親子パラレル
ラッピングは愛で
バタン、というドアの音と共に二人は外に締め出されていた。
ほぼ同時に口を開く。
「お前の所為だ。」
「親父の所為だ。」
事の発端は些細なことだった。
クリスマスだからと珍しく七面鳥の丸焼きがテーブルに出され、それの取り分け方が気に入らないとアリーが文句を言ったのだ。
それにいつものように刹那が冷たい返しをしただけのことである。
「お前がムキになるからだろうが。」
「親父だってムキになった。」
そっちが多い、いやそっちだ、とくだらない口論を続けていたら、まだ一口も食べていないというのに締め出されてしまった。
12月の寒空の下。
押し出された勢いで、履いているのはツッカケである。
「おーい、悪かった。反省してる。入れてくれ。」
アリーがドアに向かってそう言ったが、少しも反省の色の見えない声ではドアは少しも音を立てなかった。
「…刹那…お前も謝れ。」
「…俺は悪くない。謝る必要がない。」
コイツ、と文句を言いたくなるが、クリスマスの夜に玄関の前で喧嘩を始めるのは御近所の目が気にかかる。
しかも相手は自分の半分の背丈しかない子供だ。
親が子を叱る姿としては変ではないが、二人して締め出されている現状で声を荒げるのは滑稽にしか見えない。
しばらく佇んでみたが、家人の怒りは治まらないらしくドアは開きそうにない。
アリーはチッと舌打ちをするとポケットから煙草を出した。
シュボっとライターで火を点ける。
「…仕方ねぇ…。」
幸い財布が尻のポケットに刺さっていた。
ツッカケのままアリーは街の中心街に向かって歩き出す。
それを見て刹那も後に続いた。
「…どこへ行くんだ?」
「…ついてくんなよ。」
機嫌の悪い顔が振り向く。
刹那は一瞬ドキッとして足を止めたが、ムッと口に力を入れた。
「…子供を放って行く気か。」
「知らねーな。」
「いくじほうきって言うんだぞ、そういうの。」
「お前は家の前で泣きまねでもすりゃ入れて貰えるぜ。ガキだからな。」
さらにムッとして言った。
「俺は強いから泣かないんだ!」
「そうかい、そりゃ偉いな。頑張れよ。」
さっさと歩いて行ってしまうアリーを、刹那もツッカケでパタパタと追いかけた。
街はクリスマス一色で賑やかだった。
そこをとぼとぼと歩くツッカケ親子二人。
コートも羽織っていないため凍えそうだ。
アリーはちらっと刹那に目をやった。
表情はキッと力が入っているが、やはり体は震えている。
このままでは風邪をひいてしまうだろう。
ごく小さく溜め息をつくと、アリーはすぐ近くのデパートに入って行った。
デパートの中は暖房が効いていて暖かいが、それでもその姿にはまだ少々寒い。
軽く見まわし、目的の場所にスタスタと進んでいく。
それを見上げながら刹那もパタパタとついて行く。
人込みをするすると抜けるアリーを追いかけるのは難しかった。
何度も見失いそうになり、見つける度にホッとする。
赤髪が目印になるとは言え、長身のアリーをまだ小さい刹那がずっと見ているのは無理があった。
そうだ、と刹那は思いついた。
ツッカケを履いているのは自分たちぐらいだろう。
その足を見て追えばいい。
そう思って視線を下に向けたその時、また人の波にのまれてしまった。
しまった、と思って通路の端に避けると、もうアリーのツッカケは見えなくなっていた。
どうしよう…。
何処に行くかちゃんと聞いておけばよかった。
そうは思ったが、アリーがすんなりと目的地を言うとも思えない。
どちらにしろ逸れてしまうのは避けられなかっただろう。
波にのまれて避けたため、さっきどの方向に歩いていたのかも分からなくなっていた。
『逸れたらそこを動くな。』
