蟻ニル
『質問』と『応え』
酒場で出会った男は、ゲイリー・ビアッジと名乗った。
たまたま一つ席を開けた隣に座ったというだけだったが、ポツポツと他愛ない言葉を交わした後、その男は「気に入った」と言ってロックオンのすぐ隣に座りなおした。
「で、名前は?」
行きずりの相手に名乗るのを躊躇っていると、男が先に名前を言った。
「こっちが教えたんだから、聞かせてくれてもいいんじゃないか? おあいこだろ?」
気のいい奴に見え、ロックオンはつい答えてしまった。
「ニール・ディランディ。」
ロックオン、なんて名前を出せるはずもなく、とっさに出たのは本名だった。
まあ、彼の名前は特に何かに引っかかる訳じゃない。そこからソレスタルビーイングの事がバレる事はありえないのだから、問題はないのだ。
「ニール、ね。OK、覚えたぜ。」
「あんたの事は、ゲイリーでいいか?」
「ああ。」
ゲイリーは色々な質問をし、ロックオンも同じ質問を返した。
仕事は?という問いには、ゲイリーは便利屋だと答え、ロックオンはコンピューター会社の平社員だと答えた。
特に詮索されている感じはなかったし、話の内容はホントにどこにでもあるもので。
ロックオンは普通に会話を楽しんでいた。
「少し飲み過ぎたかな。」
ゲイリーがそう言って店を出るとき、ロックオンは他意なくついて出た。
人気のない夜更けの道を二人は話しながら歩く。
そのかなり前方に何かが動くのがちらっと見えたかと思うと、突然ゲイリーが動いた。
パンッ!!
銃を出し、その何かを撃ったのだ。
ギャッというような猫の声がして、それはすぐに逃げて行った。
「ちっ、外したか。」
冷めた笑顔でそう言うゲイリー。
「お、おいっ! 何すんだよっ、あんたっ!!」
ロックオンが慌てて相手の手を押えると、ゲイリーは肩をすくめた。
「猫を狙ったのが気にくわねーんなら…」
パン、パン、パン。
3発の銃弾は、猫がいた場所のほど近くにあった空き缶に向けて放たれた。
それは全てかすりもせず。
「…ちぇっ、ハズレ。」
何の感慨もなさげに呟き、ゲイリーはロックオンに銃を差し出した。
「撃ってみろよ。」
「な…何…」
驚くロックオンに詰め寄り、また言う。
「撃てるんだろ? やってみろ。」
「う…撃てるわけないだろ?」
たじろいで、差し出された銃を避けるために身を引く。
背中がビルの壁に当たった。
「ウソだな。そんな闘いの匂いをさせてるくせに。」
「何言ってんだよ。何の根拠が…」
反論しようとした唇はゲイリーの唇に塞がれた。
「!?」
突然の行動にロックオンは一瞬目を見開く。
でも、抵抗はしなかった。
すぐに大人しく目を閉じた。
唇を離すとゲイリーはまた、銃を差し出した。
「ほら、撃てよ。」
口の端を上げた相手の顔に腹が立ち、ロックオンは唇をかむと銃を受け取り、即座に一発発射した。
カンッ!
空き缶が跳ね上がる。
「へーぇ、やるねぇ。」
「まぐれだ。」
銃を手に持ったまま、顔を背けて機嫌悪く言う。
「ウソツキだな、お前。」
銃を持った手を壁に押さえつけ、ゲイリーはまた唇を合わせた。
左手で、くっとゲイリーの胸を押す。
すると、唇はすぐに解放された。
「あんただって、ウソツキだ。」
上目使いに見やり、ロックオンは言った。
「わざと外したろ。」
ゲイリーは笑うだけで答えない。
ロックオンは続ける。
「こんな街なかでいきなり撃つなんて、下手な奴がやったら危険極まりない。腕に自信があるから撃ったんだろ。じゃなきゃ、イカレタ奴だ。」
肩を竦め、ゲイリーは言う。
「なら、そうなんだろ?」
余裕の笑みが気に食わず、ロックオンはムッとする。
ゲイリーは手を差し出した。
「返せよ。」
自分の手の中の銃を見てしばし考え、ロックオンはそれをジーンズの腰に収めた。
「おいおい。」
「…あんたみたいな危ない奴に返せるかよ。俺が預かる。」
それを聞いて、ゲイリーはまた笑みを見せる。
「ふん、分かった。預けとくぜ? 次、会う時までな。」
全く予期せぬまま、自分が戦いに従事しているとバレてしまった。
そして恐らくは、向こうも軍関係者だ。
どこまで知られた?
