蟻ニル
煙草
休日の昼下がり、アリーが短くなった煙草を消してまた一本出そうとケースに手をやると、それはもう空になっていた。
「ったく…しゃーねぇなあ…。」
ぼやきながらいつもストックを入れているサイドボードを開けてみる。
「…ンだよ…。」
バンッと乱暴に閉めて、ニールの方に振りかえった。
「ニール。」
「ん~?」
丁度、アリーが散らかした雑誌やらなんやらを片付け終わったところだ。
グッドタイミング、とばかりにアリーが口を開く。
「たば…。」
「イヤダ。」
煙草と言い終わらないうちにニールの返事が返ってくる。
「どうせ買いに行けって言うんだろ?お断り。大体、この前まとめ買いしてたじゃないか。」
「ねえんだから仕方ねぇだろうが。」
「そうじゃなくて、吸いすぎだって言ってんの。」
「あーはいはい。」
毎度の説教にアリーは顔を顰めた。
何を言われたって煙草を減らすつもりも、増してや止めるつもりもないのだ。
いつものように聞き流そうとしていると、ニールがいつになく暗い顔をした。
「…ヘビースモーカーで、あんたみたいに『人間死ぬときゃ死ぬんだ』とか『吸わなくったって肺がんになる奴はいる』とか言ってた奴がさ、年取って案の定肺がんになって、おまけに治療も嫌がって最終的に脳にまで転移してさ、最後は病院のベッドで動くことも喋ることもできない状態で、あっさり死んじまったってさ。」
知り合いから聞いた話、と付け加えて、伏し目がちになる。
「…正直、俺はあんたのそんな姿、見たくねぇから。」
普段の説教口調とはまるで違うその言葉に、アリーはカシカシと頭をかいた。
チッと舌打ちをする。
「…ったく…しゃーねぇなあ…。ま、ガンになったら大人しく治療に専念してやるよ。」
ニールは呆れ顔で返した。
「あんたなあ…こんな時ぐらい『禁煙する』とか言えねぇのかよっ!!」
渾身のツッコミにも、アリーは「無理」と短く返すだけだ。
ニールがまた少し膨れた様子だと判断すると、アリーは当たらず触らずを決め込もうと自分で煙草を買いに出ることにした。
冬に移行しつつある気候に合わせ、薄手のコートを羽織る。
玄関を一歩出ると冷たい風が吹き抜けた。
寒さを感じたのとほぼ同時に、後ろでドアの音がして、左腕にするっと絡みつくものが。
それがニールだとすぐに分かったが、しかめっ面を向ける。
「…んだよ。」
「俺も買い物に出る。一緒に行こうぜ?」
「行くんならついでに…」
言いかけたところでニールの得意げな笑みに遮られた。
「今俺に任せると、煙草買ってこないで禁煙グッズ買い漁るからな。」
アリーは思いっきり嫌そうな顔を見せ、それでもニールを促すように絡んだ手をそのままに歩きだした。
またヒューっと風が通り抜ける。
「さみー。」
「俺がいるからあったかいだろ?」
「これで煙草がありゃあ、最高なんだけどな。」
「そんなもんじゃ寒さしのげないだろうに。」
「気分の問題なんだよ。」
ひと通りニールの用事を済ますと、アリーは元来た道を引き返し始めた。
あれ?とニールが戸惑う。
煙草の事を忘れているのだろうか、と。
折角だから黙っておくかとも思ったが、あとからまたぶつくさ言われるのも面倒だ。
「…もう帰るのか?」
「ああ、お前につきあって疲れたからな。」
「…煙草は?」
「一日ぐれぇ無くったって死なねえよ。」
そう言ったアリーの表情はなぜか勝気だ。
もしかして自分の為に禁煙するつもりになってくれたのかと、ニールは嬉しくなって寄り添った。
アリーはその腰に手をまわしてさらに密着させる。
「さみぃ。」
その呟きは単なる言い訳にすぎない。
その日のキスは、心なしか煙草の匂いが弱い気がした。
滅多に見せない優しさを、ニールは幸せに感じていた。
しかし、その幸せは「一日ぐらい」と言ったアリーの言葉通り、次の朝には消えてしまった。
「わざわざ早朝から煙草買いに行くなよな!?」
「うるせー、死にそうだったんだから仕方ねぇだろうが。」
ぷうっと膨れて見せるニールだが、内心、そんなやり取りが楽しいのも事実だ。
fin.
