メゾネット・ソレスタル
集荷に伺いました
「ちわ~、蜘蛛さんマークの宅配便でーす。」
「はーい。」
クリスティナは玄関のドアを開け、宅配屋を招き入れた。
玄関に荷物を置いてもらい、伝票にサインをする。
「暖かくなってきましたねぇ。」
「ええ、そうですねぇ。」
間を持たせるための宅配屋の言葉に気のない返事を返すと同時に、伝票を渡した。
「毎度どうも。」
宅配屋が踵を返してドアノブに手を掛けようとしたその時、ドアは外から開かれた。
帰ってきたのは刹那だ。
鉢合わせの二人は一瞬足を止め、外にいる刹那が先を譲る。
「どうも。」
作り笑いの会釈を向けて宅配屋が通り過ぎると、刹那が顔をこわばらせた。
「き…貴様…。」
その声に宅配屋はしっかりと刹那に視線を向ける。
「…んあ?…あ~ぁ、久しぶりだなぁ、刹那。」
「何故貴様がここに…。」
「あら、刹那、お知合いなの?」
クリスティナが入り口で動かない二人の様子に気付いてそう訊ねたが、刹那は何も答えない。
代わりに宅配屋が営業スマイルを向けた。
「ええ、昔馴染みってやつですよ。では。」
再び会釈をして彼は去っていく。
その背中に刹那は吐き出すように言った。
「二度と来るな!!」
刹那が理由もなく人を嫌うような人間じゃないと知っているクリスティナは、ソファに座りこんだ彼に珈琲を出しながら訳を聞いた。
「…アイツはアリー・アル・サーシェス…。」
気が進まないながらも刹那はボソ、と話し出す。
「…俺が孤児院に入る前に世話に…いや、共同生活してた奴だ。」
どうやら『世話になった』とは言いたくないらしい。
親代わりなのだろうかと思っても、それを言ったら怒りだしそうだと心の中に留めておく。
刹那が孤児院にいたというのは皆が知っている話だが、その前となると別だ。
「赤ちゃんの頃から孤児院にいたわけじゃないのね。」
「ああ。」
それで?と話を促すが、刹那は辟易した顔をしている。
「…アイツの所為で俺は…。」
それだけを言って黙ってしまった。
それから暫く、何故だかメゾネットソレスタル宛ての荷物が続いた。
そして何故だかそれを運んでくるのは決まってあの宅配屋だ。
「…貴様…二度と来るなと言った筈だ!」
「仕方ねぇだろうが。今ここの担当は俺なんだからよ。」
今日も鉢合わせしてしまった刹那は喰ってかかる。
それに対してサーシェスはさして気にも留めてはいない様子だ。
「どうも~、ごくろうさん。」
丁度帰ってきたニールがそう言って傍を通り抜けると、刹那は嫌な顔を見せた。
「御苦労でも何でもない。この男は金の為に生きているようなものだからな。」
「おいおい、働く大人をそんな風に言うもんじゃないぞ?」
すみません、とニールは宅配屋に苦笑を向ける。
「いや、気にしなくて結構ですよ。こいつとは腐れ縁っつーか、まあ、そんなもんなんで。」
サーシェスがそう言って肩をすくめると、刹那はまたクワっと怒りを顔に出した。
「ああ、腐りきって縁とは呼べないほどだ。だから二度と来るな!」
「ワリィが俺は仕事はきっちりやる性分でな。荷物があったらまた来るぜ。」
そう言い置いて去っていくサーシェスとそれを睨みつける刹那を見比べ、ニールは溜め息と共に天を仰いだ。
「あら、そうなの?刹那ったら何にも話さないから。」
「アイツは小さい頃から無口でしたからねえ、ははは。」
スメラギは機嫌よく目の前の男に酒をすすめた。
頂き物の洋酒は有名な銘柄の高級品だ。
サーシェスが刹那の知り合いだということだけを聞いていた彼女は、二人の険悪な関係を知らず、意気投合していた。
勿論口八丁手八丁なサーシェスがうまく取り入ったという背景もある。
「な…何をしている…。」
その様子を目の当たりにした刹那は、驚愕のあまりいつもの勢いが出ていない。
「あら、刹那、帰ってたの?今、サーシェスさんからあなたの小さな頃の話を聞いてたのよ。ずいぶんお世話になったんですってね。わざわざ挨拶に来てくださったのよ?」
「…世話…挨拶…?」
一体何の話をしたのかと思いっきり疑いの眼差しを向ける。
するとサーシェスは人のよさげな笑顔で笑った。
「ホントになぁ、大きくなっ………『少し』大きくなっちまって。あん頃はこーんなチビだったのにな。」
