FF7

楽しみ




「で、届け物は?」

 ヴィンセントは、部屋に来るなり強引に上がり込んだクラウドに尋ねた。

 クラウドはフッと笑う。

「ない。」

「え?」

 荷物があると言っていたから、場所を教えたのに。

「あんたがどんな所に住んでるのか、興味があったんだ。」

「…まあいいが、何もないぞ。」

「おかまいなく。」

 そうは言われても、何もお構いしない訳にもいかない。

 取りあえず、コーヒーを入れる。

「クラウド。お前は結構迷惑な奴だと覚えておくことにしようか。」

「そう言うなよ。あんたは秘密主義だから、多少強引じゃなきゃ遊びに来れないだろ。」

 遊びに来たのか。と思いながらカップを差し出す。

「嘘をついて場所を聞き出さなくてもいいだろう。」

「ふっ。じゃあ、嘘じゃなければいいのか?」

 少し考えてから、クラウドはまた笑った。

「俺が届け物ってことにしておこう。」

「ほう。いいのか? それで。」

「ああ。」

 今度は特に考えずに軽く返事をした。

「届け物ということは、その所有権は私に移ったわけだな。つまり、私がお前をどう使おうと自由なわけだ。」

「あ…それは…」

「そう言えば、カダージュにやられそうになった時、私が行かなければ危なかったな。他にも…」

 過去の話を持ち出され、複雑な顔をするクラウド。

 ヴィンセントは、微かに口の端を上げ、クラウドに対するこれまでの『貸し』を次々に挙げていく。

「ふん。結構な数の貸しがあるな。」

 ヴィンセントがそう言うと、クラウドは苦笑いで返す。

「それはもちろん感謝してるよ。」

「そーゆーのは態度で示されてこそ、伝わるというものだろう?」

 クラウドは観念した。

「あー、もう、分かったよ。で、何すればいいんだ?」

 フッと笑うヴィンセントは、何か企んでいる様だった。









 その数分後、クラウドはこの部屋に来たことを後悔していた。

「クラウドを一日自由に出来るとあれば、これは必須だろう。」

 無表情のまま、ヴィンセントはクローゼットの中をがさごそと探り、あれやこれや引っ張り出している。

 その正体は大量の服。しかも女物。

「な、何だ、これは…。」

「私は色々な所に行くからな。行く先々で買ったんだ。民族衣装は鮮やかでいいだろう?」

「で…、これ、着ろって?」

「もちろんだ。何の為に出していると思っている。」

 中のひとつを差し出す。

 ヴィンセントは次々と試着をさせ、おまけに写真まで撮っている。

 クラウドは少々青ざめながら、大人しく言うことを聞いていた。

 しかし、気になることがひとつ。

 どれも、サイズがピッタリな気がする。

 延々3時間そんなことを続け、昼が過ぎてしまった。

 ヴィンセントは、腕組みをして「うーん」と考えている。

「やっぱり、身体の線が隠れるものの方が似合うかな。」

「…いや、この際、似合うとかどーでもいーし…。」

「これをもう一度。」

 差し出されたのは、何着か前に着た東洋の民族衣装。

 それを着ると座る様に言われ、大人しくソファーに腰掛ける。

「もう少し女っぽく座れないか。」

「………」

 仕方なく膝を合わせ、裾を直して姿勢を良くした。

「フン、…よし。」

 次にヴィンセントが持ち出したのは化粧品だ。
「ま、まさか…」

「やはり、これも必須だ。」

 どこで覚えてきたのか、ヴィンセントは手早くクラウドに化粧を施し、髪型も変えた。

 満足げな笑みを微かに浮かべるヴィンセント。

「さあ、行こうか。」

 突然彼が言い出したことに驚き、たじろぐ。

「い、行くって…、どこへ…。」

「腹、空いてるだろう? 昼を食べに行こう。」

「このまま!?」

「当然だ。」

 血の気が引くのを感じるクラウド。

 ヴィンセントはそんなことは気にも留めず、玄関に向かった。

「行くぞ。」