休日の昼下がり、アリーが短くなった煙草を消してまた一本出そうとケースに手をやると、それはもう空になっていた。
「ったく…しゃーねぇなあ…。」
ぼやきながらいつもストックを入れているサイドボードを開けてみる。
「…ンだよ…。」
バンッと乱暴に閉めて、ニールの方に振りかえった。
「ニール。」
「ん~?」
丁度、アリーが散らかした雑誌やらなんやらを片付け終わったところだ。
グッドタイミング、とばかりにアリーが口を開く。
「たば…。」
「イヤダ。」
煙草と言い終わらないうちにニールの返事が返ってくる。
「どうせ買いに行けって言うんだろ?お断り。大体、この前まとめ買いしてたじゃないか。」
「ねえんだから仕方ねぇだろうが。」
「そうじゃなくて、吸いすぎだって言ってんの。」
「あーはいはい。」
毎度の説教にアリーは顔を顰めた。
何を言われたって煙草を減らすつもりも、増してや止めるつもりもないのだ。
いつものように聞き流そうとしていると、ニールがいつになく暗い顔をした。
「…ヘビースモーカーで、あんたみたいに『人間死ぬときゃ死ぬんだ』とか『吸わなくったって肺がんになる奴はいる』とか言ってた奴がさ、年取って案の定肺がんになって、おまけに治療も嫌がって最終的に脳にまで転移してさ、最後は病院のベッドで動くことも喋ることもできない状態で、あっさり死んじまったってさ。」
知り合いから聞いた話、と付け加えて、伏し目がちになる。
「…正直、俺はあんたのそんな姿、見たくねぇから。」
普段の説教口調とはまるで違うその言葉に、アリーはカシカシと頭をかいた。
チッと舌打ちをする。
「…ったく…しゃーねぇなあ…。ま、ガンになったら大人しく治療に専念してやるよ。」
ニールは呆れ顔で返した。
「あんたなあ…こんな時ぐらい『禁煙する』とか言えねぇのかよっ!!」
渾身のツッコミにも、アリーは「無理」と短く返すだけだ。
ニールがまた少し膨れた様子だと判断すると、アリーは当たらず触らずを決め込もうと自分で煙草を買いに出ることにした。
冬に移行しつつある気候に合わせ、薄手のコートを羽織る。
玄関を一歩出ると冷たい風が吹き抜けた。
寒さを感じたのとほぼ同時に、後ろでドアの音がして、左腕にするっと絡みつくものが。
それがニールだとすぐに分かったが、しかめっ面を向ける。
「…んだよ。」
「俺も買い物に出る。一緒に行こうぜ?」
「行くんならついでに…」
言いかけたところでニールの得意げな笑みに遮られた。
「今俺に任せると、煙草買ってこないで禁煙グッズ買い漁るからな。」
アリーは思いっきり嫌そうな顔を見せ、それでもニールを促すように絡んだ手をそのままに歩きだした。
またヒューっと風が通り抜ける。
「さみー。」
「俺がいるからあったかいだろ?」
「これで煙草がありゃあ、最高なんだけどな。」
「そんなもんじゃ寒さしのげないだろうに。」
「気分の問題なんだよ。」
ひと通りニールの用事を済ますと、アリーは元来た道を引き返し始めた。
あれ?とニールが戸惑う。
煙草の事を忘れているのだろうか、と。
折角だから黙っておくかとも思ったが、あとからまたぶつくさ言われるのも面倒だ。
「…もう帰るのか?」
「ああ、お前につきあって疲れたからな。」
「…煙草は?」
「一日ぐれぇ無くったって死なねえよ。」
そう言ったアリーの表情はなぜか勝気だ。
もしかして自分の為に禁煙するつもりになってくれたのかと、ニールは嬉しくなって寄り添った。
アリーはその腰に手をまわしてさらに密着させる。
「さみぃ。」
その呟きは単なる言い訳にすぎない。
その日のキスは、心なしか煙草の匂いが弱い気がした。
滅多に見せない優しさを、ニールは幸せに感じていた。
しかし、その幸せは「一日ぐらい」と言ったアリーの言葉通り、次の朝には消えてしまった。
「わざわざ早朝から煙草買いに行くなよな!?」
「うるせー、死にそうだったんだから仕方ねぇだろうが。」
ぷうっと膨れて見せるニールだが、内心、そんなやり取りが楽しいのも事実だ。
fin.