ショートショート

(パラレル・ディランディ家)

クリスマス



 街はクリスマス一色。子供達はプレゼントのことで頭がいっぱいだ。
 双子も例に漏れず、ウキウキとしていた。

「それでライルは自転車でいいのね?」
「うん、この前見た奴だよ?」

 母親に訊ねられ、ライルは興奮気味に頬を紅潮させて言った。

「…ニールは…ホントにあれでいいの?」

 ライルはあれ?とニールの顔を見た。
 この間までニールも同じ自転車が欲しいと言っていた筈だ。

「うん!あれが良いんだ。」

 少しはにかむような表情で頬を染めるニール。
 ライルは首を傾げた。

「二―ル、自転車じゃないのか?」
「え…、う、うん。」

 ライルには知られたくなかったのか、ニールはさらに顔を赤くして視線を落とす。

「…何頼んだんだ?」
「…え…っと…、うん、ちょっと。」
「教えてくれたっていいだろ?どうせ分かるんだし。」

 ライルの追及に窮したようにニールは唇を尖らせた。

「どうせ分かるんだったら、…今教えなくてもいいだろ?」
「何だよ。ケチだな、ニール。」

 何を言っても教えてはくれない様子に、ライルは聞きだすのを諦めた。










 そしてクリスマスの朝。
 昨晩お預けを食らってなかなか寝付けなかった子供たちも、この日は早起きだ。
 おはようの挨拶もそこそこに、プレゼントの所に飛んでいく。

「開けていい!?開けていい!?」

 妹のエイミーは自分宛の箱を見つけると、まるで取られまいとしているように抱えて興奮してそう訊いた。

「いいわよ?」

 母親のOKサインに皆声を上げ包みを開け始める。
 自転車を頼んであったライルは、ハンドルの所についているリボンを外して外に持って行こうとしたところで動きを止めた。

 振り向くとニールは床に座り込んで大きめの箱を開け始めていた。
 ライルは自分の自転車を眺めるふりをして、ちらちらとニールを見る。

 箱から出てきたのはバスケットボールぐらいの球体の玩具だった。

 まずエイミーが興味津々で覗き込んだ。

「それなに~?お兄ちゃん。」
「ん?ロボット。ハロっていうんだ。」
「ロボット!?動くの!?」
「うん。動くし、喋るよ?」
「喋るの!?見せて!喋らせてみて!」

 嬉しそうにニールは説明書をめくっている。

「なーんだ。玩具頼んだのか。…ガキっぽ。」

 からかう様にそう言われると途端にニールは怒ったような拗ねたような顔になり、立っているライルを見上げた。

「いいだろ。…だから言うの嫌だったんだ。」
「ふ~ん?一緒に自転車買って貰おうって言ってたのに。そんな玩具にするとはね~。」
「欲しかったんだからいいじゃないか。自転車は誕生日に頼むんだ。」
「いいけど~? 俺は外に遊びに行ってこよーっと。」
「どうぞ。いってらっしゃい。」

 呆気なく送り出されてしまい、ライルはムッとした顔で自転車を押して外に出た。

 一緒に自転車を買って貰って、一緒に走り回るんだとばかり思っていたのに。
 それに、あの時に言ってくれれば自分も何か別のものを頼んだかもしれないのに。

 友達に自転車を見せびらかそうかと思っていたがそれはやめておいた。
 もう、そんな気分ではなかった。










 数日間、ニールとライルは別々の事をして過ごした。
 それでもニールはハロと戯れるのに夢中で楽しそうだ。
 ライルはそれが気に入らなかった。

「二ールー…?」
 部屋に入るとニールの姿はなく、中央にハロが転がっていた。
「…何だ、居ないのか。」

 大事なハロを置いて何処行ったんだ?とハロを持ち上げる。
 その途端。

「二ール、ニール、アソボ。」
「うわっ!」

 電源を切ってあると思っていた為、いきなり喋った事に驚いてハロを落としてしまった。
 ポーンポーンとハロはボールのように跳ね、楽しそうに喋っている。

「アソボ、アソボ、ニール、アソボ。」

 ムッとしてライルは答えた。

「俺はニールじゃない。ライルだ。」

 こんな玩具にそんな事を言っても分かるわけがない。そう思いながらも、ニールと間違われた事に納得がいかない。
 ライルはハロを捕まえ、床に座り込むと自分の顔の高さに持ち上げた。

