『刻の止まった部屋』シリーズ
舞曲
足音が聞こえる。
あれはアイツの足音だ。
急ぐ用事などない筈なのに、その足音は急いていた。
ガチャッとドアが開き飛び込んで来たのは笑顔だった。
「アリー!暇か?」
屈託のない笑顔を向けるロックオン…いや、ニールはもう以前の彼ではない。
記憶を無くして子供のようになっていた頃とも、ましてやそれ以前のCBに居た頃とも違う。
サーシェスによって記憶を塗り替えられ、自分の家族の敵はCBだと信じきって、それを討つべくサーシェスの下で訓練をしている一兵士である。
サーシェスはその笑顔を一瞥すると「忙しい。」と、すぐにパソコンの画面に目を戻した。
ニールはムッとして近付くと同じようにパソコンを見る。
「どーせまた、いかがわしいサイトでも覗いてんだろ?」
「ばーか。CBの動向探ってんだよ。」
「…どこがだよ。…ただの掲示板じゃないか。」
ニールの予想に反してそれはいかがわしいサイトではなかったが、かといって機密事項が書いてあるような画面でもなかった。
どこにでもあるような掲示板。
確かに政治的なことや社会の問題などを取り上げてはいるが、それを見たからと言ってCBの動向が分かるとは思えない。
「ばーか。」
サーシェスはニールをちらと振り返ってそれだけを言った。
「…うるさいな…ばかばか言うなよ。」
シュンとしたように言ったニールの顔は、何か子供のよう。
保護者代わりでもあるサーシェスには時折そういう表情を見せる。
あきれたようにサーシェスは説明した。
「動向探るったって奴らまだ存在すら隠してなきゃならねーだろ。動きを見せてくるのはまだ先のことだ。でも奴等だって情報は集めたいはずだ。ニュースで分かる程度の情報で動き出すほどバカじゃねえ。」
「だからってこんな一般人の集まる掲示板見たって…。」
何かが得られるとはニールには思えなかった。
「一般人は一般人でも、軍事オタクってのはバカに出来ないぜ? まあ、眉唾もんの噂話は山程あるが、中には軍人でも驚くような事を知ってる奴もいる。」
「それ目当てにここに来てる可能性があるってことか?」
「そゆこと。…これなんかかなり怪しいぜ?」
ニールはじっとサーシェスの指差した文を読んだ。
そして訝しげに返す。
「これ、CBのこと批判してるじゃないか。それもかなり否定的だ。」
「この書き込みのヌシの意図はそこじゃねえ。問い掛けてんだろ? 軍の動きを知りたがってる。」
「…そうかぁ?」
納得のいってないニールに、サーシェスは別の場所の掲示板を見せる。
「これも同じ奴だ。名前は変えてるが語り口は同じ。」
さらに別のものを二三見せ、ニールの顔を見る。
ニールはしばし読みふけると、軽く頷いた。
「確かに…似てるけど…別人かもしれないぜ?」
「今見せた中で別人がいるとしたらどれだと思う?」
ニールが「別人」と言ったのは皆バラバラじゃないのか、という意味だったのだが、そう尋ねられると中のひとつだけが違う気もしてくる。
おずおずと指を差した。
ニッと笑うサーシェス。
「よくできました。それは全くカンケーねぇ奴。」
「なんでそんな事分かるんだよ。」
「…カン、かな? お前だって今カンを働かせたろ?」
言いながらサーシェスはパソコンを閉じた。
「…で? なんか用か?」
カンでどれだけCBの動向が分かるんだか、と肩をすくめると、ニールは自分が目的を忘れそうになっていたことに気が付いた。
「…あ、そーだよ。暇になったんなら付き合ってくれよ。」
ニールはファイティングポーズをとって見せた。
しゃーねぇなぁ、と言いながらサーシェスはニールのあとを歩く。
「言っとくが、負けてやる気はないぜ?」
いつもの不敵な笑みでサーシェスがそう言うと、ニールも負けじと笑って見せた。
「分かってるさ。そう簡単に勝てるとは思ってないよ。でも、今日は俺だって簡単に負ける気はない。」
