蟻刹

fox&hens




 二人は木の下で背中合わせに座らされていた。

「…ドジっちまったよなぁ、お互い。」

 サーシェスの言葉に、刹那は無反応だ。

「…ちっ、無視かよ。」

 後ろ手に縛られ自由のきかない状態で、二人はなす術なくじっとしていた。

 ここはどの勢力にも属さない小国だ。
 とかく大きな勢力に押されこう言う国は忘れられがちだが、まだそう言う場所が存在していた。

 軍備らしきものがない事に油断し、二人は互いを討つことしか考えていなかった。

「あ~あ、暇だよなァ。」

 サーシェスが何を言っても刹那は口をつぐんだまま前を見据えている。
 その様子に肩をすくめ、しばし黙るもののまた口を開く。

「お前、クルジスのガキどもの中に居た奴だよな?」

 もう返事がないのも気にせず、サーシェスは続けた。

「…確か…ソランとか言ったか?」

 刹那は驚きに目を見開いた。
 この男があの時の子供たちの名を覚えているなど信じられない。

「…そんな名は知らない。」

 刹那の答えにまた肩をすくめ笑う。

「ふん、まあいーや。じゃあお前じゃないってことで、その『ソラン』ってガキの話をしようぜ。」
「お前と話すことなど無い。」

 サーシェスはまた、ふん、と笑った。

「そう言うなよ。暇だろ? 俺はそのソランって奴を結構気に入ってたんだ。だから覚えてんだが…。」

 気に入っていたと言われ、刹那はこぶしに力を込めた。

 お前になど…。

 刹那の反応を楽しむかのようにサーシェスはちろっと横目で振り返る。

「なかなか出来るガキだったぜ? いい目をしてた。お前と同じ緋色の目だ。攫って来た時は怯えた風だったが、すぐにほかのガキどもと同じように心酔するようになった。で、戦闘訓練をしてる時分が一番いい目だったな。」

 そこでクククッと楽しげに笑った。
 刹那はその笑い声が気になり少し振り返る。

「その強い目が、戦局が進むにつれ死んだように変わっていった。ありゃあ、見ものだぜ? ガキども全員死んだ目をしてたが、あのソランってのは面白いほど変化が見えた。」

 その話とニヤッと笑った口元に刹那は怒りで震えていた。
 言葉にしたくてもあまりの怒りに何も出てこない。

 サーシェスはそれに気を良くしてまた続ける。

「ガキども全員、神を妄信していたってぇのにソランは最後の最後に何か気付いたようだった。別れ際に見たアイツの目は死んでいなかった。それでちらっと思っちまったんだよな。『こいつは生き残るかもしれない』ってな。」
「…そんな話を俺にしてどうする。」

 刹那は目を伏せそう訊いた。
 サーシェスは答える。

「いや?別に? 記憶に残るほど気に入ってたってだけの話だ。」

 唇を噛み言葉を絞り出す。非難したい内容は山ほど在る。しかしうまく言葉にならない。

「お前は何も知らない子供たちを騙した。」
「ああ、何も知らねーから色々教えてやったぜ?」
「間違った知識を植え付けた。」
「間違いねぇ。この世の中で何が正解かなんて見方で変わんだろ。ある一方から見て間違いでも、他方から見れば正しい事もある。」

 くっと言葉に詰まり、吐き出す。

「そんな屁理屈でお前のやった事を正当化するのか!!」
「あの頃のクルジスは俺みたいのを求めていた。あの時あの場所で、俺は正義にいたと思ってんだけどなァ?」
「ふざけるな!!」

 刹那の怒声にしんとしたかと思うと、サーシェスはまた肩をすくめた。

「ちとつまんねー話になっちまったな。」

 言って立ち上がる。

 刹那はハッと振り返った。
 見ればサーシェスはロープをはずし、自由になっている。
 武器はない筈だ。身体検査を受け、すべて取られた。同じことをサーシェスもされていた筈だ。

「お前もいつまでもこんなとこに居る気はねーんだろ?」

 サーシェスは手に持っていたものを刹那の足元に落とした。

「…どうして…」
「ん? 何で助けるかってか? お前が殺す価値のない奴だって分かったからな。」
「なんだと!?」

 刹那の激昂にもしれっと答える。

「今のお前、あのガキどもと同じ死んだ目をしてるぜ?」

 思ってもみない答えに一瞬あっけにとられる刹那。

「死んだ…目…?」
「ああ、妄信してる目だ。」
「神など信じていない。この世界に神はいない。」

 サーシェスは腰に手をあてて目を伏せ、ふっと笑った。

「妄信してるさ、あの『ガンダム』ってヤツをな。」

 妄信と言われ、それを否定できる材料がないことに言葉を失う。
 それでも自分の信じたモノ、ガンダムを否定されるのは嫌だった。

「…ガンダムは…世界を変える…。」
「ほらな。あの時悟った割に残念な結果だよなァ。ソレスタルビーイングも厄介な奴抱え込んじまって、気の毒に。」

 じっと睨む刹那にサーシェスは言った。

「だってそうだろ。死ぬ覚悟のついた兵士ほど役に立たねーもんはねーからな。」

 それも否定できなかった。
 確かに、死の覚悟はずっと前についていた。
 それが世界を変えるために必要な事だと思っていたから。

 その言葉に呆然としている刹那を一瞥し、サーシェスは姿を消した。

 刹那の足元に落とされた物は、ガラスのかけらの様な小さな刃物だった。
 刹那はそれを足で手繰り寄せ、拾って自分のロープを切りにかかった。

 頭の中ではサーシェスの言ったことがリフレインされている。

「…うるさい…。…俺達を裏切ったくせに。」

 サーシェスのやっていたことが悪だという事は理解している。そしてそれに自分も加担していたと。
 それでも、あの最後の聖戦で奴が死んでいれば、まだ許せたのだ。
 奴は奴の信じるモノの為に死んだのだ、と。

