『刻の止まった部屋』シリーズ
トリヒキ
ドアが開いたことに気付き、サーシェスは目を開いた。
ちろっとそちらを見やり、呟く。
「今日は可愛いねーちゃんか。」
見回りに来たフェルトは微かに嫌な顔をして単調に返した。
「当番なので。」
ドアに鍵を掛けてあるだけで、サーシェスには拘束具は付けていない。
まだ体が万全じゃない状態で事を起こすことはないだろう、という判断だ。
「何か必要なものがあれば持ってきます。」
そう言ってから念のため付け足す。
「あなたはまだケガ人ですから、それに対する慈悲だと思ってください。」
「そりゃどうも。」
ため息混じりにサーシェスがそう返したきり何も言わないのを必要ないという返事だと受け取って、フェルトは出て行こうと背中を向けた。
そこにサーシェスが声を掛ける。
「煙草。」
「はい?」
首だけで振り向いて聞き返した。
「煙草だ。持ってきてくれ。」
「…煙草は体に悪いですから、持って来れません。」
「必要なもん持ってきてくれんだろ?」
「煙草は必要ないと思います。」
「必要なんだよ。俺には。」
少し上体を起こし、ムッとした顔を見せる。
フェルトは暫し考え、答えた。
「…これを機会に禁煙してください。」
「できねぇよ!」
サーシェスの怒声にもフェルトは臆することなく、入口に立ったまま動かなかった。
相手を黙らせる方法を考える。
「…刹那に頼んでおきます。」
「…刹那?…あぁ、あのクルジスのにーちゃんか。」
アイツが許可するわけがないとサーシェスはさらに嫌な顔をした。
「…ニールの片割れに頼んでくれ。」
ライルが喫煙者なのは匂いで分かっていた。
同じ喫煙者なら煙草のないイライラを理解してくれるだろう。
「…刹那に言います。」
もう一度フェルトが刹那の名前を出した時にふと気付く。
そのニュアンスは少し違う。
この女にとって刹那は特別なのだと。
サーシェスはふいっと視線を逸らすと口角を上げた。
「…クルジスの…その、刹那、の小さい頃の話、聞かせてやろうか?」
「はい?」
突然の提案にフェルトはキョトンとする。
サーシェスはもう一度言った。
「ねーちゃんの彼氏の、小さい頃の、可愛かった話、だ。聞きたくねーか?」
フェルトはそれが交換条件だと言うことを理解した。
煙草と刹那の話。
たぶん刹那自身からは一生聞けない内容だろう。
「…たとえば…どんな話ですか?」
話に乗ってきたことに気を良くして、サーシェスは上体を完全に起こし、指を折りながら言った。
「そうだなぁ、喰いもんの好き嫌いの話とか、拗ねた話とか、…ああ、怪談を異様に怖がったことがあったなぁ。」
何が聞きたい?と歯を見せて笑う。
フェルトはたっぷり一分間、考えに入った。
そして言う。
「ここに煙草を持ってくるのはちょっと…。監視カメラがありますから。」
「そう言うなって。」
「…喫煙室に…連れていってあげます。」
大胆な事を考えるもんだと目を瞬かせた。
「よし、それで行こうぜ。」
「怪談の話…聞かせてください。」
「喫煙室に着いたらな。」
「分かりました。」
体の前で手錠を付け、フェルトに引かれて艦内を進んだ。
無重力なのが幸いして、大して体に負担はかからない。
「しかし、度胸あんなぁ、ねーちゃん。」
「フェルトです。手錠してますから。」
「こんなもんあったって、ねーちゃん一人ぐらい何とでもできるぜ?」
「あなたが今、事を起こすとは思えません。」
「へー。」
「ロックオン…、ニールが…悲しみますから。」
