親子パラレル
何気ない日常
家に着くと、アリーはいつもとは違って掃き出し窓の方に外から回り、そこにある小さな飼育ケースを拾った。
咥えたままの煙草を落とさないように歯で軽く噛んで、両手でケースのふたを外す。
もう1年以上使っていない上、ずっとそこに放って置いてあったものだ。
もしや見知らぬ虫が住みついていないかと顔を顰める。
しかしそれはいらぬ警戒だった。
ケースは汚れきってはいるものの、かろうじて素手で触ることを容認できる程度だった。
ふたを外したケースを地面に置くと、また同じく1年以上そこにあるであろう植物の栽培用の土を少し取って入れた。
土は誰が買って来たのかもわからないが、もうとっくに忘れ去られたものだ。
もしかしたら当のアリーが気まぐれに買って来たものだったかもしれない。
そうだったとしてもアリーの記憶にはないのだから、そんな事はもうどうでもいい。
土を入れたケースに、次は買って来たばかりの木をくりぬいただけのエサ入れをぐりぐりと押し込んだ。
煙草に手をやり、ぷはーっと煙を吐く。
そこに刹那が窓から顔を出した。
「…オヤジ、何をしてるんだ…?」
子供らしくない抑揚のない声で、刹那は聞いた。
「ん~?…ちょっとな。」
同じく抑揚無く返す。
この親子の会話はいつもこんなものだ。
二人は無言になってもそれを居心地悪いとは思わず、アリーは作業を続け、刹那はそれを眺めた。
エサのゼリーを木のくぼみに落とし、傍らにあった袋から何やら出してケースに入れる。
刹那の位置からそれは見えなかった。
ふたをしたケースを持ち、アリーは立ち上がった。
刹那のお腹のあたりにグイッとそれを差し出す。
「土産だ。」
「…?」
刹那は受け取って窓を閉めた。
あ、という声を背中に聞いて、アリーは玄関の方に回り込む。
家に入ると刹那がケースを抱えたまま、小走りに寄ってきた。
「カブトムシだ。」
「ああ。」
「メスだ。」
「ああ。不服かよ。」
「いや、どっちでもいい。」
表情の少ない刹那だが、微妙に頬が染まっている。
一応喜んでいるのだろうとアリーはあさっての方向を見てニッと笑った。
買って来たカブトムシではない。
ただ帰り道でたまたま見つけたものだった。
それを持って帰れば刹那が喜ぶだろうかとか考えたわけでもなかった。
道路に落ちていたその虫を憐れんだわけでももちろん無い。
ただ、
そう、
ただ、なんとなくだ。
汚いままのケースを机に置き、それをじっと眺める刹那を後ろから眺めて、アリーは思い出した。
そう言えば2年ぐらい前の秋には、芽が出たサツマイモを土に埋め、それがそのうち増えるんだろうとわくわくしていた刹那を眺めていた。
あの土はその時のものだったか。
結局そのサツマイモは埋めた時期もでたらめで、誰も世話をしなくなってどうにもならなかったのだが、時々こういう気まぐれをしたくなるのは、この刹那の後ろ姿があるからかもしれない。
家に着くと、アリーはいつもとは違って掃き出し窓の方に外から回り、そこにある小さな飼育ケースを拾った。
咥えたままの煙草を落とさないように歯で軽く噛んで、両手でケースのふたを外す。
もう1年以上使っていない上、ずっとそこに放って置いてあったものだ。
もしや見知らぬ虫が住みついていないかと顔を顰める。
しかしそれはいらぬ警戒だった。
ケースは汚れきってはいるものの、かろうじて素手で触ることを容認できる程度だった。
ふたを外したケースを地面に置くと、また同じく1年以上そこにあるであろう植物の栽培用の土を少し取って入れた。
土は誰が買って来たのかもわからないが、もうとっくに忘れ去られたものだ。
もしかしたら当のアリーが気まぐれに買って来たものだったかもしれない。
そうだったとしてもアリーの記憶にはないのだから、そんな事はもうどうでもいい。
土を入れたケースに、次は買って来たばかりの木をくりぬいただけのエサ入れをぐりぐりと押し込んだ。
煙草に手をやり、ぷはーっと煙を吐く。
そこに刹那が窓から顔を出した。
「…オヤジ、何をしてるんだ…?」
子供らしくない抑揚のない声で、刹那は聞いた。
「ん~?…ちょっとな。」
同じく抑揚無く返す。
この親子の会話はいつもこんなものだ。
二人は無言になってもそれを居心地悪いとは思わず、アリーは作業を続け、刹那はそれを眺めた。
エサのゼリーを木のくぼみに落とし、傍らにあった袋から何やら出してケースに入れる。
刹那の位置からそれは見えなかった。
ふたをしたケースを持ち、アリーは立ち上がった。
刹那のお腹のあたりにグイッとそれを差し出す。
「土産だ。」
「…?」
刹那は受け取って窓を閉めた。
あ、という声を背中に聞いて、アリーは玄関の方に回り込む。
家に入ると刹那がケースを抱えたまま、小走りに寄ってきた。
「カブトムシだ。」
「ああ。」
「メスだ。」
「ああ。不服かよ。」
「いや、どっちでもいい。」
表情の少ない刹那だが、微妙に頬が染まっている。
一応喜んでいるのだろうとアリーはあさっての方向を見てニッと笑った。
買って来たカブトムシではない。
ただ帰り道でたまたま見つけたものだった。
それを持って帰れば刹那が喜ぶだろうかとか考えたわけでもなかった。
道路に落ちていたその虫を憐れんだわけでももちろん無い。
ただ、
そう、
ただ、なんとなくだ。
汚いままのケースを机に置き、それをじっと眺める刹那を後ろから眺めて、アリーは思い出した。
そう言えば2年ぐらい前の秋には、芽が出たサツマイモを土に埋め、それがそのうち増えるんだろうとわくわくしていた刹那を眺めていた。
あの土はその時のものだったか。
結局そのサツマイモは埋めた時期もでたらめで、誰も世話をしなくなってどうにもならなかったのだが、時々こういう気まぐれをしたくなるのは、この刹那の後ろ姿があるからかもしれない。
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