『刻の止まった部屋』シリーズ

ゲーム



「衛星軌道までのタイムスケジュールは出た?」
「はい、表示します。」
「了解。1400時スタート予定で。」


 トレミーは宇宙へ上がろうとしていた。
 クルー達は地上での休暇をそれぞれ思い思いの場所で過ごした。
 平穏を取り戻した世界を皆、ひとまずは安堵して静観している。
 しかし気は抜けない。
 いつ不穏分子が出てくるかも分からないのだ。
 それに対する備えを万全にする為の宇宙での活動である。



 頃合いを見て、スメラギは作業中のニールに声を掛けた。
『ニール、オオカミさんを部屋に戻して。』
「了解。」
 返事をしてニールはサーシェスを促した。
「戻るぞ。」
「んだよ。仕事はいいのかァ?。」
「残りは後でやる。」
 肩を竦めてサーシェスはニールのあとに続いた。

「スピードが上がったな。」
「気の所為だろ?」
 サーシェスの鋭い感覚にニールは眉根を寄せた。
 今から大気圏から出ようというのだから、確かにスピードは上がっているのだろう。
 しかし、まだGを感じるほどではない筈だ。
「次はどこへ行くんだ?」
 ニッと笑うサーシェス。
 どうせまた良からぬことを考えているのだろうと、ニールは振り向いて呆れた口調で答えた。
「アンタに教えるわけないだろ。」
 へいへい、と肩を竦める。

 廊下を歩きながら、そーいえば、とサーシェスは呟いた。
「なんだよ。」
「あの約束は反故にされちまったな。」
「…約束?」
「アレルヤってにーちゃんにエロ本買ってきてもらう予定だったんだがな。」
 ニールはムッと表情を硬くした。
「…アンタが追い出したようなもんだろ。」
「そんな事言うかよ。あのにーちゃんが逃げ出したってだけのことだろうが。」
「逃げ…。逃げたんじゃない!立ち向かおうとしてるんだ!」
「どうだかな。」
 憎まれ口を叩くサーシェスにさらに反論しようとしたが、ニールは口を噤んだ。
 最近おかしい。
 人を怒らせて楽しむ傾向は前からあったが、ここのところのそれは何か違う気がする。
 こちらが一番触れられたくない部分を突いてくる。
 アレルヤの事をわざわざ持ち出す必要など無いのだ。

 何か仕掛けようとしている。
 それに乗せられるわけにはいかない。
 本気で怒らせようとしているのなら、怒っちゃダメだ。
 逆に受け流して笑ってやるぐらいじゃないと。
 静かに深呼吸をして、怒りを治める。
「欲しいもんがあったら俺が買ってきてやるよ。俺なら、アンタの好みもばっちり分かってるしな。」
「そりゃありがとよ。相棒。」
「…あいぼー…ね。あいよ。」



 サーシェスは声無く笑った。
 前を行くニールが冷静を装っているのが見て取れる。
(なかなか…簡単には乗せられねーってか?楽しいねぇ。)
 怒らせるのが無理でも、やりようはいくらでもある。
(ってか、それもお楽しみ程度だけどな。)
 そもそも怒らせる必要はないのだが、そこはサーシェスの趣味の問題だ。
 微かな緊張と己の感覚が研ぎ澄まされていくのを楽しみつつ、部屋を目指す。





「1400、プトレマイオス2、大気圏離脱開始します。」
「加速度、機体バランス、共に良好。」
 グンっとスピードが上がった。
 機体の傾きも感じられる。
「オオカミさんも、そろそろ気づいたかな。」
 スメラギが呟いた。



「始まったな。」
 部屋の奥に立って、サーシェスも呟く。
 何か言ったか?と軽く聞き返しながら、ニールはドアを閉めようと開閉ボタンに手をやった。

 ポーン。

 テンテン、と転がってくるオレンジ色の球体が目の端に映り、おや?と思う。
(何でハロがこの部屋の中に…?)
 足元を転がって廊下に出たものは、ただのボールだった。
 記憶を失っていた時に大事にしていたものだ。
 ニールが使っていた機体を回収したから、その中にあったのだろう。
(でも何で部屋ン中にあるんだ?)
 そう思っているとサーシェスが部屋の奥で「わりぃ。」と言った。
「手が滑っちまった。取ってくれ。」
 ドアの開閉時には部屋の奥に立つのが決まりになっている。
 仕方ねーな、とニールは屈んだ。

