『刻の止まった部屋』シリーズ
それぞれの場所
サーシェスが医務室に運ばれ、周りが落ち着くと、改めて皆一様にニールが戻ってきたことを喜んだ。
懐かしい面々が、少し歳を取って目の前に現れ、ニールは喜びながらも戸惑っていた。
そんな中で気付く。
「あ…れ…、ティエリアはどうしたんだ?」
皆がハッとした顔を見せ、スメラギが「あのね…」と言いにくそうに口を開いた。
それを刹那が止めた。
「ティエリアの所に連れて行ってやる。一緒に来い。」
「…あいつ、怪我でもしてるのか?」
「行けば分かる。」
ヴェーダ内部に連れて行かれ、誰もいない空間に入ると、何処からともなく息を呑むような音が聞こえた。
「…おい、刹那…ティエリアは…。」
何処だよ、と聞こうとしたところで声が聞こえた。
「ロック…オン…?」
「ティエリアか?」
「ええ、そうです。あなたは…ニール・ディランディ…?」
「ああ、そうだ。何処から話してんだ?」
「ヴェーダの中、ですよ。」
中?と首を傾げた。
どこかにさらに奥に入る入口があるのかとあたりを見る。
「ティエリアはヴェーダと融合した。」
「完全にリンクした、ということです。」
刹那の説明が気に入らなかったのか、ティエリアは言葉を変えて言い直した。
「完全にリンク?…融合…って…おまえ、コンピュータになっちまったってことか?」
口に出しておいて、まさかな、と笑った。
「簡単に言えばそういう事です。今、私に肉体はありません。入れ物は先ほど完全に活動を停止しました。」
つまりそれは…。
「…まさか…死んだってことか!?」
「そんなに驚かないでください。僕にとって肉体の死は大したことではない。今ここに、こうして存在している。それで充分です。」
そんな…と言ったきり、ニールは黙った。
その様子を見て刹那が静かに笑む。
「ティエリアがいいと言っているんだ。俺達が気に病むことじゃない。少し…話せばいい。俺はさっき話したから、先に戻るぞ。」
そう言って刹那が出ていくと、ティエリアはフフフと笑った。
何に対して笑ったのか分からずニールが眉を顰め、それにまたティエリアが笑う。
「失礼。刹那の言いようが可笑しかったんですよ。さっき話したと言っていたが、そんなに話をした覚えはないので。」
そうなのか、とニールも笑みを見せた。
「話下手なのは、昔と変わってないんだな、アイツ。」
「そうですね。…僕も人のことは言えませんが。」
「でも、笑うようになった。」
何処に向かって話していいのか見当がつかず、ニールは少し上向き加減で目を細めた。
「それは、僕のことですか?それとも彼の?」
「どっちもだ。」
「嬉しいことや楽しいことがあれば笑う。それが人間でしょう?」
「そうだな。」
ニールが目を伏せ頷くと、ティエリアは暫し黙った。
「どうした?」
「今は、嬉しいから、笑顔を作りたい。こういうときは肉体がないと困りますね。」
「やっぱ体は必要だろう?…でも…ないなら、言葉で伝えればいい。」
昔と変わらぬ優しい笑みを見せる。
「そうですね。ロックオン…僕は、あなたが生きていて嬉しい。」
「俺も、お前と話せて嬉しいよ。」
30分ほど話をしてから、そろそろ帰るわ、と向きを変えてニールは思い出したように言った。
「アイツ、ちゃんとやってたか?」
「アイツ、とは?」
「ライルだよ。」
ティエリアは一呼吸置いて答えた。
「彼はガンダムマイスターですよ。…あなたよりも、マイスターとして相応しいかも知れない。」
「おーおー、言ってくれるねぇ。」
「粗削りだがセンスは悪くない。加えて、あなたと違って私怨に取りつかれなかった。」
痛いところを遠慮なく突くのは昔のままだ、とニールは肩を竦めた。
また、ティエリアのふふっと言う笑い声が聞こえた。
「でも、今のは本人に言わないでください。彼は調子に乗るところがありますから。」
「了解。」
返事と共に片手を上げて、ニールは外に出た。
ブリッジに行くと、主要クルーがそろっていた。
一応報告をしておくか、とニールはティエリアのことを話し、ブリッジの窓からヴェーダを眺めた。
「これからアイツ、一人なんだな…。」
寂しいだろうな、と呟くと通信が入った。
「ヴェーダからですぅっていうか、アーデさんからですぅ。」
ミレイナが気の抜けた声でそう言う。
「はぁ?」
ニールもとぼけた声を返した。
するとティエリアの声。
『言っておきますが、私と連絡を取りたければいつでも通信できますよ。こちらも暇を持て余したら呼び出すかも知れません。』