ケッと喉を鳴らして視線を逸らし、うんざりした表情を見せる。
情が移ってるなんてことは思われたくないらしい。
人の通らないルートなのか、その時間帯にうろつく人間がいないのか、誰にも会わずに喫煙室に到着した。
少し待つように言って、フェルトはドアを開けた。
中ではライルがたばこを吸っていた。
意外な人物の登場に目を丸くしている。
「…フェルト……何か用か?」
まさか煙草を吸いに来たわけじゃないだろう、と訊ねた。
「…ライル…だけ?」
フェルトは部屋を見まわして確認すると、サーシェスを呼んだ。
ゲホゲホとライルがむせる。
「ちょ…何でソイツ連れてきたわけ!?」
「ちょっと頼まれて。ライル、煙草分けてあげてくれない?」
フェルトがそう言った後ろから、サーシェスはニッと笑って頼む、という様に手を顔の前に上げた。
「はあ!?」
ライルが思いっきり訝しげに顔を歪めると、サーシェスが調子よく言う。
「なー、頼むって。一本でいいからよ。」
「何で俺がお前に煙草恵んでやんなきゃなんねーんだ!!」
「いいじゃねーか、固いこと言うなって。」
そういう問題じゃねー!と言い返して、もう一度フェルトの方を見た。
「何だってコイツ…」
「あの事、刹那に言います。」
ライルの言葉を遮ってフェルトがそう言った。
「え…?」
「煙草を分けてあげてくれないと、あの事を刹那に…。」
「あの事って?」
何の事だか分からず、聞き返す。
フェルトは少し間を開け、微かに頬を染めながら顔を背けた。
「ライルが無理やり私にキスした事。」
ハッと思いだして、ライルは慌てて言い返した。
「待てっ!あれは、君が俺と兄さんを混同してるから、分からせてやろうと…」
「キスしたのは事実だし…。」
「そんな昔のことを持ち出してもだなァ!」
「私、結構泣きまね得意なの。今起こった事のように演技出来ると思う。」
「ちょっ!お前なぁ!」
「煙草を分けてあげてくれるだけでいいんですけど。」
唖然として、ライルは観念した。
「…君が怖い女だと初めて知ったよ。」
「すみません。」
「まったく…、家族の仇に煙草を恵んでやることになるとはねぇ…。」
ちゃっかりと煙草を手にしてご機嫌なサーシェスを尻目に、二人は会話していた。
「…にしても、…何でコイツを?」
訊かれてフェルトは返答に困った。
「…その…この人が…煙草が欲しいと泣いて懇願する姿があまりにも哀れだったので。」
それを聞いて、今度はサーシェスがむせた。
ゲホゲホと咳をしながら文句を言う。
「誰が泣いて懇願したよ!誰が!」
「…あなたが…。」
「してねーよ!」
「何でもするから煙草をくれ、と。」
「あのな~ねーちゃん!」
そのやり取りにクスリと笑いを漏らして、ライルがまた訊いた。
「冗談はともかく、ホントのところ、なんでだ?」
フェルトが気まずそうに黙ってしまったので、ライルはサーシェスに視線をやった。
「ギブアンドテイクって奴だよな、ねーちゃん。」
「…交換条件出したってことか。あんたにそんな材料あんのかぁ?」
「ねーちゃんがここに連れて来てくれたって事は、充分な条件だったってこった。」
な、とサーシェスが同意を求めると、フェルトは言葉を濁した。
「…その話は後で。…じゃあ、ライル、彼を部屋に戻しておいてね。私はもう行きます。」
「え…おい、…。」
逃げるように出て行こうとするフェルトが一歩外に踏み出したところに、部屋の通信機が鳴った。
ライルがボタンを押す。
『ライル!サーシェスが見当たらない!探してくれ!見回りに入ったフェルトもいないんだ!』
