蟻ニル
相似
「認めません。」
二ールが社員食堂で昼食を取っていると、部下のティエリアが間近に立って言った。
「…え…?…っと…?」
返答に困っていると、ティエリアがニールの横に座っている男を指差してまた口を開く。
「その男が貴方の相手だという事を、です。絶対に認めませんからね。」
「その通りだ。ソイツだけは認められない。」
ティエリアのすぐ傍らに来た刹那も同意した。
困り顔でポリポリと頬を掻くニール。
つい先刻、二ールは隣に座る男─アリーとキスをしていたところをティエリアに見られてしまったのである。
人通りが少ないとはいえ、社内でそんな事をしたのは失敗だったとニールは小さく溜め息を吐く。
「お前ら小姑かよ…。」
ボソッとアリーが要らぬ一言を呟くと、ティエリアはぎろっとそちらを睨んだ。
「どうやって彼をたぶらかしたんです? 貴方の様な悪名高い男が。」
ティエリアの言葉に、アリーは不敵な笑みを返す。
ティエリアの疑問は尤もと言えば尤もである。
アリーは営業課の敏腕社員なのだが、契約を取り付けるそのやり方はかなり強引で良くない噂も付きまとっている。
法律すれすれの脅迫まがいのことをやっていると以前、彼の部下だった刹那も言っていた。
刹那はそれが納得できずに騒ぎを起こしかけ、転属になったのである。
悪行を非難されると、アリーは必ずこう返す。
お前らの企画じゃ客は寄ってこねーんだよ。それを俺が契約取り付けてきてやってんだ。感謝してもらいたいね。それを非難するなら、黙ってても客が来るモノを考えてみろってんだ。そうすればお前達の言う、素行のいい営業社員ってのをやってやる。自分らの無能を棚に上げてんじゃねーよ。
大抵の者はそれ以上何も言えない。
「お前は彼にふさわしくない。」
普段けして仲が良いわけではないティエリアと共に、刹那はアリーを睨みつける。
その視線にも横目で笑って返し、昼食を食べ終えるとアリーは立ちあがった。
「へいへい。コイツに手を出さなきゃいいんだな?」
依然不敵な笑みのまま、アリーはそう言った。
「そうだ。」
ティエリアと刹那が同時に答える。
するとアリーはトレーを持ったまま、ティエリアに歩み寄った。
「んじゃ、お前にでも手を出そうか?」
顔を近付けてそう言ったかと思うと、スパーンと軽快な音がしてアリーが前につんのめった。
「…ってぇー…。何しやがんだよ!」
アリーが振り向くとそこには鬼の形相の二ールが立っていた。
「何じゃねーだろ? あっさり手を引くのかよっ。その上ティエリアに手を出すつもりか?」
面倒臭そうにアリーは答える。
「お前な。引かなきゃそれはそれでもめるだろうが。」
「ちょっとくらい渋って見せたっていいだろ!?」
「…んだよ、めんどくせー。」
心底面倒だという表情を見せるアリーにふくれっ面を見せ、ニールは一層大きな声を出した。
「…んあ~、もう!あんたなんか嫌いだ!!」
間近で怒鳴ると、昼食の食器のことも忘れて食堂から出て行った。
「…ったく…」
アリーはぼやくとニールが置いていったトレーを持ち、皆に背を向ける。
ふいっと顔だけティエリア達の方を見て睨んだ。
「てめーらの所為だからな。アイツが拗ねるとどんだけめんどくせーか知らねーのかよ。」
つかつかと去っていくアリーの背中を見ながら、刹那がぼそりと呟いた。
「…課長が…拗ねた…。」
「…そのようだな。」
ティエリアも同じように呟く。
知らないのかと聞かれても、二人とも彼が拗ねるところなど見たことがなかった。
クスリと漏れる笑い声を耳にして、ティエリアはその主に話しかけた。
「ライル・ディランディ。君は知っていたか?」
ライルは肩を竦める。
「兄さんが拗ねるとこなんて見たことないぜ? うちでも俺と妹のいい兄貴だし、両親も兄さんを頼ってるとこあるし。」
一かけ肉を口に入れると、もぐもぐと食べながら続けた。
「…ンれに、恋人がいたってのも今知った。ふふっ…。」
「何がおかしい。ライル・ディランディ。」
不機嫌なティエリアにライルは楽しそうに返す。
「拗ねるって事は、あの人が唯一甘えられる相手ってこったろ?」
次の日、アリーが仕事の合間に社内の自販機コーナーに立ち寄ると、先客がいた。
彼は振り返ると少し困ったような笑顔を見せ、アリーが声をかける前に口を開いた。
