『刻の止まった部屋』シリーズ

愚痴



 アレルヤは大きな溜め息を吐くと、目の前にいるマリーに話しかけた。
「実際、あの人を管理するのはかなり骨の折れる事だと思うよ。」
 仕事の合い間、レストルームで休憩を取っている二人はのんびりとお茶を飲んでいた。
 眉間にしわを寄せてアレルヤがカップを一旦テーブルに置くと、心配そうにマリーが覗き込む。
「疲れてるみたいね。大丈夫?」
「え?…あ、いや、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。ちょっと愚痴を言いたい気分だってだけで。」
 慌てて苦笑いをして見せた。
 焦ったのか両手を体の前で振って見せ、その手がカップをかすめて倒しそうになり、また困った顔で笑って見せた。

 愚痴を言いたくもなるよ、とアレルヤは続けた。

 あのサーシェスという人物は、いい加減なように見えてその実、頭が良くてカンが良いから、こちらが隠したい事を簡単に言い当てたりする。
 だから機密事項からはかなり遠ざけた仕事をさせなくちゃいけないし、監視役もそれを充分に心得てなくちゃいけない。
 僕なんか何度か会話で誘導されて大事な事を喋っちゃいそうに…あ、言ってないよ?ちゃんと気付いて止めたけど、あのまま話を続けてたら何を聞きだされていたか。
 まあ、僕が知っている事って僕自身の事と機体の操縦系の事が主で、彼の知りたいことの本質は僕の中にはないだろうと思うけどね。
 彼はそれも重々承知の上で、僕に探りを入れてるような気がするんだ。
 もっと深く調べる為の前段階、って感じで。
 何を糸口として先に行こうと思っているのか分からないから、彼と一緒にいる時間がだんだん苦痛になってきてて…。

 もう一度、大きな溜め息を吐いた。
 マリーはまた心配そうな顔をして言った。
「今度の監視の当番の時、私も一緒にやるのはどう? 私がうまく話を逸らすから…。」
 アレルヤはぶんぶんと首を横に振った。
「ダメだよ!危険なんだよ、あの男は!」
「でも、病室の見回りは私も当番でやってたし…。」
「あの時はまだ動けなかったし、部屋にカギを掛けてたし、連れだす必要なんてなかったから。でも今は違うだろう?スメラギさんだって危険だと思うから、監視役から女の子たちを外してるんじゃないか。」
「でも…アレルヤと一緒なら…。」
「ダメ!僕の事は心配しなくていいから、あの男には近付いちゃダメだよ?」
 マリーの事となると頑として譲らないアレルヤ。
 マリーは困った様に眉根を寄せて、了承した。






