ショートショート

焦がれる



「崇高な考えだね、イオリア。感服するよ。」

「でもね、ひとつだけ…。ひとつだけ納得できないことがあるんだ。」

 リボンズ・アルマークは、Oガンダムを操りながら淡々と言葉を出した。
 外では滅んでしまう国が喘いでいる。
 それを助けるわけではなく、ただその無益な戦闘を消す為、両者を排除していく。
 どのみちこのOガンダムの起動テストが本来の目的なのだから、その場に居るものを全員殺さなくてはいけない。
 助ける、などという行為は全く予定にないのである。

「こんなに優秀なこのボクが、これほど愚かな人間たちを救うための道具でしかないってことだよ。」

 イオリアの計画はほぼ把握している。
 自分がその為に生み出されたという事も。
 その計画通りに行けば、彼は、死ぬ運命なのだ。

「見てよ、イオリア。どう考えたって、こんな人間達よりボクという存在を残した方が正解だと思うよ?」

 そう言ってまた一機、モビルスーツを破壊したとき、一人の子供に気付いた。
 そのまなざしを受け、リボンズはトリガーにかけた指の力を抜いた。

「…そう…、キミにはこのボクが神様に見えるんだね?」

 このOガンダムを目にした人間は、全て殺さなくてはいけない。

「…いいよ。ボクがキミの神様になってあげる。ボクが、キミの運命を決めてあげるよ。」

 その日、リボンズは初めて命令に背いた。






「イオリア、ボクがもっと面白くて完璧な計画にしてあげるよ。あなたが考えていたよりもっと、人類は統率された平和を永遠に享受できる。」
 マイスターを人間から選び出すよう仕向けたリボンズは、自由を手に入れた。
 しかし何か大きな力が必要だ。
 例えば、財力。
「愚かな金持ちは腐るほどいる。」
 しばらくその愚かな人間の下で過ごさなくてはならないかと、バカバカしさに溜め息を吐いた。
「目的のためなら手段は選ばないよ。そうだよね、イオリア?」
 目を細め、天を仰いだ。







 全てが自分の思い通りに運んでいる筈だった。
 小さなイレギュラーはあったにしろ、そんなものはどうにでもなると思っていた。
 しかしイオリアの計画を歪めてしまったことが、かえって人間の反骨精神に火を点けてしまったのか。

「キミ達は生き残る予定ではなかったんだよ。さっさと世界をボクに明け渡しなよ。」

 完璧な平和を作ってあげようというのに、なぜこうも人間は愚かなのか。
 出るのは溜め息ばかりだ。

「ね?やっぱり彼等は愚かでしょう?イオリア。あなたは人類を守ることより、あなたの生み出した、新しい存在を増やすことを考えるべきだったんだよ。」

 そう、ボク達イノベイドをね。

「生き残るのはボク達さ。人間の能力でボク達を越えられるわけがない。」

 そんなことがあってなるものか。
 心の中で湧きあがる不安を、リボンズは一蹴した。
 不安など微塵も感じていないのだと自分自身に暗示を掛ける。

「それを証明してあげるよ。見ていてよ?イオリア。」








 太陽炉を手に入れたリボンズが次に見つけたのはOガンダムだった。
 なんて…。
 なんという導きだろう。

「フフフ…。ボクも神様を信じたくなったよ。一瞬だけどね。…それとも、導いてくれたのはあなたかい?イオリア。」

 自分が作った家族、子供達はCBに敗れた。
 それを悲しいと思う心はリボンズにはなかった。
 イオリアが彼を道具として作った様に、彼も仲間を道具として作っていたから。
 だからその仇討ちをしようなんて気持ちは少しも無かった。
 ただ、自分が高みにいるのだと見せつけたかったのだ。

「キミにそんな運命を与えた覚えはないよ、刹那・F・セイエイ。キミは与えられた運命をただ受け入れればよかったんだ。」

 ボクはキミの神なのだから。



 全力で戦うなんて、予定外だった。
 しかも、力を出し切ってもなお互角だなんて。

 結局ボクは彼をイノベイターにする手伝いをしたのか?
 イオリアの計画の通り、ボクはその道具でしかなかったのか?
 ちがう。
 こんなはずではなかった。

 押し殺していた不安が噴き出してくる。
 自分はただの道具だと。
 イオリアに作られた、踏み台になるだけの人形だと。
 否定していたすべてが証明されてしまう。
 そんなことを容認できるわけがなかった。

 彼に負けた時点で、その証明が完了してしまう。





 かつて神を見るような目で見上げていた少年が、運命を与えられただけの少年が、リボンズの全てを奪っていく。

「ひどい人だね、あなたは…。人類を守ることが出来れば、ボクのことなんてどうでも良かったんだ。自ら生み出した命なのに、それを道具として使うことしか考えていなかった。…イオリア…ボクは…あなたを憎むよ…。」



 焦がれた相手はかの人なのか、それとも目の前の少年なのか。
 その答えを出さぬまま、リボンズ・アルマークは散っていった。



fin.
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