 ニールは失念していた。
 それがただのボールであることを。
 ずっと大事に持っていた、その癖が出てしまった。
 つまり、彼はハロを抱き上げる様に、前屈みになって両手で拾い上げてしまったのだ。
 その時。
「なっ!?」
 背後に気配を感じた直後、後頭部に衝撃を受けた。
「くっ…。」
 痛みに崩れ落ちながら、薄目でサーシェスを見上げる。
 見下ろしている顔は、あの勝気な笑み。
「わりぃな、相棒。お前は人身御供だ。」








「ノリエガさん!!」
 ミレイナが慌てて声を上げた。
「何!?」
「サーシェスさんから通信です!ディランディお兄さんが倒れたそうです!場所はお二人のお部屋です!」
 ハッとしてスメラギは指示を出す。
「医療班!すぐにニールの部屋に向かって!フェルト!居住ブロック閉鎖!エレベーターを止めて!」
「了解。居住ブロック閉鎖。エレベーター封鎖。」
「え?どうしたですか?」
 ミレイナが状況を読めなくて戸惑っている。
 スメラギはニッと笑って見せた。
「オオカミさんが動き出したのよ。総員、…えーっと、とにかく、あの男を逃がすんじゃないわよ!!」



「素早いねぇ。」
 ククッと笑ってサーシェスはタッチパネルを操作した。
 そこは居住ブロックにある倉庫の中。
 そこにも完全オートメーションの倉庫と通じる扉があった。



「倉庫に侵入した形跡があります!」
 居住ブロックでサーシェスを探していたクルーがブリッジに連絡を入れた。
「あんの野郎!フェルト!オートメーション動いてる!?」
「…今止まったところです。」
「各階の倉庫の入り口を張って!急いで!」
「大気圏離脱、中止した方が良くないか?」
 舵を取るラッセがそう言うと、スメラギは手を振る。
「御冗談。そんなの逃げやすくしてやってるようなもんじゃない。ラッセ、加速度10%アップして。アイツが外に出る前に、宇宙に上がるわよ。」



「ミレイナ。医療班から連絡は?」
「ありましたです。ディランディお兄さんは大した怪我じゃないそうです。でも気絶してるです。」
「了解。…ったく…。」
 相棒と呼んだ相手をあっさりと伸していくのはサーシェスらしいと言える。
 でも…。
「ちょっとぐらい躊躇いを見せなさいっての。」




「俺達は格納庫へ行く。」
 刹那がライルと共にブリッジを出た。
 走っていると、突然刹那は違う方向に行こうとする。
「お、おい。格納庫に行くんじゃないのかよ。」
「俺は第二格納庫を張る。そっちは頼む。」
「…ガンダムはいいのかぁ?」
 刹那なら何よりガンダムを守ろうとするだろうと思っていたライルは呑気にそう訊いた。
「お前が死守してくれ。盗られたら恨む。」
「はいよ。了解。」
 軽く笑って返事をする。
 ガンダムはデータを書き換えない限りマイスターにしか動かせない。
 そんな面倒な事をしている暇はない筈だ、と刹那は踏んでいるのだろう。




 あの男は何処を目指しているだろう。
 スメラギは考えを巡らせつつ指示を出す。
 逃げ出す前に何かデータを引き出していくだろうか。
 いや、そんな時間はない。
 大気圏内に居る間に外に出たいはずだ。
「コンピュータルームと開発室と研究室は完全封鎖。…念の為、だけどね。格納庫のフロアを重点的に捜索。」
「B-12倉庫のドアが開きました。」
「第二格納庫ね。第二格納庫までの各扉、コード32で封鎖。」
『コード了解。』
 刹那が端末の通信で答えた。

 倉庫の入口にクルーが駆け付けた時にはもう、サーシェスはいなかった。
「追跡コース、表示します。」
「現在地は?」
「はっきりしません。」
 数秒考えてスメラギは指示をする。
「刹那、格納庫手前のH-1ドアを張って。気を付けてね。」
『了解。』