刹那が珍しく切迫した声を出した。
恐らくフェルトが危ない目に合っているとでも思ったのだろう。
それに少し笑ってライルが答えた。
「心配しなさんなって。二人ともここに居るぜ?」
『そこに!?すぐ行く!』
サーシェスは落ち着いて煙草を吸っているが、フェルトが慌てて逃げようとした。
「おっと、君が居なくちゃ刹那がまた心配するだろ。」
寸でのところでライルがフェルトを捕まえる。
「は、離して。」
「君が説明しなきゃ、俺が困るだろ?」
「離してくれないと私が困るの。」
「ったく、こんな事をしでかしてまで手に入れたい交換条件ってのを知りたいね。」
「大したことじゃないです。」
「君みたいな真面目な子が、大したことのない条件であんな危ない奴の言うこと聞くなんて、信じられないな。」
「何でもないですってば!」
そんなやり取りの間に刹那がやって来た。
観念したのかフェルトは逃げるのを止め、それに合わせてライルは手を放した。
「フェルト!大丈夫か!なんともないんだな!?」
「え、ええ。大丈夫。」
頭から足先までをしっかり見て、怪我らしきものが見受けられない事を確認してから、刹那は喫煙室を覗いた。
「…アリー・アル・サーシェス…。」
「ん?何か用か?」
とぼけた様子で返すサーシェスに刹那は睨みを利かせた。
「お前、立場を分かっているのか。お前は敵で、今は捕虜のようなものだ。怪我をしているから病室に置いてやっているが、本来牢屋に入れられて当然なんだぞ。」
「おう、感謝してるぜぇ?」
「ならフェルトを連れまわした理由を聞こうか。」
「…そりゃちょっと一方的過ぎるなァ。俺はねーちゃんを連れまわしたりしてねーぜ?」
「なんだと!?」
刹那が怒りだしそうなのを見て、ライルが肩を叩いた。
「何か、ちょっと事情があるみたいだぜ。フェルトに。」
「え?」
振り向くとフェルトはカッと顔を染めた。
「ご、ごめんなさいっ。」
煙草とサーシェスの示した交換条件。
その事をライルから聞いて、刹那は落ち着きを取り戻した。
「つまり、フェルトは脅されたわけではなく、自分でここに連れてきたんだな?」
コクッとフェルトは頷いた。
「…あいつがどんな奴か、知らない訳じゃないだろう。」
「…ちゃんと手錠はしたから…。」
「それでも危険だ。」
「…ごめんなさい…。」
ふうっと安堵のため息を吐く刹那。
そこにニールがやって来た。
彼も艦内を走り回って二人を捜していたのだ。
「二人ともいたって?フェルト、無事だな?」
ニールも刹那と同じようにフェルトの無事を確認してからサーシェスに文句を言い始めた。
それをライルが止める。
交換条件の話を聞いて、「はあ!?」と呆れた声を上げた。
「で、その交換条件って?」
刹那とニールに同時に訊ねられ、フェルトはもじもじと頬を染めている。
するとサーシェスが答えた。
「刹那の子供の頃の恥ずかしい話を聞かせてやるって言ったんだ。」
「恥ずかしい話じゃなくて可愛い話です!!」
呆気に取られる面々。
「だ、だって…。聞きたかったから…。」
顔を染めて俯くフェルトを見てニールが首を傾げた。
「…もしかして…お前らそういう関係なのか?」
今初めて気付いた様子にサーシェスが笑う。
「お前、知らなかったのかよ。俺でも気付いたぜ。」
マジで?とニールが振り向き、ライルが苦笑いをした。
ややあって刹那が口を開く。
「ロックオン。その、『そういう』がどういうことを指す言葉なのかが分からないが、肉体関係ならまだ無い。」
その途端。
ぱちんっ!!