「…ふん。何か入れ知恵でもされたか? そういう事なら、手加減はしてやらねえ。覚悟しとけ。」
射撃の腕はニールの方が上だが、体技ではまだサーシェスの方が格段に強かった。
ニールがいくら本気でかかっても軽くあしらわれてしまう。
体技を教えたのはサーシェスだが、このところ彼の知り合いの同じく体技に長けた人物のところで訓練を受けていた。
その人物も元はサーシェスの部下だった男で、彼の癖なんかを良く知っている。
「…もしかして、今まで本気でやってなかったのか?」
ニールは引きつり笑いのような顔でそう訊いた。
「そんな事にも気付かねぇようじゃ、まだまだだな。よし、鍛えなおしてやる。」
サーシェスの拳と掌がパシン、と軽快な音を鳴らした。
爽快な掛け声とともにニールは攻撃を繰り出す。
「ていやー!!」
しばらく足技や手剣を受け止めつつ、サーシェスはニールの動きを観察していた。
ここ最近組み合ってなかったから知らなかったが、確かにニールは腕を上げたようだ。動きに無駄がない。
その力がCBにいたときからのものか、それを超えたのかまではサーシェスには知りようがなかったが、そんなことはどうでもいい。
問題は、その強い力がサーシェスの持ち駒として働いてくれるかどうかだ。
そして今、ニールは彼自身が気付かぬまま、持ち駒として育っていた。
防御から攻撃に転じたサーシェスの動きにも、ニールは難なく対応した。
バシバシと互いに打ち合う中でニールは相手のスキを窺う。
聞いていた『癖』だけを待っている訳では無いが、少しでも突きやすいスキが来れば嬉しい。
サーシェスが蹴りを出すその瞬間、次の動きを誘うためにわざと相手のテリトリー内に飛び込む。
そうして次の攻撃もかわして身を翻すと、チッと小さな舌打ちがサーシェスから漏れた。
今だ!
振り向きざまにブンッと長い脚を伸ばす。スピードは充分だ。
バシッ!
脇腹に当たりはしたが衝撃は腕で受け止められた。
でもっ!
すぐに来た反撃をよけつつ、また懐に入り顔面にパンチを出す。
ヒョイッとかわされたがサーシェスの顔の向きとは逆の方向にスライドするように移動して、再び蹴り。
ガシッ!
よっしゃ! ヒット!
二ールの蹴りの衝撃でサーシェスが小さくよろけた。しかも二ールの立ち位置は背後。
絶好のチャンスに思わずニールの口は笑みの形を取る。
即座に踏み込んで拳を出した。
確実に捕らえたはずの相手の急所はぶれて横から来た腕に拳は止められた。
アッと思った直後の反撃は畳みかけるようにニールを追い詰める。
程なく二ールは床に倒されていた。
うつ伏せに押さえつけられ、右腕は後ろにねじ上げられている。
「ま…まいった。」
「やっぱ甘いな、お前は。本気出すまでもねぇ。」
サーシェスが力を抜くと、二ールはホッと息をついて体を起こした。
床に尻をついたまま、納得のいかない声を出す。
「何でだよ。さっき、俺の攻撃見てなかっただろ? ってか、見えてなかった筈だろ?」
「見えてたぜ?」
「嘘だ。」
「お前がチャンスだってほくそ笑んでる様がありありとな。」
サーシェスは腰に手を当てて細い目でニールを見下ろしている。
その様子にまたにールはムッとした。
「あーっちくしょう!!」
「まだ鍛え直さねーとな。」
ふふん、とサーシェスは笑った。
拗ねたような顔をするニールを見る表情は以前の様な冷めたものではなくなっていた。
これなら充分に使える。
それは利用価値のみを言うわけではなく、パートナーとしての信頼やら期待やらも含まれている。
『相棒』として使える、ということだ。
「今度は俺の弱点でも教えてもらってくるんだな。」
「…それでも負ける気ねーんだろ…」
「そりゃ分んねーだろ? きれいなねーちゃんでも連れてくりゃ気がそれて負けるかも知んないぜ?」
「…ったく…馬鹿にしやがって…」
軽口が叩けるというのは馴染んだ証拠だ。