「封鎖したか。どれかねぇ。」
 パネルの前で暫し考え、よし、と決めると8桁の数字を打ち込む。
 ピッとOK音が鳴り、シューっとドアが開いた。


「コード32、破られました!第二格納庫への非常通路です!」
「何でよッ!…コード28に変えて!」
 大体あの通路を何で知ってんのよ、とイライラとスメラギは呟く。
 ハッとしてミレイナが通信ボタンを押した。
「パパ!第二格納庫の非常通路です!追うです!」
 たまたまイアンがその近くを捜索していた。
『よっしゃ!任せろ!』
「各員、イアンの応援に向かって!」


「当然変えてくるか。さっきがあれって事は…今度はこれだな。」
 また別の8桁を入れてドアを開ける。


「コード28もダメです!」
「駄々漏れじゃない!どういうこと!?」
 スメラギがヒステリックに叫ぶと、ラッセがボソッと言った。
「…傾向もしっかり読まれてるって事は、スメラギさんが元じゃないか?」
「何よッ!私のとこから情報盗まれたってこと!?」
 怒るスメラギの後ろで、フェルトが痛いところを突く。
「一緒によく飲んでましたよね。可能性としては一番だと思います。」
「わ…悪かったわね…。」
 たじろいで一旦もごもごと口ごもるうち、ふと思い出したことがあった。


 サーシェスはスメラギと酒を飲んでいる時に、よく「ゲームをしようぜ。」と言ってはスメラギに数字を言わせていた。
 何かを当てるゲームだったり、言った数字に関連する新聞記事を探したりと、何の意味もない遊びだと思っていたが、スメラギが咄嗟に口から出す数字の傾向を調べていたのではないか。


 やられた、と頭を抱えるが、すぐに気を取り直す。
「…な、なら、いいわ。フェルト、次の扉と格納庫のハッチ、コードQ(クイーン)に変更よ。」
「了解。」
 その扉が第二格納庫への最後の扉だ。



 数字を一つ打ちこんだ所で急にタッチパネルが数字をランダムに並べ替えた。
「お?…来た来た。」
 ニィッと大きく歯を剥いて笑った。
「サンキュー、予報士のねーちゃん。アンタと酒飲んだ甲斐があったってもんだ。」
 してやったりな顔をする。
 コードQは特別仕様だ。
 打ち込む数列が長い上、タッチパネルの数字が一つ押すごとにランダムに並び変わる。
 例えコードがバレていたとしても、充分に足止めになると考えての事だろう。
「アンタの性格なら、ぜってーこれ使うと思ってたぜ。」
 コード名と言い特別仕様の内容と言いアンタ好みだもんなァ、と笑いながら数字を押していく。
 入手した他のコードも一通り憶えてはいるが、このコードはすらすらと出てくるまで繰り返し訓練していた。



「…スメラギさん…Qコード、正確に打ち込まれています。…8桁…16桁…。」
「ウソでしょ!?…なんて早さよ。」
 それを聞いて何か引っかかるものがあるのか、ラッセが首を傾げた。
「…そういやあ…。」
「どうしたの?」
 ポリポリと頭を掻くラッセ。
「アイツ、よくトレーニングルームで反射神経鍛えるゲームやってたなと思って…。」


 パネルに数字がでたらめな並びで表示され、それを1から順に押していくものだ。
「なーんかしょっちゅうやってっからさ。飽きないのか?って言ったら、ボケ防止だとか言ってやがって。…もしかして、あれQコードで練習してたのかな~とか、さ。」
 そのゲームは自由に数字の羅列を変えることが出来るようになっている。
 それにQコードを入れて練習していたのではないか、という事だ。
「…ラッセ…あなた、それを見てて気付かなかったって言うの?」
 スメラギの言葉に、ラッセは苦笑いを向ける。
 ミレイナがのほほんと言った。
「それは無理な話なのです。アイオンさんはまだQコード覚えてないです。」
「覚えなさいよッ!!」
「最初の5桁までは覚えたんだけどな~…ハハハ。」


 ラッセの乾いた笑い声を遮ってフェルトが声を上げた。
「Qコード、破られました!」
「イアン!まだ追いつかないの!?」
『す、すまん。コード打ち込むのに時間食っちまった。』
 あちゃ~っとスメラギは天井を仰ぎ見る。
「ハッチ以外のコード解いて。フェルト。」
「了解。」

