蟻ニル

悪夢



 ふと目を開けると、まだ辺りは闇に包まれていた。
 何かの物音で目を覚ましたらしい。
 ロックオンは気になって身を起こした。
 耳を澄ますと足音と水の音。

 ああ、何だ。喉が渇いて水飲みにでも起き出したのか。

 そう思って立ち上がった。
 自分も目を覚ましてしまったことだし、少し水分を摂っておこう、と。



 キッチンに行くと、アリーがシンクのふちに手をつき項垂れている。
 いつもと違う様子に少し躊躇い、ロックオンはそっと声を掛けた。

「…アリー?…どうかしたのか?」

 呼んでもチラッと視線を向けるだけで返事はない。
 なんとなく気まずくて言葉を探す。
 アリーの手にあるコップを見て、ロックオンは食器棚を開けた。

「…俺も喉渇いちゃってさ。」

 コップを出し冷蔵庫から水を出す間も、アリーは口を開かなかった。
 ますます居心地悪く、場を取り繕おうとワザと明るい声を出す。

「珍しいな。アンタがこんな時間に目を覚ますなんて、さ。」

 そう言って視線をコップに移し口を付けた時、ぐいっと二の腕を引かれた。

「うわっ!…ちょっ…」

 コップを落としそうになり、文句を言おうとした口を塞がれる。

「…んっ…ちょ…アリー…」
「黙ってろ。」

 唇が触れたままそう言って、アリーはロックオンの腰を引き寄せた。
 唇を割って侵入する舌にピクリと身体を強張らせる。
 アリーの肩のあたりをくしゃと掴んだ。

「…んっ…」

 声を出すと、それを咎めるように荒く舌を吸われる。

「…んっ…ふっ…」

 長いキスに息苦しさを感じ、離れようとするが許されない。
 次第に体の力が抜け、コップを持つ手が怪しくなってきた。

「っハァ…」

 やっと唇が解放されたかと思えばアリーの唇と舌はロックオンの首筋を這い、体を上気させてゆく。

「…ア、リー…」
「黙れ。」

 されるままに身を任せてしまいたくなるものの理性がそれを止める。
 グイッとアリーの体を押した。

「…やめろって。何時だと思ってんだよ。」
「夢見がわりぃ。付き合え。」
「やだね。俺今日も仕事あんだからな。」

 あと2時間ほどで夜が明ける。
 これから付き合わされたんじゃたまったもんじゃない。

 ロックオンは紅潮した顔のまま、アリーを押しのけた。
 上目使いで睨みつけ、体を離す。

「休んじまえばいいじゃねーか。」
「んないい加減なこと出来るかよ。」

 尚も腕を引こうとするアリーの手を避け、小走りに部屋に戻った。
 パタンとドアを閉め、ふと気付く。

 部屋に逃げてもアイツが来たら同じじゃないか。
 このドアには鍵も無いし。

 しばしドアを見つめ、腕組みをして考えていると案の定ドアが開いた。

「お出迎えどうも。」

 ニッと口の端を上げ、斜に構えて見下ろしてくるアリーにロックオンは溜め息をつく。

「迎えてねーって。」
「そうか?」

 すっと滑るように近付き、アリーはまたロックオンを抱き寄せた。

「だから…、俺は寝たいの!」
「どうだか。まだ顔が赤いぜ?」
「っ…それは…」

 再び唇は塞がれ、しっかりと抱きすくめられている。

「んっ…だか…ら…」

 抗おうともがいても先刻と違いその腕は緩みそうにない。
 あっさりとベッドに押し倒された。

「はっ…んっ…や、やめろって…」
「嬉しいくせに。ウソつきだな。お前。」

 肌の上を這う手も唇も舌も、ロックオンの理性を奪っていく。

「ダ、メ…だって…。」

 もう何の効力もない言葉を繰り返しながら、快楽の海へと溺れていった。












 空が白け始め、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
 ロックオンは眉をひそめて体を横に向けた。
 目の前には眠りに落ちようとしているアリーの顔。

「アンタな。俺の睡眠時間奪っておいて、自分はゆっくり寝るつもりかよ。」
「ん~? お前も寝りゃーいいだろ?」
「今から寝たら確実に遅刻だろ!?」
「…だから…休めって。」
「んなわけにいくか!」
「…ったく…律儀だな、お前は。」
「仕事すんのはふつーなの! 律儀じゃないの!」
「…ったく…。」

 呆れたように呟くと、アリーは肘を立てて自分の頭を支えた。
 一応付き合って起きていてくれるらしい様子にロックオンはクスリと笑みを漏らす。

「…で…夢見が悪かったって…どんな夢見たんだ?」

 こんな事態になった以上、原因は聞いておきたい。

「ん?…ああ。」

 アリーは目を逸らし、とぼけたような顔で答えた。

「…キングギドラが出てきてだな、俺の車を踏みつぶして行きやがった。」

 目が点になるロックオン。

「はあ!?」
「だから、キングギドラが…」
「あ、あ、あ、あんたなあっ!!」

 真赤になって怒るロックオンを横目で見つつ、アリーはしれっとしていた。




───お前が居なくなる夢だなんて、死んでも言わねーぞ。





fin.
3/24ページ
スキ