ソレスタルビーイングの事は?
彼が軍人で、どこかの軍に所属しているとして、調べられるのはどこまでだ?
ロックオンの胸の中で警鐘が鳴る。
危険な男だ。
もう、拘わらない方がいい。
そう、もう拘わらない方がいい。
何度もそう自分に言い聞かせるものの、次の瞬間にはまるで言い訳するように、反対の意見が出てくる。
どこまで知られているのか、確かめなくては。
そして何か疑われているようなら、彼の目を逸らさせなくては。
ぐるぐると同じことを悩み、二日後、ロックオンはまたあの酒場に行った。
ゲイリーは前と同じ席にいた。
どくん、と鼓動が高鳴る。
近づいては、
いけない。
「よ。」
軽く手を上げるゲイリーに、ロックオンは笑顔を向け歩み寄った。
「来てたのか。」
「約束、したからな。」
ロックオンは首を傾げながら席につく。
「約束?」
「しただろ? 次に会う時まで預ける。」
「あ、…ああ、そうか…。」
また二人で店を出た。
歩きながら、ゲイリーが手を出す。
「約束。ホラ、出せよ。」
苦笑いを返すロックオン。
「わ、悪い…。今日会えると思ってなかったから、持ってねーんだ。」
「ふん、ま、いっか。」
疑うように横目で相手を見て、ゲイリーはニヤリと笑う。
「次会う口実が出来たってことだな?」
差し出していた手を上の方に持って行き、相手の耳たぶに触れる。
ビクンと体を震わし、ロックオンは一歩身を引いた。
「ちょっ…」
ゲイリーの手はするりとロックオンの後頭部を捕え、次の瞬間、唇が合わさった。
「!!」
予想してなかったわけじゃない。
でも、ロックオンはたじろいで動けなかった。
長いキスの間に、ゲイリーは相手を引きよせ腰に手をまわした。
「あ…。」
唇を離すと同時に、腰に収められていた銃を取り出すゲイリー。
「お前、ホント、ウソツキだなぁ♪」
楽しそうな笑顔を見せ、ゲイリーはそう言った。
ふいっと目を逸らし、ロックオンは困ったように笑って見せた。
「ホラ、…それ…返しちまったら…会えなくなるだろ?」
「なるほど?」
言って身を離し、ゲイリーはくいっと顎で前方を示した。
「来いよ。」
ホテルの一室で、一人服を着ながら考える。
身元がバレるような物は何一つ持っていない。
大丈夫だ。
疑われているにしても、「何か」がバレるようなことはない。
うん。問題はない。
ジーンズに足を通し、立ちあがって整えたところで携帯が鳴った。
ハッとして手に取ると、ついいつものようにボタンを押してしまった。
『ロックオン~? 定時連絡忘れてるよ~?』
「わ、悪いっ! 今、取り込み中だ! 後で連絡するって、ミススメラギに言っといてくれ。」
慌てて小声でそれだけ言うと、一方的に切った。
ふう、と息をつく。
そこに。
「女の声だったな。」
背後に立ったゲイリーが、耳元でボソッとそう言った。
「うわあっ!!」
飛び退いて振り向く。
ククク、と笑うゲイリーはシャワールームから出てきたところで、腰にバスタオルを巻き、わしわしと髪を拭いていた。
「電話くらいすりゃーいーじゃねーか。別にもう『取り込んで』ねーだろ?」
「いいんだよ、急ぎじゃねえんだから。」
ムッと膨れて見せると、またゲイリーは笑った。
「定時連絡、ねぇ。随分と平社員を縛り付ける会社だな。」
前に言ったことなどもう嘘だと分かっていながら、そんな事を言う。
笑う相手に不機嫌な顔を向けて、ロックオンは返した。
「いいな、便利屋稼業は自由そうで。」
「ハハハ、そうだな。」
こちらばかり詮索されているのも面白くない。
そう思ってロックオンは切り返した。
「便利屋なんて職業なのに、なんで銃なんか?」
「今時、その辺のガキでも持ってるだろ?」
