蟻ニル

呼ぶ



「ロックオン。」

 隣の部屋から呼ばれ顔をのぞかせると、アリーが今度は指で呼ぶ。

 くいくいっと人差し指が呼ぶのを見てロックオンは近づいた。

「何だよ。」

「新聞。」

 取ってくれ、と手を差し出すアリー。

「はあ!?」

「ほら、そこにあんだろ。よこせ。」

「あんたな。俺隣の部屋にいたんだぞ。確実にあんたの方が近かったよな。」

 ムッと睨んでもアリーはどこ吹く風。

「今はお前の方が近い。早く取れ。」

 ここで取らずに離れて「ほら、あんたの方が近くなったぜ。」と子供のような抵抗を何度かしてみたことはある。

 しかし、それは無駄なことだと学習した。

 なにせアリーは、一度ロックオンを呼びつけてやらせようとしたことは断固として自分ではやらないのだから。

 今だって、例え何か別の用で立ち上がったとしても新聞は素通りだろう。

 納得のいかないまま、ロックオンは新聞を拾い上げた。

「…ほい。」

「サンキュ。」




「ニール。」





 ロックオンは眉根を寄せた。

「ニール。」

 耳元で囁かれる声にぞくりとする。

 ベッドの中ではいつも、アリーは彼の事を「ニール」と呼ぶ。

 その名を呼ぶことによってロックオンの中に去来するものを知っていてわざとだ。

 愛撫の中、ロックオンの意識は必死で過去を忘れようとその声に抵抗するが、無駄なあがきだった。

 過去の記憶と現状と。
 その二つは否応なくロックオンの心をかき乱す。

 罪の意識に苛[サイナ]まれ、耐えられなくて官能に溺れてしまいたいのに囁く声が邪魔をする。

「…や…めろ…。」

「何を?」

 分かっているくせに聞き返し、ククッと笑い声を立てる。

「…呼ぶ…な。」

「なんでだ? ニール。」

 目頭が熱くなる。

「やめ……ッ!」

 罪悪感を煽るように上気を誘い、高ぶらせていく。

 苦しみから逃れたくて、ロックオンは助けを求めるようにしがみつく。

「アリーっ! 頼むからっ!…」









 優しく噛むようなキスにロックオンは目を開けた。

「バカ…。」

 恨めしげに見上げても相手は変わらず不敵な笑みを落とす。

「…バカ、サディスト、冷血漢。」

「何怒ってんだ? ロックオン。」

 呼ばれてムッとする。

「……もういい。」

「拗ねんなよ。」

 そう言いつつもアリーは楽しそうで。



 この男の声にどうしてこうも振り回されなくちゃいけないんだ。



 そう思っても、その声で呼ばれれば応えずにはいられないのだとロックオン自身もう知っている。




fin.
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