げ出そうとしなかった。
 ルーズが一度このモンスターを素通りしたのを目にしていたのだ。彼女もアイテムがないのだろうという予想は簡単につく。
 状況が不利なのは同じだった。一人で勝てるレベルではない。
 その思考が読めたルーズは、片方だけでも下がらせようと叫んだ。
「アイテムねえんだろうが!お前だけでも行け!」
 言いながら、モンスターの隙を見てスキルの発動を試みる。
 その後ろでHPが減っている方、若い男が「ごめん!先に行って助けを呼んでくる!」と言って走り出した。
「手伝います!」
 もう一方、こちらは若い女だ。彼女はルーズの後ろで槍を構えた。
「助かる!スイッチ行くぞ!溜めろ!」
「はい!」


 レイシーたちは街に入ってすぐ、アイテム屋を見つけることが出来た。
 広い店内に武器屋や防具屋も隣接しているモールのような場所だ。
 その中央には数人のプレイヤーたちが休憩していた。
 ナナにアイテム購入を指示して、レイシーはプレイヤーたちのところに走って近づいた。
「門のすぐ傍で仲間が強いモンスターにつかまってる。誰か手を貸してくれないか。俺達のレベルじゃキツイんだ。誰か、時間がない、頼む!」
 それぞれ自分のパーティーメンバーと顔を合わせて困った風を見せる。
 皆、まだ自信を持って出て行けるほどの力がないのだろう。
 ダメか、と思って立ち去ろうとしたその後ろから、丁度来た少年が声を掛けた。
「南門か!?アレに見つかったのか!」
 アレ、といった口ぶりから、彼がそのモンスターの出没を事前に知ることのできたプレイヤーだと分かる。
 瞬時にコイツは強いかもしれない、とレイシーは感じた。
「南門だ!頼む!来てくれ!!」
 言うが早いか、レイシーは駆けだした。
 その後ろから、少年と、アイテムを持ったナナが追った。ケイトは待っていろと言われて、大人しくその背中を見送っている。
「あの道はアレを出没させずに通れるルートがあるんだ。」
 走りながら少年が今さらな情報をくれた。



 数回のスイッチが成功したが、そのモンスターは想像以上に強かった。
 まだ半分もHPを減らせていない。
 ガードもしているが、何度か攻撃をくらって二人ともHPバーが少し短くなっている。
「やっぱり逃げろ。これ以上は無理だ。」
 ルーズの言葉に女-ハルカは青ざめる。
「一緒に逃げましょう!」
「それは無理だ。うしろから直撃を食らうことになる。片方がターゲットになるしかない。」
「なら逃げません!!」
 泣きそうな顔を彼女は歯を食いしばって引き締めた。
 助けに来てくれた人をおとりに逃げるなんてことは出来ない。この人だって一人残されたら持たないだろう。
 ハルカの決意を感じ、ルーズもまた気を引き締める。
「助けが来るまで持ちこたえるぞ!」
「はい!」
 そのすぐ後だった。
 攻撃を加えたハルカがまだガードの構えをとれないうちに、モンスターの大きな振りが見えた。
 スキルを発動させようと溜めていたルーズは、中断して飛び出した。
 充分に溜めていない攻撃は軽く、モンスターの攻撃を相殺できる威力には程遠い。
 ハルカのすぐ前で、ルーズはモンスターの太い腕に薙ぎ払われるように飛ばされた。
「あっ!!」
 ハルカは追うように手を伸ばして、何かを叫ぼうとしたが、呼ぶべき名前すら知らない。
(死なないで!!)
 その祈りが通じたのかと思いたくなる状態で、ルーズのHPの減少は止まった。
 バーは赤く点滅している。ホンの数ミリといったところか。
 次の攻撃が来たら確実に死が待っている。
「こっち向きなさいよ!!」
 ハルカは慌ててモンスターを槍で突く。
 自分がターゲットにならなくては。


