『刻の止まった部屋』シリーズ
ガリーエ・マーヒー
仕事がひと段落つき、食堂に向かおうと廊下を進んでいる時に、刹那がふと何かに気付いた。
フェルトとスメラギが首を傾げて立ち止まる。
「刹那、どうかしたの?」
フェルトの問いかけに、ぼそりと答えた。
「匂いが…する…。」
何だろう、とフェルトは息を吸った。
スメラギもそれに倣ってクンクンと吸い込んでみる。
「…特に何も…匂わないけど…?」
「何の匂いがするの?」
その問いかけには答えずに刹那は駆け出した。
「刹那!?」
「ちょ…。」
食堂でライルは呆れ顔で頬杖をついていた。
「…ったく…あるモン喰っときゃいいじゃねーか。」
「ありきたりなモンばっか喰ってて飽きねーのかよ、お前ら。」
「結構旨いモン出てるぜ?」
「俺は飽きたんだよ。」
ライルの眺める先はカウンターの向こうの厨房。
そこではサーシェスが何やらやっていた。
「自分で作って喰う分にゃ、文句ねぇだろ。」
監視役のライルと共に食堂にやって来たサーシェスは、今日のメニューを見てぶつくさ文句を言い、厨房をのぞいて食材を物色すると勝手に料理を始めてしまった。
慣れたメニューなのか、手際よく、20分もするといい匂いが食堂に充満していた。
急ぐような足取りで刹那が食堂に入ると、その後ろから来たフェルトとスメラギが、ああ、と声を漏らした。
「いい匂いね。」
「この匂いだったの?刹那。」
頷くとカウンターから中を覗く。
そこにいる人物を見て、納得をしたように小さく頷いた。
「何をしている。」
いつもの抑揚のない声で刹那が訊いた。
「自分の喰うもんを作ってるだけだ。文句あんのかよ。」
ちらっと目を向けただけでまた鍋の方を向いてサーシェスが答える。
文句はない、と返し、刹那は数秒考えた。
「何人分だ。」
「はぁ?」
「何人分になる、それは。」
「…俺のだって言ってんだろ。」
「その量は取り過ぎだ。いくらお前でもそんなには喰わないだろう。」
「…ったく…分けりゃ4人分にならなくもない。」
刹那とサーシェスがそんなやり取りをしている間に、また数人やって来た。
ミレイナが嬉々とした声を上げた。
「何か、美味しそうな匂いですぅ!今日のごはんは何なのですか?」
その声に刹那が振り向いてあっさりと言った。
「二人分しかない。喰いたい奴はいるか。」
「え?二人分?」
皆の頭にハテナが浮かぶ。
ライルが、もとからいる自分を計算に入れられているのかと刹那に向かって言った。
「俺はいらないぜ?アイツの作ったもんなんか。」
すると。
「分かっている。お前はカウントしてない。」
「え…じゃあ…。」
「俺とアイツ、で二人。残り二人だ。欲しい者は?」
いつになく横暴だなとライルが呆気に取られていると、サーシェスがクククと笑った。
「なんだよ。」
「そう言えば、ソイツの好物だったなと思ってよ。」
「へー。」
二人しか食べられないと思うとなんだか食べておかなくては損だという気分になっているらしく、皆興味を示している。
アレルヤがその様子に首を傾げた。
「そんなに美味しいのかい?」
何気ない質問だったのに、刹那がぴしゃりと答えた。
「不味い。だから喰わなくていいぞ、アレルヤ。…というわけでアレルヤは除外だ。」
コイツ、端的に口減らしに出やがった。
一人蚊帳の外から見物気分で、ライルが呆れていた。
煮込んでいる途中、サーシェスも鍋から離れて面白そうに眺めている。
ちょっと待ってよ刹那、とアレルヤが慌てて食い下がる。
「そんなの酷いよ。どうしてそんなあからさまに人数減らそうとするんだい?」
「好物だからだが。」
真顔で返す刹那に二の句を告げないアレルヤ。
またドアが開いて、今度はニールが入って来た。
「お?いい匂いだな…。ああ、あれ作ってんのか。」
そう言ってカウンターに向かうと、サーシェスに声を掛けた。
「もちろん俺の分もあるんだろうな。」
「さあな。」
そのやり取りを数秒眺め、刹那は皆の方に振り返る。
「残念だがあと一人だ。」
「え~!?」
刹那の横暴に皆騒ぎだした。
「ずるいわよ。」
「そうです!ずるいですぅ!」
「どうして刹那は先に決まってるんだ。それにニールなんか後から来たじゃないか。」
「不公平だろ。」
