親子パラレル
扇風機
出したばかりの扇風機をコンセントに繋いでスイッチを押すと、淀んだ空気は流れを作り始めた。
汗を流しながらも文句ひとつ言わない無口な刹那も、風を受けるとホッとしたような表情を見せた。
扇風機を出してきたアリーは特等席を陣取っている。
涼しげに見えたのか、刹那はアリーに近付いた。
「何だよ。あちーだろうが。離れてろ。」
ぞんざいに言い捨てられ、仕方なく一歩下がる。
そんな刹那を余所に、アリーは扇風機の風を真ん前から受けて心地良さそうだ。
少々納得がいかず、刹那は微妙にむくれていた。
すると…。
「あ゛~~~~~~~。」
アリーは扇風機に向かって声を出し始めた。
何事かと刹那は目を真ん丸にしている。
何度か止まってはまた声を出す、というのを繰り返したのを見てから、刹那はボソッと訊ねた。
「…親父…何してるんだ?」
何をしているも何もただ遊んでいるだけの行為を幼児に真顔で尋ねられ、アリーは内心ギクッとしていた。
一度顔を背けてから、何でもないかのように返事をする。
「お前、去年教えたのに忘れたのか?」
「………知らない…。」
「これはな、扇風機の調子を確かめてるんだ。毎年扇風機出した時はやってるんだぞ?」
「…声を出すと調子が分かるのか?」
「微妙な音色でな。まあ、ガキには分んねぇだろうが。」
「…俺も…やってみたい…。」
しゃあねぇなあ、とアリーは扇風機の前を刹那に譲った。
刹那は少し緊張しながら小さく声を出す。
「ぁぁぁ…。」
「んなんじゃ分んねーだろ。もっと大きな声出せ。」
言われて刹那は意を決したような顔で、もう一度声を出した。
「あ~~~~!」
ハッとして刹那は止まった。
「…なんか…変な音がした…。」
「お?お前すげーな。違いが分かるなんて、いい耳持ってんなぁ。」
「す…すごいのか?」
「おう、流石は俺の子だ。」
褒められて照れくさそうに頬を染める刹那。
おずおずと再度声を出し、扇風機にかき乱される声を確認すると、そこから離れた。
「親父、もう一回やってくれ。」
「よく聞いてろよ?あ~~~~~。」
「親父の声も俺のと同じだ。」
新発見をしたかのように顔を上気させている。
満足げな刹那を横目で見て、アリーは気付かれないように笑っていた。
数日後。
刹那は幼稚園から帰って来るなり部屋に閉じこもってしまった。
いつもと違う行動が少々引っかかり、アリーはそっと覗いて見る。
するとそれに気付いて刹那はアリーを睨みつけた。
「ウソつき。」
アリーは眉間にしわを寄せ、睨み返す。
「はあ?何言ってんだお前。」
刹那は一言、「扇風機。」とだけ言って黙り込んだ。
その日、幼稚園で先生たちが扇風機を出していた。
回り始めた扇風機に群がって子供たちが声を出し始めた時、刹那はこの前アリーから聞いた事を得意げに語ったのだ。
そして、周りの子供たちから散々バカにされたのである。
扇風機と言われても、アリーには何のことだか見当もつかない。
もうすっかり忘れてしまっていた。
「ったく…わけ分かんねぇ。」
肩を竦めて居間の定位置に戻る。
空腹を感じ、刹那は部屋から出て居間に向かった。
いつもは帰るとまずおやつを食べる。
それを食べていないせいだと思い出した。
するとそこでは…。
「あ~~~~~~。」
またアリーが遊んでいた。
刹那は鬼の首を取ったかのようにビシッと指をさす。
「それだ!!」
「は?」
「親父が嘘を教えたから…だから…俺は……。」
ぼそぼそと刹那は幼稚園での出来事を話した。
「親父の所為で………。」
悔しげに涙を浮かべ、刹那はアリーを睨む。
アリーはポリポリと指で頬を掻き、「へぇ~?」とだけ返した。
「へえじゃない!」
「ほぉ~?」
「ほおじゃない!親父の所為だからな!俺はもう幼稚園に行かない!」
むくれて刹那はテーブルに突っ伏した。
「なあ、刹那。」
アリーはポンポンと頭を叩く。
「先生は何か言ってたか?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「やっぱりな。」
何でそんな事を訊くんだろうと刹那は顔を上げた。
「言ったろうが、ガキには分んねぇって。」
「………?」
「周りの奴らがあの話を知らねぇのは当然だって言ってんだよ。ガキには分んねぇんだからよ。」
キョトンとアリーを見上げる。
「先生は何にも言わなかったんだろ?それは、他の奴らには分んねぇ話だから、お前の味方をしちまうとヒイキした事になっちまうからだ。」
「…そう…なのか…?」
「ああ、先生も困ったろうな。ホントの事を言ってるお前に味方出来ないんだからよ。」
「…じゃあ…親父の言ったこと…嘘じゃないんだな?」
「当たり前だ。でもな、他の奴らはわかんねぇんだから、もう言わない方がいいな。先生を困らせたくないだろ?」
「…うん。」
何とか納得した様子の刹那に、アリーはおやつを見せた。
「腹減ったろ。食え。」
刹那の顔にパッと赤みがさした。
空腹に気付いていてくれたのが嬉しかったらしい。
食べ始めてすぐ、刹那はボソッと言った。
「…ウソつきって言って…ごめん…。」
「気にすんなよ。親子だろうが。」
ニッとアリーが笑うと刹那も嬉しそうに笑みを浮かべた。
刹那はその後数年間、扇風機の話を信じ続けていた。