「…あ…、兄さんなら得意先に顔出しに行ってていないぜ?」
アリーは返事をする前に一度舐めるように相手を見て、肩を竦める。
「んじゃ仕方ねーな。お前で我慢しとくさ。」
「あはは、我慢ってなんだよ。」
ライルらしい受け答えにつられてアリーも笑顔を見せた。
自販機でコーヒーを買い、ライルに程近いところで壁にもたれて話を振った。
「ところでよ。お前らホント似てんな。一卵性か?」
「んー…多分な。詳しく調べたことねーから分からないけどさ、違う特徴が見当たらねーし、一卵性じゃねーの?」
「そうだな、先天的に違うとこってのはねーみてーだな。」
「だろ? 母さんでさえ間違うからな~。」
二ールとは違うライルの困り顔にアリーは笑って返す。
「へー。そりゃすげーな。…んでも、後天的に付いたもんは違ってるよな。クセとか、傷とか。」
「そだな。みんなその辺りで見分けてんじゃねーかな。」
「入れ替わったら楽しそうだな。」
「あはは。昔はよくやったぜ? 兄さんはあんま乗ってくんなかったけど、俺はよく妹とか母さんとかを騙してたな。」
またライルらしい笑顔に、アリーはニヤッと笑って言った。
「俺はそれでも見分けがつくぜ?」
目をぱちくりさせるライル。それもライルらしいと言える表情だ。
「ほんとかぁ? 怪しいな。」
「ホントウさ。お前が…」
そう言っていきなり相手の左手首を掴むとグイッと引き寄せ、無理やり唇を合わせる。
「…っ!? ちょっ…」
避けようとしたがアリーはしっかりと抱き寄せてしまっていて、もがいても離れられない。
それでもなんとか離れようと抵抗を続けていると、アリーは唇を離した。
「何をっ…」
「バーカ。俺にお前が分からねーとでも思ったか、ニール。」
ばれていた事を知り、ニールはカッと頬を染めた。と同時に抵抗は意味がないと知り、力を抜く。
相手の腕の中で上目使いに恨めしそうな顔をした。
「…バレバレだったか?」
「ああ。」
「いつから分かったんだ? どこで?」
「秘密だ。見分け方教えると、今度完璧に成りすますかもしんねーからな。」
それでも見分ける自信はあるがそれは口に出さず、鼻先で頬を突く。
するとそこに声がかかった。
「お熱いねぇ、お二人さん。」
からかうように言ってライルがすぐ傍を通りすぎ、自販機の前に立った。
またニールの顔は赤く染まり、慌てて体を離す。
「ラ…ライル…。」
その様子をライルはくすくすと笑って自販機のボタンを押している。
ガタン、と缶コーヒーが落ちる音と共に身をかがめるとその時目に入ったニールの足に気が付いた。
「…ちょ…兄さん。それ、俺の靴じゃねーか?…って、そのスーツも。…サイズが同じだからって勝手に人のもの使うかよ…。」
「…わり…。」
返事に困ったニールの代わりにアリーが答える。
「お前の振りしてたんだ。コイツ。」
意外な話に瞬きをする。
そして、ああ、と納得した。
「ふふ。んで、それを見破ったってわけか。流石だな。愛しい人を見る目は違うねぇ。」
あっさりとそんな事を言ってしまうライルに、ニールはまた赤面する。
「…~っそういう事をさらっと言うな!」
「いいだろ?別に。良かったじゃないの。見破られて。」
二人のやり取りに、アリーもニカッと笑って「だよな。」と口を出した。
「仕方がないから認めよう。」
「は?」
「課長とその男の関係のことだ。」
食堂でまたニールはティエリアと刹那に詰め寄られていた。
どうやらライルから話を聞いたらしい。
「素行の悪さは納得がいかないが、貴方を想う気持ちは本物のようだ。ここは百歩譲って認める事にする。」
ティエリアの言いように、アリーは横を向いてボソッと呟く。
「お前らはコイツの親か。」
ギロッとティエリアと刹那の視線がアリーに向けられる。
数秒の後、刹那が口を開いた。
「課長。この男のどこが良かったんだ。」
「ああ、そこは解せないな。なぜこの男なのか。」
ティエリアも同調する。
二ールが困って言い淀んでいると、アリーがまたボソッと言った。
「…体の相性が良かったんじゃねーのか?」
「っな!!」
あまりな返答にティエリア達は驚愕の表情で固まり、ニールは顔を真っ赤にした。
「何言い出すんだよ!!あんたは!!」
「嘘は言ってねーぜ?」
赤い顔で怒るニールとしれっとした顔のアリー。
近くにいたライルはその情景を笑って見ていた。
fin.