「ち、ちょっと待て。…出かけたくない。」

 ヴィンセントは無表情で言う。

「心配するな。この街に知り合いはいないだろう?」

「それは…そうだが…」

「充分、女に見えている。何の問題もない。」

 有無を言わせずヴィンセントはクラウドを連れ出した。





 店で席に付くと、ウエイトレスがやって来た。

「あら、ヴィンセントさん。珍しいですね、お連れの方がいらっしゃるのって。」

「ああ、遠くから遊びに来た。」

「彼女さんですか? お綺麗な方ですね。」

「まあ、そんなようなものだ。」

 ウエイトレスは、クラウドの方を向いてニコッと笑う。

「いらっしゃいませ。ヴィンセントさんはよくこのお店に来て下さるんですよ。でも、女性を連れていらしたのは初めてです。ゆっくりしていって下さいね。」

 クラウドは無言で愛想笑いを返した。

「無口な方ですね。」

「人見知りするんだ。」

 適当な事を言ってから注文する。

 ウエイトレスが去ったあと、ヴィンセントは微かに笑んだ。

「な? 女に見えると言ったろう?」

 クラウドは、極力小声で答える。

「分かったから、喋らせないでくれ。」

「少し高い声で女っぽく喋れば、問題ないと思うが…。」

 その意見に同意はしなかったが、周りの人間に男だと知れてしまう事を想像すると、女になりきる方がよっぽどいい。

 クラウドは出来るだけ大人しく、しとやかに振る舞った。

 そんな様子が気に入ったのか、ヴィンセントは機嫌がいい。

 クラウドが嫌がるのも構わず、その後も街中を連れ歩いた。






 部屋に戻ると、つかつかとリビングのソファーの所に行き、「脱ぐぞ!」と帯に手を掛ける。

 すると、ヴィンセントはその手首を掴んだ。

「まだダメだ。」

「もう疲れた! ガマンの限界だ!」

「まあ聞け。」

 何だろう、と大人しく聞く。

 するとヴィンセントは、金属音のする左手の人差し指を立てて説明する様に言った。

「その服の醍醐味はな…。」

「ダイゴミ…?」

 軽く口の端を上げ、ヴィンセントは帯に手を掛けた。

「脱がせるところにある。」

「は?」

 次の瞬間、ヴィンセントはポンッとクラウドの肩を突いてバランスを崩させると、帯を引いた。

 シュルシュルっと音を立てて帯がはずされる。

 すると、クラウドはその勢いで倒れながらくるんっと回ってしまった。

「うわっ!」

 ソファーに突っ伏したクラウドに、ニコッと笑顔を向ける。

「な? 面白いだろう?」

「…いや、別に…。」

 軽く転がされてしまった事に恥ずかしさを感じ、赤面しながら体を起こした。

 しかし、ヴィンセントはそれを阻止する。

「俺は早く脱いで着替えたいんだ!」

「だから、私が脱がせてやると言っている。」

「自分で脱げるっ! それに立ち上がらなきゃ脱ぎにくいだろ!?」

「いや、この服はそのままで大丈夫。」

 クラウドを押さえ付け、内側の帯を引き抜く。

 ハラハラと襟元が開き胸がはだけた。

「な? 面白いだろう?」

「だ、だから、別に面白くなんか…」

 クラウドの意見は無視することにして、続ける。

 元々ゆったりとしたその服は、少し触るだけでハラハラと滑り落ちた。

「こらこらこらこら!」

「何か文句でもあるのか?」

「あるっ!!」

「ふっ。却下。」

「何が却下だ! 何が!!」

「着替えたいんだろう? 大人しくしていろ。」

「だからっ! ちょっ…待てっ! ヴィンセント! おいっ! やめっ!」




───────


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───



────数週間後。


 ティファの店に、久しぶりにヴィンセントが現れた。

 彼が何を生業としているかは誰も知らないし、普段何をして過ごしているかも誰も知らない。