「なんだよッ!それならそうと言え!」
別れのつもりで話してしまったじゃないか、とニール。
『あなたはしっかりしているようで案外抜けていますね、ロックオ……ニール・ディランディ。』
「うるせー。…さっきのことライルに言うぞ。」
『…ロ…ニール・ディランディ、それは彼の為にならない、いやそれよりも、それは別に僕に対しての脅しにはならない。』
「そうかな~。俺は、お前が照れくさいから口止めしたんだと思ってるんだが。」
『な…何を根拠に…。』
聞いていたクルー達は皆顔を見合わせていた。
ライルが首を傾げる。
「何の話だ?兄さん。」
「ティエリアの奴、お前のことを…。」
『ロックオン!!言ったらあなたが出撃する事態になったとき、バックアップしませんからね!』
にま~っとした笑みを浮かべるニール。
「本気で止めに掛りやがった。やっぱ照れくさいんだな。」
『ち、違います!』
「それにしては慌ててたよな。」
「だから、何の話だよ。」
『ライル・ディランディ、君は気にしなくていい。』
ライルに向かってはぴしゃりと言い置く。
それをニールが笑った。
「あはは、ま、バックアップなしじゃキツイからな。黙っててやるか。」
「なんだよ、気になるな。」
『大したことではない。気にしなくていいと言っただろう。』
不服そうなライルに向け、ニールはパチンとウインクをして言った。
「ティエリアを敵に回したくはないからな~。」
ライルは理解して、あっさりと追及をやめた。
「分かったよ。気にしなきゃいいんだろ?」
不機嫌を装ってそう言う。
『よろしい。』
ティエリアはホッとしたように返し、では、と短い別れの挨拶を最後に通信を切った。
「で、何だったんだよ。さっきの。」
ブリッジを出て二人きりになると、ライルは通路を進みながら訊いた。
ライルに問われて、ニールは少々言い淀む。
もちろん先程のウインクは後で教えるという意味だったのだが。
「ティエリアはさ、あそこが居場所なんだよな。」
「ん?…まあ、な。」
ライルは小首を傾げる。
ニールが言わんとしていることが分からなかった。
「で、お前の居場所はここだって話だよ。」
「…なんだよ、はぐらかすのか?今更。」
眉根を寄せてそう言うと、ニールは苦笑した。
「いや、そうじゃないけどな。ちょっと羨ましかっただけだ。」
居場所があることが、と呟く。
「…兄さんにだってあるじゃないか、ここが。」
「ロックオン・ストラトスは二人もいらないと思うぜ?」
肩を竦めるニールに、ムッとした顔を向けた。
「ならその名前は兄さんに返すさ。俺は別に兄さんに取って代わろうと思ったわけじゃねぇ。」
「いや、わりぃ、ちょっと拗ねてるだけだ。ティエリアが言ってたんだよな。お前の方が俺よりもマイスターに相応しいってな。」
不機嫌な顔を一変させ、ライルはキョトンとした。
「は?アイツが?…まさか…。」
「ホントだよ。…でも、お前は調子に乗るところがあるから言うなってよ。」
「…なんだそりゃ…。褒めたいのか貶したいのかどっちだよ。」
二人で苦笑していると、そこにイアンが通りかかった。
「お、いいところに。ロックオンの…って二人ともロックオンか…ニールの機体の残骸、回収しといたぞ。今後の参考になると思ってな。」
「あー、なんかの役に立つのか?」
ニールが首を傾げる。
「そりゃ取り敢えず材料にはなるだろう。それにお前の使いなれた機体なら、その特性を生かした新型を作らにゃならん。ケルディムもかなり壊れてるからな。大幅な改修と、二機の連携を考えた機能を追加して、最強のコンビマシンを作りたいじゃないか。二人なら息もぴったりだろうしな。テストパイロットも引き受けてくれよ?お前らの為のマシンなんだから。…って気が早いか。…あー、とにかく、これから俺は忙しくなるんだから、何かと協力頼むぞ?」
捲し立てるように言って、「腕が鳴るなァ。」なんてことを言いつつ、イアンは行ってしまった。
ライルがプッと噴き出した。
「兄さんの居場所はここだってよ。当分縁は切れそうにねーな。」
ニールはさっきの感傷を恥じて、バツが悪そうに笑った。
もう皆、自分を受け入れてくれているのだと思い起こす。
「そういう事なら…、おやっさんの手伝いでもするかな、取り敢えず。」
「いろいろと口出しして困らせてやろうぜ。」
「お前なぁ…。でも、口出ししねぇといい機体は出来ないだろうしな。せいぜいあの職人肌の技術屋に頑張ってもらうかぁ。」