「認めません。」
二ールが社員食堂で昼食を取っていると、部下のティエリアが間近に立って言った。
「…え…?…っと…?」
返答に困っていると、ティエリアがニールの横に座っている男を指差してまた口を開く。
「その男が貴方の相手だという事を、です。絶対に認めませんからね。」
「その通りだ。ソイツだけは認められない。」
ティエリアのすぐ傍らに来た刹那も同意した。
困り顔でポリポリと頬を掻くニール。
つい先刻、二ールは隣に座る男─アリーとキスをしていたところをティエリアに見られてしまったのである。
人通りが少ないとはいえ、社内でそんな事をしたのは失敗だったとニールは小さく溜め息を吐く。
「お前ら小姑かよ…。」
ボソッとアリーが要らぬ一言を呟くと、ティエリアはぎろっとそちらを睨んだ。
「どうやって彼をたぶらかしたんです? 貴方の様な悪名高い男が。」
ティエリアの言葉に、アリーは不敵な笑みを返す。
ティエリアの疑問は尤もと言えば尤もである。
アリーは営業課の敏腕社員なのだが、契約を取り付けるそのやり方はかなり強引で良くない噂も付きまとっている。
法律すれすれの脅迫まがいのことをやっていると以前、彼の部下だった刹那も言っていた。
刹那はそれが納得できずに騒ぎを起こしかけ、転属になったのである。
悪行を非難されると、アリーは必ずこう返す。
お前らの企画じゃ客は寄ってこねーんだよ。それを俺が契約取り付けてきてやってんだ。感謝してもらいたいね。それを非難するなら、黙ってても客が来るモノを考えてみろってんだ。そうすればお前達の言う、素行のいい営業社員ってのをやってやる。自分らの無能を棚に上げてんじゃねーよ。
大抵の者はそれ以上何も言えない。
「お前は彼にふさわしくない。」
普段けして仲が良いわけではないティエリアと共に、刹那はアリーを睨みつける。
その視線にも横目で笑って返し、昼食を食べ終えるとアリーは立ちあがった。
「へいへい。コイツに手を出さなきゃいいんだな?」
依然不敵な笑みのまま、アリーはそう言った。
「そうだ。」
ティエリアと刹那が同時に答える。
するとアリーはトレーを持ったまま、ティエリアに歩み寄った。
「んじゃ、お前にでも手を出そうか?」
顔を近付けてそう言ったかと思うと、スパーンと軽快な音がしてアリーが前につんのめった。
「…ってぇー…。何しやがんだよ!」
アリーが振り向くとそこには鬼の形相の二ールが立っていた。
「何じゃねーだろ? あっさり手を引くのかよっ。その上ティエリアに手を出すつもりか?」
面倒臭そうにアリーは答える。
「お前な。引かなきゃそれはそれでもめるだろうが。」
「ちょっとくらい渋って見せたっていいだろ!?」
「…んだよ、めんどくせー。」
心底面倒だという表情を見せるアリーにふくれっ面を見せ、ニールは一層大きな声を出した。
「…んあ~、もう!あんたなんか嫌いだ!!」
間近で怒鳴ると、昼食の食器のことも忘れて食堂から出て行った。
「…ったく…」
アリーはぼやくとニールが置いていったトレーを持ち、皆に背を向ける。
ふいっと顔だけティエリア達の方を見て睨んだ。
「てめーらの所為だからな。アイツが拗ねるとどんだけめんどくせーか知らねーのかよ。」
つかつかと去っていくアリーの背中を見ながら、刹那がぼそりと呟いた。
「…課長が…拗ねた…。」
「…そのようだな。」
ティエリアも同じように呟く。
知らないのかと聞かれても、二人とも彼が拗ねるところなど見たことがなかった。
クスリと漏れる笑い声を耳にして、ティエリアはその主に話しかけた。
「ライル・ディランディ。君は知っていたか?」
ライルは肩を竦める。
「兄さんが拗ねるとこなんて見たことないぜ? うちでも俺と妹のいい兄貴だし、両親も兄さんを頼ってるとこあるし。」
一かけ肉を口に入れると、もぐもぐと食べながら続けた。
「…ンれに、恋人がいたってのも今知った。ふふっ…。」
「何がおかしい。ライル・ディランディ。」
不機嫌なティエリアにライルは楽しそうに返す。
「拗ねるって事は、あの人が唯一甘えられる相手ってこったろ?」
次の日、アリーが仕事の合間に社内の自販機コーナーに立ち寄ると、先客がいた。
彼は振り返ると少し困ったような笑顔を見せ、アリーが声をかける前に口を開いた。
「…あ…、兄さんなら得意先に顔出しに行ってていないぜ?」