しれっとそう返すゲイリーにさらに言う。
「持ってるかもしれねーけど、使いこなせるかどうかは別だろ?」
「それを言うなら、お前ほど銃を扱いなれてる奴が持ち歩いてねーって方が不自然だぜ?」
「それは…」
相手の事を探ろうとすれば、それは自分を曝け出すことになる。
今更ながら、話の切り口が悪かったと後悔し、ロックオンは口籠った。
「この前は持ってたろ? でも、今日は俺のしか持ってこなかった。」
なんでだ?と顔を覗き込まれ、ロックオンは視線を逸らした。
この間だって、自分の銃を見せたわけでもないし話にも上らなかった。
なのに相手には知られていて。
「…返すつもりがなかったからだよ。銃は一つあれば充分だ。」
本当は少しでも一般人らしく見せたかったからだが、もうそれは無駄なことだった。
「…ふん、まあ、その答えでもいいか。俺とまた会いたいってことにするなら。」
「…別…に…」
会いたいわけじゃない、と言いかけて、さっき気のあるそぶりをしたのは自分の方だったと思いだす。
「別に…なんだ?」
何もかも見透かしたような目でロックオンの顔を見るゲイリー。
髪を拭いていたタオルをポンっと近くの椅子の背もたれに投げ、二の腕を掴んで引き寄せた。
「……っ!!」
答えないロックオンの唇を塞ぐ。
抱き寄せられたロックオンは、長く深いキスに次第に上気していく。
「んっ! んー!!」
とんとんとゲイリーの胸を叩いて、軽い抵抗を見せた。
「何だよ。」
唇は解放されたものの体はぴったりと寄り添ったままで、赤い顔を背けては見ても上気した自分の熱は隠せそうにない。
「や、やめろよ。…もう帰る…。」
「帰ったら、二度と会えないかも知んないぜ?」
それでいいんだ、会えない方が。
あんたが軍人なら…、確実に敵じゃないか。
そう思ってから疑問が湧いた。
俺は、…会いたいのか…?
だから…苦しいのか?
泣くような顔を見られたくなくて、ロックオンはゲイリーの肩に頬を乗せた。
ふと目につく刺青。
今時、刺青を入れるのはどこかの民族ぐらいのものだ。
先刻官能の中で見た時も、ぼんやりとそう思っていた。
「あんた…少数民族出身か?」
「…さあな。お前はアイリッシュだろ?」
ゲイリーの肩に顔を伏せ、目を瞑る。
まただ……。
また…。
「ずるい…。」
「ん?」
「俺はあんたと同じ質問してるのに、なんであんたばっかり、いろいろ分かってんだよ。」
ククッとゲイリーは笑った。
「知りたいなら聞けよ。答えてやる。」
あんたは軍人なのか、と聞けば、あっさり答えてくれそうな気がした。
でもダメだ。
仮に答えを引き出せたとしても、すぐにまた切り返される。
こちらの事を知られてしまう。
ロックオンが黙っていると、ゲイリーは体を離した。
「ま、好きにすりゃーいい。帰るにしろ、質問するにしろ。」
肩を竦めて見せる。
ロックオンは背中を向け、俯いた。
「あんたは…。」
何を聞こう。
何を聞けば…。
考えても、出口のない迷路に迷い込んだ状態からの活路はなく。
急にロックオンはバカらしくなってしまった。
自分の疑問なんてどうでもいい。
「…あんたは…俺の何を知りたいんだよ。」
「んあ?」
意外な質問に、ゲイリーは間の抜けた声を返した。
「…お前の事なら何でも?」
気の抜けた顔でそう答える。
「それじゃ答えたことにならない。何が知りたいんだよ。例えば何を。」
ムッとした顔を向けると、ゲイリーは天井仰ぎ見て、人差し指でカリカリと頬を掻いた。
「…どこの軍人かな、とか…。」
「他には?」
「他?…ま、ぶっちゃけ、軍が俺に何の用だ、とか。」
何?
…てことは、こいつ、軍人じゃないのか?
