蟻刹
プレゼントを供に
刹那は珍しくマーケットを歩き回っていた。
普段の必要なものの補充ならテキパキと済ませて脇目も振らず帰って行くのだが、今日はそういう訳にはいかなかった。
食品の店を通り過ぎ、雑貨の店を通り過ぎ、立ち止まったのは衣料品店だ。
「……。」
店の前でじっと眺める。
微動だにせず悩んだ挙句、刹那は踵を返して歩き出した。
元来た道を戻る足取りは重い。
「…やっぱり……いや、やめよう…。」
何度考えても出す結論は同じなのだが、それでも何度も思い悩む。
はあ、と何度目かの溜め息を付いた時、後ろから声を掛けられた。
「君も買い物かい?刹那。」
振り向くとそこにはアレルヤとマリーが立っていた。
買い出しに来たらしく、あれこれと買った品をアレルヤが片腕で抱えている。
そして空いている方の手は勿論マリーと繋いでいた。
「ああ、ちょっとな。」
答えつつその手に視線が行く。
この二人はいつでも仲が良さそうだ。
少し羨ましく思ってしまう。
じゃあ、と軽い挨拶をかわして刹那は二人から離れた。
自分が誰かとあんな風に仲良くなるのは天地がひっくりかえってもないだろうとは思う。
それでも少しでも自分の想う相手がこちらを見てくれればと考えるのはごく普通のことだろう。
「…やっぱり…。」
この日何度目か、同じ言葉を口にして、刹那はまた方向転換をした。
意を決したように先程の店まで足早に向かう。
のんびりしていたらまた同じ結論に帰ってしまうから。
買い物を済ませて向かった先は、アリーの部屋だった。
そこに行くまでも何度も足を止めた。
それでも部屋の前まで来れたのは、もう買ってしまった物が無駄になってしまうじゃないかという自分の行動への理由づけのおかげだ。
もうひと押し、自分への叱咤をして、覚悟を決める。
チャイムを鳴らしてドアが開くのを待った。
「…よぉ。…何か用か?」
眠そうに頭を掻きながら出てきたアリーはいつもと変わらなかった。
少しほっとしながらも、刹那は硬い表情のままただ頷いた。
「…何だァ?…ま…いいか。上がれよ。」
言っとくが喰いもんはねーぞ、と前置きをして、アリーは冷蔵庫からミネラルウォーターを出す。
「…酒…買ってきた。」
「は?」
思わぬ刹那のセリフにアリーはペットボトルを差し出したまま数秒止まった。
「…お前…酒飲むのか?」
「いや、俺じゃない。アンタのだ。」
刹那も持っていた買い物袋を差し出した。
それと刹那の顔を見比べるようにしながら、ペットボトルと引き換えに受け取る。
「どういう風の吹き回しだよ。…ありがてぇけどよ。」
ありがたい、という言葉に、刹那の表情が微かに緩んだ。
そしてはにかんだような顔をして唇をもぞもぞと動かす。
アリーは思い切り訝しむ表情を向けた。
すると。
「…おめでとう。」
「…は?」
「…誕生日、だ。アンタの。」
眉間に寄っていた皺は伸びて、今度はポカンとする。
刹那はその顔に向け、もう一つ抱えていた包みを押しつけるように差し出した。
「誕生日おめでとう。…受け取れ。」
「っちょ…顔に押し付けんなっ!」
包み紙の端が口に入りそうになるのを避け、少し押し返すようにしながら受け取るアリー。
刹那は終始うつむき加減だったため、そんな様子には気付いていないようだ。
そうして相手に渡すべきものを渡してしまうと、刹那は背中を向けた。
「…用はそれだけだ。…手間賃にこれは貰って行く。」
さっき渡されたミネラルウォーターを上げて見せ、ドアに向かった。
「おいっ!ちょっと待て。」
無粋な呼びかけに刹那が振り向くと、アリーは包みから出したターバンを無造作に自分の肩口に掛けている。
そしてニッと笑って刹那を見た。
「祝う気があるんなら、飯ぐらい付き合え。」
fin.
