SAO-1/10000-

その一人、サン


 皆顔を見合わせた。
「嘘だよな?」
「何?これってイベント?」
「…プレイヤー相手のドッキリだったりして。」

 僕は小さい頃からの友達3人と一緒にその世界にいた。
 クラスが離れても、成績に差があっても、僕たちはいつも一緒だった。
 その中でも健太-プレイヤー名ザッハ-は大のゲーム好きで、僕たちをいろんなゲームに誘った。
 弘樹-プレイヤー名ジュリー-は普段は活発なサッカー少年だけど、健太に誘われれば何をおいてもゲームに付き合う気のいい奴だ。
 隼人-プレイヤー名ハヤブサ-も元々はゲームをやるタイプじゃない。テストはいつも百点で、ときには「ダメだ…絶対点数悪い…。」と落ち込んでいるのを「たまにはそんなこともあるさ。」と皆で慰めたこともあるけど、結局返されたテストは95点。「どこが悪いんだよ!」と突っ込む僕たちに「出来る筈の問題を3つも間違えたんだ!」とやっぱり落ち込んでいた。そんな奴。だけどやっぱり健太が招集を掛けると隼人もすぐにやってくる。
 この僕、陽一-プレイヤー名サン-も同じだ。ゲームは得意ではないけど、みんながやるならやらないわけがない。
 だから、小6のその時、その場所に4人が揃っているのは自然なことだった。

 僕たちは茅場の言葉を冗談のようにしか聞けなかった。
 あり得ないじゃん、とジュリーが言った。僕もそう思った。
 現実のニュースらしき映像を見せられたけど、それも作り物なんじゃないかと思った。
「このままログアウト出来なかったら、俺たち飯も食えないだろ?それだけで死ぬんじゃないのか?」
 だからあり得ない。うんうんとザッハも頷いた。
 でも、と言ったのはハヤブサだった。
「…病院に運ばれて、点滴とかすれば…一応生きられると思う。…食事が出来ない寝たきりの患者さんなんていっぱいいるよ。」
 そうだけどさ、と僕は小さく呟いた。
 知識としてそれを知っていても、そんなことが自分たちに起こっているだなんて、この世界に来ている一万人がそんなことになっているだなんて、とても信じられない。
 僕たちは数分間黙り込んだ。
 さっき病院の事をもちだしたハヤブサも、茅場の言葉をまるっきり信じたわけではなさそうだった。
「…どっちにしろさ、死ななきゃいいんだろ?回復アイテム持って、弱いモンスターやっつけてれば大丈夫じゃないか?」
「…そう…だよな?」
 あはは、と弱々しく皆で笑った。


 結局、この世界で死んだら実際に死ぬということがホントかウソか分からないまま、僕たちはゲームを楽しむことにした。
 ログアウト出来ないんじゃ仕方無いじゃないか、とザッハは少し嬉しそうだった。
 大好きなゲームを一日中やっていられるんだ、とザッハが言うと、超ポジティブじゃん、とジュリーが笑う。
 ハヤブサは勉強の遅れを気にしていたけど、「お前ならすぐ追いつけるって。」と言うとしばらくして諦めたようだった。
 僕は嫌いな勉強をしなくていいし、ゲームのやりすぎだって母さんに怒られなくて済むし、閉じ込められるのも悪いことばかりじゃない、と思うことにした。





