ショートショート
砂塵の舞う夜
その日は風が音を立てるほど吹いていた。
砂嵐が来るのだと大人たちは言って、子供たちを建物の奥の一室に集めた。
アリー以外の大人は砂嵐に備えるためか、用事があるらしく、すぐにどこかに行ってしまった。
そんな中でも子供は無邪気だ。
夜遅くなり、寝ようという段になってから一人の子供が怪談を話し始めた。
何処にでも幽霊の話はあるものだ。
戦争で片足を失くした兵士の霊が自分の足を探して彷徨っていたり、火だるまになった赤ん坊を抱いたままの母親の霊だったり…。
よく聞く話はもう慣れっこで、ソランは特に気にすることなく聞いていた。
「なあ、ソラン。聞いたことあるだろ?砂男の話。」
「ああ、知ってる。」
砂男は体が砂でできていて、こんな風の強い日に出てくるのだという。
「そいつに触られると砂の中に引きずり込まれるんだってさ。」
近づいたが最後、引きずり込まれて砂の中を何処までも落ちて行くらしい。
怖がって聞いている子供もいたが、ソランにとってその話は非現実的で少しも怖いとは思わなかった。
その様子を部屋の端で壁にもたれて眺めていたアリーは、微かに口角を上げて声を掛けた。
「じゃあ、こんな話は知ってるか?」
皆が一斉にアリーの方を向く。
「砂嵐の夜に、子供だけで寝てると出てくる幽霊の話だ。」
皆ぶんぶんと首を横に振った。
「夜中に目を覚ました奴は喰われちまうんだ。で、その幽霊はその子供の姿になる。次にその隣で寝ている奴を起こして食べる。そしてまた次を起こして…朝になる頃には皆喰われちまってるって話。」
しんとなって聞いている子供に、アリーは床を指さして寝るように言った。
アリーの言いつけに素直な子供達は皆それぞれ静かに体を横たえた。
それを見てアリーは立ち上がった。
出て行こうとするのに気付いたソランは駆け寄って服の裾を引いた。
「…どこか…行くのか?嵐だぞ。危ない。」
「大人はいろいろとやることがあんだよ。」
煩そうにされても尚、ソランはしっかりと裾を掴んだままだ。
「…他の人がやってくれてるんだろ?アリーが行かなくてもいいと思う。リーダーなんだし…。」
アリーはニィっと笑った。
「そうか、お前、怖いんだろ。さっきの話。」
言い当てられて、ソランは慌てた。
「ち、違う。今から出かけるのは危ないと思って…。」
「そーかぁ? じゃ、その手は何だよ。」
ぎゅっと裾を掴む手を示されて、慌てて放す。
「こ、怖くない。」
「んじゃ寝てろ。もうガキは寝る時間だ。」
渋々、ソランも皆の中に混じって寝転がった。
最初こそ怖いと思ったものの、ソランも他の子供達も睡魔に負け、皆眠りに落ちて行った。
そして真夜中過ぎ。
ソランは何かの物音で目が覚めた。
眠い目を擦って身を起こすと、すぐ近くでナザレが起きていた。
「…どうしたんだ?」
まだぼんやりした視界でナザレを見る。
するとナザレも眠そうな声で答えた。
「…目が覚めちゃって…なんか眠れないんだ。」
ごおっと風が音を立てた。
ソランはビクッとしてドアの方を見た。
そしてまたナザレの方に視線を移した所で気が付く。
ナザレの隣に寝ていた筈のカウスがいない。
さっきのアリーの話を一気に思い出した。
幽霊が子供に化けて、隣の子供を喰うのだと。
まさか、と思い直して何か話しかけようとナザレの顔を見ると、その唇に何かついているのが見えた。
血!?
ソランは口を半開きにしたまま固まった。
その時、ナザレのお腹がクゥ~っと音を立てる。
「…腹減ったな。」
この国は貧しく、子供達はいつでも腹を減らしている。
それはソランも同じだ。
しかし、この時のソランにはそんな事を考える余裕はなかった。
喰われるっ!!
