グラスホッパー
portable─ポータブル─
携帯を応接セットのテーブルに置き、蝉は部屋を出ようとした。
「おいこら。」
背中にかけられた声に、蝉が振り向く。
「あん?」
眉間にしわを寄せ、思いっきり不機嫌な顔を見せた。
その顔に岩西もムッとする。
「あん?じゃねーだろ。なんで“それ”置いてくんだ。連絡できねーだろうが。」
言われて蝉は舌打ちをした。
ややあって、肩を竦めて言い返す。
「3ヶ月、休暇くれんだろ? ここ一週間こき使われた分、きっちり休ませてもらうかんな。」
この日までの一週間、蝉は毎日仕事をしていた。
しかも、日本を縦断するように、北は北海道から南は沖縄まで全く別の依頼を7件。殺した人数は18人。
そして腹の立つことに、岩西はその土地土地の土産を要求してきた。
もしかして土産が本当の目的なんじゃないかと蝉が疑っているほどだ。
しかし、疑いつつも何気に言われた物を買ってきている辺り、この二人がコンビたる所以だといえる。
ともかく、こき使った詫びなのか土産を買って来させた詫びなのかは知らないが、岩西は3ヶ月の休暇を約束したのだった。
「だからサ…。」と蝉は続ける。
「途中で取り消されると困るから、それは要らねー。3ヶ月先に取りに来てやらぁ。」
そう言って悪戯な笑みを浮かべる蝉。
岩西は不機嫌に目を逸らした。
「…つまり、3ヶ月間、お前はここにも来ねーし連絡する気もねーってことかよ。」
見ようによっては拗ねている風にも見えるその態度に、蝉はキョトンとする。
「…仕事ねぇなら連絡いらねぇだろ…?」
「…電話ってのは、仕事の為だけに発明されたもんじゃねーぜ?」
「…は?」
「…電話で話す用件ってのは仕事の事だけじゃねーだろ?」
「…オレは仕事の電話しか取った事ねーよ。お前だって仕事の話しかしねーじゃん。」
まだ頭にハテナを浮かべたまま、蝉はテーブルの携帯に視線を落とした。
言葉を探しているのか、岩西は頭を掻いている。
蝉は「それに…。」と言葉を続けた。
「この電話は仕事用にお前がくれたもんだろ。」
「…んでもよ。仕事以外の話もしてっだろ?」
「いつそんな話したんだよ。」
「…いつもしてるぜ?」
「は?」
心底訳分かんねーと思っていると、岩西が言う。
「…ほら、あれだ。土産の話、したろ。」
呆気に取られて数秒、気を取り直して言い返した。
「それ仕事の延長だろ。上司が部下に買い物して来いって命令してんじゃねーの?」
蝉のその言葉に岩西は愕然とする。
「め、命令した覚えはねえっ!」
「買ってこいっつったじゃん。」
「そ、それはだなっ!」
微かに染まった頬を隠すように、岩西は眼鏡を上げるフリをして手で顔を覆った。
蝉にはその様子が何を意味するのか、全く分からない。
また岩西節が始まるのかと、威嚇でもするようにプーッと膨れて見せる。
「何だよ…命令じゃねーなら買って来なきゃよかったぜ。」
「…め、命令じゃなくてだな、あれは…人付き合いってものを教えてやったんだ。観光地行ったら身近な人間に土産買うもんだって。」
蝉の膨れっ面を見て少し落ち着くと、岩西はいつものような偉そうな態度に戻った。
蝉はまだ膨れたまま、「じゃあサ…」と口を尖らせる。
「な…何だよ。」
「じゃあ言わせてもらうケドさ。土産買って来たオレに礼ぐらいしろっての。それが人付き合いじゃねーのかよ。」
岩西は一瞬言葉に詰まったが、すぐいい事を思いつき、ポンっと手を打った。
「よし、礼をする。」
「え?」
「今日から毎日、お前の土産を夕食に使うからな。食ってけ。」
岩西は立ち上がると、さっき届いたばかりの北海道のカニが入った箱を開け始めた。
「…礼…?」
「何だあ?いらねーのか?」
「食うっ!」
子犬が尻尾を振る勢いで、パッと明るい顔になった蝉を見て、岩西もニッと笑う。
「じゃあ、明日も呼ぶから、携帯は持っとけよ。」
「…ん~…、了解。」
