ショートショート

走馬燈




 一番古い記憶は、食いもんの奪い合いだ。

 孤児院らしき家は半分が瓦礫になっていた。
 戦場の直中に取り残された子供がよくもまあ生きてたもんだと自分でも思う。
 孤児院の大人たちが餓鬼どもを見捨てたとこからして、元々国からの補助金目当てだったんだろう。
 戦争が始まる前から食事が満足に与えられていたかも怪しいもんだ。

 そんな状況でも死ななかったのは、たまに来る兵士が食いもんを置いていったからだ。
 いや、撒いていったと言った方が正しい。
 とにかく俺はその撒かれた食いもんを他の奴等と奪い合った。

 弱い奴は死んでいく。
 赤ん坊の死体があった。
 うるさいからと誰かが殺したのかもしれない。
 兵士は死体を見つけるとそれをゴミのように外に放り出した。
 一度そういう事があると次からは皆それを真似るようになった。

 誰かが死んだら外に捨てる。
 時にはまだ死んでない奴を死体の山に転がした。
 助けて、とそいつの口が微かに動いたのを見た。
 それでも俺は何もしなかった。
 どうせもう物も食えないほど弱ってるんだ。
 何をしても意味がない。
 憐れんでいる暇があったら自分の食料を確保した方がいい。

 生き残った中で多分俺が最年少だったろう。
 なぜだか俺は強いやつに気に入られるのが得意だった。
 そして自分で言うのも何だが、小賢しい餓鬼だった。

 食いもんが撒かれるとまず一つ確保してどこかに隠し、もうひとつを持って他のヤツから逃げまどい、最終的に一番強いやつのところでわざと捕まって言われるままそれを差し出した。
 必要とあらば泣いて見せたりもした。
 プライドなんてのは元々持ち合わせちゃいなかったらしい。

 隠した食料で何とか食いつないでいると、時々その強いやつ…そのうちリーダーなんてのをやり出した奴だが、そいつがおこぼれをくれた。
 そいつは取り巻きの奴らも使って必要以上に食料を確保していたから俺達の中では随分な富豪だった。


 いつからか兵士は来なくなった。
 餓鬼に餌を与えることに飽きたのか、その兵士が死んだのかは知らない。
 とにかくそれからは自分たちで食料を調達する必要があった。

“リーダー”の命令で、俺達は近くの町の民家を襲うようになった。
 餓鬼と言っても暴徒と変わりない。
 食糧調達は容易かった。

 リーダーは見るからに体格が良かった。
 その頃には俺もそいつと同じくらいの背になっていたが体つきがまるで違った。
 太っている、と言ってもいいくらいのヤツを見て、世の中の偉そうにふんぞり返っている大人が太っている理由が分かった気がした。


 戦争は長く続いていた。
 俺達が食糧調達に襲う民家が減っていった。
 食糧調達がうまくいかなくなると、誰かが軍に入ろうと言い出した。
 軍人になれば食べ物は黙っていても分け与えられる。
 皆、賛成した。



 軍での配属が決まると皆散り散りになったが、俺はリーダーと同じ部署だった。
 奴には軍で出される食事が足りなかったようだ。
 いつものように俺に寄越せと言ってきた。
 俺はもう習慣になっていたし、特に抵抗なく分け与えていた。

 だがそれもすぐに必要がなくなった。
 奴はあっけなく戦死した。

 あまりのあっけなさとくだらなさに俺は笑った。

 俺は奴を強いと思い込んでいた。
 確かに俺が小さかった頃は体格差も年齢差もあり、どうあがいても俺の方が弱かったが、いつの間にかそいつはただのデブになっていた。
 それでもリーダーなんてのをやっていたのは取り巻きのおかげだろう。
 俺たちグループの中で、奴は確かに権力者だったのだ。






 人生何が功を奏するか予想がつかない。

 奴が死んだあと、こんなことならもっと早くに殺しておくんだった、と思ったこともあるが奴がいなかったらもしかすると皆生き残れなかったかもしれない。
 奴は意外と俺の人生において重要な役どころだった。

 人に媚び諂い、人を脅し蹂躙し、俺達は、いや、俺は生き延びた。




 たまに菓子が手に入ると、俺は町に居る浮浪児にそれをくれてやった。
 すると面白いくらい群がってきた。
 その餓鬼どもの目を見て思う。

 これが俺の昔の姿か。

 笑えた。
 世の中の大人は子供の事を、純真無垢だの、あどけないだの、天使だのと言うが、こいつらのどこが純真で無垢なんだか。

 俺は知っている。
 こいつらの中にドロドロとした感情が渦巻いている事を。
 てめぇが生きることで精一杯で、人の事を構っている余裕なんてない。
 どうすれば大人が憐れんでくれるか、どうすれば安全な場所を確保できるか、どうすれば死ななくて済むか。
 こいつらの中にはその答えがもう存在する。
 そしてその通りに生きている。それだけのことだ。




 色々なところで色々な仕事をした。
 その殆どが人を殺す仕事だったがそのことに不満はない。むしろ楽しいくらいだ。

 今度の仕事はまた面白そうだ。
 金を積んだ奴らは敵に一矢報いればいいと言っていたが、それじゃつまらない。

 お前らの国の名を、世界にとどろかせてやろうか?

 そう持ちかけると嬉々とした顔を見せやがった。
 所詮神に心酔した小国。
 神に救いを求めながら俺に金を積むことの矛盾にさえ目が向かなくなっている。
 もう滅ぶ国だ。

 なら、その散り際を演出してやんのも親切ってヤツじゃねーか?
 積まれた金はそのくらいの事をしてやってもいいくらいの額はある。
 
 趣味と実益を兼ねるってのはいい気分だ。
 存分に楽しませてもらうさ。




fin.
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