「少しは余計だ。それよりっ!貴様何故ここにいる!今すぐ出ていけ!!」
「刹那!なんてこと言うの?…すみません、失礼なことを。」
驚愕から怒りに変わっていつもの調子を取り戻した刹那を、即座にスメラギがたしなめる。
ここを取り仕切っている以上、彼女は保護者のようなものだ。
「お気になさらず。反抗期って奴でしょう?」
「ホントなりばっかり大きくなって、この子ったら。」
「スメラギ!そいつに騙されるな!そいつはとんでもない悪人だぞ!!」
「ははは、親にとっちゃ子供の反抗ってのは可愛いもんです。」
「誰が親だ誰が!!」
「もう、刹那、いい加減にしなさい。」
酒が入っているせいか、その酒が高級なせいか、スメラギは完全にサーシェス側についてしまっている。
わなわなと握りこぶしを震わせて、刹那は唸った。
「…そいつの所為で俺は…。」
キッと睨む目はこれ以上にないくらい鋭い。
それでもサーシェスは笑みを崩す様子はない。
笑みに負けじと刹那は言った。
「そいつの所為で、俺は孤児院で友達が出来なかったんだ!何もかも嘘ばっかり教えられた所為で!!」
孤児になった刹那の世話を成り行きでしていたサーシェスが、事あるごとに教えていたことがある。
それは「他人を信用するな」ということ。
「『ももたろう』の話!あれは餌に寄ってくる意地汚い人間の姿が描かれていると言ったな!?」
「そんなこと言ったっけかなぁ?」
「犬も猿もキジも、金に釣られる人間と同じだ、そして桃太郎は金をふりまいてのさばっている政治家と同じだと!」
さすがにその話にはスメラギも驚いて、黙って聞いている。
「さらに、最終的に力によって鬼を制した、つまり金と権力を持つ者が勝者だとお前は俺に教えたんだ!」
「へぇ?いいこと言うねぇ、昔の俺。」
「そして『キツネとツル』!人間と言うのは騙し騙され生きている。より上手く騙した者が幸せに暮らせるんだと言った!」
他にも、と刹那は昔読んだ童話を次々と挙げ、それぞれのサーシェス流解釈をつけていく。
それはどれも曲解としか言えない、子供の教育にはどうみてもよろしくない解釈である。
「俺はそれを信じて…孤児院でもどこでも、誰の事も信用しなかった。優しい言葉も笑顔も、全部嘘だと思っていたんだ!!」
苦々しげな表情で俯く刹那。
それを見て、サーシェスはニヤァと笑った。
「信じた、ねぇ…。その割にゃあ…。」
含みのあるもの言いに、刹那は顔を上げる。
「…何だ…?」
「よう、刹那。俺はお前の親じゃねえよなあ。」
「当たり前だ。親であってたまるか。」
ギリッと睨む目は先程よりさらに強い。
サーシェスは続ける。
「俺は教えた筈だぜ?『他人を信用するな』ってな。」
「だからその所為で!………。」
サーシェスの言わんとしていることを、一拍遅れて理解した。
つまり、刹那は一番信用してはいけない相手の言を鵜呑みにしていたという事だ。
「…そ…そんな………。」
「ま、そういうこった。じゃあな、そろそろ帰らあ。」
サーシェスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がるとまた善人ぶった笑顔を作る。
「では、お嬢さん、失礼します。」
唖然としているスメラギに丁寧にお辞儀をして出て行った。
「ああ、刹那が言ってたおじさんってその人?」
アレルヤは何やら心当たりがある風にそう聞いた。
「なんだ、アレルヤ知ってるのか?」
ニールが訊ねると、昔ね、とアレルヤは話す。
刹那と出合って間もなく、絵本の話で意見が食い違ったことがあり、アレルヤが丁寧に読んで聞かせてちゃんとした解釈も教えたのだという。
「じゃあ、アレルヤに教えてもらうまで、ずっと信じてたのか。」
半ば呆れながら、半ば感心したように刹那を見遣ると、当の本人は相当ショックだったらしく、二人の会話は耳に届いていないようだった。
歩きながらマッチで煙草に火をつけると、サーシェスはフウッと盛大に煙を吐き出した。
刹那がサーシェスのことを信用してしまっていたのだと気付いた時の顔を思い出す。
「あの顔が最っ高におもしれェんだよな。」
煙草を歯で銜えてニッと声無く笑った。