「わああああ!!」
ソランは弾かれたように逃げだした。
ドアの外に出て、明かりのある部屋を目指す。
ひとつだけ明かりの漏れたドアを見つけ、そこに駆け込んだ。
そこではアリーがのんびりと本を読んでいた。
息を切らしながら駆け込んできたソランを、なんだコイツ、という風に眺める。
「…どうかしたか?」
「ナザレがっ…ナザレとカウスがっ!喰われたっ!!」
ガシッとアリーの服を掴む。
「…はあ? 何寝ぼけてやがんだ。」
「ナザレが偽物なんだ!早くしないと皆喰われる!!」
さっきの話か、とアリーは呆れ顔でソランの頭を小突いた。
「んなわけねーだろ。怖い怖いって思ってるから、んな夢を見んだ。早く寝ろ。」
「ホントなんだ!!ナザレが…。」
そう言いかけたところに、ドアが開いた。
「ソラン?」
覗きこんだのはナザレだ。
ソランは顔面蒼白になり、まだ椅子に座ったままのアリーに必死でしがみついた。
ナザレはアリーの姿を見ると、おずおずと部屋に足を踏み入れた。
「あの…。」
何を言おうか困っている様子のナザレをじっと見て、アリーは口角を上げた。
立ち上がって、ポンとソランの頭を押さえてナザレに歩み寄る。
ソランは「危ない。」と言いかけて、しかし恐ろしさに固まっている。
ナザレの傍まで行くとアリーは身を屈めた。
ソランの視点からは、アリーの背中しか見えない。
アリーがナザレの頭を撫でたように見えた。
くくくっとアリーの笑い声がする。
ソランは少し恐怖心が治まり、二人を覗き込んだ。
笑いながらアリーが言った。
「お前、唇切れてるぞ。」
え?とナザレが手の甲で唇をぬぐった。
「あ、ホントだ。」
クゥっとまたナザレのお腹が鳴った。
「…腹減ったのか…。しゃーねーな。」
他の奴には内緒だぞ、と言いながら、アリーはチョコレートを出してひとかけナザレの口に放り込んだ。
そして振り向いて、ぽかんと見ているソランの口にも放り込む。
「…ナザレ…本物…か?」
「ソランどうしたんだ?いきなり出てったから、びっくりした。」
ソランはほっと安堵の息を漏らし、そしてまた思い出した。
「じゃあ、カウスは!?」
そう言ってアリーを見上げると、くいっと顎で部屋の隅を示した。
ソランとナザレがそちらを向くと、そこにはカウスが寝ていた。
こんな所で寝てたのか、とやっと安心してソランがカウスに歩み寄っていくと、その背中にアリーが声を掛けた。
「そいつが生きてるって保証はねーけどな。」
ニィっと片方の頬を引き上げている。
また驚愕の表情になったソランに、ゆっくりと近づきつつ言う。
「…なあ、坊主。俺が最初からニセモノだったら…どうする?」
ガシッと二の腕を掴まれて、ソランは二度目の叫び声をあげた。
アリーの話した怪談は、全くの作り話だった。
もちろん子供たちを、特に他の話を怖がる様子のなかったソランを怖がらせる為に即興で作った話である。
それから暫くの間、アリーはソランの顔を見る度に噴き出していた。
その日は風が音を立てるほど吹いていた。
砂嵐が来るのだと大人たちは言って、子供たちを建物の奥の一室に集めた。
アリー以外の大人は砂嵐に備えるためか、用事があるらしく、すぐにどこかに行ってしまった。
そんな中でも子供は無邪気だ。
夜遅くなり、寝ようという段になってから一人の子供が怪談を話し始めた。
何処にでも幽霊の話はあるものだ。
戦争で片足を失くした兵士の霊が自分の足を探して彷徨っていたり、火だるまになった赤ん坊を抱いたままの母親の霊だったり…。
よく聞く話はもう慣れっこで、ソランは特に気にすることなく聞いていた。
「なあ、ソラン。聞いたことあるだろ?砂男の話。」
「ああ、知ってる。」
砂男は体が砂でできていて、こんな風の強い日に出てくるのだという。
「そいつに触られると砂の中に引きずり込まれるんだってさ。」
近づいたが最後、引きずり込まれて砂の中を何処までも落ちて行くらしい。
怖がって聞いている子供もいたが、ソランにとってその話は非現実的で少しも怖いとは思わなかった。
その様子を部屋の端で壁にもたれて眺めていたアリーは、微かに口角を上げて声を掛けた。
「じゃあ、こんな話は知ってるか?」
皆が一斉にアリーの方を向く。
「砂嵐の夜に、子供だけで寝てると出てくる幽霊の話だ。」
皆ぶんぶんと首を横に振った。
「夜中に目を覚ました奴は喰われちまうんだ。で、その幽霊はその子供の姿になる。次にその隣で寝ている奴を起こして食べる。そしてまた次を起こして…朝になる頃には皆喰われちまってるって話。」
しんとなって聞いている子供に、アリーは床を指さして寝るように言った。
アリーの言いつけに素直な子供達は皆それぞれ静かに体を横たえた。
それを見てアリーは立ち上がった。
出て行こうとするのに気付いたソランは駆け寄って服の裾を引いた。
「…どこか…行くのか?嵐だぞ。危ない。」
「大人はいろいろとやることがあんだよ。」
煩そうにされても尚、ソランはしっかりと裾を掴んだままだ。
「…他の人がやってくれてるんだろ?アリーが行かなくてもいいと思う。リーダーなんだし…。」
アリーはニィっと笑った。
「そうか、お前、怖いんだろ。さっきの話。」
言い当てられて、ソランは慌てた。
「ち、違う。今から出かけるのは危ないと思って…。」
「そーかぁ? じゃ、その手は何だよ。」
ぎゅっと裾を掴む手を示されて、慌てて放す。
「こ、怖くない。」
「んじゃ寝てろ。もうガキは寝る時間だ。」
渋々、ソランも皆の中に混じって寝転がった。
最初こそ怖いと思ったものの、ソランも他の子供達も睡魔に負け、皆眠りに落ちて行った。
そして真夜中過ぎ。
ソランは何かの物音で目が覚めた。
眠い目を擦って身を起こすと、すぐ近くでナザレが起きていた。
「…どうしたんだ?」
まだぼんやりした視界でナザレを見る。
するとナザレも眠そうな声で答えた。
「…目が覚めちゃって…なんか眠れないんだ。」
ごおっと風が音を立てた。
ソランはビクッとしてドアの方を見た。
そしてまたナザレの方に視線を移した所で気が付く。
ナザレの隣に寝ていた筈のカウスがいない。
さっきのアリーの話を一気に思い出した。
幽霊が子供に化けて、隣の子供を喰うのだと。
まさか、と思い直して何か話しかけようとナザレの顔を見ると、その唇に何かついているのが見えた。
血!?
