蟻ニル
贖罪
「ったく…、何だよこりゃあ…。」
運転席で心底辟易した様子でハンドルに凭れかかるアリー。
車の前を大勢の歩行者が横切って行く。
「動けねーじゃねーか。…ったく、よりによって俺が運転してる時に…。」
助手席でロックオンが楽しげに笑った。
「日頃の行いの所為じゃねぇの?」
「うるせー。」
暫くしてやっと人の列が途切れると、アリーはゆっくりと車を発進させた。
まだ人の多い通りを注意しながら前進する。
この人ゴミはいったい何だ、と原因を探るようにキョロキョロと見ていると、アリーが案内板を見つけた。
「ああ、チャリティーバザーだってよ。そこの教会で。」
ふん、と小馬鹿にしてそう呟く。
「へー。」
ロックオンも笑みを消し、無表情で答えた。
いつからかロックオンは教会の近くを通りかかると視線を逸らすようになった。
アリーはそれに気付いている。
ニッと笑うとアリーはロックオンの視線をかすめるように腕を動かし、指をさした。
「ホラ、見てみろよ。」
ロックオンは反射的にその指の先に視線を移す。
そこには子連れの夫婦がいた。
三人の子供もその夫婦も幸せそうに笑っている。
どこかが痛むかのようにロックオンは眉をひそめ、また視線を落とす。
その様子をアリーは楽しげに眺めた。
ロックオンの両親は敬虔なクリスチャンだった。
食事の前のお祈りは当然の習慣だったし、何事にも温和に対処する平和的な性格だった。
それを思い出す度、ロックオンは罪の意識に苛まれる。
両親の教えに背き戦いに身を染めたこと、そしてそうまでして果たしたかったはずの事は出来ぬままで…。
そして何より…。
家族の仇である男と通じてしまったことは、到底許されることではない。
愛撫を施しても反応の薄い相手に少々イラつき、アリーはロックオンの白い首筋に歯を立てた。
「…っ!」
声にならない声を出し、ロックオンは眉根を寄せた。
「何考えてんだよ。」
ゆっくりと目を開くと、宙をぼうっと見る。
「…もし神様がいるなら…。」
「んあ?」
「もし、神様ってのがいるんなら…、早く罰を下してくれればいい…。」
アリーは片方の口角を引き上げて言う。
「そんなもん、いねーよ。残念ながらな。」
「そう…か…。」
「その証拠に、俺は罰なんてもんを受けてねーだろーが。」
「…そう…だな…。」
ロックオンは目を閉じた。
そして、罪そのもののような男の愛撫に身を委ねる。
そうしている時間だけが、彼の心をこの世に繋ぎとめているようだった。
煙草に火をつけながら、アリーは思い出したように「ああ。」と声を出した。
ロックオンはふいっと視線をやり、目で問う。
ニヤッと笑って続けた。
「一人だけいるな。俺を罰することができる奴が。」
「…?」
「お前だ。」
ロックオンは悲しげに笑った。
それができていればこんなに思い悩むことはない。
視線を落としまた目を閉じようとしたところで、今度はロックオンが「ああ。」と声を出した。
「俺にもいるよ。俺を罰することができる奴が、一人。」
「へ~? 誰だ?」
大して興味無さ気に訊く。
ロックオンは遠くを見るような眼をして答えた。
「ライル。双子の弟だ。」
ふふん、と笑って煙を吐き出した。
「一緒だな。」
「…ん。」
二人の罪人が静かに笑う。
一人は罪の意識など微塵もなく。
もう一人は罪に押し潰されそうになりながら。
fin.
「ったく…、何だよこりゃあ…。」
運転席で心底辟易した様子でハンドルに凭れかかるアリー。
車の前を大勢の歩行者が横切って行く。
「動けねーじゃねーか。…ったく、よりによって俺が運転してる時に…。」
助手席でロックオンが楽しげに笑った。
「日頃の行いの所為じゃねぇの?」
「うるせー。」
暫くしてやっと人の列が途切れると、アリーはゆっくりと車を発進させた。
まだ人の多い通りを注意しながら前進する。
この人ゴミはいったい何だ、と原因を探るようにキョロキョロと見ていると、アリーが案内板を見つけた。
「ああ、チャリティーバザーだってよ。そこの教会で。」
ふん、と小馬鹿にしてそう呟く。
「へー。」
ロックオンも笑みを消し、無表情で答えた。
いつからかロックオンは教会の近くを通りかかると視線を逸らすようになった。
アリーはそれに気付いている。
ニッと笑うとアリーはロックオンの視線をかすめるように腕を動かし、指をさした。
「ホラ、見てみろよ。」
ロックオンは反射的にその指の先に視線を移す。
そこには子連れの夫婦がいた。
三人の子供もその夫婦も幸せそうに笑っている。
どこかが痛むかのようにロックオンは眉をひそめ、また視線を落とす。
その様子をアリーは楽しげに眺めた。
ロックオンの両親は敬虔なクリスチャンだった。
食事の前のお祈りは当然の習慣だったし、何事にも温和に対処する平和的な性格だった。
それを思い出す度、ロックオンは罪の意識に苛まれる。
両親の教えに背き戦いに身を染めたこと、そしてそうまでして果たしたかったはずの事は出来ぬままで…。
そして何より…。
家族の仇である男と通じてしまったことは、到底許されることではない。
愛撫を施しても反応の薄い相手に少々イラつき、アリーはロックオンの白い首筋に歯を立てた。
「…っ!」
声にならない声を出し、ロックオンは眉根を寄せた。
「何考えてんだよ。」
ゆっくりと目を開くと、宙をぼうっと見る。
「…もし神様がいるなら…。」
「んあ?」
「もし、神様ってのがいるんなら…、早く罰を下してくれればいい…。」
アリーは片方の口角を引き上げて言う。
「そんなもん、いねーよ。残念ながらな。」
「そう…か…。」
「その証拠に、俺は罰なんてもんを受けてねーだろーが。」
「…そう…だな…。」
ロックオンは目を閉じた。
そして、罪そのもののような男の愛撫に身を委ねる。
そうしている時間だけが、彼の心をこの世に繋ぎとめているようだった。
煙草に火をつけながら、アリーは思い出したように「ああ。」と声を出した。
ロックオンはふいっと視線をやり、目で問う。
ニヤッと笑って続けた。
「一人だけいるな。俺を罰することができる奴が。」
「…?」
「お前だ。」
ロックオンは悲しげに笑った。
それができていればこんなに思い悩むことはない。
視線を落としまた目を閉じようとしたところで、今度はロックオンが「ああ。」と声を出した。
「俺にもいるよ。俺を罰することができる奴が、一人。」
「へ~? 誰だ?」
大して興味無さ気に訊く。
ロックオンは遠くを見るような眼をして答えた。
「ライル。双子の弟だ。」
ふふん、と笑って煙を吐き出した。
「一緒だな。」
「…ん。」
二人の罪人が静かに笑う。
一人は罪の意識など微塵もなく。
もう一人は罪に押し潰されそうになりながら。
fin.