最遊記

やっぱり、あげない。




「よーお、元気してっか?」

 いきなり目の前に現れた相手に、三蔵は咥えていた煙草を落としそうになった。

「うおっと…アチッ!」

 持っていた新聞を放って、煙草をキャッチ。

 みっともなく取り乱してしまった事に腹立たしげに舌打ちをする。

 そして新聞を拾うと、眼光鋭く相手を見やった。

「何であんたがここに居んだよ。」



 視線の先の相手──観世音菩薩は三蔵の様子など気にも止めず、腰の辺りから包みを出した。

「これの為にわざわざ出向いてやったぞ。感謝しろ。」

 綺麗にラッピングされているそれを一瞥し、三蔵は観世音菩薩に視線を戻す。

「何だ、それは。」

「知らんのか。バレンタインのチョコレートだ。昔はここらでも流行ったんだがな。」

「知らねーよ。何万年前の話だ。」

 三蔵の返しに、観世音菩薩のこめかみに力が入る。

ひとを年寄りみたいに言うんじゃねーよ。」

 人間から見れば年寄りじゃねーかと思いつつ、三蔵はまた煙草を咥えた。

「…で? 何だよ、そのバレン…何とかってのは。」

 仕方ねーな、と呟き説明を始める。

「女が愛しい男にチョコを贈る日だ。そもそもどこかの地域で年に一度告白の日というのがあって、それを菓子の会社がチョコを贈る日として広めたのが始まりだな。」

「さっくりと説明したな。しかも菓子会社の陰謀かよ。」

「まあ、イベントというのは得てしてそういうものだ。…というわけで、受け取れ。」



 煙草の煙をふーっと吐き出しながら、相手の手の中の包みを見ていて気付く。

「──ってオイ、テメー両性体だろう。」

「神をテメー呼ばわりするか、貴様。」

「話を逸らすな。女じゃねーだろ、と言っている。」

「細かい事を気にする奴だな。いーじゃねーか、見えてる部分は女なんだからよぉ。」

「下に付いてるくせに。」

 ふん、と馬鹿にするように息を吐き、三蔵は新聞に目を落とした。

「チッ、受け取る気ゼロかよ。……まあいい。そーゆー態度ならこれはやらねー。」

「いらねーよ。ハナっから。」

 ハイハイ、と観世音菩薩は包みを引っ込める。

「…だがな、これだけは受け取ってもらう。」

 急に声が真剣味を帯びた事に気付き、三蔵はもう一度相手を見た。

 差し出された手には何もない。

 何だろうと思いつつ、その手のゆっくりした動きに視線を合わせる。



 また何か、旅に必要なアイテムか特別な力でも授けてくれるのか。



 すると───。



 出された手はガシッと三蔵の後頭部に当てられ、力強く引っ張られた。

「!!」

 唇を重ねられた事に驚き、硬直する三蔵。

 数秒後の離れ際、観世音菩薩はペロンと唇を舐めた。

「意外に大人しく受け取ったな。」

「…帰れ、このゲス野郎。」

「あんまこのオレに悪態を吐かない方がいいぞ。天に唾すれば己に降りかかる。」

 もう一度手を伸ばすと、今度はバシッと払い除けた。

 三蔵はこの上なく不機嫌に睨む。

「おーおー、いい目だねぇ。元気で何よりだ。」

「うるせぇ。」

「まあ、そう言うな。甥っ子が元気なのは嬉しいものさ。じゃ、帰らぁ。」

 ヒュン、と一瞬で目の前から観世音菩薩が消えた。



 その場を睨みつけながら、最後の言葉を思い出す。

(甥っ子?…何の事だか。)

「チクショー、チョコ受け取っとくべきだったか。」

 三蔵はそう言いながら、唇を拭った。






fin.
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