刹那は珍しくマーケットを歩き回っていた。
普段の必要なものの補充ならテキパキと済ませて脇目も振らず帰って行くのだが、今日はそういう訳にはいかなかった。
食品の店を通り過ぎ、雑貨の店を通り過ぎ、立ち止まったのは衣料品店だ。
「……。」
店の前でじっと眺める。
微動だにせず悩んだ挙句、刹那は踵を返して歩き出した。
元来た道を戻る足取りは重い。
「…やっぱり……いや、やめよう…。」
何度考えても出す結論は同じなのだが、それでも何度も思い悩む。
はあ、と何度目かの溜め息を付いた時、後ろから声を掛けられた。
「君も買い物かい?刹那。」
振り向くとそこにはアレルヤとマリーが立っていた。
買い出しに来たらしく、あれこれと買った品をアレルヤが片腕で抱えている。
そして空いている方の手は勿論マリーと繋いでいた。
「ああ、ちょっとな。」
答えつつその手に視線が行く。
この二人はいつでも仲が良さそうだ。
少し羨ましく思ってしまう。
じゃあ、と軽い挨拶をかわして刹那は二人から離れた。
自分が誰かとあんな風に仲良くなるのは天地がひっくりかえってもないだろうとは思う。
それでも少しでも自分の想う相手がこちらを見てくれればと考えるのはごく普通のことだろう。
「…やっぱり…。」
この日何度目か、同じ言葉を口にして、刹那はまた方向転換をした。
意を決したように先程の店まで足早に向かう。
のんびりしていたらまた同じ結論に帰ってしまうから。
買い物を済ませて向かった先は、アリーの部屋だった。
そこに行くまでも何度も足を止めた。
それでも部屋の前まで来れたのは、もう買ってしまった物が無駄になってしまうじゃないかという自分の行動への理由づけのおかげだ。
もうひと押し、自分への叱咤をして、覚悟を決める。
チャイムを鳴らしてドアが開くのを待った。
「…よぉ。…何か用か?」
眠そうに頭を掻きながら出てきたアリーはいつもと変わらなかった。
少しほっとしながらも、刹那は硬い表情のままただ頷いた。
「…何だァ?…ま…いいか。上がれよ。」
言っとくが喰いもんはねーぞ、と前置きをして、アリーは冷蔵庫からミネラルウォーターを出す。
「…酒…買ってきた。」
「は?」
思わぬ刹那のセリフにアリーはペットボトルを差し出したまま数秒止まった。
「…お前…酒飲むのか?」
「いや、俺じゃない。アンタのだ。」
刹那も持っていた買い物袋を差し出した。
それと刹那の顔を見比べるようにしながら、ペットボトルと引き換えに受け取る。
「どういう風の吹き回しだよ。…ありがてぇけどよ。」
ありがたい、という言葉に、刹那の表情が微かに緩んだ。
そしてはにかんだような顔をして唇をもぞもぞと動かす。
アリーは思い切り訝しむ表情を向けた。
すると。
「…おめでとう。」
「…は?」
「…誕生日、だ。アンタの。」
眉間に寄っていた皺は伸びて、今度はポカンとする。
刹那はその顔に向け、もう一つ抱えていた包みを押しつけるように差し出した。
「誕生日おめでとう。…受け取れ。」
「っちょ…顔に押し付けんなっ!」
包み紙の端が口に入りそうになるのを避け、少し押し返すようにしながら受け取るアリー。
刹那は終始うつむき加減だったため、そんな様子には気付いていないようだ。
そうして相手に渡すべきものを渡してしまうと、刹那は背中を向けた。
「…用はそれだけだ。…手間賃にこれは貰って行く。」
さっき渡されたミネラルウォーターを上げて見せ、ドアに向かった。
「おいっ!ちょっと待て。」
無粋な呼びかけに刹那が振り向くと、アリーは包みから出したターバンを無造作に自分の肩口に掛けている。
そしてニッと笑って刹那を見た。
「祝う気があるんなら、飯ぐらい付き合え。」
fin.
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