だよな、とライルが答え、二人は笑い合った。
サーシェスが医務室に運ばれ、周りが落ち着くと、改めて皆一様にニールが戻ってきたことを喜んだ。
懐かしい面々が、少し歳を取って目の前に現れ、ニールは喜びながらも戸惑っていた。
そんな中で気付く。
「あ…れ…、ティエリアはどうしたんだ?」
皆がハッとした顔を見せ、スメラギが「あのね…」と言いにくそうに口を開いた。
それを刹那が止めた。
「ティエリアの所に連れて行ってやる。一緒に来い。」
「…あいつ、怪我でもしてるのか?」
「行けば分かる。」
ヴェーダ内部に連れて行かれ、誰もいない空間に入ると、何処からともなく息を呑むような音が聞こえた。
「…おい、刹那…ティエリアは…。」
何処だよ、と聞こうとしたところで声が聞こえた。
「ロック…オン…?」
「ティエリアか?」
「ええ、そうです。あなたは…ニール・ディランディ…?」
「ああ、そうだ。何処から話してんだ?」
「ヴェーダの中、ですよ。」
中?と首を傾げた。
どこかにさらに奥に入る入口があるのかとあたりを見る。
「ティエリアはヴェーダと融合した。」
「完全にリンクした、ということです。」
刹那の説明が気に入らなかったのか、ティエリアは言葉を変えて言い直した。
「完全にリンク?…融合…って…おまえ、コンピュータになっちまったってことか?」
口に出しておいて、まさかな、と笑った。
「簡単に言えばそういう事です。今、私に肉体はありません。入れ物は先ほど完全に活動を停止しました。」
つまりそれは…。
「…まさか…死んだってことか!?」
「そんなに驚かないでください。僕にとって肉体の死は大したことではない。今ここに、こうして存在している。それで充分です。」
そんな…と言ったきり、ニールは黙った。
その様子を見て刹那が静かに笑む。
「ティエリアがいいと言っているんだ。俺達が気に病むことじゃない。少し…話せばいい。俺はさっき話したから、先に戻るぞ。」
そう言って刹那が出ていくと、ティエリアはフフフと笑った。
何に対して笑ったのか分からずニールが眉を顰め、それにまたティエリアが笑う。
「失礼。刹那の言いようが可笑しかったんですよ。さっき話したと言っていたが、そんなに話をした覚えはないので。」
そうなのか、とニールも笑みを見せた。
「話下手なのは、昔と変わってないんだな、アイツ。」
「そうですね。…僕も人のことは言えませんが。」
「でも、笑うようになった。」
何処に向かって話していいのか見当がつかず、ニールは少し上向き加減で目を細めた。
「それは、僕のことですか?それとも彼の?」
「どっちもだ。」
「嬉しいことや楽しいことがあれば笑う。それが人間でしょう?」
「そうだな。」
ニールが目を伏せ頷くと、ティエリアは暫し黙った。
「どうした?」
「今は、嬉しいから、笑顔を作りたい。こういうときは肉体がないと困りますね。」
「やっぱ体は必要だろう?…でも…ないなら、言葉で伝えればいい。」
昔と変わらぬ優しい笑みを見せる。
「そうですね。ロックオン…僕は、あなたが生きていて嬉しい。」
「俺も、お前と話せて嬉しいよ。」
30分ほど話をしてから、そろそろ帰るわ、と向きを変えてニールは思い出したように言った。
「アイツ、ちゃんとやってたか?」
「アイツ、とは?」
「ライルだよ。」
ティエリアは一呼吸置いて答えた。
「彼はガンダムマイスターですよ。…あなたよりも、マイスターとして相応しいかも知れない。」
「おーおー、言ってくれるねぇ。」
「粗削りだがセンスは悪くない。加えて、あなたと違って私怨に取りつかれなかった。」
痛いところを遠慮なく突くのは昔のままだ、とニールは肩を竦めた。
また、ティエリアのふふっと言う笑い声が聞こえた。
「でも、今のは本人に言わないでください。彼は調子に乗るところがありますから。」
「了解。」
返事と共に片手を上げて、ニールは外に出た。
ブリッジに行くと、主要クルーがそろっていた。
一応報告をしておくか、とニールはティエリアのことを話し、ブリッジの窓からヴェーダを眺めた。
「これからアイツ、一人なんだな…。」
寂しいだろうな、と呟くと通信が入った。
「ヴェーダからですぅっていうか、アーデさんからですぅ。」
ミレイナが気の抜けた声でそう言う。
「はぁ?」
ニールもとぼけた声を返した。
するとティエリアの声。
『言っておきますが、私と連絡を取りたければいつでも通信できますよ。こちらも暇を持て余したら呼び出すかも知れません。』
