『刻の止まった部屋』シリーズ

ミレイナの意地


 ミレイナが昼食を食べ終わり、手を合わせて「ごちそうさま」を言うと、少し離れた場所に座っていたサーシェスが声を掛けた。

「嬢ちゃん、これ、食うか?」

 差し出されたフォークの先にはミートボールが刺さっている。
 ミレイナは一瞬笑顔を見せたがすぐにムッとした顔になり、プイっと横を向いた。
「あなたのような人に施しを受けるほど落ちぶれていないです。」
 サーシェスはニッと笑って返す。
「施しなんかじゃないぜ? 腹いっぱいになっちまったから、誰か喰わねーかと思ってよ。…そうか、いらねーのか。」
 そう言って隣にいた刹那に喰うか?と聞いた。
「必要ない。」
 刹那は自分のトレーをもって立ち上がった。
「そうかぁ、しゃーねーな。もう喰えねぇし、捨てるしかねーなァ。勿体ねーけど。」
 ハラハラとした様子で見ていたミレイナが慌てて止めた。
「ま、待って下さいです!…す、捨てるのは環境に良くないです。だから、…だから、仕方ないから私が貰ってあげるです!」
「お、そうか?ほらよ。」
 もう一度差し出されたミートボールに、ミレイナは飛びつくようにして喰いついた。
「おいしいですぅ~。…ハッ…じゃなくて、ミートボールは命拾いしましたです。もう少しで生ゴミになってしまうとこだったです。ミレイナちゃんに感謝しろです。」
 本心が口から出てしまい、慌てて言い直すミレイナ。
 サーシェスはニカッと笑った。
「で、嬢ちゃんは俺に何を返してくれるんだ?」
「え?」
「え、じゃねーだろ。人から物を貰ったら、お礼をするのが常識ってヤツだろうが。」
「い、今のは仕方なく貰ってやったです! 別に欲しくて貰ったわけじゃないです!」
「理由はどうあれ、物を貰ったのは事実だろ? 施しじゃねーって言ったよな。このまま一方的に俺から物を貰ったってことになると、嬢ちゃんは俺から施しを受けたことになるんだぜ?」
 はめられた、とミレイナは今更気付く。
 悔しそうな表情を楽しみつつ、サーシェスは手を出した。
「ほら、なんかよこせよ。俺なんかに施しを受けるほど落ちぶれちゃいねぇんだよな?」
「ず…ズルイです…。」
「ここでなんも出さないようじゃ、嬢ちゃんはただの餓鬼ってことだな。大人社会で生きてくには礼儀ってもんが大事だ。人から何か貰ったら礼をする。それが礼儀だろ? ここで働いてる以上、嬢ちゃんはそういう事を覚えていかねーとなぁ。」
 にやにやと楽しそうに笑う。
 困り果てるミレイナに、刹那が声を掛けた。
「そいつの言う事を真に受けることはないぞ、ミレイナ。気にするな。」
「お?助け船が来たな。いいなぁ、餓鬼んちょは何でも助けてもらえてよ。」
 刹那の助け船に一瞬ホッとしたが、ついで掛けられたサーシェスの挑発にミレイナはカッとなって言った。
「このミレイナ・ヴァスティはそこらの餓鬼んちょとは違うです!ちょっと待ってろです!ちゃんとお返し持ってくるです!!」
 ミレイナは肩を怒らせて食堂から出て行った。

