蟻ニル

特権



 朝の陽射しに、ニールは目を覚ました。
 うっすらと瞼を開けると目の前にはまだ眠っている恋人。

(今日は俺の勝ちだ。)

 別に早く起きたからと言って何かあるわけではない。
 寧ろ、先に起きた方が朝食の準備をするというルールになっているのだから遅く起きた方が得だとアリーは思っているだろう。

 それでもニールはこの時間が好きだった。

 自分の方を向いて眠っている恋人は、普段からは想像できないような無防備な顔をしている。
 端正な、穏やかな、平穏な寝顔。

(こうしていれば綺麗なのに…。)

 そう思いつつ眺める。

 普段のアリーときたら、大抵はしかめっ面で笑っても口の片側を歪めて歯を見せる程度。
 わざとなのか無意識なのか、表情は無粋でオヤジ臭い。
 ごく稀に、仕事上の目的があればキリッとした二枚目を演じることがあるが、それは作られたものだ。
 だから、この『無防備で綺麗な顔』はこういう時にしか見れない。

 どうしていつもこういう顔をしてくれないのだろう、と考えてから、彼の性格上それは無理か、と即結論に至る。
 誰にも彼にも愛想を振りまくような人間ではない。

(今しか見れない…って事は…俺しか知らないのかな、この顔は…。)

 そう思うと自分がすごく希少な特権を持っているような気がした。

 誰にも見せない。
 自分にしか見せない顔。

(俺って…幸せ者かも…。)

 ニールは自然と緩んでしまった顔を何とかしようと、頬を手で押さえて視線を下げた。

「なーにニヤけてやがんだ?気持ちわりぃ。」

 視線を戻すと、目を覚ましたアリーが顔を顰めている。

 勿体無い。
 折角の綺麗な顔が…。

「煩いな。ちょっと考え事してただけだ。いいだろ別に。」

 お気に入りの時間がぷっつりと切れてしまったことで、不機嫌にそう返した。

「何だァ?」

 返事が気に入らなかったのか、アリーはさらに表情を歪める。
 鼻の上、目と目の間に出来た深いしわを、ニールはじっと見た。

「…勿体無い…。」
「はァ?」

 人差し指を出して、そのしわをぐっと押した。

「勿体無いって言ったんだ。」

 ぐりぐりと押すと、アリーが煩そうに顔を背けた。

「何しやがんだよっ!」
「そんなしわ作ったら、綺麗な顔が台無しだろ!?」

 体を起こして避けるアリーを追ってニールも起き上がり、更に押す。

「てめ、いい加減にしやがれ!」

 グイッとニールを突き離し、アリーは立ち上がった。
 ムッとしたままベッドから離れ、背中を向けると部屋の隅にある棚から何やら持ってくる。

 無言で差し出された物は鏡だった。
 何がしたいのか理解できず、受け取ったニールはキョトンとする。
 顔に何かついているのだろうかと鏡を見てみるが、特に変わった所は見当たらなかった。

「…何…?」
「そういうのを綺麗ってんだ。覚えとけ。」

 何を言われたのか分からなかった。
 ふいっと相手を見れば鏡を指差している。
 もう一度鏡を見るとそこには当然自分の顔。

 あ…。

 一気にニールの顔が赤く染まった。
 綺麗だなんて言われたのは初めてだ。

「…ちょ…反則…。」
「腹減った。飯の準備しろよ。」

 いつもと変わらぬ表情と態度で部屋を出て行くアリー。

「あ、待てって。」

 さっきの残念な気分はすっかり無くなって、ニールは二人で朝食を摂る為に慌てて追いかけた。




fin.
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