「なんだよッ!それならそうと言え!」
別れのつもりで話してしまったじゃないか、とニール。
『あなたはしっかりしているようで案外抜けていますね、ロックオ……ニール・ディランディ。』
「うるせー。…さっきのことライルに言うぞ。」
『…ロ…ニール・ディランディ、それは彼の為にならない、いやそれよりも、それは別に僕に対しての脅しにはならない。』
「そうかな~。俺は、お前が照れくさいから口止めしたんだと思ってるんだが。」
『な…何を根拠に…。』
聞いていたクルー達は皆顔を見合わせていた。
ライルが首を傾げる。
「何の話だ?兄さん。」
「ティエリアの奴、お前のことを…。」
『ロックオン!!言ったらあなたが出撃する事態になったとき、バックアップしませんからね!』
にま~っとした笑みを浮かべるニール。
「本気で止めに掛りやがった。やっぱ照れくさいんだな。」
『ち、違います!』
「それにしては慌ててたよな。」
「だから、何の話だよ。」
『ライル・ディランディ、君は気にしなくていい。』
ライルに向かってはぴしゃりと言い置く。
それをニールが笑った。
「あはは、ま、バックアップなしじゃキツイからな。黙っててやるか。」
「なんだよ、気になるな。」
『大したことではない。気にしなくていいと言っただろう。』
不服そうなライルに向け、ニールはパチンとウインクをして言った。
「ティエリアを敵に回したくはないからな~。」
ライルは理解して、あっさりと追及をやめた。
「分かったよ。気にしなきゃいいんだろ?」
不機嫌を装ってそう言う。
『よろしい。』
ティエリアはホッとしたように返し、では、と短い別れの挨拶を最後に通信を切った。
「で、何だったんだよ。さっきの。」
ブリッジを出て二人きりになると、ライルは通路を進みながら訊いた。
ライルに問われて、ニールは少々言い淀む。
もちろん先程のウインクは後で教えるという意味だったのだが。
「ティエリアはさ、あそこが居場所なんだよな。」
「ん?…まあ、な。」
ライルは小首を傾げる。
ニールが言わんとしていることが分からなかった。
「で、お前の居場所はここだって話だよ。」
「…なんだよ、はぐらかすのか?今更。」
眉根を寄せてそう言うと、ニールは苦笑した。
「いや、そうじゃないけどな。ちょっと羨ましかっただけだ。」
居場所があることが、と呟く。
「…兄さんにだってあるじゃないか、ここが。」
「ロックオン・ストラトスは二人もいらないと思うぜ?」
肩を竦めるニールに、ムッとした顔を向けた。
「ならその名前は兄さんに返すさ。俺は別に兄さんに取って代わろうと思ったわけじゃねぇ。」
「いや、わりぃ、ちょっと拗ねてるだけだ。ティエリアが言ってたんだよな。お前の方が俺よりもマイスターに相応しいってな。」
不機嫌な顔を一変させ、ライルはキョトンとした。
「は?アイツが?…まさか…。」
「ホントだよ。…でも、お前は調子に乗るところがあるから言うなってよ。」
「…なんだそりゃ…。褒めたいのか貶したいのかどっちだよ。」
二人で苦笑していると、そこにイアンが通りかかった。
「お、いいところに。ロックオンの…って二人ともロックオンか…ニールの機体の残骸、回収しといたぞ。今後の参考になると思ってな。」
「あー、なんかの役に立つのか?」
ニールが首を傾げる。
「そりゃ取り敢えず材料にはなるだろう。それにお前の使いなれた機体なら、その特性を生かした新型を作らにゃならん。ケルディムもかなり壊れてるからな。大幅な改修と、二機の連携を考えた機能を追加して、最強のコンビマシンを作りたいじゃないか。二人なら息もぴったりだろうしな。テストパイロットも引き受けてくれよ?お前らの為のマシンなんだから。…って気が早いか。…あー、とにかく、これから俺は忙しくなるんだから、何かと協力頼むぞ?」
捲し立てるように言って、「腕が鳴るなァ。」なんてことを言いつつ、イアンは行ってしまった。
ライルがプッと噴き出した。
「兄さんの居場所はここだってよ。当分縁は切れそうにねーな。」
ニールはさっきの感傷を恥じて、バツが悪そうに笑った。
もう皆、自分を受け入れてくれているのだと思い起こす。
「そういう事なら…、おやっさんの手伝いでもするかな、取り敢えず。」
「いろいろと口出しして困らせてやろうぜ。」
「お前なぁ…。でも、口出ししねぇといい機体は出来ないだろうしな。せいぜいあの職人肌の技術屋に頑張ってもらうかぁ。」
だよな、とライルが答え、二人は笑い合った。