 クククっと笑うサーシェスに刹那は呆れ顔を向ける。
「子供をからかって遊ぶな。いい大人が。」
「そこらの餓鬼とは違うってよ。何持ってくるか楽しみだ。」

 5分ほどでミレイナは戻って来た。
 手には一枚の写真。
 ふふんと得意げに笑っている。
「持ってきたです。これは貴重な写真です。絶対見ておかなくては一生の後悔になるです。」
「へぇ~?そりゃあ、興味あるな。何の写真だ?」
「これは!」と高らかに写真を持ち上げたところに数人のクルーが入って来た。
 ミレイナは気にせず言った。
「この美少女、ミレイナ・ヴァスティの! 無修正オールヌード写真です!!」
 一瞬場が静まり返り、今入って来たばかりのフェルトが慌ててミレイナに駆け寄った。
「ミレイナ!何を!?」
「あ、フェルトさん。どうかしたですか?」
「どうかしたじゃないわ。ヌード写真って…。」
 そこに刹那が近寄り、掲げられた写真をパッと奪った。
 じっと見て一言。
「…なるほど。無修正オールヌードだな。」
「刹那!!女の子のそんな写真を勝手に見ちゃダメ!!」
 フェルトが刹那の手から奪い返した。
「ミレイナもそんな写真人に見せちゃダメでしょ!?」
 言いつつ手に取った写真に視線を移すと、フェルトは無言になって写真に釘付けになった。
「秘蔵中の秘蔵です。これを見ないで死んだら絶対後悔するです。」
「無修正オールヌードだろ?」
「…ホント…無修正オールヌードね…。」
 なになに?とアレルヤが近寄り、写真を見るなりパッと笑顔になった。
「わぁ、か~わい~。」
「可愛くて当然なのです♪」
 マリーやライルも覗き込み、皆でワイワイと騒ぎ始めた。
 その様子をサーシェスは頬杖をついてあきれた様子で眺めている。
 またドアが開き今度はニールが入ってくると、騒ぎを見て近付いた。
 話題の中心の写真を手に取り「可愛いなぁ。」と笑む。
「あんたも見たか? ほら。」
「!?見せんな!んなもん!!」
 サーシェスは不意に写真を目の前に出され、不覚にも視界に入れてしまった。
 予想通り、写真はなんてことはない乳児期のミレイナの水浴びシーン。
「見たですね?」
 ミレイナがニヤッと笑った。
「見たぜ畜生…。」
「これで貸し借りは無しなのです。」
「んな見たくもねーもん見せられて納得できるかよっ!」
「こっちだって、食べたくなかったけど仕方なく食べてやったです。条件は同じです。文句は言わせませんです!」
 クスッと刹那が笑った。
「ミレイナの勝ちだな、この件は。」

 と、そこに。
「ミレイナー!!」
 イアンが必死の形相で駆けてきた。
 ニールの手にある写真を見つけると突進するように近付いてそれを奪う。
「見たのか…?見たのかこれを!!」
「え…見たけど…どうしたんだよ、おやっさん。」
「見るな!!忘れろ!!記憶から消せ!!」
「大袈裟なのです。パパは。」
 肩を竦めてそう言うミレイナにイアンは詰め寄った。
「ミレイナ~、わしの秘蔵のアルバムから何を持ち出したかと思えばこんなものを…。いいか?男ってのはケダモノなんだぞ!?お前のこんな可愛い写真を見せたら、狙われてしまうだろう!!こんなあられもない姿が写っているというのに!!誰に見せたんだ!?ニールだけか?」
「皆さんに見せたです。」
「何~!?」
 バッと皆の方を振り返った顔は鬼の様。
 皆たじろいだ。
「見たのか!?お前らみんな!!」
「まあまあ、いいじゃないですか。小さい頃の可愛い写真なんだから。」
 落ち着かせようとアレルヤがそう言うと、またイアンがミレイナに訴える。
「ほら見ろ! 彼女持ちのアレルヤでさえお前の可愛さに目が眩んでるぞ!?」
「眩んでは…。」
 フォローをしようと思ってもイアンは聞く耳を持ちそうにない。
 依然一人で大騒ぎのイアンに、ミレイナはニコッと笑って言った。
「大丈夫です、パパ。ミレイナが好きな男の人は、パパだけです。」
「ミ、ミレイナ…。」
 感動で泣きそうな顔をして、イアンはミレイナを抱きしめた。
「いい子だ~!!」




「ほんとパパは困った人なのです。扱いやすいですけどネ。」
 落ち着いたイアンが去ってから、ミレイナはそう言ってペロッと舌を出した。



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