すとんと気の抜けたような表情に変わったロックオンを見て、ゲイリーも「あれ?」と疑問符を浮かべる。
「…何だ? 勘ぐりすぎか?」
違った。
違っていたんだ、互いの予想は。
ロックオンは少し下を向き、ハハッと笑った。
そして決心した。
「帰るよ。」
予想は違っていた。
しかし、ゲイリーはすぐに次の疑問に辿り着くだろう。
なら、なぜニールがこうまで警戒していたのか、と。
そこからソレスタルビーイングに思い至らないとも限らない。
例えゲイリーが軍人でなくても、それを知られるわけにはいかない。
だから、すぐに離れなくては。
「いいのか? 次の約束はないぜ?」
ゲイリーの言葉に笑みを見せる。
「いいさ。別に会いたいなんて思っちゃいない。」
ゲイリーはククッと笑った。
「お前はウソツキだからなァ。」
「あんただってウソツキだ。」
ふふっと二人は笑い合う。
ややあって、ゲイリーはトーンを落として言った。
「なら、ひとつだけ、本心ってのを言っといてやる。」
「…え…?」
「俺は神なんて信じねえ。でも最近、運命の廻り合わせってのはしんじてもいいかと思ってんだ。」
「…廻り合わせ?」
「ああ、この前、笑えるような廻り合わせで再会した奴がいてな。そーゆーのもアリかと思ったんだ。…お前とも、会えるかもしれん、と思ってる。」
「へーえ?」
気のない返事と軽いキスを最後に、ロックオンはその部屋を後にした。
暗い道を一人で歩く。
ふふっと笑って呟いた。
「俺は信じないね、そんなもんっ!」
近くにあった空き缶蹴とばし、軽く走りだす。
ステップを踏むように駆け、歌を口ずさんだ。
♪~一度捕まえたらはなさない 実態ナゾの多きレプタイル 出会ってしまったサタデナイト~♪
もう一度空き缶蹴って。
♪~魔性のそぶりにやられた誰も彼も 理性失う 我見失う だんだんハマル癖になる是は 浮き沈み激しいヤバイリズム~♪
ハハッと笑って天仰ぎ見る。
タタッと駆けてステップを踏む。
くるっと回ってみたり、
軽くジャンプしてみたりして。
うろ覚えの歌は、かなりリズムも音も怪しく徐々に途切れていく。
でもはっきりと覚えている最後の歌詞だけは正確に。
「♪~オワリハハジマリ ハジマリハオワリ!」
歌が終わると同時に歩調を緩め、わずかに振り返った。
「俺は信じないさ。」
心の奥の一番深いところで、彼自身気付かない小さなざわめきが起こった。
あればいい、そんな運命の廻り合わせが…。
fin.
酒場で出会った男は、ゲイリー・ビアッジと名乗った。
たまたま一つ席を開けた隣に座ったというだけだったが、ポツポツと他愛ない言葉を交わした後、その男は「気に入った」と言ってロックオンのすぐ隣に座りなおした。
「で、名前は?」
行きずりの相手に名乗るのを躊躇っていると、男が先に名前を言った。
「こっちが教えたんだから、聞かせてくれてもいいんじゃないか? おあいこだろ?」
気のいい奴に見え、ロックオンはつい答えてしまった。
「ニール・ディランディ。」
ロックオン、なんて名前を出せるはずもなく、とっさに出たのは本名だった。
まあ、彼の名前は特に何かに引っかかる訳じゃない。そこからソレスタルビーイングの事がバレる事はありえないのだから、問題はないのだ。
「ニール、ね。OK、覚えたぜ。」
「あんたの事は、ゲイリーでいいか?」
「ああ。」
ゲイリーは色々な質問をし、ロックオンも同じ質問を返した。
仕事は?という問いには、ゲイリーは便利屋だと答え、ロックオンはコンピューター会社の平社員だと答えた。
特に詮索されている感じはなかったし、話の内容はホントにどこにでもあるもので。
ロックオンは普通に会話を楽しんでいた。
「少し飲み過ぎたかな。」
ゲイリーがそう言って店を出るとき、ロックオンは他意なくついて出た。
人気のない夜更けの道を二人は話しながら歩く。
そのかなり前方に何かが動くのがちらっと見えたかと思うと、突然ゲイリーが動いた。
パンッ!!