イアンやラッセまで混ざって抗議をする。
騒ぎを見てニールがライルにどうしたのかと尋ねた。
「誰が食べるかでもめてんだよ。」
「え?…じゃあ、俺今度でいいけどな。」
「一人遠慮したぐらいじゃ解決しないぜ?」
「レディーファーストって知らないの!?そんなんじゃ女の子にモテないわよ。」
スメラギがそう言うと、刹那はあっさり返した。
「必要ない。」
「こ、この子ったら…フェルトがいると思って…。」
たじろいだスメラギの代わりに、今度はミレイナが刹那を指差してビシィッと言う。
「フェルトさんにフラレてしまうですよっ!」
しばしの沈黙の後、刹那はフェルトの方を向いた。
「…なら、残りの一人はフェルトという事で。」
「こらこらこらっ!」
今度は贔屓かよっ!とまた抗議の声が上がる中、フェルトが苦笑いを見せた。
「あ、あの…刹那…?…私は刹那のお皿から一口もらえればいいから。」
「そうか?旨いぞ?」
何それ!とアレルヤが声を上げる。
「僕には不味いって言ったくせに…まあ、嘘だって分かってるけど。それにしてもあんまりだよ!」
「…あいつ、変じゃないか?」
ニールが刹那を指差してライルとサーシェスに目をやると、ライルは肩を竦め、サーシェスは楽しそうに歯を見せて笑った。
「好物なんだってさ。」
「昔よく作ってやったからな。」
「なるほど。」
猛抗議に流石に困ったのか、刹那が溜め息をついて目を伏せた。
「…すまない、みんな。ちょっと大人げなかった。」
「『ちょっと』じゃなくて『かなり』だけどな。」
ライルが笑って茶々を入れる。
刹那が謝ったことで一応その場は静まったが、問題は解決していない。
微かに眉根を寄せて、刹那は「仕方がない。」と呟いた。
サーシェスの方に振り返って一言。
「アリー、追加オーダー10人分だ。」
「ふざけんなよテメー。」
その後、スメラギが次の日の仕事を休みにすることを約束して、サーシェスは渋々その場にいた全員分を刹那とニールの監視&手伝い付きで作ることになった。
「マスタードを大量に入れてとろみを付けてやろうか。」
「…俺の分がちゃんとできていれば文句はない。」
「おい、刹那…。」
仕事がひと段落つき、食堂に向かおうと廊下を進んでいる時に、刹那がふと何かに気付いた。
フェルトとスメラギが首を傾げて立ち止まる。
「刹那、どうかしたの?」
フェルトの問いかけに、ぼそりと答えた。
「匂いが…する…。」
何だろう、とフェルトは息を吸った。
スメラギもそれに倣ってクンクンと吸い込んでみる。
「…特に何も…匂わないけど…?」
「何の匂いがするの?」
その問いかけには答えずに刹那は駆け出した。
「刹那!?」
「ちょ…。」
食堂でライルは呆れ顔で頬杖をついていた。
「…ったく…あるモン喰っときゃいいじゃねーか。」
「ありきたりなモンばっか喰ってて飽きねーのかよ、お前ら。」
「結構旨いモン出てるぜ?」
「俺は飽きたんだよ。」
ライルの眺める先はカウンターの向こうの厨房。
そこではサーシェスが何やらやっていた。
「自分で作って喰う分にゃ、文句ねぇだろ。」
監視役のライルと共に食堂にやって来たサーシェスは、今日のメニューを見てぶつくさ文句を言い、厨房をのぞいて食材を物色すると勝手に料理を始めてしまった。
慣れたメニューなのか、手際よく、20分もするといい匂いが食堂に充満していた。
急ぐような足取りで刹那が食堂に入ると、その後ろから来たフェルトとスメラギが、ああ、と声を漏らした。
「いい匂いね。」
「この匂いだったの?刹那。」
頷くとカウンターから中を覗く。
そこにいる人物を見て、納得をしたように小さく頷いた。
「何をしている。」
いつもの抑揚のない声で刹那が訊いた。
「自分の喰うもんを作ってるだけだ。文句あんのかよ。」
ちらっと目を向けただけでまた鍋の方を向いてサーシェスが答える。
文句はない、と返し、刹那は数秒考えた。
「何人分だ。」
「はぁ?」
「何人分になる、それは。」
「…俺のだって言ってんだろ。」
「その量は取り過ぎだ。いくらお前でもそんなには喰わないだろう。」
「…ったく…分けりゃ4人分にならなくもない。」
刹那とサーシェスがそんなやり取りをしている間に、また数人やって来た。
ミレイナが嬉々とした声を上げた。
