ショートショート
映し鏡ではなく
ライルが私にキスをして、私が彼を叩いて、そして、それから口を聞いていない。
最初はロックオンが帰ってきたのだと、彼が生きていたのだと、驚きと喜びに私の胸は熱くなった。
すぐに別人だと分かったけど、それでも私は彼から目が離せなかった。
ロックオンと同じ顔。
ロックオンと同じ声。
ロックオンが私に優しく声を掛けてくれたように、彼も優しくしてくれるだろうか。
どうやって話し掛けよう。
前のロックオンは、みんなのお兄さんみたいで、こちらが困っていると気にかけてくれた。
彼から話し掛けてくれないだろうか。
そんな風に思っていた。
ひっぱたいて部屋に帰って、いろいろ考えて、やっと私は間違いに気づいた。
彼はロックオンじゃない。
分かっていたはずの事を、私は分かっていなかったのだと。
考えてみれば前のロックオンにも彼にも失礼な話だ。
二人は別人で、性格が全然違ったっておかしくないのにそれを同一視するなんて。
もう数日が経ってしまったけど、今からでも謝ろう。
そうすることで、私の中でもけじめがつくだろうから。
ライルが一人佇んでいるのを見て、私は傍に寄った。
隣に立って彼と同じく外の闇を見つめて、声を掛けた。
「…あの…。」
彼はちらっとこちらを見ると、一瞬訝しげな顔をして、次にまたキスをした時と同じような笑みを見せた。
「何?…俺と付き合う事にしたのか?」
少し不快に思ったけど、これは彼の本心じゃないと分かっている。
彼は私に怒っているだけだ。
自分はロックオンじゃない、と。
「いえ、…謝ろうと思って…。」
「謝る?何をさ。あはは、俺とは付き合えないって事をか?」
おどけて見せる彼に、私はムッとして見せた。
少しは話を聞く態勢でいて欲しい。
「違います。…私、あなたの事を見ていなかったと思って…。ごめんなさい。あなたとロックオンは別人だと、分かってなくて…。」
「…いいさ。みんなそんなもんだろ?…どうせ、俺は予備パーツだ。」
彼の顔が悲しげな笑みに変わった。
「…そんな事…。私は思い違いをしていたけど、刹那はそんな理由であなたを連れてきたわけじゃないと思います。」
「どうだかな。」
それに関しては私は何も言えない。
他の人がどう見ているかは私にも分からないから。
なんて言っていいか分からなくて、私は少し黙ってしまった。
こんな時、ロックオンなら気の利いた励ましの言葉を言うんだろうな。
「…用はそれだけか?」
話を終わらせようとしているのだと分かって私は慌てた。
これで終わったら、彼に不快な思いをさせただけになってしまう。
「その…。あの…。お話を、しませんか…?」
「話?…何の。」
「…あなたの…お兄さんの…。」
彼はますます不快な顔をした。
「あ、あの、…別にあなたと彼を比べたいわけではなくて…。」
「…俺は兄さんのことなんて知らないんだ。話なんて出来ないよ。」
「…小さい頃の話でもいいんです。…私は、あなたが知らないここでの話をします。」
眉間に寄ったしわが、この話題の不快さを物語っている。
彼はお兄さんが死んだことを受け入れたくないのだろうか、それとも、お兄さんの事が嫌いなんだろうか。
私が困っていると、彼は溜め息をついて笑顔を作った。
「よっぽど兄さんの事が好きだったんだな。特別な関係か?…って…君…まだ19だったよな…ってことは兄さんが居た頃って…。」
そういって年齢を計算している彼に、私は慌てて否定した。
「ち、違います!」
「?違うのかよ。じゃあ何で。」
「す、…好きでしたけど…。その…私はロックオンの事が好きでした。彼はとても優しかったから。私が泣いていたら頭を撫でてくれたり…悩み事を聞いてくれたり…。だから、私が一方的に好きだっただけです。」
こんな話を口に出してしまったことに、ちょっと恥ずかしさを感じた。
顔が赤くなっているのが自分で分かる。
彼は「ああ。」と納得の返事をした。
そしてニッと笑った。
「残念だったな、俺が優しくなくってさ。」
その一言で、何となく彼ら兄弟の関係性を把握できた気がする。
彼は双子の兄にコンプレックスを持ち、卑下しているんだ。
「…残念なんかじゃありません。」
「へーえ?」
「あなたがあなただということが分かって助かります。」
「…それって…褒められてんのか?けなされてんのか?」
「どちらでもありません。事実を言っただけです。」
ハハっと彼は笑った。
私も少し笑った。
「…お願いがあるんですけど…。」
「ん?」
「あなたのこと、ライルって呼んでいいですか?」
「いいけど。…何でだ?」
「私にとって、ロックオンは特別で…あなたをその名で呼んでいるとまた分からなくなってしまいそうだから…。」
「…ああ、なるほどね。」
「失礼なこと…言ってますか?」
「いや?混同されるより、ライルって呼ばれる方がいい。」
そう言って、彼は初めて自然な笑顔を見せてくれた。
ああ、この人も優しいんだ、本当は。
その優しさの出し方はロックオンと違うけれど。
話せるようになって、私は少しだけ、ライルと言う人を好きになれた気がする。
これからはきちんと彼を彼として見ることが出来そうだ。
fin.