ソランは口を半開きにしたまま固まった。
その時、ナザレのお腹がクゥ~っと音を立てる。
「…腹減ったな。」
この国は貧しく、子供達はいつでも腹を減らしている。
それはソランも同じだ。
しかし、この時のソランにはそんな事を考える余裕はなかった。
喰われるっ!!
「わああああ!!」
ソランは弾かれたように逃げだした。
ドアの外に出て、明かりのある部屋を目指す。
ひとつだけ明かりの漏れたドアを見つけ、そこに駆け込んだ。
そこではアリーがのんびりと本を読んでいた。
息を切らしながら駆け込んできたソランを、なんだコイツ、という風に眺める。
「…どうかしたか?」
「ナザレがっ…ナザレとカウスがっ!喰われたっ!!」
ガシッとアリーの服を掴む。
「…はあ? 何寝ぼけてやがんだ。」
「ナザレが偽物なんだ!早くしないと皆喰われる!!」
さっきの話か、とアリーは呆れ顔でソランの頭を小突いた。
「んなわけねーだろ。怖い怖いって思ってるから、んな夢を見んだ。早く寝ろ。」
「ホントなんだ!!ナザレが…。」
そう言いかけたところに、ドアが開いた。
「ソラン?」
覗きこんだのはナザレだ。
ソランは顔面蒼白になり、まだ椅子に座ったままのアリーに必死でしがみついた。
ナザレはアリーの姿を見ると、おずおずと部屋に足を踏み入れた。
「あの…。」
何を言おうか困っている様子のナザレをじっと見て、アリーは口角を上げた。
立ち上がって、ポンとソランの頭を押さえてナザレに歩み寄る。
ソランは「危ない。」と言いかけて、しかし恐ろしさに固まっている。
ナザレの傍まで行くとアリーは身を屈めた。
ソランの視点からは、アリーの背中しか見えない。
アリーがナザレの頭を撫でたように見えた。
くくくっとアリーの笑い声がする。
ソランは少し恐怖心が治まり、二人を覗き込んだ。
笑いながらアリーが言った。
「お前、唇切れてるぞ。」
え?とナザレが手の甲で唇をぬぐった。
「あ、ホントだ。」
クゥっとまたナザレのお腹が鳴った。
「…腹減ったのか…。しゃーねーな。」
他の奴には内緒だぞ、と言いながら、アリーはチョコレートを出してひとかけナザレの口に放り込んだ。
そして振り向いて、ぽかんと見ているソランの口にも放り込む。
「…ナザレ…本物…か?」
「ソランどうしたんだ?いきなり出てったから、びっくりした。」
ソランはほっと安堵の息を漏らし、そしてまた思い出した。
「じゃあ、カウスは!?」
そう言ってアリーを見上げると、くいっと顎で部屋の隅を示した。
ソランとナザレがそちらを向くと、そこにはカウスが寝ていた。
こんな所で寝てたのか、とやっと安心してソランがカウスに歩み寄っていくと、その背中にアリーが声を掛けた。
「そいつが生きてるって保証はねーけどな。」
ニィっと片方の頬を引き上げている。
また驚愕の表情になったソランに、ゆっくりと近づきつつ言う。
「…なあ、坊主。俺が最初からニセモノだったら…どうする?」
ガシッと二の腕を掴まれて、ソランは二度目の叫び声をあげた。
アリーの話した怪談は、全くの作り話だった。
もちろん子供たちを、特に他の話を怖がる様子のなかったソランを怖がらせる為に即興で作った話である。
それから暫くの間、アリーはソランの顔を見る度に噴き出していた。