銃を出し、その何かを撃ったのだ。
ギャッというような猫の声がして、それはすぐに逃げて行った。
「ちっ、外したか。」
冷めた笑顔でそう言うゲイリー。
「お、おいっ! 何すんだよっ、あんたっ!!」
ロックオンが慌てて相手の手を押えると、ゲイリーは肩をすくめた。
「猫を狙ったのが気にくわねーんなら…」
パン、パン、パン。
3発の銃弾は、猫がいた場所のほど近くにあった空き缶に向けて放たれた。
それは全てかすりもせず。
「…ちぇっ、ハズレ。」
何の感慨もなさげに呟き、ゲイリーはロックオンに銃を差し出した。
「撃ってみろよ。」
「な…何…」
驚くロックオンに詰め寄り、また言う。
「撃てるんだろ? やってみろ。」
「う…撃てるわけないだろ?」
たじろいで、差し出された銃を避けるために身を引く。
背中がビルの壁に当たった。
「ウソだな。そんな闘いの匂いをさせてるくせに。」
「何言ってんだよ。何の根拠が…」
反論しようとした唇はゲイリーの唇に塞がれた。
「!?」
突然の行動にロックオンは一瞬目を見開く。
でも、抵抗はしなかった。
すぐに大人しく目を閉じた。
唇を離すとゲイリーはまた、銃を差し出した。
「ほら、撃てよ。」
口の端を上げた相手の顔に腹が立ち、ロックオンは唇をかむと銃を受け取り、即座に一発発射した。
カンッ!
空き缶が跳ね上がる。
「へーぇ、やるねぇ。」
「まぐれだ。」
銃を手に持ったまま、顔を背けて機嫌悪く言う。
「ウソツキだな、お前。」
銃を持った手を壁に押さえつけ、ゲイリーはまた唇を合わせた。
左手で、くっとゲイリーの胸を押す。
すると、唇はすぐに解放された。
「あんただって、ウソツキだ。」
上目使いに見やり、ロックオンは言った。
「わざと外したろ。」
ゲイリーは笑うだけで答えない。
ロックオンは続ける。
「こんな街なかでいきなり撃つなんて、下手な奴がやったら危険極まりない。腕に自信があるから撃ったんだろ。じゃなきゃ、イカレタ奴だ。」
肩を竦め、ゲイリーは言う。
「なら、そうなんだろ?」
余裕の笑みが気に食わず、ロックオンはムッとする。
ゲイリーは手を差し出した。
「返せよ。」
自分の手の中の銃を見てしばし考え、ロックオンはそれをジーンズの腰に収めた。
「おいおい。」
「…あんたみたいな危ない奴に返せるかよ。俺が預かる。」
それを聞いて、ゲイリーはまた笑みを見せる。
「ふん、分かった。預けとくぜ? 次、会う時までな。」
全く予期せぬまま、自分が戦いに従事しているとバレてしまった。
そして恐らくは、向こうも軍関係者だ。
どこまで知られた?
ソレスタルビーイングの事は?
彼が軍人で、どこかの軍に所属しているとして、調べられるのはどこまでだ?
ロックオンの胸の中で警鐘が鳴る。
危険な男だ。
もう、拘わらない方がいい。
そう、もう拘わらない方がいい。
何度もそう自分に言い聞かせるものの、次の瞬間にはまるで言い訳するように、反対の意見が出てくる。
どこまで知られているのか、確かめなくては。
そして何か疑われているようなら、彼の目を逸らさせなくては。
ぐるぐると同じことを悩み、二日後、ロックオンはまたあの酒場に行った。
ゲイリーは前と同じ席にいた。
どくん、と鼓動が高鳴る。
近づいては、
いけない。
「よ。」
軽く手を上げるゲイリーに、ロックオンは笑顔を向け歩み寄った。
「来てたのか。」
「約束、したからな。」
ロックオンは首を傾げながら席につく。
「約束?」
「しただろ? 次に会う時まで預ける。」
「あ、…ああ、そうか…。」
また二人で店を出た。
歩きながら、ゲイリーが手を出す。
「約束。ホラ、出せよ。」
苦笑いを返すロックオン。
「わ、悪い…。今日会えると思ってなかったから、持ってねーんだ。」
「ふん、ま、いっか。」
疑うように横目で相手を見て、ゲイリーはニヤリと笑う。
「次会う口実が出来たってことだな?」
差し出していた手を上の方に持って行き、相手の耳たぶに触れる。
ビクンと体を震わし、ロックオンは一歩身を引いた。
「ちょっ…」