 まったく歳は取りたくないな、とボヤキながらイアンが先に進むと、そこには信じられない光景が。
「なんじゃこりゃ~!!」
 次の扉を開けば格納庫という場所に、無数の写真が散らばっていた。
 それは、ミレイナの無修正オールヌードの写真。もちろん乳児期の物である。
「み、み、見るなっ!」
 イアンの応援に駆け付けていたクルーに怒鳴りながら、写真を拾っていく。
「あの男っ!許せん!!」
 写真は拾い切っていないが、怒りにまかせて最後の扉を開けようとした。
 そこでハタと気付く。
 この向こうは格納庫だ。
 もしハッチが開けられでもしたら、この写真は空中にばら撒かれることになってしまう。
 それだけは阻止しなければならない。父親として。
「見るな!でも急いで拾え!」
 無茶な事を言って半泣きで写真を拾うイアン。

 そもそも何でこの写真があの男の手にあるんだ、とイアンは拾いながら考えた。
 あ、と動きが止まる。
「あの…時か…。」
 がっくりと項垂れた。

 イアンが監視当番の日、何の流れでかは忘れたがミレイナの話が出た。
 賢い子だと褒められ、つい娘自慢をしてしまったのだ。
 最近はイアンの娘自慢を聞いてくれる人は希少だった。
 反応良く返事を返すサーシェスの様子に、調子に乗って自慢して、ついでにとアルバムデータを持ちに一人でその場を離れた。
 そして、アルバムを見せ始めたとき、油圧ポンプの異常を知らせる警報音が鳴ったため、もう一度サーシェスを一人残して見に行ったのだ。
 あの警報音は誤作動だった。
 最初に離れた時に誤作動が起きる様に仕組み、二度目に離れた時にデータを取るかプリントアウトするかしたのだろう。

『すまんスメラギ。追いつけんかった…。』
「…了解。まあ、仕方ないわ。」
 皺の寄る眉間を指先で押さえつつ、スメラギは次の手を打つ。
「リンダさん。作業員の避難は終わった?それから全ての機体にコードロックを…。」
『避難完了しました。コードロックは今やってます。あと30秒ほどでロック完了。それと、刹那が格納庫内に入りました。』
 ホッと胸を撫で下ろした。
 機体が動かなければ外に出ることはできない。
「ありがと。素早い対応助かるわ。」
「ママ頼りになるですぅ♪」




「止まれ!」
「やだね。」
 刹那が銃を向けても当然の如く怯まない。
 やむなく発砲するも寸でのところで避けられる。
「外に出るのは無理だぞ!機体はもうどれも動かない!」
 ひょいひょいと銃弾を避け、小型の輸送機にサーシェスは入って行った。
 刹那が追おうとすると、扉が開かない。
 丁度サーシェスが入った所でコードロックがかかったようだ。
 ハッとしてリンダが居る管制室に目をやるが、ロックを解くわけにいかない。
 しかも急場しのぎだったため、そのコードはリンダが自分で設定したものだった。
 リンダに訊かなければそれを開けることは出来ないのである。

 そうこうしているうちにハッチが開き始めた。
 刹那が格納庫に行く前に既に操作をしてあったようだ。
 リンダが慌てて刹那を呼んだ。
「早く戻って!飛ばされるわ!!」
 それだけじゃない。
 かなり高度が高いのだから、空気も薄くなっている。
 刹那は歯噛みして管制室に入った。
「大丈夫よ。ロックを解いている様子はないわ。」
 このコードは当てずっぽうで当たるようなものではない。
 加えてサーシェスはリンダとは殆ど係わりが無かったから、性格からの予想も出来ない。
 サーシェスには機体を動かす術がないのだ。