 しかし違った。
 奴の中には信じる神などいなかった。
 神などいないと知っていながら、子供たちに神を信じ込ませた。
 それは許し難い裏切りだ。

「俺の気持ちを裏切ったくせに。」











 ソランは喜び勇んでサーシェスのいる建物に走って行った。

「アリー! 勝った! カマルに勝ったんだ!」

 窓の近くに腰を下ろしていたサーシェスは、ちらっとソランを振り返って答えた。

「ああ、見てたぜ?よくやった。これでお前が一番だな。剣技にかけちゃあ。」
「うん!」

 満面の笑みを浮かべサーシェスを見上げる。
 ご褒美を待っているのだ。
 サーシェスはニッと笑って荷物を探った。

「んじゃあ、やるか。」

 彼が出したものはボードゲームだ。娯楽の少ないこの地で、子供達の唯一の楽しみと言っても過言ではない。
 いくつか種類があるが、ソランが選ぶものはいつも一緒だった。

「フォックス&ヘンズ!」
「おう。いつも通り、俺が狐でお前が鶏でいいな?」
「うん!」

 狐の駒は一つ、鶏の駒は13個。
 狐は鶏を7羽食べれば勝ち。
 鶏は狐の動きを封じれば勝ち。

 ソランはいつもあっさりと負けてしまう。
 あまりに早く勝負がつく事に拗ねて、駒を取り換えて貰ったことがあった。
 狐の方が簡単だと思ったのだ。
 しかし、結局は勝てなかった。

 始めてすぐ、狐の駒は鶏を捕えた。

「ほい。一羽いただき♪」
「あっ!!今の無し!!ちょっと待って!!」

 呆れたようにサーシェスはソランの頭を小突く。

「バカやろ。お前、敵に撃たれて『ちょっと待った、今の無し』って言うつもりかよ。」
「…だ…だって…。」

 シュンとするソランをもう一度サーシェスは小突いた。

「ほら、お前の駒はまだ12もあんだろーが。まだまだ遣り様はある。頭使え。」

 ソランは腕組みをして真剣に考え始めた。
 それを見てサーシェスは楽しそうに笑む。



 その日もソランは勝てなかった。
 でも満足げに笑った。

「負けたんだから、お前今日の給仕当番な。」
「え!?そんな賭けしてないっ!」
「文句言うな。世の中ってなァ、理不尽なもんだ。」

 少し口を尖らせて、ソランはサーシェスを見上げた。

「なあ、アリー。」
「なんだ?」
「神様は世の中の理不尽を無くしてくれるのか?」
「ああ、お前達が神の為に仕事をすれば、必ずな。」

 くしゃくしゃっと頭を撫でる大きな手が嬉しかった。
 ソランは照れたような笑顔を見せた。









 ロープを切って立ち上がると、刹那は密林の中に入って行った。
 大体の場所は分かる。エクシアのある所までそう遠くないはずだ。
 まだサーシェスの言葉に気を重くしながら、刹那はとぼとぼと歩いていた。

「よお。遅いじゃねーか。待ちくたびれたぜ。」

 声と共に降ってきたのは刹那のパイロットスーツだった。

「……。」

 また驚きに言葉を失って、刹那はサーシェスを見た。

 彼は銃を構えていた。

「…それは…俺の…。」
「ああ、俺のを取り返しに行ったらあったからよ。ついでに持ってきた。感謝しろよ。」

 銃を刹那に向けたまま、持ってきたものを出す。

「これ、通信機だろ? 流石セキュリティーは万全だな。声紋照合なんてものを求めてやがる。なんかいい情報でもねーかと思ったんだが、お前の声真似は出来そうにねーからな、いらねー。」

 ぽいっと投げてよこしたのを、刹那はよろけながら何とか受け取った。

「何か素っ気ねーなお前の持ちもん。ほい、ナイフ。…で、これも…ナイフ。…年頃の男なら誰かの写真でも忍ばせとけっての。」

 銃以外の物を全て返してよこすサーシェスに、刹那は訝しげな表情を見せる。
 その様子にサーシェスはケタケタと笑った。

「言ったろ? 今のお前は殺す価値もねえ。死ぬ覚悟をしてる奴は、俺が殺さなくったっていずれ死ぬ運命さ。俺と戦いたかったら、生きる覚悟をつけて来るんだな。」

 その方が断然面白いぜ、と言ったのを最後にサーシェスは刹那の銃を高く投げ上げた。
 刹那が銃を受け取り構えたとき、もう彼の姿はなかった。



 舌打ちをして、眉間にしわを寄せる。

 さっきからサーシェスの言葉に揺り動かされている。
 まるで指針を示されているかのように。


 俺に生きろとでも言うのか。
 俺を裏切ったくせに。
 俺を騙したくせに。

 あんなにも焦がれて近付きたかった相手なのに、いつも刹那の手は届かない。



fin.
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