ゲイリーの手はするりとロックオンの後頭部を捕え、次の瞬間、唇が合わさった。
「!!」
予想してなかったわけじゃない。
でも、ロックオンはたじろいで動けなかった。
長いキスの間に、ゲイリーは相手を引きよせ腰に手をまわした。
「あ…。」
唇を離すと同時に、腰に収められていた銃を取り出すゲイリー。
「お前、ホント、ウソツキだなぁ♪」
楽しそうな笑顔を見せ、ゲイリーはそう言った。
ふいっと目を逸らし、ロックオンは困ったように笑って見せた。
「ホラ、…それ…返しちまったら…会えなくなるだろ?」
「なるほど?」
言って身を離し、ゲイリーはくいっと顎で前方を示した。
「来いよ。」
ホテルの一室で、一人服を着ながら考える。
身元がバレるような物は何一つ持っていない。
大丈夫だ。
疑われているにしても、「何か」がバレるようなことはない。
うん。問題はない。
ジーンズに足を通し、立ちあがって整えたところで携帯が鳴った。
ハッとして手に取ると、ついいつものようにボタンを押してしまった。
『ロックオン~? 定時連絡忘れてるよ~?』
「わ、悪いっ! 今、取り込み中だ! 後で連絡するって、ミススメラギに言っといてくれ。」
慌てて小声でそれだけ言うと、一方的に切った。
ふう、と息をつく。
そこに。
「女の声だったな。」
背後に立ったゲイリーが、耳元でボソッとそう言った。
「うわあっ!!」
飛び退いて振り向く。
ククク、と笑うゲイリーはシャワールームから出てきたところで、腰にバスタオルを巻き、わしわしと髪を拭いていた。
「電話くらいすりゃーいーじゃねーか。別にもう『取り込んで』ねーだろ?」
「いいんだよ、急ぎじゃねえんだから。」
ムッと膨れて見せると、またゲイリーは笑った。
「定時連絡、ねぇ。随分と平社員を縛り付ける会社だな。」
前に言ったことなどもう嘘だと分かっていながら、そんな事を言う。
笑う相手に不機嫌な顔を向けて、ロックオンは返した。
「いいな、便利屋稼業は自由そうで。」
「ハハハ、そうだな。」
こちらばかり詮索されているのも面白くない。
そう思ってロックオンは切り返した。
「便利屋なんて職業なのに、なんで銃なんか?」
「今時、その辺のガキでも持ってるだろ?」
しれっとそう返すゲイリーにさらに言う。
「持ってるかもしれねーけど、使いこなせるかどうかは別だろ?」
「それを言うなら、お前ほど銃を扱いなれてる奴が持ち歩いてねーって方が不自然だぜ?」
「それは…」
相手の事を探ろうとすれば、それは自分を曝け出すことになる。
今更ながら、話の切り口が悪かったと後悔し、ロックオンは口籠った。
「この前は持ってたろ? でも、今日は俺のしか持ってこなかった。」
なんでだ?と顔を覗き込まれ、ロックオンは視線を逸らした。
この間だって、自分の銃を見せたわけでもないし話にも上らなかった。
なのに相手には知られていて。
「…返すつもりがなかったからだよ。銃は一つあれば充分だ。」
本当は少しでも一般人らしく見せたかったからだが、もうそれは無駄なことだった。
「…ふん、まあ、その答えでもいいか。俺とまた会いたいってことにするなら。」
「…別…に…」
会いたいわけじゃない、と言いかけて、さっき気のあるそぶりをしたのは自分の方だったと思いだす。
「別に…なんだ?」
何もかも見透かしたような目でロックオンの顔を見るゲイリー。
髪を拭いていたタオルをポンっと近くの椅子の背もたれに投げ、二の腕を掴んで引き寄せた。
「……っ!!」
答えないロックオンの唇を塞ぐ。
抱き寄せられたロックオンは、長く深いキスに次第に上気していく。
「んっ! んー!!」
とんとんとゲイリーの胸を叩いて、軽い抵抗を見せた。
「何だよ。」
唇は解放されたものの体はぴったりと寄り添ったままで、赤い顔を背けては見ても上気した自分の熱は隠せそうにない。
「や、やめろよ。…もう帰る…。」
「帰ったら、二度と会えないかも知んないぜ?」
それでいいんだ、会えない方が。
あんたが軍人なら…、確実に敵じゃないか。
そう思ってから疑問が湧いた。
俺は、…会いたいのか…?
だから…苦しいのか?