フェルトが刹那をひっぱたいた。
「刹那の馬鹿ぁ!!」
赤い顔を更に真赤にして、フェルトは走って行ってしまった。
刹那は呆然とそれを見送った。
「…事実を言っただけだが…、何か悪いことをしたか?」
「…刹那…お前な…。」
「それは人に話すようなことじゃないよな。」
呆れる双子の後ろで、サーシェスが楽しげに笑い声を立てた。
ドアが開いたことに気付き、サーシェスは目を開いた。
ちろっとそちらを見やり、呟く。
「今日は可愛いねーちゃんか。」
見回りに来たフェルトは微かに嫌な顔をして単調に返した。
「当番なので。」
ドアに鍵を掛けてあるだけで、サーシェスには拘束具は付けていない。
まだ体が万全じゃない状態で事を起こすことはないだろう、という判断だ。
「何か必要なものがあれば持ってきます。」
そう言ってから念のため付け足す。
「あなたはまだケガ人ですから、それに対する慈悲だと思ってください。」
「そりゃどうも。」
ため息混じりにサーシェスがそう返したきり何も言わないのを必要ないという返事だと受け取って、フェルトは出て行こうと背中を向けた。
そこにサーシェスが声を掛ける。
「煙草。」
「はい?」
首だけで振り向いて聞き返した。
「煙草だ。持ってきてくれ。」
「…煙草は体に悪いですから、持って来れません。」
「必要なもん持ってきてくれんだろ?」
「煙草は必要ないと思います。」
「必要なんだよ。俺には。」
少し上体を起こし、ムッとした顔を見せる。
フェルトは暫し考え、答えた。
「…これを機会に禁煙してください。」
「できねぇよ!」
サーシェスの怒声にもフェルトは臆することなく、入口に立ったまま動かなかった。
相手を黙らせる方法を考える。
「…刹那に頼んでおきます。」
「…刹那?…あぁ、あのクルジスのにーちゃんか。」
アイツが許可するわけがないとサーシェスはさらに嫌な顔をした。
「…ニールの片割れに頼んでくれ。」
ライルが喫煙者なのは匂いで分かっていた。
同じ喫煙者なら煙草のないイライラを理解してくれるだろう。
「…刹那に言います。」
もう一度フェルトが刹那の名前を出した時にふと気付く。
そのニュアンスは少し違う。
この女にとって刹那は特別なのだと。
サーシェスはふいっと視線を逸らすと口角を上げた。
「…クルジスの…その、刹那、の小さい頃の話、聞かせてやろうか?」
「はい?」
突然の提案にフェルトはキョトンとする。
サーシェスはもう一度言った。
「ねーちゃんの彼氏の、小さい頃の、可愛かった話、だ。聞きたくねーか?」
フェルトはそれが交換条件だと言うことを理解した。
煙草と刹那の話。
たぶん刹那自身からは一生聞けない内容だろう。
「…たとえば…どんな話ですか?」
話に乗ってきたことに気を良くして、サーシェスは上体を完全に起こし、指を折りながら言った。
「そうだなぁ、喰いもんの好き嫌いの話とか、拗ねた話とか、…ああ、怪談を異様に怖がったことがあったなぁ。」
何が聞きたい?と歯を見せて笑う。
フェルトはたっぷり一分間、考えに入った。
そして言う。
「ここに煙草を持ってくるのはちょっと…。監視カメラがありますから。」
「そう言うなって。」
「…喫煙室に…連れていってあげます。」
大胆な事を考えるもんだと目を瞬かせた。
「よし、それで行こうぜ。」
「怪談の話…聞かせてください。」
「喫煙室に着いたらな。」
「分かりました。」
体の前で手錠を付け、フェルトに引かれて艦内を進んだ。
無重力なのが幸いして、大して体に負担はかからない。
「しかし、度胸あんなぁ、ねーちゃん。」
「フェルトです。手錠してますから。」
「こんなもんあったって、ねーちゃん一人ぐらい何とでもできるぜ?」
「あなたが今、事を起こすとは思えません。」