 それでも時々、彼はふらっと仲間の前に姿を現したりする。

「あら、久しぶり。元気だった?」

 まだ開店直後で客がいない時間。ヴィンセントはカウンターの席に座った。

「ああ。何か軽く食べられるものをくれ。」

「はーい。ちょっと待っててネ。」

 ティファは手早く料理を始めた。

「皆、元気か?」

 いつもの抑揚の無い声に、ティファは笑顔で答える。

「うん、とっても。」

「そうか。」

 そこに店の入口が開く音がした。

 カランコロン。

「「ただいまー!」」

 デンゼルとマリン。

「もう! あなたたち! そこから入っちゃダメって言ってるでしょぉ!?」

 出来上がった料理を皿に盛りながら、ティファが怒る。

「いーじゃん、客いないんだから。」

 デンゼルが悪びれずに言った。

「いるでしょ? ひとり。」

 ティファがそう言うと、マリンは駆け寄ってヴィンセントの右隣りの席に腰掛けた。デンゼルもそれにならい、左隣りに座る。

「久しぶりだね、ヴィンセント。」

 満面の笑みのマリンに「ああ。」とだけ答えると、ヴィンセントは出された料理を食べ始めた。

 素っ気ない態度だが、それが彼なのだとマリンもデンゼルももう知っている。特に気にする事なく、また話しかけた。

「最近、どっか面白いところ、行った?」

「…いや、特には…。」

「マリン、食事の邪魔しちゃダメよ。」

 ティファが苦笑いで注意する。

「えー? お話聞きたいもん。ねーデンゼル。」

「うん。何か珍しい話、ないの?」

 ヴィンセントは無言で少し考え、ポケットから一枚の写真を出した。

 デンゼルに見せる。

「わー! 彼女とのツーショット写真だー!!………」

 声を上げ、じっと固まってしまったデンゼルを見て、マリンは席を立ちデンゼルの後ろに行く。

「え? 見せて見せて。」

 デンゼルの席に足を掛け、覗き込む。

 マリンも、「わー、きれい…」と言ったところで止まってしまった。

 ティファがカウンターの中から声を掛けた。

「どうしたの? 二人とも。何の写真?」

「ねえ、ティファ。」

 キョトンとした顔でマリンが尋ねる。

「クラウドって、お姉さんか妹、いる?」

「…いないけど…、どうしたの?」

 また黙って、マリンとデンゼルは顔を見合わせた。

 デンゼルが写真をヴィンセントの方に向ける。

「なあ、これって…。」

「…もしかして…」

 カランコロン。

 入口のドアが開き、入ってきたのはクラウドだった。

「クラウド! あなたがそこから入ってくるから、この子達、マネするでしょ!?」

「いいじゃないか、客のいない時間なら。」

「い・る・で・しょ? ひとり。」

「ああ、ヴィンセント。来てたのか。」

「ああ。近くまで来たからついでだ。」

 クラウドは、さっきまでマリンが座っていた場所に腰掛けた。

「ティファ、コーヒー頼む。」

「高いわよ。」

「身内料金にしろよ。」

「身内料金は割り増し。」

「割り増しかよっ。」

 冗談を言っている二人を、ヴィンセントの向こうからじっと見ているマリンとデンゼル。

 その様子に気付いて、クラウドが聞いた。

「どうしたんだ? 二人とも、変な顔して。」

 また顔を見合わせる二人を見て、ティファがコーヒーを入れながら言った。

「何か、ヴィンセントの持ってた写真見てから変なんだよね。」

「写真? 何の?」

「さあ? 私、見てないから。」

 無言でデンゼルが写真を差し出す。

 クラウドは、視線を落とすと同時に声を上げた。

「あ゛ー!!」

「どうしたの?」

 ティファが不思議そうな顔をする。

「ヴィンセントっ! 何でこんな写真持ち歩いてるんだっ!!」

 それはこの前ヴィンセントの所に行った時に、ウエイトレスに撮らせた写真だった。

 男だとバレたくないが為に、必死で笑顔を作った場面。

 知らない人が見たら、女としか思わないだろう。