「何か、美味しそうな匂いですぅ!今日のごはんは何なのですか?」
その声に刹那が振り向いてあっさりと言った。
「二人分しかない。喰いたい奴はいるか。」
「え?二人分?」
皆の頭にハテナが浮かぶ。
ライルが、もとからいる自分を計算に入れられているのかと刹那に向かって言った。
「俺はいらないぜ?アイツの作ったもんなんか。」
すると。
「分かっている。お前はカウントしてない。」
「え…じゃあ…。」
「俺とアイツ、で二人。残り二人だ。欲しい者は?」
いつになく横暴だなとライルが呆気に取られていると、サーシェスがクククと笑った。
「なんだよ。」
「そう言えば、ソイツの好物だったなと思ってよ。」
「へー。」
二人しか食べられないと思うとなんだか食べておかなくては損だという気分になっているらしく、皆興味を示している。
アレルヤがその様子に首を傾げた。
「そんなに美味しいのかい?」
何気ない質問だったのに、刹那がぴしゃりと答えた。
「不味い。だから喰わなくていいぞ、アレルヤ。…というわけでアレルヤは除外だ。」
コイツ、端的に口減らしに出やがった。
一人蚊帳の外から見物気分で、ライルが呆れていた。
煮込んでいる途中、サーシェスも鍋から離れて面白そうに眺めている。
ちょっと待ってよ刹那、とアレルヤが慌てて食い下がる。
「そんなの酷いよ。どうしてそんなあからさまに人数減らそうとするんだい?」
「好物だからだが。」
真顔で返す刹那に二の句を告げないアレルヤ。
またドアが開いて、今度はニールが入って来た。
「お?いい匂いだな…。ああ、あれ作ってんのか。」
そう言ってカウンターに向かうと、サーシェスに声を掛けた。
「もちろん俺の分もあるんだろうな。」
「さあな。」
そのやり取りを数秒眺め、刹那は皆の方に振り返る。
「残念だがあと一人だ。」
「え~!?」
刹那の横暴に皆騒ぎだした。
「ずるいわよ。」
「そうです!ずるいですぅ!」
「どうして刹那は先に決まってるんだ。それにニールなんか後から来たじゃないか。」
「不公平だろ。」
イアンやラッセまで混ざって抗議をする。
騒ぎを見てニールがライルにどうしたのかと尋ねた。
「誰が食べるかでもめてんだよ。」
「え?…じゃあ、俺今度でいいけどな。」
「一人遠慮したぐらいじゃ解決しないぜ?」
「レディーファーストって知らないの!?そんなんじゃ女の子にモテないわよ。」
スメラギがそう言うと、刹那はあっさり返した。
「必要ない。」
「こ、この子ったら…フェルトがいると思って…。」
たじろいだスメラギの代わりに、今度はミレイナが刹那を指差してビシィッと言う。
「フェルトさんにフラレてしまうですよっ!」
しばしの沈黙の後、刹那はフェルトの方を向いた。
「…なら、残りの一人はフェルトという事で。」
「こらこらこらっ!」
今度は贔屓かよっ!とまた抗議の声が上がる中、フェルトが苦笑いを見せた。
「あ、あの…刹那…?…私は刹那のお皿から一口もらえればいいから。」
「そうか?旨いぞ?」
何それ!とアレルヤが声を上げる。
「僕には不味いって言ったくせに…まあ、嘘だって分かってるけど。それにしてもあんまりだよ!」
「…あいつ、変じゃないか?」
ニールが刹那を指差してライルとサーシェスに目をやると、ライルは肩を竦め、サーシェスは楽しそうに歯を見せて笑った。
「好物なんだってさ。」
「昔よく作ってやったからな。」
「なるほど。」
猛抗議に流石に困ったのか、刹那が溜め息をついて目を伏せた。
「…すまない、みんな。ちょっと大人げなかった。」
「『ちょっと』じゃなくて『かなり』だけどな。」
ライルが笑って茶々を入れる。
刹那が謝ったことで一応その場は静まったが、問題は解決していない。
微かに眉根を寄せて、刹那は「仕方がない。」と呟いた。
サーシェスの方に振り返って一言。
「アリー、追加オーダー10人分だ。」
「ふざけんなよテメー。」
その後、スメラギが次の日の仕事を休みにすることを約束して、サーシェスは渋々その場にいた全員分を刹那とニールの監視&手伝い付きで作ることになった。
「マスタードを大量に入れてとろみを付けてやろうか。」
「…俺の分がちゃんとできていれば文句はない。」
「おい、刹那…。」