「へー。」
「ロックオン…、ニールが…悲しみますから。」
ケッと喉を鳴らして視線を逸らし、うんざりした表情を見せる。
情が移ってるなんてことは思われたくないらしい。
人の通らないルートなのか、その時間帯にうろつく人間がいないのか、誰にも会わずに喫煙室に到着した。
少し待つように言って、フェルトはドアを開けた。
中ではライルがたばこを吸っていた。
意外な人物の登場に目を丸くしている。
「…フェルト……何か用か?」
まさか煙草を吸いに来たわけじゃないだろう、と訊ねた。
「…ライル…だけ?」
フェルトは部屋を見まわして確認すると、サーシェスを呼んだ。
ゲホゲホとライルがむせる。
「ちょ…何でソイツ連れてきたわけ!?」
「ちょっと頼まれて。ライル、煙草分けてあげてくれない?」
フェルトがそう言った後ろから、サーシェスはニッと笑って頼む、という様に手を顔の前に上げた。
「はあ!?」
ライルが思いっきり訝しげに顔を歪めると、サーシェスが調子よく言う。
「なー、頼むって。一本でいいからよ。」
「何で俺がお前に煙草恵んでやんなきゃなんねーんだ!!」
「いいじゃねーか、固いこと言うなって。」
そういう問題じゃねー!と言い返して、もう一度フェルトの方を見た。
「何だってコイツ…」
「あの事、刹那に言います。」
ライルの言葉を遮ってフェルトがそう言った。
「え…?」
「煙草を分けてあげてくれないと、あの事を刹那に…。」
「あの事って?」
何の事だか分からず、聞き返す。
フェルトは少し間を開け、微かに頬を染めながら顔を背けた。
「ライルが無理やり私にキスした事。」
ハッと思いだして、ライルは慌てて言い返した。
「待てっ!あれは、君が俺と兄さんを混同してるから、分からせてやろうと…」
「キスしたのは事実だし…。」
「そんな昔のことを持ち出してもだなァ!」
「私、結構泣きまね得意なの。今起こった事のように演技出来ると思う。」
「ちょっ!お前なぁ!」
「煙草を分けてあげてくれるだけでいいんですけど。」
唖然として、ライルは観念した。
「…君が怖い女だと初めて知ったよ。」
「すみません。」
「まったく…、家族の仇に煙草を恵んでやることになるとはねぇ…。」
ちゃっかりと煙草を手にしてご機嫌なサーシェスを尻目に、二人は会話していた。
「…にしても、…何でコイツを?」
訊かれてフェルトは返答に困った。
「…その…この人が…煙草が欲しいと泣いて懇願する姿があまりにも哀れだったので。」
それを聞いて、今度はサーシェスがむせた。
ゲホゲホと咳をしながら文句を言う。
「誰が泣いて懇願したよ!誰が!」
「…あなたが…。」
「してねーよ!」
「何でもするから煙草をくれ、と。」
「あのな~ねーちゃん!」
そのやり取りにクスリと笑いを漏らして、ライルがまた訊いた。
「冗談はともかく、ホントのところ、なんでだ?」
フェルトが気まずそうに黙ってしまったので、ライルはサーシェスに視線をやった。
「ギブアンドテイクって奴だよな、ねーちゃん。」
「…交換条件出したってことか。あんたにそんな材料あんのかぁ?」
「ねーちゃんがここに連れて来てくれたって事は、充分な条件だったってこった。」
な、とサーシェスが同意を求めると、フェルトは言葉を濁した。
「…その話は後で。…じゃあ、ライル、彼を部屋に戻しておいてね。私はもう行きます。」
「え…おい、…。」
逃げるように出て行こうとするフェルトが一歩外に踏み出したところに、部屋の通信機が鳴った。
ライルがボタンを押す。
『ライル!サーシェスが見当たらない!探してくれ!見回りに入ったフェルトもいないんだ!』
刹那が珍しく切迫した声を出した。
恐らくフェルトが危ない目に合っているとでも思ったのだろう。
それに少し笑ってライルが答えた。