「話のネタに。」

「ネタにするなー!!」

 怒るクラウドにコーヒーを出し、「どんな写真なの?」とティファは手を伸ばした。

 その手をよけてクラウドが写真を破ろうとすると、ヴィンセントが呟く。

「それを破ったら、他のをバラまく。」

 実際はネガがあるのだから、一枚くらい破られても問題はないのだが、彼は面白がっているのだ。

「え? 他にもまだあるの?」

 デンゼルの問いにヴィンセントはぼそっと答える。

「たくさんある。」

 ティファはヴィンセントにもコーヒーを出した。

「で? 何の写真なワケ?」

「あのね、ティファ。クラウドがね…」

「マリン!!言うなっ!!」

 口止めをしようとするクラウドに、ティファはもう一度手を差し出した。

「見せて。」

「嫌だっ!」

「見せなさいっ!」

「ぜったいに嫌だっ!」

 手を出したまま、ティファはデンゼルに目で合図をした。

 デンゼルがささっとクラウドの後ろに行き、隠した写真をパッと奪い取る。

「あっ! こらっ!」

 デンゼルは急いでカウンターの中に走って、ティファに手渡した。

 ふふ~ん♪と勝ち誇ったように笑って、手の中の写真を見る。

 と……。

「何、これ……」

「ね、すごいでしょ?」

 マリンが身を乗り出して言った。

 ティファはしゃがみ込み、口に手を当てている。

「うわ───。何これ───。信じらんない。」

「あ゛~、もういいだろ! 返せ!」

「それはお前のじゃなく、私のものだ。」

 ティファは立ち上がると、写真をヴィンセントに返した。

「率直に言って…綺麗よね。」

「感想は言わなくていい!!」

 真っ赤な顔で怒るクラウド。

 それを面白がって、ティファはまた付け足した。

「すごく綺麗だって。私、負けそーだもん。」

 ヴィンセントがまたひらひらと写真を見せて言う。

「な、言ったろう? 女にしか見えないと。」

「うるさいっ!」

 怒ったクラウドは、そっぽを向いてコーヒーを飲み出した。

「でも、何でクラウド、こんなカッコしてたの?」

 マリンが首をかしげた。

 ヴィンセントが答える。

「日頃の礼に、なんでも言うことを聞くというから着せてみた。」

「へーえ。」

「何か貸しを作れば、言うことを聞いてもらえるぞ。」

 マリンは目を輝かせた。

「じゃあ、私も貸し作るっ! でね、でね、お姫様ドレス着てもらうの♪」

 ブッ! ゲホゲホッ!

 吹き出すクラウド。
 ヴィンセントがしれっと言う。

「そーゆー服もあるぞ。」

「ホント?」

 喜ぶマリンがティファにも話を振る。

「ねー、ティファはどんなのがいい?」

「そーねー。メイド服で、ここでウエイトレスやらせるっていうのはどうかしら。」

「ティファ! 冗談はやめてくれ!」

「ホンキならいいの?」

「ちがーう!!」

 クラウドをおちょくって楽しむティファ。

「ねー、デンゼルは?」

 マリンに聞かれ、デンゼルは困った顔をした。

「えー? オレ、クラウドはカッコイイ方が好きだな。」

 味方になってくれそうなデンゼルにホッとしたクラウドだったが、その期待は数秒で裏切られた。

「あ、そうだ。いいこと思い付いた。」

 デンゼルがそう言うと、マリンもティファも「なになに?」と興味津々だ。

「クラウドにウェディングドレス着せて、ティファにタキシード着せて、ケッコン式すれば?」

 3秒の沈黙。

 マリンが胸の前で手を組み、目を輝かせた。

「それ、いーかもー♪」

「えー…それはちょっと…」

 自分まで入れられた事に少し不満なティファ。

「…ウェディングドレスは、まだ持ってないな…」
と、ヴィンセントが呟いた。



 それから暫く、クラウドは3人に借りを作らないように気をつけていた。
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