タイバニ

恋は思案の外Love and reason do not go together




 複数いた犯人の最後の一人を無事捕まえ、事件は解決した。
 虎徹はバーナビーと共にトレーニングルームに向かっているところだ。
「ブルーローズの奴、何処行っちまったんだか。」
 彼女は二人が捕まえたのとは別の犯人を追っていた。
 その途中、何故か戦線を離脱してしまったのだ。
 アニエスの怒鳴り声が虎徹たちにも届いていたからある程度は情報が入ってきている。
「最近はやる気を出していた筈なのにどうしたんでしょうね。」
「犯人と対峙した直後だっつってたから、何かあったんじゃねーか?」
「それにしても連絡がつかないなんて…。」
 そう言いながらバーナビーがトレーニングルームのドアを開けると、中にはもう他のヒーローが帰って来ていた。
「あら、やっと来たわね。」
 そう言って振り返ったネイサンの向こうには、普段着のカリーナがこちらを見ている。
「お、なんだ、ブルーローズ居るじゃねぇか。」
 虎徹がそう言い終わるのが早いか、カリーナは飛びつくように駆け寄った。
「タイガー!逢いたかった!」
「え…?」
 いつもとあまりに違う彼女の態度に、虎徹は戸惑う。
 周りに説明を求めるように視線をやると、ネイサンが肩をすぼめて見せた。
「彼女、犯人の能力でちょっとおかしくなってるのよ。」
「はあ!?」
 驚いてカリーナを見下ろすと、彼女は潤んだ目で虎徹を見上げている。
 縋るように腕につかまり甘えた声を出すカリーナ。
「たぁいがあぁ~、あたし、なんでだか急にアナタに逢いたくなっちゃったのォ~。ずーっと待ってたんだからね?」
「お…おい、ちょ…、と、とにかく、離れてくんね?」
 この態度が犯人の能力によるものだとしたら、正気に戻った時に彼女が落ち込むのは目に見えている。
 そう思って何とか落ち着かせようとするが、離れようとすればするほど彼女の方は強引にくっつこうとして、乱暴に出来ない手前、結果的に抱きつかれる形になってしまった。
「ちょ…おい、ファイヤーエンブレム!なんとかしてくれよっ。」
「何とも出来ないわよ。ちょっと付き合ってあげなさいな。一晩眠れば治るらしいから。」
「付き合ってって…どうすりゃいいんだよ、この状況!」
 間近にいるためカリーナに聞かれないように話すのは無理があり、全部筒抜けになっている。
「…タイガー…冷たい。…あたしのこと嫌いなのね…。…あたしはこんなに…こんなに好きなのに。」
 そう言って、しっかり抱きついたままさめざめと泣き始めてしまった。
「ほら、タイガー、優しくしてあげないと泣きやまないわよ。」
「ええ!?…えーっと、…おーい、ブルーローズぅ、嫌いなんかじゃないぞぉ?」
 冷汗を垂らしながら、虎徹は取り繕う。
「ホント?」
「ぅおおう、ホントホント。大好き。」
 パアッとカリーナの顔が喜びに満ちて、またギュッと抱きついた。
「ホント!?嬉しい!!」