「お前はうしろでアイテム係な。」
 ジュリーは僕にそう言って買った回復アイテムの多くを僕に渡した。
 僕はちょっと怖がりで、目の前に敵がいるとすくんでしまうからとても助かる。
「でも、ちゃんとスキルの練習もしろよ?ターゲットにされたら闘わないわけにいかないんだから。」
 横からザッハがそう言った。
「うん、わかってるって。さっきフィールドに出た時も一匹倒したの見てただろ?」
「ああ、見てた。ずっこけながらやっと倒してたよな。」
「ずっこけたのは見なくていいよっ!」
 そんな事を言いあっている僕らを余所に、ハヤブサは自分のスキルメニューを開いて何やらぶつぶつと言っている。
「…なあ、お前らのスキルってどんなの付いてるんだ?」
「どんなって…まだみんな一緒だろ?レベルも同じだし、倒した敵の種類だって…。」
 そうか、とハヤブサはザッハの言葉に頷いてウインドウを閉じた。
「レベルが上がっていくにつれて、分岐とかあんのかな?」
「プレイヤーの特性で変わってくるって説明書になかったっけ?」
「ステイタスのポイント振り分けで特性がわかれるんだよな?」
「それがどうかしたのか?」
 ハヤブサは腕組みをしてうーんと小さく唸る。
「俺達、チームとしてさ、強くなる方法を考えなきゃなと思って。例えば、スピードタイプばっか4人じゃダメだろ?」
「ああ、そりゃそうだな。」
「ジュリーはさ、カンもいいし機敏だからスピードあげて前衛だろ?他はどうすればいいかなって。」
 そうだなぁ、とザッハも腕組みをして二人は難しいことを話し始めた。
 ゲームのセオリーについてならザッハが一番知識を持っているけど、このゲームは4人とも初めてだから知恵を出し合わなきゃうまく進めない。
 でも僕は頭を使うことも苦手だから二人に任せておこう。
 そんなことを考えていたら、ジュリーも同じだったみたいでニマっとした笑顔をこっちに向けた。



 僕たちは順調にレベルを上げていた。
 ときどき手ごわい敵にぶつかってしまって、苦労することもあるけどそれも今は楽しいと思える。
 普通のゲームなら、レベルが足りなくったってお構いなしに階層のボス戦に参加したいと名乗りを上げるところだけど、今はそういうわけにはいかない。死なないように、というのが大前提だ。
 ボス戦に挑む楽しみが味わえないからこそ、僕たちは他の部分でこの世界を楽しんでいた。
 今はもう、レベルのあったフィールドでなら絶対に死ぬことはない。
 そういう自信を付け始めた時のことだった。


 湿地帯のマップに窪んだ地形があった。
 主要道から少し外れた場所にあるそこに、宝箱が置かれているのが見えた。
「宝箱だ!」
 そう叫んだのは4人ほぼ同時だった。
 駆けて行こうとするとすぐ近くにいた大人のパーティーに声を掛けられた。
「そこは危ない。多分トラップだ。」
 入らない方がいいと言われて僕たちは足を止めたけど、ムッとした顔を向けてしまった。
 子供だからトラップに気付いてないんだろう、と思われてしまったことが悔しかった。
「わかってるよ。でも、倒せばいいんだろ?」
 少し強い敵が出てくるのは予想している。でも、この階層に僕たちが勝てないモンスターがいるわけない。そして、倒してしまえば当然宝箱の中身は僕たちのモノだ。トラップのある宝箱には、大抵いいものが入っている。
 僕たちがそこに足を踏み入れない理由なんて一つもなかった。
 子供だと馬鹿にされたと感じてしまった僕たちは、逆にその大人たちを弱虫だと馬鹿にしてその場所に駆けこんだ。



「やめろ!戻れ!」
 切迫した声に聞こえて僕は少し気になったけど、やっぱりあの大人は僕たちを馬鹿にしている、そして強い敵に向かっていく勇気のない意気地無しだ、と思った。
 強いモンスターを倒して、ゲットしたお宝をアイツらに見せてやろう。
 そんな気分で先頭のジュリーが宝箱を開けるのを眺めた。