 倉庫から必要なものを持ち出す為、アレルヤはサーシェスを伴って中に入った。
 サーシェスの視線がそこここに行き、中を把握しようとしているのが分かる。
「余計なものを見ないで下さいよ。」
「んなこと言ったって、目ぇ瞑ってたら仕事になんねーだろ?」
 そう言いつつ、棚にある箱に手をやる。
「だからっ!今必要なもの以外を触らないっ!」
「へいへい。で、何運ぶんだっけ?」
「c-7とr-253と…あ~、パネル操作は僕がしますからっ!」
「なら早くしてくれよ、見ちゃいけない触っちゃいけないじゃ暇で仕方ねぇ。」
 向こうを向く様に言って、尚且つ自分の体で隠してパネル操作をする。
 この画面を見られたからと言って直接何か困ることがあるわけではないのだが、この男は何をヒントにするか分からない。
 極端な事を言えば、このパネル操作の癖を見て、他の場所の操作方法を予想することもできるかも知れない。
 それに、倉庫の中には危険物を入れている場所もある。
 ここはそれとは違うが、この男がその場所を予想するのはそう難しいことではないはずだ。
「来ましたよ。」
 パネルで打ちこんだ品番の部品が機械で運ばれてくる。
 自動扉の向こうは完全に機械だけの空間で、人間の入る余地はない。
 もし入ってしまったとしたら、自分で出るのは難しいだろう。
 そう教えてある。
 実を言えば、事故が起こった時の為に内側にも操作のパネルがあるのだが、悪用を避けるためにその事は言っていない。
 二つ三つと箱が出て来て、それを二人で台車に載せる。
「よっと。」
「もう少しこっちへ押してください。」
「はいよ。」
 また手が開くとサーシェスは近くの棚に手を伸ばした。
 目線より高い位置にある箱を傾けて中を見る。
「だからっ!余計なものを見ないでくださいってば!」
「別にいいだろ?これ、ガラクタ入ってんぜ?」
 アレルヤの方にも見えるようにすると、中のボードゲームが見えた。
「…ああ、それは街に出た時に誰かが買ってきたんじゃないですか?要らなくなってここに置いたのかな…?」
 機械で管理している部品とは違い、棚にある物は比較的フリーダムだったりする。
 スメラギ秘蔵の酒なんてものもここにあるんじゃないだろうか。
「たまに街に出るのか?」
「そりゃあ、食料だのなんだの買出しに行くこともありますし…休暇が出れば好きな所に出かけたりもしますよ。」
「まあ、そりゃそうか。…俺も街に遊びに行きたいなァ。」
 サーシェスがニッと笑って見せた。
 アレルヤはムッとした顔で「無理ですよ。」と返す。
「一生俺は囚われの身ってわけね。人生の張りがねぇなぁ。たまにはなんか面白ぇことがなきゃやってらんないぜ。」
「必要なものがあったら買ってきてあげますよ。それくらいの権利は貰えるでしょ。」
「そりゃあ、ありがてぇ。んじゃ今度本屋に行って来てくれよ。」
「…本…ですか。いいですよ、僕も大抵本屋には寄りますし。」
「俺好みの女の写真が載ってる雑誌。エロいやつな。SM系のがいいなぁ。」
「S…!?」
「頼んだぜ。」
「…嫌です。」
「お前、男のくせに一度引き受けたことを断るのかよ。」
「…とにかく嫌です。何と言われようと嫌です。」
「お前が買ってきてくれるって言ったんじゃねぇか。頼んだからな。」
「嫌ですってば!」
「ほら、荷物来たぜ?」
 新たに運ぶ部品が出て来て、話はそこで途切れてしまった。
 箱を積みながら、「引き受けませんからね。」と言っても「喋ってねーで仕事しろよ。」と返されてしまう。
 その後散々、嫌です、買いません、と言ってはみたが、サーシェスはその度に嘘吐き野郎だとか男ってのは二言をしないもんだとかプライドはねーのかとか言ってアレルヤの拒否を受け入れなかった。



「何か…立場が逆な気がするんだけど…。」
 溜め息を吐くと、ライルがアハハと笑った。
「完全に舐められてるな、お前。」
「笑い事じゃないよ…。」
「別にいいじゃねーの。雑誌くらい買ってきてやれよ。」
「嫌だよ!!エロ本の、しかもSMだよ!?」
「男ならそのくらい普通だろ。」
「なら、ライルが買ってきてやってよ。」
「嫌だ。」
「何で!?」
「頼まれたの、お前だろ?俺には関係ねーもん。」
「酷いよっ」
「自分で何とかしろ。」
「そんなぁ~。」

 自分はこんなに困っているのに、みんなはあの男のあしらい方を心得ているのだろうか。
 マリーに心配するなといった手前、あまり相談もできないし…。
 いや、それ以前に、エロ本の事なんて相談できない。

 アレルヤはまた溜め息をついた。





 部屋にて。
「アリー、最近アレルヤの事苛めてるだろ。」
「苛めてんじゃなくって弄ってんだ。アイツ面白ぇな。」
「…可哀想に…。」







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