携帯を応接セットのテーブルに置き、蝉は部屋を出ようとした。
「おいこら。」
背中にかけられた声に、蝉が振り向く。
「あん?」
眉間にしわを寄せ、思いっきり不機嫌な顔を見せた。
その顔に岩西もムッとする。
「あん?じゃねーだろ。なんで“それ”置いてくんだ。連絡できねーだろうが。」
言われて蝉は舌打ちをした。
ややあって、肩を竦めて言い返す。
「3ヶ月、休暇くれんだろ? ここ一週間こき使われた分、きっちり休ませてもらうかんな。」
この日までの一週間、蝉は毎日仕事をしていた。
しかも、日本を縦断するように、北は北海道から南は沖縄まで全く別の依頼を7件。殺した人数は18人。
そして腹の立つことに、岩西はその土地土地の土産を要求してきた。
もしかして土産が本当の目的なんじゃないかと蝉が疑っているほどだ。
しかし、疑いつつも何気に言われた物を買ってきている辺り、この二人がコンビたる所以だといえる。
ともかく、こき使った詫びなのか土産を買って来させた詫びなのかは知らないが、岩西は3ヶ月の休暇を約束したのだった。
「だからサ…。」と蝉は続ける。
「途中で取り消されると困るから、それは要らねー。3ヶ月先に取りに来てやらぁ。」
そう言って悪戯な笑みを浮かべる蝉。
岩西は不機嫌に目を逸らした。
「…つまり、3ヶ月間、お前はここにも来ねーし連絡する気もねーってことかよ。」
見ようによっては拗ねている風にも見えるその態度に、蝉はキョトンとする。
「…仕事ねぇなら連絡いらねぇだろ…?」
「…電話ってのは、仕事の為だけに発明されたもんじゃねーぜ?」
「…は?」
「…電話で話す用件ってのは仕事の事だけじゃねーだろ?」
「…オレは仕事の電話しか取った事ねーよ。お前だって仕事の話しかしねーじゃん。」
まだ頭にハテナを浮かべたまま、蝉はテーブルの携帯に視線を落とした。
言葉を探しているのか、岩西は頭を掻いている。
蝉は「それに…。」と言葉を続けた。
「この電話は仕事用にお前がくれたもんだろ。」
「…んでもよ。仕事以外の話もしてっだろ?」
「いつそんな話したんだよ。」
「…いつもしてるぜ?」
「は?」
心底訳分かんねーと思っていると、岩西が言う。
「…ほら、あれだ。土産の話、したろ。」
呆気に取られて数秒、気を取り直して言い返した。
「それ仕事の延長だろ。上司が部下に買い物して来いって命令してんじゃねーの?」
蝉のその言葉に岩西は愕然とする。
「め、命令した覚えはねえっ!」
「買ってこいっつったじゃん。」
「そ、それはだなっ!」
微かに染まった頬を隠すように、岩西は眼鏡を上げるフリをして手で顔を覆った。
蝉にはその様子が何を意味するのか、全く分からない。
また岩西節が始まるのかと、威嚇でもするようにプーッと膨れて見せる。
「何だよ…命令じゃねーなら買って来なきゃよかったぜ。」
「…め、命令じゃなくてだな、あれは…人付き合いってものを教えてやったんだ。観光地行ったら身近な人間に土産買うもんだって。」
蝉の膨れっ面を見て少し落ち着くと、岩西はいつものような偉そうな態度に戻った。
蝉はまだ膨れたまま、「じゃあサ…」と口を尖らせる。
「な…何だよ。」
「じゃあ言わせてもらうケドさ。土産買って来たオレに礼ぐらいしろっての。それが人付き合いじゃねーのかよ。」
岩西は一瞬言葉に詰まったが、すぐいい事を思いつき、ポンっと手を打った。
「よし、礼をする。」
「え?」
「今日から毎日、お前の土産を夕食に使うからな。食ってけ。」
岩西は立ち上がると、さっき届いたばかりの北海道のカニが入った箱を開け始めた。
「…礼…?」
「何だあ?いらねーのか?」
「食うっ!」
子犬が尻尾を振る勢いで、パッと明るい顔になった蝉を見て、岩西もニッと笑う。
「じゃあ、明日も呼ぶから、携帯は持っとけよ。」
「…ん~…、了解。」
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