出したばかりの扇風機をコンセントに繋いでスイッチを押すと、淀んだ空気は流れを作り始めた。
汗を流しながらも文句ひとつ言わない無口な刹那も、風を受けるとホッとしたような表情を見せた。
扇風機を出してきたアリーは特等席を陣取っている。
涼しげに見えたのか、刹那はアリーに近付いた。
「何だよ。あちーだろうが。離れてろ。」
ぞんざいに言い捨てられ、仕方なく一歩下がる。
そんな刹那を余所に、アリーは扇風機の風を真ん前から受けて心地良さそうだ。
少々納得がいかず、刹那は微妙にむくれていた。
すると…。
「あ゛~~~~~~~。」
アリーは扇風機に向かって声を出し始めた。
何事かと刹那は目を真ん丸にしている。
何度か止まってはまた声を出す、というのを繰り返したのを見てから、刹那はボソッと訊ねた。
「…親父…何してるんだ?」
何をしているも何もただ遊んでいるだけの行為を幼児に真顔で尋ねられ、アリーは内心ギクッとしていた。
一度顔を背けてから、何でもないかのように返事をする。
「お前、去年教えたのに忘れたのか?」
「………知らない…。」
「これはな、扇風機の調子を確かめてるんだ。毎年扇風機出した時はやってるんだぞ?」
「…声を出すと調子が分かるのか?」
「微妙な音色でな。まあ、ガキには分んねぇだろうが。」
「…俺も…やってみたい…。」
しゃあねぇなあ、とアリーは扇風機の前を刹那に譲った。
刹那は少し緊張しながら小さく声を出す。
「ぁぁぁ…。」
「んなんじゃ分んねーだろ。もっと大きな声出せ。」
言われて刹那は意を決したような顔で、もう一度声を出した。
「あ~~~~!」
ハッとして刹那は止まった。
「…なんか…変な音がした…。」
「お?お前すげーな。違いが分かるなんて、いい耳持ってんなぁ。」
「す…すごいのか?」
「おう、流石は俺の子だ。」
褒められて照れくさそうに頬を染める刹那。
おずおずと再度声を出し、扇風機にかき乱される声を確認すると、そこから離れた。
「親父、もう一回やってくれ。」
「よく聞いてろよ?あ~~~~~。」
「親父の声も俺のと同じだ。」
新発見をしたかのように顔を上気させている。
満足げな刹那を横目で見て、アリーは気付かれないように笑っていた。
数日後。
刹那は幼稚園から帰って来るなり部屋に閉じこもってしまった。
いつもと違う行動が少々引っかかり、アリーはそっと覗いて見る。
するとそれに気付いて刹那はアリーを睨みつけた。
「ウソつき。」
アリーは眉間にしわを寄せ、睨み返す。
「はあ?何言ってんだお前。」
刹那は一言、「扇風機。」とだけ言って黙り込んだ。
その日、幼稚園で先生たちが扇風機を出していた。
回り始めた扇風機に群がって子供たちが声を出し始めた時、刹那はこの前アリーから聞いた事を得意げに語ったのだ。
そして、周りの子供たちから散々バカにされたのである。
扇風機と言われても、アリーには何のことだか見当もつかない。
もうすっかり忘れてしまっていた。
「ったく…わけ分かんねぇ。」
肩を竦めて居間の定位置に戻る。
空腹を感じ、刹那は部屋から出て居間に向かった。
いつもは帰るとまずおやつを食べる。
それを食べていないせいだと思い出した。
するとそこでは…。
「あ~~~~~~。」
またアリーが遊んでいた。
刹那は鬼の首を取ったかのようにビシッと指をさす。
「それだ!!」
「は?」
「親父が嘘を教えたから…だから…俺は……。」
ぼそぼそと刹那は幼稚園での出来事を話した。
「親父の所為で………。」
悔しげに涙を浮かべ、刹那はアリーを睨む。
アリーはポリポリと指で頬を掻き、「へぇ~?」とだけ返した。
「へえじゃない!」
「ほぉ~?」
「ほおじゃない!親父の所為だからな!俺はもう幼稚園に行かない!」
むくれて刹那はテーブルに突っ伏した。
「なあ、刹那。」
アリーはポンポンと頭を叩く。
「先生は何か言ってたか?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「やっぱりな。」
何でそんな事を訊くんだろうと刹那は顔を上げた。
「言ったろうが、ガキには分んねぇって。」
「………?」
「周りの奴らがあの話を知らねぇのは当然だって言ってんだよ。ガキには分んねぇんだからよ。」
キョトンとアリーを見上げる。
「先生は何にも言わなかったんだろ?それは、他の奴らには分んねぇ話だから、お前の味方をしちまうとヒイキした事になっちまうからだ。」
「…そう…なのか…?」
「ああ、先生も困ったろうな。ホントの事を言ってるお前に味方出来ないんだからよ。」
「…じゃあ…親父の言ったこと…嘘じゃないんだな?」
「当たり前だ。でもな、他の奴らはわかんねぇんだから、もう言わない方がいいな。先生を困らせたくないだろ?」
「…うん。」
何とか納得した様子の刹那に、アリーはおやつを見せた。
「腹減ったろ。食え。」
刹那の顔にパッと赤みがさした。
空腹に気付いていてくれたのが嬉しかったらしい。
食べ始めてすぐ、刹那はボソッと言った。
「…ウソつきって言って…ごめん…。」
「気にすんなよ。親子だろうが。」
ニッとアリーが笑うと刹那も嬉しそうに笑みを浮かべた。
刹那はその後数年間、扇風機の話を信じ続けていた。
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