「ちわ~、蜘蛛さんマークの宅配便でーす。」
「はーい。」
クリスティナは玄関のドアを開け、宅配屋を招き入れた。
玄関に荷物を置いてもらい、伝票にサインをする。
「暖かくなってきましたねぇ。」
「ええ、そうですねぇ。」
間を持たせるための宅配屋の言葉に気のない返事を返すと同時に、伝票を渡した。
「毎度どうも。」
宅配屋が踵を返してドアノブに手を掛けようとしたその時、ドアは外から開かれた。
帰ってきたのは刹那だ。
鉢合わせの二人は一瞬足を止め、外にいる刹那が先を譲る。
「どうも。」
作り笑いの会釈を向けて宅配屋が通り過ぎると、刹那が顔をこわばらせた。
「き…貴様…。」
その声に宅配屋はしっかりと刹那に視線を向ける。
「…んあ?…あ~ぁ、久しぶりだなぁ、刹那。」
「何故貴様がここに…。」
「あら、刹那、お知合いなの?」
クリスティナが入り口で動かない二人の様子に気付いてそう訊ねたが、刹那は何も答えない。
代わりに宅配屋が営業スマイルを向けた。
「ええ、昔馴染みってやつですよ。では。」
再び会釈をして彼は去っていく。
その背中に刹那は吐き出すように言った。
「二度と来るな!!」
刹那が理由もなく人を嫌うような人間じゃないと知っているクリスティナは、ソファに座りこんだ彼に珈琲を出しながら訳を聞いた。
「…アイツはアリー・アル・サーシェス…。」
気が進まないながらも刹那はボソ、と話し出す。
「…俺が孤児院に入る前に世話に…いや、共同生活してた奴だ。」
どうやら『世話になった』とは言いたくないらしい。
親代わりなのだろうかと思っても、それを言ったら怒りだしそうだと心の中に留めておく。
刹那が孤児院にいたというのは皆が知っている話だが、その前となると別だ。
「赤ちゃんの頃から孤児院にいたわけじゃないのね。」
「ああ。」
それで?と話を促すが、刹那は辟易した顔をしている。
「…アイツの所為で俺は…。」
それだけを言って黙ってしまった。
それから暫く、何故だかメゾネットソレスタル宛ての荷物が続いた。
そして何故だかそれを運んでくるのは決まってあの宅配屋だ。
「…貴様…二度と来るなと言った筈だ!」
「仕方ねぇだろうが。今ここの担当は俺なんだからよ。」
今日も鉢合わせしてしまった刹那は喰ってかかる。
それに対してサーシェスはさして気にも留めてはいない様子だ。
「どうも~、ごくろうさん。」
丁度帰ってきたニールがそう言って傍を通り抜けると、刹那は嫌な顔を見せた。
「御苦労でも何でもない。この男は金の為に生きているようなものだからな。」
「おいおい、働く大人をそんな風に言うもんじゃないぞ?」
すみません、とニールは宅配屋に苦笑を向ける。
「いや、気にしなくて結構ですよ。こいつとは腐れ縁っつーか、まあ、そんなもんなんで。」
サーシェスがそう言って肩をすくめると、刹那はまたクワっと怒りを顔に出した。
「ああ、腐りきって縁とは呼べないほどだ。だから二度と来るな!」
「ワリィが俺は仕事はきっちりやる性分でな。荷物があったらまた来るぜ。」
そう言い置いて去っていくサーシェスとそれを睨みつける刹那を見比べ、ニールは溜め息と共に天を仰いだ。
「あら、そうなの?刹那ったら何にも話さないから。」
「アイツは小さい頃から無口でしたからねえ、ははは。」
スメラギは機嫌よく目の前の男に酒をすすめた。
頂き物の洋酒は有名な銘柄の高級品だ。
サーシェスが刹那の知り合いだということだけを聞いていた彼女は、二人の険悪な関係を知らず、意気投合していた。
勿論口八丁手八丁なサーシェスがうまく取り入ったという背景もある。
「な…何をしている…。」
その様子を目の当たりにした刹那は、驚愕のあまりいつもの勢いが出ていない。
「あら、刹那、帰ってたの?今、サーシェスさんからあなたの小さな頃の話を聞いてたのよ。ずいぶんお世話になったんですってね。わざわざ挨拶に来てくださったのよ?」
「…世話…挨拶…?」
一体何の話をしたのかと思いっきり疑いの眼差しを向ける。
するとサーシェスは人のよさげな笑顔で笑った。
「ホントになぁ、大きくなっ………『少し』大きくなっちまって。あん頃はこーんなチビだったのにな。」
