蟻ニル

その顔を


 街は一ヶ月以上も前からクリスマス商戦が始まり、もうすっかりクリスマス色に染まっている。
 ニールは会社帰りだというのにその空気に釣られて、今年は何をプレゼントしようかと頭を悩ませていた。
 ケーキ屋の前で立ち止まる。

 やっぱりケーキは手作りかな…。
 アイツ、市販のケーキ食わねーし。
 甘いもん嫌いだもんな。

 そこまで考えて、ふと甘い物好きなアリーを想像してしまった。

 …それはそれでかわいいオッサンだよな。

 少し口元がニヤけてしまったのを拳で隠しながら、周りを気にしつつその場を後にする。
 いろんな店を見て回るが、やはりこれといって思い付かない。

 何か欲しがってたもんあったかなぁ…。

 結局まだ保留にしておくことにして、帰ろうと時計を見てハッとした。
 いつの間にか時間がかなり経っていた。

(やばっ!今日アイツ早いって言ってたのに。)

 帰ってから夕食の準備に取り掛かっていてはかなり待たせることになるだろう。
 仕方ない、とニールは出来合いのものを買うことにして食料品の店に入る。
 急いで買い物に回っていると、携帯が鳴った。
 見ればアリーの名前がディスプレイに表示されていた。

「…アリー?」
『遅い。…仕事か?』
「わりぃ、ちょっと手間取っちまってさ。惣菜買って帰るから。」
 少し怒気を含んで聞こえる相手の声に、ニールは気まずそうにそう答えた。
 するとアリーも少し間を空けてボソッと言う。
『…何を。』
「…え?…えーっと…。」
 まだ何を買うかは決めていない。
 咄嗟に目の前に並んでいる商品から相手が好きそうなものを選んだ。
「んー…タンドリーチキンと…シーフードサラダと…。」
『それでいい。さっさと帰ってこい。』
 プチっと電話が切れる。

 やはり怒っているのだろう。
 ニールはご機嫌とりにビールもカゴに入れ、レジに急いだ。







 息を切らせて部屋のドアを開けると、リビングからアリーが顔をのぞかせた。
「やっと来たかよ。ほら、早く出せ。」
 その顔は怒ってはいなかった。
「…あれ?」
 微妙に嬉しそうに見えなくもない。
 怒っているとばかり思っていたニールは唖然としていた。
「ったく、腹減ってるってのにお前はいねぇし、仕方ねぇから適当に漁りゃあシチューのルウぐらいしか出てこねぇし…。」
 そう言いながらニールの手にある買い物袋を攫って行くアリー。
 頭にハテナを浮かべながらそのあとに続くと、食卓にはアリーが作ったであろうシチューが鍋ごと置かれていた。

 機嫌良く肉にかぶりつくアリーを見ながら、ニールは頭に浮かんだ疑問をぐるぐると考えていた。
 あの微妙に嬉しそうな顔は、何に対してのものだったのか。
「…あのさぁ…ちょっと聞いときたいんだけど…。」
 アリーは肉を噛みちぎりながら、返事もせずにニールの方を見る。
「さっき嬉しそうな顔したのって、俺が帰ってきたからか?それともその肉が来たから?」
「はあ?」
 何のことだ、とモゴモゴ言って顔をしかめた。
「さっき、嬉しそうだったから…。」
「知らねーよ。」
 アリーはそう言ってまた食べ続ける。
 ニールは少しがっかりして「…肉だよな、やっぱり。」と呟いた。

 一拍間をおいて、アリーが言う。
「バーカ、餓鬼かっての。」

 え…?

 シチューのじゃが芋を口に入れたまま、ニールはまた疑問に動きを止めてしまった。

(今のって…)

 餓鬼と言ったのは、そんなことを気にしているニールに対してなのか、それとも自分は肉ぐらいで喜ぶような餓鬼じゃない、という意味か。
 もし後者なら、ニールが帰ってきたのを喜んだことになる。

 そんなことを考えていたら、アリーが顔を顰めた。
「不味いなら食うなよ。」
「え?」
 シチューを食べている最中だということを思い出して、ニールは慌てた。
「いやっ、違うから。ちょっと考えごとしてて…。」
「ふーん?今日は脳みそフル稼働ってか?考えごとで遅くなって、考えごとで飯もろくに食えねぇようだな。」
 今度こそ怒らせてしまったかもしれない。
 気まずそうに上目遣いでアリーを見る。
「あの…ごめんな、遅くなって。」
「別に?お前が街をうろうろする理由ぐらい想像がつく。不味くねぇなら冷めねぇうちにさっさと食え。」
「あ…ああ…。」
 怒っていなさそうな様子にホッとして、ニールはまた食べ始めた。


 結局疑問は解決しなかったが、食べ終えて満足そうにしているアリーを見て、まあいいかと笑みを浮かべた。
 プレゼントは好物を買ってきてもいいな、と思う。
 あの滅多に見られない嬉しそうな顔をまた見てみるのもいいかもしれない。




fin.
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