ショートショート

4.7


 自室で眠りから覚めた刹那は、今日の日付を見ると自嘲するような笑みを浮かべた。
 数秒その数字を見やり、ふいっと目を逸らすとソレを意識の外へ追いやった。


 誕生日は親に感謝する日だ、とどこかで誰かが言っていた。
 それを思い出す度、刹那は苦いものが喉の奥に上がってくるのを感じた。
 感謝する親などいない。
 いや、それ以前に。
 自分さえ生まれてこなければ、もしかしたら両親は死なずに済んだかもしれないのだ。
 あの貧困の国でも、生き続けることが出来たかもしれない。
 国が滅んでも、何処の国に蹂躙されても。
 そこに思い至ってしまえば、自分の誕生を呪いこそすれ祝うだの感謝するだのという概念は消え去ってしまう。
 その日付は刹那にとって忌むべきものなのだ。


 いつものように淡々と訓練をこなし、ティエリアの苦言にも少しの動揺も見せず、ただ時間を過ごしていく。
 ただ、この一日が早く過ぎればいいと思っていた。


「刹那、着替えが済んだらレストルームに来いよ。」
 声を掛けたのはロックオンだ。
 纏まりのないマイスターが辛うじて繋がっているのは、彼の存在のおかげと言える。
 しかしその世話好きな彼のお節介は、刹那にとって少々迷惑なものだった。
「…今日の予定はすべてこなした。もう休むつもりだ。」
「用があるんだよ。拒否権はない。来いよ?」
 何を以て拒否権がないと言ったのか刹那には解らなかったが、そう言われてしまうと無視するわけにもいかない。
 刹那は小さく「分かった。」とだけ答えて背を向けた。




 言われた通りレストルームに向かった刹那は、ドアが開いた瞬間にけたたましく鳴り響いた音と、顔の前に散ってきた何かに一瞬たじろいだ。
「お誕生日おめでとう!刹那!」
 真っ先にそう言ったのはクリスティナだ。
 それに続くようにロックオンとアレルヤが「おめでとう。」と笑顔を向けた。
 先程の音はクラッカーだったらしい。
 刹那の肩や手に、その紙屑が降り掛かっていた。
 レストルームの中は飾り付けられていて、マイスターの他にもクルーが集まっている。
 その全員が、口々に「おめでとう。」と言うのを聞いて、刹那は居心地悪く目を伏せた。
「…必要ない。」
 そう言って踵を返そうとするのを、まるで見越していたかのようにロックオンが止めに来た。
「ほらほら、もうみんな集まっちまってんだから、付き合えよ。たまにはいいだろ?こういう馬鹿騒ぎもさ。」
「馬鹿騒ぎがしたいなら、他のことでやってくれ。迷惑だ。」
 そう言うなよ、と苦笑いを向けるロックオンに、大体何故誕生日を知っているのかと文句を返す。

 クルーの経歴など誰も分からない筈なのだ。
 それをどうやって調べたのか。
 本名は元より、出身国も何もかもが伏せられたままの現状で、どこにそんな情報があるのだろう。

 ロックオンは刹那を無理やり部屋の中央に押しやりながら、「前に中東に行ったことあったろ。」と事も無げに言った。
 それを聞いてハッとする。
 訓練を兼ねた情報収集のため地上に降りたマイスターは、それぞれ偽名と偽の経歴の情報が入ったIDを使った。
 しかし刹那は自戒を込めてその日、本当の経歴をIDに登録していた。
 それでもその情報が本物だなんて誰にも話していない事なのに、とロックオンを見返す。
「誕生日だよな?今日。さっき否定しなかったもんな。」
 必要ないと言っただけで否定はしなかったと突きつけられ、肯定するしかなくなる。
 ロックオンは得意げな顔を振りまいていた。
「どうだ?俺のカン、すげえだろ。」
 カンなどという不確かなもので見透かされてしまったことが腹立たしい。
 一層不機嫌な顔になったところに、ジュースが入ったコップが差し出された。
「折角だから、お祝いすればいいと思います。お腹も膨れるし。」
 抑揚のない声でフェルトがそう言って、ぎこちない笑みを見せる。
 その言いようと表情で、彼女もこういう場は苦手なのだろうかと刹那は思った。
「…確かに…腹は膨れる…。」
「はい。」
「よし決まりっ!今日はパーティーだ!」
 フェルトの言に同意したのを了承と判断して、ロックオンが宴をスタートさせた。



 まだ納得できないまま料理を口に運ぶ刹那の横で、ロックオンは「いいだろ?仲間なんだから。」といつものお節介を向けている。
 とかく「仲間」という言葉を使いたがるこの男に、刹那は嫌気がさしそうになっていた。
 仲間は疾うに死んだ。
 あの男に騙されて。
 自分は偶々生き延びただけだ。
「仲間など…。」
 その後に続く言葉が「いない」なのか「いらない」なのかはロックオンには解らなかった。
 それでも彼は刹那を、他のマイスターを、手放そうとはしない。
「ああ、でも…これから、なっていくんだ。」
 ドキリと鼓動が高鳴った。
 刹那が自分の手で壊した世界に、何かが入ってきたように感じた。

 ひび割れた空間を、埋めていくように。





fin.
18/18ページ
スキ