「いいか? 俺はライルだ。ニールは俺の兄貴。間違えんなよ。」
「………。」

 ハロは戸惑っているように押し黙った。

 コンピューターが混乱してるのか。
 二ールが嘘をついていると思うかな。

 ライルは、ハロに組み込まれたプログラムが人をどう見分けるのかというところに興味が湧き、ニタっと笑ってハロを見た。

「分かったか? 今度俺のことをニールって呼んだら、スクラップだからな。」
「ワカッタ、ワカッタ。ライル。オボエタ。」
「ホントかぁ? 二ールの事をライルって呼んでもスクラップだぞ?」
「オボエタ。ニール、エイミー、ライル、オカアサン、オトウサン。」

 エイミーだのオカアサンだのと言い出したのを聞き、ライルは落胆した。
 二ールはもう家族の呼び方を教えていたのだ。
 なら、ライルの名をすぐに言っても不思議はない。

「…でも、見分けがつくかどうかは別だよな。」
「ミワケガ、ミワケガ。」

 ぷぷっ。
 ライルの言葉の一部を覚えて繰り返すのを聞いて噴き出すと、笑いながら教える。

「ミワケガじゃなくて、みわけ、だよ。俺とニールの見分けはつくのかって話。」
「二ールハ ハロノ ユーザー。ライルハ ユーザーノ オトート。」
「一応関係は分かってるみたいだな。」
「オマエライル。オボエタ。」
「…お前って…偉そうに…。」

 ライルはしばし考えてから、ハロを置いて部屋を一旦出た。
 そして部屋の前で深呼吸をすると、くるっと踵を返してもう一度部屋に入る。

「悪い、ハロ、待たせた。」
「………。」

 ライルはニールの振りをしてみた。
 何も言わないハロに首をかしげて訊ねる。

「どうかしたのか?」
「………ライル カワッタ。」
「え? ライルが来たのか?」
「…オマエライル。デモ サッキトスコシチガウ。」
「何言ってるんだよ。俺はニールだろ? 間違えるなよ。」
「ウソ。オマエライル。ライルウソツキ。」

 あっさりとばれてしまった。
 母親でさえ間違うというのに。
 少々悔しくは思ったが、それよりどうやって見分けているのかが気になる。

「…凄いなお前。俺がライルだって何でわかるんだ?」
「ワカル。ニールトライルチガウ。」
「…何処で見分けてるかってのを聞きたいんだけど…。」
「キギョウヒミツ キギョウヒミツ。」

 何でそんな言葉が出てくるんだと思いつつ、ライルはハロを掴むとまた床に座り込んだ。
 ハロの体をあちこち見て触って探り始めた。

「ライル、ナニシテル?」
「ん~? ちょっと中身見てみようと思って。何処から開けるんだ?」
「ライル ユーザーチガウ。アケチャダメ。」
「ちょっと覗くだけだよ。見せろって。」
「アケテイイノ ニールダケ。」
「ケチなとこはニールに似たのか? あ、ここ開きそうだな。」

 開きそうな部分を見つけるとライルは無理やり開けようと爪を引っ掛けた。
 その途端、ハロから警告音が発せられる。

 ビー!ビー!

「うわっ!こらっ!静かにしろって!」
「ニール ニール ニール ニール…」

 依然鳴りやまぬ警告音とニールを呼ぶハロの声に、慌ててライルは立ち上がった。

「わ、悪かったって!静かにしてくれよ!」

 絶対この音、外まで聞こえてるな。
 スイッチらしき物のないハロをどうやって止めるのかが分からず、困るばかりでどうしようもない。

「頼むからさー、静かにしろって。」

 口の前で人差し指を立ててみたところで治まるわけがないのは分かっているが、ライルは必死で「しー、しー。」と人差し指を立てる。

 そこにニールが帰ってきた。

「どうしたんだ!?ハロ!」

 駆け込む様に部屋に入ったニールは、警告音を出すハロとその横でしまったというような顔をするライルを見比べ、しばし呆然とした。

「ニ、ニール…」

 何といって取り繕おうかと言葉に詰まっているとハロが喋り出した。

「ライル、ハロ イジメル。」

 慌ててライルも言葉を探す。

「ち、違うって! ちょっと触ってただけで…」
「ライル、イジメル。イジメル。」
「苛めてないだろ!」

 ムキになって言い返すライルをじっと見て、ニールはハロを抱き上げた。
 するとハロは安心したかのように警告音を止める。

「勝手に人の物、触るなよ。」

 怒鳴るでもなく、淡々とした口調で言うニールの目は、ライルを睨んでいた。
 ライルは少し怯んだものの、ムッとして言い返した。

「ちょっとぐらいいいじゃんか!たかが玩具だろ!」
「壊れたらどうするんだよ!もう二度と触るな!!」

 今度は怒鳴る様に言って、ニールはライルに背を向けた。

「…なんだよ…。…分かったよ。触らなきゃいいんだろ!!」

 そう言い返してライルは自分の部屋に戻った。




 別に壊そうなんて思ってなかったし、ちょっと興味が湧いただけで欲しいと思ったわけでもない。
 ライルは最悪な気分でベッドの横にうずくまった。

 なんだよ、ニールの奴。
 最近ハロの相手ばっかして…。
 一緒に自転車で走り回る筈だったのに。
 俺と遊ぶよりハロと遊ぶ方が楽しいのかよ。
 そんなにハロが大事なのかよ。