 カチャっと宝箱が開く音がした次の瞬間。

 その窪地全体を奇妙な効果音が包んだ。
 シュン、とか、ピキン、とか、とにかくその世界では初めて聞く音だった。
 音に気圧され、みんなで不安げに周りを見回す。

 さっき入ってきた入口は閉ざされていた。

「来るぞ。」
 気を引き締めたザッハの声に、僕たちは武器を持って構えた。



 現れたのは


 これまで出会ったことのない大型のドラゴンだった。



 ヒッと誰かが短い悲鳴を漏らした。
「なんで…この階層にこんなのがいるんだよ…。」
「…ナリがでかいだけかも知んないぞ。」
 そんな声が聞こえたけど、僕は唖然とするばかりだった。
「逃げ…よう。」
 ハヤブサがそう言った。当然の判断だと思う。
 でも、もう逃げられないのはみんなも解っていたみたいだ。
 ジュリーが叫んだ。
「出口は無い!!倒すぞ!!アイテム使い切ればやれる!!」
「ああ!ガードとスイッチをうまくやれば行ける!!」
 ザッハも覚悟を決めて剣を構えなおした。
 まだ慄いている僕に、ハヤブサが声を掛けてくれた。
「サン!!サポート頼むぞ!!」
 そこでやっと僕も我にかえることが出来た。
「うん!やろう!落ち着いて!いつも通り!」



 みんな何度も死にそうになった。
 その度に回復アイテムを使う。
 ガードが有効な攻撃もあったけど、構えていても吹っ飛ばされた。
 僕たちの攻撃が本当に効いているのか最初のうちは解らなかったから、もうこのままなぶり殺しになるんじゃないかと思わずにいられなかった。
 それでも少しずつ、ほんの少しずつドラゴンのHPを削っていく。
「頑張れ!あと3分の1だ!やれる!」
 そう叫んだのはザッハだった。
 ザッハが叫びながら僕たちに視線をよこしたその一瞬、ドラゴンの羽根が躍った。
 まるでザッハを攫って行くように、羽根は僕たちを隔ててザッハの体を遠くに飛ばす。
「ザッハ!!」
 HPが見る見る減っていく。
 真っ先にハヤブサが駆けだした。走りながら回復アイテムを手に取る。
 それを見てハッとしたようにジュリーが僕に言った。
「タゲ取るぞ!斬りかかれ!」
 ジュリーが飛び出したその後ろから、僕も簡単なスキルを使ってドラゴンに攻撃を加える。
 ザッハが回復するまで、ドラゴンの気を逸らせなければ。
 でも、次の瞬間出された攻撃は、この窪地全体を巻き込むような竜巻だった。
「うわあああああ!!」
 その声は竜巻の所為じゃなかった。
 目の前で消えたザッハのエフェクトを見たハヤブサの声だった。
 その場でハヤブサはがくんと膝をついた。
 竜巻の所為で自分のHPも減っているのに、手にあるアイテムを使おうとしない。
「ハヤブサ!!早く回復しろ!!」
 ジュリーが叫んだけど、聞こえていないみたいだった。
「ぅぅううわああああ!!」
 ハヤブサはアイテムを手から落として、一番攻撃力の高いスキルでドラゴンに向かって行った。
「やめろ!!」
 ドラゴンは僕たちの方に向いているけど、攻撃が当たった瞬間、ハヤブサの方をターゲットにするだろう。
 残りのHPでは次の攻撃に耐えられない。
 ジュリーはドラゴンの気を引くために慌てて斬りかかった。
「やめて!ハヤブサ!」
 僕も叫んで駆けだした。
 たった1ポイントでもいい。ハヤブサのHPが残ってくれれば、助けることが出来る。
 ドラゴンの足をかすめるようにハヤブサのところを目指した。

 パリンとエフェクトがはじけ飛んだ。
 ハヤブサは吹き飛ばされる間もなく、空中で消えた。
「サン!アイテム拾え!!」
 ジュリーの声に押されて、僕は落ちていたアイテムを拾う。
 頭の中がごちゃごちゃで何が何だか分からなかった。
 ザッハは?ハヤブサは?始まりの街にいるかな…?