泣くような顔を見られたくなくて、ロックオンはゲイリーの肩に頬を乗せた。
ふと目につく刺青。
今時、刺青を入れるのはどこかの民族ぐらいのものだ。
先刻官能の中で見た時も、ぼんやりとそう思っていた。
「あんた…少数民族出身か?」
「…さあな。お前はアイリッシュだろ?」
ゲイリーの肩に顔を伏せ、目を瞑る。
まただ……。
また…。
「ずるい…。」
「ん?」
「俺はあんたと同じ質問してるのに、なんであんたばっかり、いろいろ分かってんだよ。」
ククッとゲイリーは笑った。
「知りたいなら聞けよ。答えてやる。」
あんたは軍人なのか、と聞けば、あっさり答えてくれそうな気がした。
でもダメだ。
仮に答えを引き出せたとしても、すぐにまた切り返される。
こちらの事を知られてしまう。
ロックオンが黙っていると、ゲイリーは体を離した。
「ま、好きにすりゃーいい。帰るにしろ、質問するにしろ。」
肩を竦めて見せる。
ロックオンは背中を向け、俯いた。
「あんたは…。」
何を聞こう。
何を聞けば…。
考えても、出口のない迷路に迷い込んだ状態からの活路はなく。
急にロックオンはバカらしくなってしまった。
自分の疑問なんてどうでもいい。
「…あんたは…俺の何を知りたいんだよ。」
「んあ?」
意外な質問に、ゲイリーは間の抜けた声を返した。
「…お前の事なら何でも?」
気の抜けた顔でそう答える。
「それじゃ答えたことにならない。何が知りたいんだよ。例えば何を。」
ムッとした顔を向けると、ゲイリーは天井仰ぎ見て、人差し指でカリカリと頬を掻いた。
「…どこの軍人かな、とか…。」
「他には?」
「他?…ま、ぶっちゃけ、軍が俺に何の用だ、とか。」
何?
…てことは、こいつ、軍人じゃないのか?
すとんと気の抜けたような表情に変わったロックオンを見て、ゲイリーも「あれ?」と疑問符を浮かべる。
「…何だ? 勘ぐりすぎか?」
違った。
違っていたんだ、互いの予想は。
ロックオンは少し下を向き、ハハッと笑った。
そして決心した。
「帰るよ。」
予想は違っていた。
しかし、ゲイリーはすぐに次の疑問に辿り着くだろう。
なら、なぜニールがこうまで警戒していたのか、と。
そこからソレスタルビーイングに思い至らないとも限らない。
例えゲイリーが軍人でなくても、それを知られるわけにはいかない。
だから、すぐに離れなくては。
「いいのか? 次の約束はないぜ?」
ゲイリーの言葉に笑みを見せる。
「いいさ。別に会いたいなんて思っちゃいない。」
ゲイリーはククッと笑った。
「お前はウソツキだからなァ。」
「あんただってウソツキだ。」
ふふっと二人は笑い合う。
ややあって、ゲイリーはトーンを落として言った。
「なら、ひとつだけ、本心ってのを言っといてやる。」
「…え…?」
「俺は神なんて信じねえ。でも最近、運命の廻り合わせってのはしんじてもいいかと思ってんだ。」
「…廻り合わせ?」
「ああ、この前、笑えるような廻り合わせで再会した奴がいてな。そーゆーのもアリかと思ったんだ。…お前とも、会えるかもしれん、と思ってる。」
「へーえ?」
気のない返事と軽いキスを最後に、ロックオンはその部屋を後にした。
暗い道を一人で歩く。
ふふっと笑って呟いた。
「俺は信じないね、そんなもんっ!」
近くにあった空き缶蹴とばし、軽く走りだす。
ステップを踏むように駆け、歌を口ずさんだ。
♪~一度捕まえたらはなさない 実態ナゾの多きレプタイル 出会ってしまったサタデナイト~♪
もう一度空き缶蹴って。
♪~魔性のそぶりにやられた誰も彼も 理性失う 我見失う だんだんハマル癖になる是は 浮き沈み激しいヤバイリズム~♪
ハハッと笑って天仰ぎ見る。
タタッと駆けてステップを踏む。
くるっと回ってみたり、
軽くジャンプしてみたりして。
うろ覚えの歌は、かなりリズムも音も怪しく徐々に途切れていく。
でもはっきりと覚えている最後の歌詞だけは正確に。
「♪~オワリハハジマリ ハジマリハオワリ!」
歌が終わると同時に歩調を緩め、わずかに振り返った。
「俺は信じないさ。」
心の奥の一番深いところで、彼自身気付かない小さなざわめきが起こった。
あればいい、そんな運命の廻り合わせが…。
fin.
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