それは双方に言えることである。
足音が聞こえる。
あれはアイツの足音だ。
急ぐ用事などない筈なのに、その足音は急いていた。
ガチャッとドアが開き飛び込んで来たのは笑顔だった。
「アリー!暇か?」
屈託のない笑顔を向けるロックオン…いや、ニールはもう以前の彼ではない。
記憶を無くして子供のようになっていた頃とも、ましてやそれ以前のCBに居た頃とも違う。
サーシェスによって記憶を塗り替えられ、自分の家族の敵はCBだと信じきって、それを討つべくサーシェスの下で訓練をしている一兵士である。
サーシェスはその笑顔を一瞥すると「忙しい。」と、すぐにパソコンの画面に目を戻した。
ニールはムッとして近付くと同じようにパソコンを見る。
「どーせまた、いかがわしいサイトでも覗いてんだろ?」
「ばーか。CBの動向探ってんだよ。」
「…どこがだよ。…ただの掲示板じゃないか。」
ニールの予想に反してそれはいかがわしいサイトではなかったが、かといって機密事項が書いてあるような画面でもなかった。
どこにでもあるような掲示板。
確かに政治的なことや社会の問題などを取り上げてはいるが、それを見たからと言ってCBの動向が分かるとは思えない。
「ばーか。」
サーシェスはニールをちらと振り返ってそれだけを言った。
「…うるさいな…ばかばか言うなよ。」
シュンとしたように言ったニールの顔は、何か子供のよう。
保護者代わりでもあるサーシェスには時折そういう表情を見せる。
あきれたようにサーシェスは説明した。
「動向探るったって奴らまだ存在すら隠してなきゃならねーだろ。動きを見せてくるのはまだ先のことだ。でも奴等だって情報は集めたいはずだ。ニュースで分かる程度の情報で動き出すほどバカじゃねえ。」
「だからってこんな一般人の集まる掲示板見たって…。」
何かが得られるとはニールには思えなかった。
「一般人は一般人でも、軍事オタクってのはバカに出来ないぜ? まあ、眉唾もんの噂話は山程あるが、中には軍人でも驚くような事を知ってる奴もいる。」
「それ目当てにここに来てる可能性があるってことか?」
「そゆこと。…これなんかかなり怪しいぜ?」
ニールはじっとサーシェスの指差した文を読んだ。
そして訝しげに返す。
「これ、CBのこと批判してるじゃないか。それもかなり否定的だ。」
「この書き込みのヌシの意図はそこじゃねえ。問い掛けてんだろ? 軍の動きを知りたがってる。」
「…そうかぁ?」
納得のいってないニールに、サーシェスは別の場所の掲示板を見せる。
「これも同じ奴だ。名前は変えてるが語り口は同じ。」
さらに別のものを二三見せ、ニールの顔を見る。
ニールはしばし読みふけると、軽く頷いた。
「確かに…似てるけど…別人かもしれないぜ?」
「今見せた中で別人がいるとしたらどれだと思う?」
ニールが「別人」と言ったのは皆バラバラじゃないのか、という意味だったのだが、そう尋ねられると中のひとつだけが違う気もしてくる。
おずおずと指を差した。
ニッと笑うサーシェス。
「よくできました。それは全くカンケーねぇ奴。」
「なんでそんな事分かるんだよ。」
「…カン、かな? お前だって今カンを働かせたろ?」
言いながらサーシェスはパソコンを閉じた。
「…で? なんか用か?」
カンでどれだけCBの動向が分かるんだか、と肩をすくめると、ニールは自分が目的を忘れそうになっていたことに気が付いた。
「…あ、そーだよ。暇になったんなら付き合ってくれよ。」
ニールはファイティングポーズをとって見せた。
しゃーねぇなぁ、と言いながらサーシェスはニールのあとを歩く。
「言っとくが、負けてやる気はないぜ?」
いつもの不敵な笑みでサーシェスがそう言うと、ニールも負けじと笑って見せた。
「分かってるさ。そう簡単に勝てるとは思ってないよ。でも、今日は俺だって簡単に負ける気はない。」