 虎徹は犯人の能力についての話をカリーナを傍らにくっつけたまま聞く羽目になっていた。
「で、操られてるってわけだな?」
「うーん、操るってのとちょっと違うみたいなのよね。一応彼女の意識ははっきりしてるし、あんたのこと以外はちゃんと理性が働いて会話できるし。」
「でも、犯人ほっぽいて帰っちまったんだろ?」
 虎徹の質問にネイサンはうーんと唸る。
 ネイサンも犯人から直接話を聞いたわけではないから、把握しきれていないのだ。
「…なんて言うのかしら…、つまり彼女は今、『恋に生きる女』になっちゃってるみたいなのよ。犯人としては捕まえられなければいい訳だから、戦意を喪失させるためにやったってことだと思うけど。」
 マジかよ、と呟きながらカリーナを見下ろすと彼女はずーっと虎徹に見惚れていたらしく、うっとりと見上げている。
「タイガー、お話、終わった?」
 可愛い顔を傾げてそう聞いてきた。
「あー…、もうちょっと待ってくれな。」
 苦笑いでそう言って、気休めに口の横に手を当てて壁を作りネイサンに小声で尋ねる。
「で、なんで俺なわけ?」
「さ~あ、知らないわよ。犯人の嫌がらせじゃないの?」
 確かに嫌がらせとしては成功だろうなと虎徹は妙に納得してしまった。
 十代のギャルが親子ほども年の離れた相手に熱を上げるなんてまずないだろう。正気に戻った時が可哀想だ、と虎徹は眉間に寄せたしわを人差し指で押さえた。

 その様子をネイサンは冷めた顔で見ていた。
 カリーナが虎徹に恋心を抱いていることは知っている。もしかしたら知らないのは虎徹だけかもしれないとも思っていたりする。
 犯人が彼女に使った能力は、誰かに惚れさせるというものではないだろうというのがネイサンの推論だ。
 彼女は単に、虎徹への恋心が暴走するよう煽られただけだろう。
(まあ、でも…それを言っちゃうのはフェアじゃないわよね。告白は自分の意志でしなくちゃ。)






 抱きついていたカリーナを宥め、なんとか腕を組む程度にまでは落ち着くことが出来た。
 丁度夕食時だったため、バーナビーも交えて一緒に食事をし、そのあと家に帰らせようという段。
「…今日は帰りたくないの…。」
 恋人に言うセリフをあっさりと言われて、虎徹はベソをかくような表情をバーナビーに向けた。
「…どうすりゃいいんだよ。…連れ帰るわけにもいかねぇし…。」
 そうですねぇ、とバーナビーも真剣に思案している。
「まだ未成年ですし、ご両親も心配されるでしょう。…仕方ありません、送って行きましょう。僕がご両親に詳しい説明をします。オジサンじゃ逆効果でしょうから。」
 逆効果だといわれて少々カチンときて、虎徹は顔を顰めた。
「俺がそんな信用の置けない人間に見えるってか?」
 バーナビーは溜め息を吐く。
「何ひがんでるんですか。一般常識として、父親と言うのは娘の恋人を拒絶するものだということを言ってるだけです。娘が連れてきた男が、何をどう説明しても言い訳を言ってるようにしか聞こえないでしょう?」
「…あ、なるほど。」
 歪めていた顔が納得の表情に変わり、ばつが悪そうに笑う。
「じゃ、バニーちゃん、お願いしまーす。」
 おどけて言う虎徹に、バーナビーは呆れたように再び溜め息をついた。


 カリーナと二人、バーナビーが運転する車の後部座席に座る。
 不思議そうにカリーナが虎徹を見上げている。
「タイガー?何処行くの?」
「お前んちだ。帰らないと、お父さんもお母さんも心配するだろ?」
 え!?っとカリーナは目を真ん丸にした。
 え、だって、そんな、とオロオロしている。
「どうしたあ?ブルーローズ…?」
 覗きこんで虎徹が尋ねると、彼女は顔を真っ赤にして上目づかいを向けてきた。
「うちの両親に、挨拶してくれるの?タイガーったら、まだ気が早いと思うの。」
「はい~!?」
「で、でも、そうよね、認めてもらうのって大事よね。うん。…嬉しい…。」
 幸せそうにぺとっと寄り添うカリーナ。
「あ…いや…その…、まあ、(はじめましての)挨拶ぐらいなら…するけどな…。」
 否定してはまた泣き出すかも知れないと曖昧に返事を返した。



 カリーナの家の前に車を止め、バーナビーが先に説明をしに家を訪れる。
 その間、虎徹は「緊張してるから、もうちょっと待ってくれ。」とカリーナを宥めてバーナビーが呼ぶのを待っていた。
「タイガーってば結構シャイなのね。」
「あ…はは…、まあ、な。」
 程なく玄関が開いた。

