蟻ニル

ドライブ



「明日暇か?アリー。」
 夕食の片付けをしながら、ニールがそう聞いた。
 ああ、と返事をしかけてアリーがハタと止まる。
「…何か用事あるのか?」
「…ん、ちぃとな。」
 アリーの視線はカレンダーに向かっていた。
 何か特別な日だったかと考えてみても、思い当たらない。
「誰かと会うのか…?」
 一緒に出かけたかったニールとしては、少々面白くない。ちらっと嫉妬の感情が顔を出す。
「いんや?」
 否定の言葉に、今度は疑問が浮かんできた。
「…なんの用事なんだ?」
「別に大したこっちゃねえが…、遠出するから昼飯と晩飯は要らねえぞ。」
 人と会うわけじゃない、でも遠出をする。
 何をしに、何処に行くのだろう。
 いつになく気になってしまい、ニールはおずおずと聞いてみた。
「…ついてっちゃ…ダメか?」
 またいつものように、「餓鬼かよ」とか「めんどくせえ」とか言われるかと思ったが、意外にも返事はOKだった。




 休みだというのにアリーは早起きだった。
 少し早い朝食を済ませて、急かされてニールは家を出た。
 どこへ行くかとか何をしに行くかとか、そういう質問はスルーされるが、他の話題はいつも通り。
 車の中では普通に話が弾み、目的地のないドライブをしているかのようだ。
 海に近い町の適当なレストランで昼食を済ませ、また暫く車を走らせると意外なところで停車した。
「待ってろ。」
 ぶっきらぼうに一言言い置いて、アリーが向かう先は花屋だ。
 花屋に入っていくアリー。あまりに似合わない光景に、ニールはただ呆然と見送る。
(店員に知り合いでもいんのか?)
 そう考えてから、人と会う用事ではないと昨日言っていたことを思い出した。

 10分程でアリーは戻ってきた。
 買ってきた小さな花束を、ポイッと無造作に後部座席に放り投げる。
「…買ったのか?」
「ん?ああ、まあな。」
 返事はそれだけだ。また話す気がなさそうだと見て、ニールはそれ以上は訊ねなかった。
 時折チラリと後ろに視線をやる。
 花束は派手なものではなく、小ぶりの花ばかりが集められた小さなものだ。カスミ草と、レンゲと…すみれ…?シロツメクサもある。あまり取り合わせが良いとは思えないが、何か意味があるのだろうか。
 道路は海岸線の切り立った崖の上を走っていた。緩やかなカーブの向こうに、駐車スペースがある。
 アリーは何も言わずにそこに車を止めた。
「来るか?」
 花屋の時と違い、ドアを開けて外に出たところでそう聞いた。
 ニールは慌てて車を降りる。何が何だか分からないまま、花束を持って先を行くアリーの背中を追った。




 崖の突端まで行くと、まるでゴミでも捨てるように、アリーは海に向かって花束を投げた。
 そこでやっと思い至る。
 誰かの命日ではないのか。
 そのままアリーが立ち尽くすことを予想して、ニールは神妙な面持ちで見遣る。と、アリーは踵を返した。
「帰るぞ。」
「え!?」
 スタスタと戻っていくアリーをまた慌てて追いかける。
「な…なあ、もう帰るのか?」
「用は済んだ。」
「…で…でもさ、…あの…。」
 立ち止ってしまったニールに合わせ、アリーも立ち止まって振り向いた。
「命日…か?」
 数秒の間が開いて、「ああ。」と返事が返る。
「俺、ついて来ない方が…良かったんじゃないのか?」
「なんでだ。」
「…だって、話したいだろ?その人と。」
「死んだ奴とどうやって喋んだよ。」
「…だから、祈る、とか…。」
「んなもん意味ねえよ。帰るぞ。」
 また、アリーは歩き出した。
 風が強いなとか言いつつ、五月蠅そうに髪を掻きあげる。
 ニールが追い付いて隣を歩くと、アリーは呟くように言った。
「器量のいい奴だったから、気に入ってたんだけどな、…まあ、不慮の事故っての?」
「へー…。あの花、好きだったのか?」
「…んー、多分…な。」
 曖昧な返事と共に、悪戯じみた笑顔が返ってくる。適当に選んだらしい。

 どんな人だったんだろう、器量がいい…男?女?
 訊ねてみれば、どっちでもいいだろう、と返された。
 そうか、そんな過去があったのか。元恋人の一人や二人いるだろうとは思っていたが、そんな悲しい別れが…。
 胸がチクリと痛む。
 知らなかったこととは言え、無神経についてきたことを後悔した。

「折角だし、名物でも喰ってくか?」
 しょげているニールを気遣ってのことなのか、アリーは観光客向けの店に車を付けた。
 珍しい海鮮料理の名前が並んではいたが、まだ昼食を食べてからあまり時間が経ってない。
 酒のつまみに良さそうな物を見つけ、それを買って帰ることにした。
「アイツ、これ好きだったな。」
 またボソッと出された言葉に懐かしむ風を感じて、その思考を邪魔しないようにと当たり障りのない相槌を選んで返す。
 そうして数回言葉を交わしていると…。

「はあ!?猫!?」
「何、今さら驚いてんだよ。言ったろうが、『器量のいい猫だった』って。」
「言ってねえから!!」

 亡くしたペットを懐かしむことには何の異論もないが、恋人だと思っていたニールは拍子抜けだ。
「…意外だな、アンタが猫飼ってたなんて。」
「別に飼ってたわけじゃねーよ。居ついちまったんだ。」
 そうは言っても、居つくということはそれなりに構っていたんだろうと想像する。
 それに、こんな風に命日に弔いに来ることも意外だと言わざるを得ない。
「大事だったんだろ?命日覚えてるぐらいだから。」
「いんや?命日なんて覚えてるわけねえだろ。たかだか猫ごときで。」
 はあ!?とまたニールは声を上げる。
 一体今日の行動は何だったんだ。命日だからわざわざ遠出したんじゃないのか。
「…わけわかんねー…。」
「昨日思い出しちまったんだから仕方ねえだろ。なーんか、たまには思い出せって言ってる気がしてよ。」
 そう言って、アリーは車のドアを閉める。
 隣に乗りこんで、ニールは暫し黙った。
「…何だよ。」
 訝しげに眉を顰めながらアリーがエンジンを掛けた。
「いや?」
 ニールが窓から外を見ると、道路わきに野良猫の姿が見えた。
 子猫が風に揺れる小さな花にじゃれついているところだった。
「ふーん?」
「…だから、何だよ。」
「大事に飼ってたんだな。」
「違ぇって言ってんだろうが。」
 はいはい、とニールは笑った。

 命日ではなかったにせよ、思い出してわざわざ出かけ、その猫がじゃれつくのに良さ気な花を海に投げて弔ったのだ。大事でなかったわけがない。
 意外な一面が見れたことを、ニールはひとり嬉しく思っていた。




fin.
23/24ページ
スキ