「…ふん。何か入れ知恵でもされたか? そういう事なら、手加減はしてやらねえ。覚悟しとけ。」
射撃の腕はニールの方が上だが、体技ではまだサーシェスの方が格段に強かった。
ニールがいくら本気でかかっても軽くあしらわれてしまう。
体技を教えたのはサーシェスだが、このところ彼の知り合いの同じく体技に長けた人物のところで訓練を受けていた。
その人物も元はサーシェスの部下だった男で、彼の癖なんかを良く知っている。
「…もしかして、今まで本気でやってなかったのか?」
ニールは引きつり笑いのような顔でそう訊いた。
「そんな事にも気付かねぇようじゃ、まだまだだな。よし、鍛えなおしてやる。」
サーシェスの拳と掌がパシン、と軽快な音を鳴らした。
爽快な掛け声とともにニールは攻撃を繰り出す。
「ていやー!!」
しばらく足技や手剣を受け止めつつ、サーシェスはニールの動きを観察していた。
ここ最近組み合ってなかったから知らなかったが、確かにニールは腕を上げたようだ。動きに無駄がない。
その力がCBにいたときからのものか、それを超えたのかまではサーシェスには知りようがなかったが、そんなことはどうでもいい。
問題は、その強い力がサーシェスの持ち駒として働いてくれるかどうかだ。
そして今、ニールは彼自身が気付かぬまま、持ち駒として育っていた。
防御から攻撃に転じたサーシェスの動きにも、ニールは難なく対応した。
バシバシと互いに打ち合う中でニールは相手のスキを窺う。
聞いていた『癖』だけを待っている訳では無いが、少しでも突きやすいスキが来れば嬉しい。
サーシェスが蹴りを出すその瞬間、次の動きを誘うためにわざと相手のテリトリー内に飛び込む。
そうして次の攻撃もかわして身を翻すと、チッと小さな舌打ちがサーシェスから漏れた。
今だ!
振り向きざまにブンッと長い脚を伸ばす。スピードは充分だ。
バシッ!
脇腹に当たりはしたが衝撃は腕で受け止められた。
でもっ!
すぐに来た反撃をよけつつ、また懐に入り顔面にパンチを出す。
ヒョイッとかわされたがサーシェスの顔の向きとは逆の方向にスライドするように移動して、再び蹴り。
ガシッ!
よっしゃ! ヒット!
二ールの蹴りの衝撃でサーシェスが小さくよろけた。しかも二ールの立ち位置は背後。
絶好のチャンスに思わずニールの口は笑みの形を取る。
即座に踏み込んで拳を出した。
確実に捕らえたはずの相手の急所はぶれて横から来た腕に拳は止められた。
アッと思った直後の反撃は畳みかけるようにニールを追い詰める。
程なく二ールは床に倒されていた。
うつ伏せに押さえつけられ、右腕は後ろにねじ上げられている。
「ま…まいった。」
「やっぱ甘いな、お前は。本気出すまでもねぇ。」
サーシェスが力を抜くと、二ールはホッと息をついて体を起こした。
床に尻をついたまま、納得のいかない声を出す。
「何でだよ。さっき、俺の攻撃見てなかっただろ? ってか、見えてなかった筈だろ?」
「見えてたぜ?」
「嘘だ。」
「お前がチャンスだってほくそ笑んでる様がありありとな。」
サーシェスは腰に手を当てて細い目でニールを見下ろしている。
その様子にまたにールはムッとした。
「あーっちくしょう!!」
「まだ鍛え直さねーとな。」
ふふん、とサーシェスは笑った。
拗ねたような顔をするニールを見る表情は以前の様な冷めたものではなくなっていた。
これなら充分に使える。
それは利用価値のみを言うわけではなく、パートナーとしての信頼やら期待やらも含まれている。
『相棒』として使える、ということだ。
「今度は俺の弱点でも教えてもらってくるんだな。」
「…それでも負ける気ねーんだろ…」
「そりゃ分んねーだろ? きれいなねーちゃんでも連れてくりゃ気がそれて負けるかも知んないぜ?」
「…ったく…馬鹿にしやがって…」
軽口が叩けるというのは馴染んだ証拠だ。
それは双方に言えることである。