「心配しなさんなって。二人ともここに居るぜ?」
『そこに!?すぐ行く!』
サーシェスは落ち着いて煙草を吸っているが、フェルトが慌てて逃げようとした。
「おっと、君が居なくちゃ刹那がまた心配するだろ。」
寸でのところでライルがフェルトを捕まえる。
「は、離して。」
「君が説明しなきゃ、俺が困るだろ?」
「離してくれないと私が困るの。」
「ったく、こんな事をしでかしてまで手に入れたい交換条件ってのを知りたいね。」
「大したことじゃないです。」
「君みたいな真面目な子が、大したことのない条件であんな危ない奴の言うこと聞くなんて、信じられないな。」
「何でもないですってば!」
そんなやり取りの間に刹那がやって来た。
観念したのかフェルトは逃げるのを止め、それに合わせてライルは手を放した。
「フェルト!大丈夫か!なんともないんだな!?」
「え、ええ。大丈夫。」
頭から足先までをしっかり見て、怪我らしきものが見受けられない事を確認してから、刹那は喫煙室を覗いた。
「…アリー・アル・サーシェス…。」
「ん?何か用か?」
とぼけた様子で返すサーシェスに刹那は睨みを利かせた。
「お前、立場を分かっているのか。お前は敵で、今は捕虜のようなものだ。怪我をしているから病室に置いてやっているが、本来牢屋に入れられて当然なんだぞ。」
「おう、感謝してるぜぇ?」
「ならフェルトを連れまわした理由を聞こうか。」
「…そりゃちょっと一方的過ぎるなァ。俺はねーちゃんを連れまわしたりしてねーぜ?」
「なんだと!?」
刹那が怒りだしそうなのを見て、ライルが肩を叩いた。
「何か、ちょっと事情があるみたいだぜ。フェルトに。」
「え?」
振り向くとフェルトはカッと顔を染めた。
「ご、ごめんなさいっ。」
煙草とサーシェスの示した交換条件。
その事をライルから聞いて、刹那は落ち着きを取り戻した。
「つまり、フェルトは脅されたわけではなく、自分でここに連れてきたんだな?」
コクッとフェルトは頷いた。
「…あいつがどんな奴か、知らない訳じゃないだろう。」
「…ちゃんと手錠はしたから…。」
「それでも危険だ。」
「…ごめんなさい…。」
ふうっと安堵のため息を吐く刹那。
そこにニールがやって来た。
彼も艦内を走り回って二人を捜していたのだ。
「二人ともいたって?フェルト、無事だな?」
ニールも刹那と同じようにフェルトの無事を確認してからサーシェスに文句を言い始めた。
それをライルが止める。
交換条件の話を聞いて、「はあ!?」と呆れた声を上げた。
「で、その交換条件って?」
刹那とニールに同時に訊ねられ、フェルトはもじもじと頬を染めている。
するとサーシェスが答えた。
「刹那の子供の頃の恥ずかしい話を聞かせてやるって言ったんだ。」
「恥ずかしい話じゃなくて可愛い話です!!」
呆気に取られる面々。
「だ、だって…。聞きたかったから…。」
顔を染めて俯くフェルトを見てニールが首を傾げた。
「…もしかして…お前らそういう関係なのか?」
今初めて気付いた様子にサーシェスが笑う。
「お前、知らなかったのかよ。俺でも気付いたぜ。」
マジで?とニールが振り向き、ライルが苦笑いをした。
ややあって刹那が口を開く。
「ロックオン。その、『そういう』がどういうことを指す言葉なのかが分からないが、肉体関係ならまだ無い。」
その途端。
ぱちんっ!!
フェルトが刹那をひっぱたいた。
「刹那の馬鹿ぁ!!」
赤い顔を更に真赤にして、フェルトは走って行ってしまった。
刹那は呆然とそれを見送った。
「…事実を言っただけだが…、何か悪いことをしたか?」
「…刹那…お前な…。」
「それは人に話すようなことじゃないよな。」
呆れる双子の後ろで、サーシェスが楽しげに笑い声を立てた。