メゾネット・ソレスタル

メゾネット・ソレスタル



 ニールがリビングに行くと、そこの空気はどんよりと曇っていた。
 原因は刹那とティエリアである。

「…いったいどうしたってんだ?」
 苦笑交じりにそう呟くと、クリスティナがクスリと笑って答えた。
「今日、二人が買い物当番だったのよ。…で、あれ。」
 彼女はソファでうなだれているティエリアとダイニングの椅子の上で膝を抱える刹那を指さした。
 二人はそれぞれ何やら呟いている。
「…ばかな…この私が…あぁ…ヴェーダ…。」
「…………俺は……ガンダムに…なれない…。」
 二人が落ち込んでいるのは理解したが、原因がつかめない。
 もう一度苦笑をクリスティナに向けると、「あのね、」と子細を話し出した。


 くじ引きで決められた買い物当番は、何の因果か一番不慣れな二人をペアにしてしまった。
 交代しようかとアレルヤが言ったのを、それではくじ引きの意味がないと却下したのは当のティエリアだった。
 それでも子供ではないのだし、買い物ぐらい大丈夫だろうとスメラギが買い物メモを渡して見送ったのだが…。



「…ジャガイモ…か。」
 メモを見て刹那がすぐ傍にあったジャガイモの袋を手に取るとそれをティエリアが制した。
「待て、刹那・F・セイエイ。メモにはジャガイモ3個とある。それには4個入っている。余分を買って行くのは無駄ではないか?」
「…そうだな…。」
 同意して刹那はきょろきょろと見回す。
「では、あれでいいんじゃないか?」
 指差した先には、個包装のジャガイモ。
「これを3個買って行こう。」
「同意見だ。」
 二人は納得してカゴに入れた。

「大変だ、ティエリア。鰆が見当たらない。」
「うん。僕も今思っていたところだ。ちょっと店員に聞いてくれないか。」
 丁度通用口から出てきた店員を捕まえて刹那が訊ねると、店員は困った顔をした。
「鰆ですかぁ…。今日は入荷が無いんですよ。ここんとこ不漁らしくって…。すみません。」
 申し訳なさそうにペコペコとお辞儀をして、店員は去って行った。
「入荷されていないなら仕方がない。」
「何か別のものを買って行くか?」
「いや、勝手なことをしてはスメラギ・李・ノリエガの機嫌を損ねることになりかねない。帰りに商店街の魚屋に寄ってみよう。」

 卵の売り場に行くと、刹那は一番安いパックを手に取った。
 それを見てティエリアが言う。
「こちらにしよう。」
 ティエリアが示したのは特別な名前の付いた一番値段が高い卵だ。
「それは高いだろう?」
 家計簿とにらめっこしてぶつぶつと言っているスメラギを思い出して、刹那は安い物を買うべきだと主張した。
 するとティエリアが諭すように言った。
「それは了見違いというものではないか?刹那・F・セイエイ。ここを見てみろ。」
 その卵の棚には、『栄養満点』『ビタミン豊富』などの宣伝文句が書かれている。
 生産者の顔写真が掲載されていたり生産過程が細かく記されていたりと、とにかく特別な卵らしい。
「この値段はこの商品に見合ったものだと判断する。それだけの価値があるということだ。そちらの卵がこの値段で売られていたら確かに高いのだろうが、この卵には当然の値段だ。となると、どちらを買うかというのは主観の問題であり、僕は同居人の健康の為にこの栄養価の高い卵を買うべきだと主張する。」
 ティエリアの言を聞いて、刹那は手の中のパックとその卵をもう一度見比べた。
 言われてみればこの二種類の卵を同列に比べるのは間違いかもしれない。
 暫しの思案の後、刹那は持っていたパックを棚に戻した。
「その主張に賛同する。そちらの卵にしよう。」

 慣れないスーパーの中をあれこれ探して周り、鰆以外のメモの中の商品がそろうと二人はレジに向かった。
 その手前で刹那が足を止める。
「待て、ティエリア。」
 そう言ってワゴンセールの中から何やら掘り出している。
「これを見ろ。」
 見れば刹那の手には子供向けのオモチャ付きのお菓子の箱があった。
 訝しげに眉を寄せてティエリアが歩み寄ると、それはどちらかというと『お菓子付きのオモチャ』と言える商品だった。
「見ろ。エクシアだ。」
「…確かに、エクシアだが…そんなものを買って行っては苦言を呈されるだろう。」
 子供じゃあるまいし、そんな予定外の買い物をしていくわけにはいかない、とティエリアは取り合わずレジに足を向ける。
 しかし刹那はそこから動こうとしなかった。
「ティエリア・アーデ、これはワゴンセールだ。」
 何を言いたいのか分からず、ティエリアは微かに首を傾げる。
「ここに処分品とも書いてある。…つまり、売れ残りだ。」
「…そのようだな。」
「これは、俺たちが救済しなければいけないものではないのか?」
 そう言ってもう一つ箱を取り出す。
 それはヴァーチェだった。
「万が一このまま売れ残ることになれば、廃棄処分だろう。そんなことを許していいのか?」
 ヴァーチェを見せられて、ティエリアの心は揺らいだ。
「…た…確かに…それは許し難いが…。」
「これは急務だ。上の指示を仰いでいる暇はない。俺はこいつらの救済を放棄して帰ることなどできない。」
 つらそうな表情を見せる刹那。
 ティエリアは暫し目を瞑り熟考の後に言った。
「…急務……そうだな。君の意見を受諾する。しかし、預かった現金にあまり余裕はない。エクシアとヴァーチェをひとつずつだ。」
「キュリオスとデュナメスはどうする?」
「それは我々の管轄外だ。二人に知らせてやれば充分だろう。」
「了解した。」


 その後、魚屋に寄ったものの鰆は見当たらず、任務失敗の自責の念に駆られながら帰った二人は、スメラギにこっぴどく叱られることになった。
「鰆は無かったんならしょうがないわよ。でも個包装の高いジャガイモだの贅沢な卵だの、おまけにこんなオモチャまで!信じられないわ!?」
 そしてエクシアとヴァーチェは没収されてしまった。




「…と、いうわけなの。」
 クリスティナはそう言ってニールに苦笑を返した。
「なるほどね。」
 ニールはフウッと溜息を吐く。
 こいつらをどう慰めるかな、と。
 兄貴分である彼の気苦労は今に始まったことではないが、厄介なことには変わりない。
 取りあえず、エクシアとヴァーチェを返してもらえるようスメラギに交渉してみることにした。



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