 大事なのか。


 じっと膝を抱いて考え込み、少し落ち着くと溜め息をついた。

 壊そうと思ったわけじゃない。でも勝手に触ったのは事実で。

 謝ってこよう。

 ライルは立ち上がった。

 こんな風に拗ねているのはガキっぽい。
 エイミーの歳ならまだしも、俺はもう大きいんだ。

 そんな動機だったが、それが一番いいと思えた。



 少しドキドキしながらニールの部屋をノックする。
 ためらうような返事が中から聞こえた。

「…誰?」
「…俺…あのさ、ちょっといいか? 話あるんだけど…。」

 いつもならノックなんかせずに無遠慮に入ってくるのに、と思いつつ、ニールはOKの返事をした。

「あのさ…さっきは、その…」

 ライルは一歩入ったところで立ち止まり、視線を逸らしたままボソボソと喋った。

「…ゴメン…。」

 言い訳をしたい気持ちはいっぱいだったが、取り敢えず謝る事を優先した。
 ちらっとニールの反応を窺う。
 ニールも躊躇いがちにライルに視線を向けた。

「…いや…こっちこそ、ゴメン。…言い過ぎた…。」

 数秒二人で目を合わせ、どちらからともなく笑顔を作った。
 照れたように笑い、ライルは頭を掻きつつ感心したように話しだす。

「…それにしても、ハロって凄いな。俺がニールの振りしても騙されなかったぜ?」
「…へーぇ、そうなのか?」

 ニールは抱えているハロに目をやった。
 するとハロはパタパタと耳を動かし、ポーンとニールの手から降りる。そして二人の周りを跳ねまわった。

「ニール、ライル、ニール、ライル……」
「あはは、何だよハロ。」
「何はしゃいでんだ?」

 ハロが跳ねまわるのを二人で笑いながら見ていると、ハロが何やら喋り出した。

「ライル、ニールスキ」
「は?」

 一瞬何を言ったのか理解できず、ライルは聞き返した。

「ライル、ニールスキ イッテタ。」

…………。

「はあ!?」

 思いっきり異論ありの声を上げるライル。

「…ライル…?」

 ニールは問いかけるようにライルを見る。

「い、いや、言ってないって。」
「イッテタ。ニールスキ イッテタ サッキ」

 否定するライルにまたハロが言う。

「言ってないだろ!? ロボットのくせに嘘吐くなよっ!!」
「イッテタ イッテタ イッテタ…」

 ハロの言い分にニールは首を傾げる。
 ハロに嘘を吐く機能が付いているだろうか。
 冗談を教えれば言うかも知れないが、今のところそういう事を教えた覚えはない。

「ハロ、ライルが言ったのか?」
「ライル イッタ。」
「言ってねーって!!」
「イッタ。ニール スキダナァ。イッタ。」

 ハタと気付く。
 そう言えばハロを開けてみようと探っている時に、ニールがハロを大事にしている様子を思い出してボソッと呟いたのだ。
『ニール(の奴)、(ハロのことが)好きだよなぁ…。』

「あー!! ち、違うっ!あれは違うからっ!!」
「言ったのか?」
「イッタイッタ」
「違うって言ってんだろ!?」

 ライルは顔を赤くして怒り、ハロを追いかけだした。
 ハロは当然のように逃げる。そして逃げながらライルをからかうように「ライル、ニールスキ」と繰り返した。
 ハロが面白がっているように見え、ニールはクスリと笑みを漏らす。

「待てっ!このっ!」

 部屋の中でひとしきり追いかけっこを楽しむと、ハロは開いていたドアからポーンと飛び出した。

「待てよっ!!」
「ライル。」

 ハロを追って部屋を出ようとしたライルをニールが呼びとめる。
 ライルは足を止め、振り返った。

「え?」
「俺もライルのこと、好きだよ。」

 いきなりの事にライルは口をポカンと開けたまま固まった。
 ニールはその様子にもニコッと笑みを向けた。







 階下では…。

「オカアサン、オカアサン。」
「はいはい、なあに?ハロ。」
「ライルニールスキ。」
「あらそう。仲良しさんね。」
 忙しく家事仕事をしながら、母親がハロの相手をする。
 エイミーも負けじと声を大にしていった。
「私もお兄ちゃん達、大好きだよ!!」



fin.
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