ライルが私にキスをして、私が彼を叩いて、そして、それから口を聞いていない。
最初はロックオンが帰ってきたのだと、彼が生きていたのだと、驚きと喜びに私の胸は熱くなった。
すぐに別人だと分かったけど、それでも私は彼から目が離せなかった。
ロックオンと同じ顔。
ロックオンと同じ声。
ロックオンが私に優しく声を掛けてくれたように、彼も優しくしてくれるだろうか。
どうやって話し掛けよう。
前のロックオンは、みんなのお兄さんみたいで、こちらが困っていると気にかけてくれた。
彼から話し掛けてくれないだろうか。
そんな風に思っていた。
ひっぱたいて部屋に帰って、いろいろ考えて、やっと私は間違いに気づいた。
彼はロックオンじゃない。
分かっていたはずの事を、私は分かっていなかったのだと。
考えてみれば前のロックオンにも彼にも失礼な話だ。
二人は別人で、性格が全然違ったっておかしくないのにそれを同一視するなんて。
もう数日が経ってしまったけど、今からでも謝ろう。
そうすることで、私の中でもけじめがつくだろうから。
ライルが一人佇んでいるのを見て、私は傍に寄った。
隣に立って彼と同じく外の闇を見つめて、声を掛けた。
「…あの…。」
彼はちらっとこちらを見ると、一瞬訝しげな顔をして、次にまたキスをした時と同じような笑みを見せた。
「何?…俺と付き合う事にしたのか?」
少し不快に思ったけど、これは彼の本心じゃないと分かっている。
彼は私に怒っているだけだ。
自分はロックオンじゃない、と。
「いえ、…謝ろうと思って…。」
「謝る?何をさ。あはは、俺とは付き合えないって事をか?」
おどけて見せる彼に、私はムッとして見せた。
少しは話を聞く態勢でいて欲しい。
「違います。…私、あなたの事を見ていなかったと思って…。ごめんなさい。あなたとロックオンは別人だと、分かってなくて…。」
「…いいさ。みんなそんなもんだろ?…どうせ、俺は予備パーツだ。」
彼の顔が悲しげな笑みに変わった。
「…そんな事…。私は思い違いをしていたけど、刹那はそんな理由であなたを連れてきたわけじゃないと思います。」
「どうだかな。」
それに関しては私は何も言えない。
他の人がどう見ているかは私にも分からないから。
なんて言っていいか分からなくて、私は少し黙ってしまった。
こんな時、ロックオンなら気の利いた励ましの言葉を言うんだろうな。
「…用はそれだけか?」
話を終わらせようとしているのだと分かって私は慌てた。
これで終わったら、彼に不快な思いをさせただけになってしまう。
「その…。あの…。お話を、しませんか…?」
「話?…何の。」
「…あなたの…お兄さんの…。」
彼はますます不快な顔をした。
「あ、あの、…別にあなたと彼を比べたいわけではなくて…。」
「…俺は兄さんのことなんて知らないんだ。話なんて出来ないよ。」
「…小さい頃の話でもいいんです。…私は、あなたが知らないここでの話をします。」
眉間に寄ったしわが、この話題の不快さを物語っている。
彼はお兄さんが死んだことを受け入れたくないのだろうか、それとも、お兄さんの事が嫌いなんだろうか。
私が困っていると、彼は溜め息をついて笑顔を作った。
「よっぽど兄さんの事が好きだったんだな。特別な関係か?…って…君…まだ19だったよな…ってことは兄さんが居た頃って…。」
そういって年齢を計算している彼に、私は慌てて否定した。
「ち、違います!」
「?違うのかよ。じゃあ何で。」
「す、…好きでしたけど…。その…私はロックオンの事が好きでした。彼はとても優しかったから。私が泣いていたら頭を撫でてくれたり…悩み事を聞いてくれたり…。だから、私が一方的に好きだっただけです。」
こんな話を口に出してしまったことに、ちょっと恥ずかしさを感じた。
顔が赤くなっているのが自分で分かる。
彼は「ああ。」と納得の返事をした。
そしてニッと笑った。
「残念だったな、俺が優しくなくってさ。」
その一言で、何となく彼ら兄弟の関係性を把握できた気がする。
彼は双子の兄にコンプレックスを持ち、卑下しているんだ。
「…残念なんかじゃありません。」
「へーえ?」
「あなたがあなただということが分かって助かります。」
「…それって…褒められてんのか?けなされてんのか?」
「どちらでもありません。事実を言っただけです。」
ハハっと彼は笑った。
私も少し笑った。
「…お願いがあるんですけど…。」
「ん?」
「あなたのこと、ライルって呼んでいいですか?」
「いいけど。…何でだ?」
「私にとって、ロックオンは特別で…あなたをその名で呼んでいるとまた分からなくなってしまいそうだから…。」
「…ああ、なるほどね。」
「失礼なこと…言ってますか?」
「いや?混同されるより、ライルって呼ばれる方がいい。」
そう言って、彼は初めて自然な笑顔を見せてくれた。
ああ、この人も優しいんだ、本当は。
その優しさの出し方はロックオンと違うけれど。
話せるようになって、私は少しだけ、ライルと言う人を好きになれた気がする。
これからはきちんと彼を彼として見ることが出来そうだ。
fin.