以前迷子になったときそう言われたのを思い出して、刹那はそこで待つことにした。
三十分ほど過ぎたころ(刹那には二時間にも三時間にも感じられたが)、目の前にツッカケが現れた。
安堵の色を含んだ顔を上げると、アリーは呆れたような溜め息をついた。
「逸れてんじゃねーよ。馬鹿が。」
「馬鹿じゃない。ちゃんとここで待っていた。」
「はいはい、選りにも選って下着売り場でね。」
こつんと小突かれた頭を手で押さえながら自分の立っていた場所を見上げると、そこは女性下着の店だった。
しかも丁度、下着姿のマネキンの真ん前。
立ち位置からして、まるでそのマネキンに寄り添っていたかのようだ。
しかし、まだ刹那にはその恥ずかしさは分からなかった。
「言われたとおり、逸れた場所を動かなかった。」
「あー、はいはい、偉い偉い。」
そう言いつつアリーは刹那の頭を押し、階段のホールまで促した。
人通りの少ない階段のベンチまで行くと、バサッと刹那の頭に何かが降ってくる。
「?」
何だろうと見上げてみるとそれはコートだった。
「着てろ。」
「…いいのか?」
「ま、クリスマスだしな。」
またアリーはシュボっと煙草に火を点けた。
「…親父は…?…寒いだろ。」
「今から買いに行く。お前探すのに疲れたんだよ。ちったぁ休ませろ。」
コクリと刹那が頷いたのを合図にするように、二人並んでベンチに腰掛けた。
「…あの…。」
俯いたまま刹那がボソッと言った。
「…ありがとう…。」
「いんや。」
「…七面鳥、ちょっと多く喰っていいぞ。」
「そりゃどうも。」
その後、二人は靴とアリーのコートを買い、家人の機嫌を取るために手土産を買って家に帰った。
「…七面鳥は?」
「もうない。」
にべもなくそう言われてしまった二人が仕方なく夕飯を食べにもう一度出掛けたのは言うまでもない。
バタン、というドアの音と共に二人は外に締め出されていた。
ほぼ同時に口を開く。
「お前の所為だ。」
「親父の所為だ。」
事の発端は些細なことだった。
クリスマスだからと珍しく七面鳥の丸焼きがテーブルに出され、それの取り分け方が気に入らないとアリーが文句を言ったのだ。
それにいつものように刹那が冷たい返しをしただけのことである。
「お前がムキになるからだろうが。」
「親父だってムキになった。」
そっちが多い、いやそっちだ、とくだらない口論を続けていたら、まだ一口も食べていないというのに締め出されてしまった。
12月の寒空の下。
押し出された勢いで、履いているのはツッカケである。
「おーい、悪かった。反省してる。入れてくれ。」
アリーがドアに向かってそう言ったが、少しも反省の色の見えない声ではドアは少しも音を立てなかった。
「…刹那…お前も謝れ。」
「…俺は悪くない。謝る必要がない。」
コイツ、と文句を言いたくなるが、クリスマスの夜に玄関の前で喧嘩を始めるのは御近所の目が気にかかる。
しかも相手は自分の半分の背丈しかない子供だ。
親が子を叱る姿としては変ではないが、二人して締め出されている現状で声を荒げるのは滑稽にしか見えない。
しばらく佇んでみたが、家人の怒りは治まらないらしくドアは開きそうにない。
アリーはチッと舌打ちをするとポケットから煙草を出した。
シュボっとライターで火を点ける。
「…仕方ねぇ…。」
幸い財布が尻のポケットに刺さっていた。
ツッカケのままアリーは街の中心街に向かって歩き出す。
それを見て刹那も後に続いた。
「…どこへ行くんだ?」
「…ついてくんなよ。」
機嫌の悪い顔が振り向く。
刹那は一瞬ドキッとして足を止めたが、ムッと口に力を入れた。
「…子供を放って行く気か。」