「少しは余計だ。それよりっ!貴様何故ここにいる!今すぐ出ていけ!!」
「刹那!なんてこと言うの?…すみません、失礼なことを。」
驚愕から怒りに変わっていつもの調子を取り戻した刹那を、即座にスメラギがたしなめる。
ここを取り仕切っている以上、彼女は保護者のようなものだ。
「お気になさらず。反抗期って奴でしょう?」
「ホントなりばっかり大きくなって、この子ったら。」
「スメラギ!そいつに騙されるな!そいつはとんでもない悪人だぞ!!」
「ははは、親にとっちゃ子供の反抗ってのは可愛いもんです。」
「誰が親だ誰が!!」
「もう、刹那、いい加減にしなさい。」
酒が入っているせいか、その酒が高級なせいか、スメラギは完全にサーシェス側についてしまっている。
わなわなと握りこぶしを震わせて、刹那は唸った。
「…そいつの所為で俺は…。」
キッと睨む目はこれ以上にないくらい鋭い。
それでもサーシェスは笑みを崩す様子はない。
笑みに負けじと刹那は言った。
「そいつの所為で、俺は孤児院で友達が出来なかったんだ!何もかも嘘ばっかり教えられた所為で!!」
孤児になった刹那の世話を成り行きでしていたサーシェスが、事あるごとに教えていたことがある。
それは「他人を信用するな」ということ。
「『ももたろう』の話!あれは餌に寄ってくる意地汚い人間の姿が描かれていると言ったな!?」
「そんなこと言ったっけかなぁ?」
「犬も猿もキジも、金に釣られる人間と同じだ、そして桃太郎は金をふりまいてのさばっている政治家と同じだと!」
さすがにその話にはスメラギも驚いて、黙って聞いている。
「さらに、最終的に力によって鬼を制した、つまり金と権力を持つ者が勝者だとお前は俺に教えたんだ!」
「へぇ?いいこと言うねぇ、昔の俺。」
「そして『キツネとツル』!人間と言うのは騙し騙され生きている。より上手く騙した者が幸せに暮らせるんだと言った!」
他にも、と刹那は昔読んだ童話を次々と挙げ、それぞれのサーシェス流解釈をつけていく。
それはどれも曲解としか言えない、子供の教育にはどうみてもよろしくない解釈である。
「俺はそれを信じて…孤児院でもどこでも、誰の事も信用しなかった。優しい言葉も笑顔も、全部嘘だと思っていたんだ!!」
苦々しげな表情で俯く刹那。
それを見て、サーシェスはニヤァと笑った。
「信じた、ねぇ…。その割にゃあ…。」
含みのあるもの言いに、刹那は顔を上げる。
「…何だ…?」
「よう、刹那。俺はお前の親じゃねえよなあ。」
「当たり前だ。親であってたまるか。」
ギリッと睨む目は先程よりさらに強い。
サーシェスは続ける。
「俺は教えた筈だぜ?『他人を信用するな』ってな。」
「だからその所為で!………。」
サーシェスの言わんとしていることを、一拍遅れて理解した。
つまり、刹那は一番信用してはいけない相手の言を鵜呑みにしていたという事だ。
「…そ…そんな………。」
「ま、そういうこった。じゃあな、そろそろ帰らあ。」
サーシェスはグラスの酒を飲み干し、立ち上がるとまた善人ぶった笑顔を作る。
「では、お嬢さん、失礼します。」
唖然としているスメラギに丁寧にお辞儀をして出て行った。
「ああ、刹那が言ってたおじさんってその人?」
アレルヤは何やら心当たりがある風にそう聞いた。
「なんだ、アレルヤ知ってるのか?」
ニールが訊ねると、昔ね、とアレルヤは話す。
刹那と出合って間もなく、絵本の話で意見が食い違ったことがあり、アレルヤが丁寧に読んで聞かせてちゃんとした解釈も教えたのだという。
「じゃあ、アレルヤに教えてもらうまで、ずっと信じてたのか。」
半ば呆れながら、半ば感心したように刹那を見遣ると、当の本人は相当ショックだったらしく、二人の会話は耳に届いていないようだった。
歩きながらマッチで煙草に火をつけると、サーシェスはフウッと盛大に煙を吐き出した。
刹那がサーシェスのことを信用してしまっていたのだと気付いた時の顔を思い出す。
「あの顔が最っ高におもしれェんだよな。」
煙草を歯で銜えてニッと声無く笑った。
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