アリーは返事をする前に一度舐めるように相手を見て、肩を竦める。
「んじゃ仕方ねーな。お前で我慢しとくさ。」
「あはは、我慢ってなんだよ。」
ライルらしい受け答えにつられてアリーも笑顔を見せた。
自販機でコーヒーを買い、ライルに程近いところで壁にもたれて話を振った。
「ところでよ。お前らホント似てんな。一卵性か?」
「んー…多分な。詳しく調べたことねーから分からないけどさ、違う特徴が見当たらねーし、一卵性じゃねーの?」
「そうだな、先天的に違うとこってのはねーみてーだな。」
「だろ? 母さんでさえ間違うからな~。」
二ールとは違うライルの困り顔にアリーは笑って返す。
「へー。そりゃすげーな。…んでも、後天的に付いたもんは違ってるよな。クセとか、傷とか。」
「そだな。みんなその辺りで見分けてんじゃねーかな。」
「入れ替わったら楽しそうだな。」
「あはは。昔はよくやったぜ? 兄さんはあんま乗ってくんなかったけど、俺はよく妹とか母さんとかを騙してたな。」
またライルらしい笑顔に、アリーはニヤッと笑って言った。
「俺はそれでも見分けがつくぜ?」
目をぱちくりさせるライル。それもライルらしいと言える表情だ。
「ほんとかぁ? 怪しいな。」
「ホントウさ。お前が…」
そう言っていきなり相手の左手首を掴むとグイッと引き寄せ、無理やり唇を合わせる。
「…っ!? ちょっ…」
避けようとしたがアリーはしっかりと抱き寄せてしまっていて、もがいても離れられない。
それでもなんとか離れようと抵抗を続けていると、アリーは唇を離した。
「何をっ…」
「バーカ。俺にお前が分からねーとでも思ったか、ニール。」
ばれていた事を知り、ニールはカッと頬を染めた。と同時に抵抗は意味がないと知り、力を抜く。
相手の腕の中で上目使いに恨めしそうな顔をした。
「…バレバレだったか?」
「ああ。」
「いつから分かったんだ? どこで?」
「秘密だ。見分け方教えると、今度完璧に成りすますかもしんねーからな。」
それでも見分ける自信はあるがそれは口に出さず、鼻先で頬を突く。
するとそこに声がかかった。
「お熱いねぇ、お二人さん。」
からかうように言ってライルがすぐ傍を通りすぎ、自販機の前に立った。
またニールの顔は赤く染まり、慌てて体を離す。
「ラ…ライル…。」
その様子をライルはくすくすと笑って自販機のボタンを押している。
ガタン、と缶コーヒーが落ちる音と共に身をかがめるとその時目に入ったニールの足に気が付いた。
「…ちょ…兄さん。それ、俺の靴じゃねーか?…って、そのスーツも。…サイズが同じだからって勝手に人のもの使うかよ…。」
「…わり…。」
返事に困ったニールの代わりにアリーが答える。
「お前の振りしてたんだ。コイツ。」
意外な話に瞬きをする。
そして、ああ、と納得した。
「ふふ。んで、それを見破ったってわけか。流石だな。愛しい人を見る目は違うねぇ。」
あっさりとそんな事を言ってしまうライルに、ニールはまた赤面する。
「…~っそういう事をさらっと言うな!」
「いいだろ?別に。良かったじゃないの。見破られて。」
二人のやり取りに、アリーもニカッと笑って「だよな。」と口を出した。
「仕方がないから認めよう。」
「は?」
「課長とその男の関係のことだ。」
食堂でまたニールはティエリアと刹那に詰め寄られていた。
どうやらライルから話を聞いたらしい。
「素行の悪さは納得がいかないが、貴方を想う気持ちは本物のようだ。ここは百歩譲って認める事にする。」
ティエリアの言いように、アリーは横を向いてボソッと呟く。
「お前らはコイツの親か。」
ギロッとティエリアと刹那の視線がアリーに向けられる。
数秒の後、刹那が口を開いた。
「課長。この男のどこが良かったんだ。」
「ああ、そこは解せないな。なぜこの男なのか。」
ティエリアも同調する。
二ールが困って言い淀んでいると、アリーがまたボソッと言った。
「…体の相性が良かったんじゃねーのか?」
「っな!!」
あまりな返答にティエリア達は驚愕の表情で固まり、ニールは顔を真っ赤にした。
「何言い出すんだよ!!あんたは!!」
「嘘は言ってねーぜ?」
赤い顔で怒るニールとしれっとした顔のアリー。
近くにいたライルはその情景を笑って見ていた。
fin.