「知らねーな。」
「いくじほうきって言うんだぞ、そういうの。」
「お前は家の前で泣きまねでもすりゃ入れて貰えるぜ。ガキだからな。」
さらにムッとして言った。
「俺は強いから泣かないんだ!」
「そうかい、そりゃ偉いな。頑張れよ。」
さっさと歩いて行ってしまうアリーを、刹那もツッカケでパタパタと追いかけた。
街はクリスマス一色で賑やかだった。
そこをとぼとぼと歩くツッカケ親子二人。
コートも羽織っていないため凍えそうだ。
アリーはちらっと刹那に目をやった。
表情はキッと力が入っているが、やはり体は震えている。
このままでは風邪をひいてしまうだろう。
ごく小さく溜め息をつくと、アリーはすぐ近くのデパートに入って行った。
デパートの中は暖房が効いていて暖かいが、それでもその姿にはまだ少々寒い。
軽く見まわし、目的の場所にスタスタと進んでいく。
それを見上げながら刹那もパタパタとついて行く。
人込みをするすると抜けるアリーを追いかけるのは難しかった。
何度も見失いそうになり、見つける度にホッとする。
赤髪が目印になるとは言え、長身のアリーをまだ小さい刹那がずっと見ているのは無理があった。
そうだ、と刹那は思いついた。
ツッカケを履いているのは自分たちぐらいだろう。
その足を見て追えばいい。
そう思って視線を下に向けたその時、また人の波にのまれてしまった。
しまった、と思って通路の端に避けると、もうアリーのツッカケは見えなくなっていた。
どうしよう…。
何処に行くかちゃんと聞いておけばよかった。
そうは思ったが、アリーがすんなりと目的地を言うとも思えない。
どちらにしろ逸れてしまうのは避けられなかっただろう。
波にのまれて避けたため、さっきどの方向に歩いていたのかも分からなくなっていた。
『逸れたらそこを動くな。』
以前迷子になったときそう言われたのを思い出して、刹那はそこで待つことにした。
三十分ほど過ぎたころ(刹那には二時間にも三時間にも感じられたが)、目の前にツッカケが現れた。
安堵の色を含んだ顔を上げると、アリーは呆れたような溜め息をついた。
「逸れてんじゃねーよ。馬鹿が。」
「馬鹿じゃない。ちゃんとここで待っていた。」
「はいはい、選りにも選って下着売り場でね。」
こつんと小突かれた頭を手で押さえながら自分の立っていた場所を見上げると、そこは女性下着の店だった。
しかも丁度、下着姿のマネキンの真ん前。
立ち位置からして、まるでそのマネキンに寄り添っていたかのようだ。
しかし、まだ刹那にはその恥ずかしさは分からなかった。
「言われたとおり、逸れた場所を動かなかった。」
「あー、はいはい、偉い偉い。」
そう言いつつアリーは刹那の頭を押し、階段のホールまで促した。
人通りの少ない階段のベンチまで行くと、バサッと刹那の頭に何かが降ってくる。
「?」
何だろうと見上げてみるとそれはコートだった。
「着てろ。」
「…いいのか?」
「ま、クリスマスだしな。」
またアリーはシュボっと煙草に火を点けた。
「…親父は…?…寒いだろ。」
「今から買いに行く。お前探すのに疲れたんだよ。ちったぁ休ませろ。」
コクリと刹那が頷いたのを合図にするように、二人並んでベンチに腰掛けた。
「…あの…。」
俯いたまま刹那がボソッと言った。
「…ありがとう…。」
「いんや。」
「…七面鳥、ちょっと多く喰っていいぞ。」
「そりゃどうも。」
その後、二人は靴とアリーのコートを買い、家人の機嫌を取るために手土産を買って家に帰った。
「…七面鳥は?」
「もうない。」
にべもなくそう言われてしまった二人が仕方なく夕飯を食べにもう一度出掛けたのは言うまでもない。