「ラッセ!機体バランス!」
 ハッチが開いたことで船が揺れた。
 気圧差がかなりあるために空気が外に吸い出されている。
「了解っ!問題ないぜ!」
「ミレイナ。ハッチ、すぐに閉められる?」
「無理です。でも開き切ってからコンマ一秒で閉まり始める様に設定されてますです。」
 一瞬サーシェスが宇宙に上がるトレミーを気遣ってそうしたのかと驚き、すぐにそれが間違いだと気付いた。
 追われないためだ。
 やるじゃない、とスメラギは前を見据える。
 出るとしたら閉まる寸前だろう。
「!?スメラギさん!?」
 フェルトの慌てた声にスメラギは振り返った。
「どうしたの!?」
「Qコードが書き変わっていきます!…それに、書き換えが終ると同時に艦内の全てのドアにQコードが掛かるようになっています!」
「何ですって!?いったいどうやってんのよ!」
 ヒステリックに叫ぶスメラギに、分析を始めたフェルトが少し落ち着きを取り戻して言った。
「…ハッキングされているようです。…非常通路の格納庫側の操作パネル。」
「フェルト!解読お願い! ミレイナ!今のうちに通路の扉開けておいて!」

 Qコードを書き換えられる事態なんて想定外だ。
 きりきりと爪を噛む。
 フェルトが解読プログラムを打ち込みながら、口を開いた。
「端末か…小型のパソコンか何かを操作パネルに繋いで、ウイルスの様なものを流し込んだんじゃないでしょうか。」
「そんなもの、あの男に持たせてないわよ!」
「…前に…ポータブルのゲームを手に入れてほくほくしているのを見たことがあります。」
 ゲーム?とミレイナが呟いた。
「ミレイナ…心当たりがあるの?」
 問われておずおずと答える。
「…すみませんデス…それ、私があげたです…。」

 で、でも、と慌ててスメラギの方を向く。
「そんな事に使えるようなゲームじゃないです。小さい頃に遊んだ簡単なゲームで…要らなくなったから片付けようと思って…。」
「…それにいろんな部品を繋いで、パソコンもどきを作ったってことでしょうね。」
 ため息混じりにスメラギが言った。
「よくやるぜ全く…。」
「怖い人ですぅ…。」
「まったくよね…。」
 三人の声に無反応なフェルトにスメラギが目をやると、フェルトは何かを思い出したようにハッとした表情で固まっていた。
「…あの人…。」
「何?まだ何かあるの?…いい加減もう驚かないわよ。」
「天才ハッカーの記事を読んでいました。」
 全員でがっくりと項垂れた。
 その記事にハッキングの方法が書いてあったとは思えないが、それをわざわざ人目に付くように読んでいたとすると、挑発しているようにも思える。


「あ、ハッチ閉じ始めたですぅ。」
「…出るかしら。」
「機体は動かねーんだろ?アイツが乗った輸送機ドアも開かないんじゃ監禁されてるのと同じじゃねーのか?」
「それで大人しく引き下がる男じゃないわ。」
「でも、無理なもんは無理だろう。」
 それはそうなんだけど、と返しながらスメラギはタイムスケジュールに目をやった。
「ラッセ、大気圏離脱まであとどのくらい?」
「30秒もすればもう空気のないとこに…」
 そこにリンダの叫び声が届いた。
『ああああ~!!大変っ!!』
 それに続いてミレイナも声を上げる。
「あああ~!!脱出ポッドですっ!!」
「何!?」
「輸送機から脱出ポッドが射出されましたです!」



 ハッチが完全に閉まる直前、輸送機の脱出ポッドが射出された。
 脱出ポッドは緊急用である為、コードロックが掛からないようになっているのである。
「よッと。危ねぇ危ねぇ。」
 格納庫の壁にぶつかりそうになりながら、うまくバランスを取ってもう閉まりそうなハッチから飛び出す。

 ガガガッ!

 垂直尾翼を削るようにして、脱出ポッドは船外に出た。
「ちょっとタイミングを間違えちまったか。」
 尾翼が傷ついたことなど気にしない風にそう呟いた。



「や…やられたわ…。」
 スメラギが唖然としていると、ミレイナが通信に気付いてボタンを押した。
「通信入ってますです。」
 ポッと通信画面にサーシェスが映った。
 軽く片手を上げてニッと笑って見せる。
『よぉ。予報士のねーちゃん。世話んなったな。楽しかったぜ?じゃあな。…あ~ぁ、そうだ、俺の相棒をよろしく頼むぜ。ちょっと力加減を間違えちまったみたいでよ。それから部屋に置き土産があるから、楽しんでくれよ。』
 それだけを言って通信は切られた。
「あンのオオカミ~!!」
 叫んでは見てももう追い掛けるのもままならない。
 トレミーはすでに大気圏外にいた。