 ひゅんっと何かの音がしたかと思うと、モンスターは向きを変えた。
 見れば数人が駆けてくる。
 先程の音は、その先頭にいる少年が放った攻撃だと気付いた。
「ハルカ!」
「ルーズ!」
 少年の後ろには、さっき離脱したハルカの弟-タカと、ルーズの仲間が。
 助けが来た。
 ホッとしてハルカはルーズに目をやり、ところが一瞬で血の気が引いた。
 彼女の後ろに、小型モンスターの姿が見える。
「危ない!!逃げて!!」
 その叫び声でルーズも事態を把握した。
 今この状態では、どんな小さな攻撃でも死ぬ可能性がある。
 仲間のいる場所に逃げようにも、さっき飛ばされたせいで、モンスターを挟む位置になっていた。
 見知らぬ少年がモンスターの気を引いてくれてはいるが、攻撃を受けないように逃げようとすると大回りをすることになり、辺りに別のモンスターを出現させてしまうだろう。
 まだうしろのモンスターに捕まっていないことを確かめると、ルーズは構えをとった。
「ルーズ!!何する気だ!やめろ!」
 レイシーが叫んだ。
 明らかにモンスターへの攻撃をしようとしている。
 攻撃を仕掛ければターゲットにされる確率は高い。そうでなくても少年への攻撃の巻き添えを食らうことだってある。
「レイシー、ガード!ナナはアイテム準備!」
 ルーズの叫びにレイシーは舌打ちして従った。
「死ぬなよ。」
 言いながらルーズの動きに目をやる。
 発動後、何処に着地するのかを予測しなければガードに入るのも難しい。
 しかしその構えは今まで見たことのないものだった。

 キッと鋭い目をモンスターに向け、ルーズはスキルを発動させた。
 モンスターに向けて放たれた技だが、衝撃によって僅かに逸れた彼女の軌道は一直線に仲間の方に向かっている。
 剣先の動きは目で追えないほど速い。
 助けに入った少年が動きを止めて見惚れたほどだ。
 彼女のレベルでは普段放つことのできない攻撃力でモンスターをひるませ、レイシーのすぐ傍に着地した。
 即座にレイシーがガードに入ったが、それは不要な行動だった。
 次の瞬間、モンスターは少年の攻撃に倒れた。


 街に戻って一息つくと、助けを買って出た少年がルーズに真顔を向けた。
「ところで、あのスキルのこと聞いてもいいかな?」
「あ、そうだよ、俺も聞きたい。初めて見たぞ?」
 ナナも興味津々だ。レイシーもうんうんと頷く。
「あんなの持ってんなら、最初っから使やいいのに。」
 ルーズは苦笑いで「無理無理。」と顔の前で手を振って見せた。
「条件付きのスキルだから、普通は使えないんだ。」
「条件付き?」
「HPバーが赤の時だけ使えるステイアライヴ技。使う機会なんてねーと思ってたんだけどな。」
 それを聞いて少年は腕を組んでフンと唸った。
「かなり危険な技だな。赤まで下がらないと使えないとなると、反撃でHPが0になる確率が高い。」
「ああ、だから使うつもりなんて無かったんだが…。」
 あの距離から仲間のところまで行く方法がアレしか思いつかなかったんだ、と言う。
「まったく、ヒヤヒヤしたんだぞ?」
 レイシーが呆れたような安堵のような溜め息をついた。
「わりぃわりぃ、もう封印するさ。」


「次の街に行く前に面白い技を見せてもらった。」と礼を言って少年は去って行った。
 礼を言わなくちゃいけないのはこっちの方だと返すルーズに「そうだったか?」ととぼけた彼がどういう人物かは知らない。
 ただ、ルーズたちがこの町に着いた時にはもう次に進む準備が出来ていたようだから、かなりの上級者だろう。
「アイツ…なんてったっけ?…キリ…ヤ?」
「キリト、だよ。」
「ボス戦に参加すれば会えるかもな。」
「ボス戦…そういうのは強い奴に任せとくんだろ?」
「俺達も『強い奴』になれば問題ねーだろ。」
 ニッと歯を剥いて笑うルーズは、またいつもの楽天家の発想で物を言っている。
 この町で修行をすることを決めたケイトが胸の前で作った拳にぐっと力を入れた。
「頑張ってくださいね!攻略組には究極の料理を振る舞うつもりなんですから。ぜひ食べに来てください!」



 誓いは方向性の差こそあれ、殆どの者が同じだろう。
『生きて現実世界に戻る』
 自分を保とうとするのはそのためだ。





fin.
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