 きっとドッキリだよ。
 そうだよね。

 誰かが頭の中でそんな事を言っている。
「サン!もうちょっとだ!勝つぞ!」
 ジュリーの声が遠くに聞こえた。
「うん!」
 返事が出来たのは丁度、明るい思考が入り込んだからだと思う。
 勝って、始まりの街に行って二人に取ったアイテムを見せよう。4人で頑張って取ったんだ。二人も喜ぶはずだ。
 きっと使ってしまったアイテム全部より、もっと価値のあるものが手に入るに違いない。
 ハヤブサが捨て身で当てた攻撃で、ドラゴンのHPはさらに減っている。
 ハヤブサが捨て身で…。
 そこまで思考が進んでやっと、死という文字が頭に浮かんだ。

「ボーっとすんな!俺達、生き残るんだろ!?」
 また吹き飛ばされて転んだところにジュリーが来てくれた。
「う…うん。生き…生きる…。」
 二人が死んだということを認めてしまうようで、生きるという言葉がすんなり出てこなかった。
 なけなしのアイテムを使って、また向かってくるドラゴンに正対する。
 僕のアイテムはもう一つも残っていなかった。


 何とか持ちこたえた僕にアイテムを投げてよこすと、ジュリーは突っ込んで行った。
「あと一撃!!」
 これで終わる。

 最期の咆哮を上げて、ドラゴンが崩れ落ちた。

 と同時にドラゴンのHPが無くなる寸前に放った攻撃が、僕たちに直撃した。




「ジュリー!!」

 僕の呼び声に答えるように、ジュリーは片腕をこっちに伸ばした。
 唇が動いたのが見えた。


 派手に散ったドラゴンのエフェクトで、ジュリーの最期は掻き消されてしまった。
 僕は赤くなった自分のHPを眺めながら、倒れた体を仰向けにした。
 最後のアイテム…。
 あれをジュリーが自分で使っていたら、ジュリーは生き残れた。
 あれはジュリーの持ち物だったのに…。
 両手で顔を覆って嗚咽を漏らした。

 嘘だ。嘘だ嘘だ嘘だ。
 始まりの街に行こう。きっとみんなけろっとして笑いあってるんだ。
 あの茅場って人も、「ちょっと冗談が過ぎたかな。」とか言って笑ってる。
 格上のドラゴンを4人で倒したんだって大人たちに自慢するんだ。
 そして取ったアイテムを…。

「アイテム!」
 もしかしたら、すごいものが入っているかもしれない!
 例えば、蘇生アイテム。

 ガバッと起き上がり、開いている宝箱に駆け寄った。
「蘇生…蘇生!みんなを生き返らせて!!」
 被りつくように宝箱を覗きこむと、そこにあったのは見た覚えのあるものだった。
「………こ…れ……。」
 ぐっと握りしめた。
 それは、パーティー全員に効果がある回復アイテムだった。
 どこにでも売っている、お金さえあれば手に入るもの。
 ドラゴンの落としたアイテムもいくつかストレージに入っていたけど、価値はあってもみんなを助けることは出来なかった。

「早く。おいで。」
 声が自分に向けてのものだと気付くのに、しばらく掛かった。
「他のモンスターが出てくるかもしれないから。早く。」
 僕たちを引きとめたあの大人たちのパーティーだ。
 僕は返事もせず、仲間たちが落としたものを拾えるだけ拾って、出口に向かった。
「よく、頑張ったな。」
 窪地から出ると、女の人が僕を抱きしめた。


 後から聞いた話だけど、そのパーティーは、閉ざされた窪地の前でずっとモンスターを狩って待っていてくれたらしい。
 生き残って出て来ても、アイテム無しでは街までたどり着けないだろうと見越しての事だ。
 素直に感謝は出来なかった。
 みんなが死んだのに、僕だけが助けられて街に辿り着いてどうするんだろう。
「…ホントに…みんな死んだの…?」
 僕の質問に、誰も答えてくれなかった。
 でも、しばらくしてから僕を抱きしめてくれた女の人が言った。
「…もしかしたら、さ、ナーヴギアが故障してて、さ、…ゲームオーバーになってもプレイヤーを殺したりしないってこともあるかもしれない。…機械なんて、よく壊れるものじゃない?」
 ただの気休めだと分かったけど、僕はその人の言葉を否定したくなかった。
「…うん…。」
 きっと先に現実世界に帰ってるんだ。
 そして心配そうに僕の顔を覗きこんでるに違いない。

 生き残って、僕も帰るんだ。
 また、みんなでゲームをするために。




Fin.
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