『逃げられたのか!?俺が追う!!』
 目を覚ましたニールが悔しさに顔を顰めながら言ったが、スメラギは止めた。
「無理よ。こっちはもう宇宙だもの。」
『俺の責任だ。俺だけ下りる!』
 スメラギは肩を竦めて見せた。
「責任の事を言うなら、私の方が重いかもね。…つまり、私達、全員おちょくられたのよ。あの男に。」
『でも…放ってはおけないだろう。』
「大丈夫。私が何であんなのを酒飲み相手にしてたと思ってんの?」
 そう言うと、自分の胸の谷間に指を入れた。
 周りの者がぎょっとしていると、「ここが一番安全な隠し場所なのよね~。」と蛇腹に折られた細長い紙を取り出した。
「何だか分かる?」
 得意げにみんなに見せびらかす。
「アイツがこれまでに利用したコネクション。そりゃ固有名詞までは聞き出せなかったけど、酒の勢いで結構ヒントになること教えてくれたわよ~?もう全部調べてあるから、そっちに網を張ってりゃそのうち引っかかるわ。」
 すごいです~とミレイナが声を上げた。
「じゃあ、そこで捕まえてもらえば簡単なのです♪」
 嬉々としてそう言うと、スメラギは軽い溜め息を吐く。
「それは無理よ。」
「え?」
「コネクションになってる人たちはオオカミ側、私たちからしたら敵なのよ?」
 じゃあ、網を張っても無駄じゃないのか、と首を傾げると、スメラギは言った。
「何処に居るかが分かるだけでも違うでしょ?アイツが何をしようとしているのか、探ることが出来る。今はそれで充分よ。多分、こっちの情報は有効的に使うために今は温存しておくだろうし。」





 ホントはアイツが追っかけてくんのも楽しみにしてたんだがな。
 そうひとりごちて地上の地図を表示させた。
「さてと、ど~こに行こうかねぇ。」
 取り敢えずは軍に見つからないような場所に下りなくてはならない。
 地図を眺めつつ、くくくっと笑った。
「あのねーちゃんは気付いたか?」
 実を言えばスメラギに教えたヒントは全部デタラメだ。
 しかし、そのヒント全てを組み合わせると新たなヒントが見出される。
 その事にスメラギが気付くかどうか、それは賭けごと感覚の遊びでもある。
 もしすぐに気付くようなら、数年はナリを潜めていた方がいいだろう。
 逆に気付くのが数年先、もしくは気付かないままなら、すぐにコネクション先に連絡を取った方が都合がいい。
 使った後で自分の形跡を消せばいいのだから。

 この賭けに勝つのは自分かあの戦術予報士か。

 最後の大勝負に高揚する精神を心地良く感じた。
 やはり生きるというのはこういう事だと再認識する。
 まだ余生を送るなんて退屈な事はしたくない。
 あのアマちゃん達との勝負を楽しむ時間はたっぷりあるのだ。



 偶然なのか狙っていたのか、脱出ポッドの塗装はサーシェスの機体と同じ色をしていた。
 その赤が、緑の山の中に吸い込まれるように消えていった。








「で、置き土産って何だったんだ?」
 サーシェスの言ったことを後から聞いたライルがそう訊ねると、スメラギがフルフルと怒りに震えた。
「…あの男信じられないわ…。」
「どうしたってんだ?」
 あまりに悔しくて答えられないらしく、スメラギは顔を顰めた。
 横から刹那が答える。
「かなり詳細な艦内図が置いてあったらしい。」
 フェルトも続けた。
「あと、全てのコードが正確に記してあったらしいです。」
 何であの男にそんな事を知ることが出来たのよ!!とまたスメラギは憤慨している。
 それをまあまあ、とミレイナが宥めた。

 ニールは一人、ベッドに座っていた。
 サーシェスがいたベッドを少し眺め、フッと笑んだ。
 生きているならまた会うこともある。
 非道な事をしていたら、その時は遠慮はしない。
「その覚悟を、しろってこったろ?」
 まだその時を楽しみに待つ余裕はない。
 それでもやっぱり会いたいのかもしれないと思いつつ部屋から出た。





fin.
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