 やはり離れようとしないカリーナを連れ、虎徹はバツが悪そうにペコペコ頭を下げながら家に入る。
「ぁ~…はは、ど、どうも…。」
 すみません、こんな状態で。と愛想笑いと苦笑いが混じった顔を向けるばかりだ。
 カリーナの父親も母親も、聞いてはいた筈だが唖然としていて言葉がない。
 そんな様子をどう思ったのか、カリーナが大真面目に紹介を始めた。
「パパ、ママ、この人はワイルドタイガー。とってもお世話になってるの。とてもいい人よ?」
 そう言って一拍置き、ポッと顔を赤らめて付け足す。
「あたしの未来の旦那様なの。」
 きゃー言っちゃったーっと虎徹の腕に絡まったまま、顔を隠している。
 おほん、と咳払いをして父親が苦りきった顔をした。
「…娘がご迷惑をおかけしているようで…。」
「ぃいえいえ、犯人の能力の所為なんで、お気になさらず…というか、何か…すみません。」
 リビングに通され、促されてソファに落ち着くと、母親がテレビをつけた。
 ヒーローTVの録画したものをつけて早送りをする。
「今日も見てたんです。途中からカリーナが映らなくなったから、少し心配してたんですけど、…まさかこんなことに…。」
 ここね、とカリーナが犯人と対峙したところに合わせた。

 テレビの中でブルーローズが犯人を追いつめている。
 そのまま氷を連射して犯人確保かと思いきや、急に突進してきた犯人が彼女の目の前で手を広げた。
 直後、ブルーローズの動きが止まり、犯人は脇をすり抜けて逃げていく。
 カメラは数秒その犯人を追い、次にブルーローズの方に向くが、その時にはもう彼女の姿は無かった。

「コイツ~、変な能力使いやがって~!」
 憎々しげに虎徹が画面を睨む。
 賛同するように父親が黙って頷いた。
 母親は困り顔でカリーナを覗きこむ。
「カリーナ、覚えてる?この時のこと。」
「うん、今日の事だもん。忘れるわけないじゃない。」
「犯人の能力で、あなた操られてるのよ?わかる?」
「…あたし、何処もおかしくないでしょ?」
 解らない、といった風に訝しげに首を傾げる。
「だってあなた、その方にそんなにひっついて…。」
「恋人と腕を組むのは普通でしょ?」
 溜め息をつきながら虎徹が頭を抱えた。
 うーんと唸って何とか自分のおかしさに気付かせようと言葉を探す。
「ブルーローズ、お前、犯人ほっといて帰っちまったじゃねぇか。いつものお前ならそんなことしねぇだろ?」
「いつもはしないけど…今日はどうしてもダメだったの!タイガーに逢いたくなっちゃったの!」
「だから、そこがおかしくなってるとこだって…。」
 虎徹がそこまで言ったところで、カリーナが急に泣き顔になった。
 やばい、と思った時にはもう涙がボロボロと流れ出していた。
「…タイガー、怒ってるのね…。あたしが仕事を投げ出したから、嫌いになっちゃったのね…。」
 組んでいた腕を外してソファの上で泣き崩れる。
「あ…いや、その…ブルーローズ?」
「タイガーがヒーローの仕事に誇りを持ってるのは知ってる…。だから、あんなことやっちゃいけないって解ってるの。…でも…でも…今日はダメだったんだもん。どうしても、タイガーのことしか考えられなくなっちゃったの…。」
「だーかーらー、それがな?犯人の…。」
「ごめんなさい、もう二度と仕事投げ出したりしないから、嫌いにならないで。」
 うわーん、と子供のように大声で泣き始めてしまった。
「虎徹さん!!」
 バーナビーが睨みを利かせる。
「わ、わーってるよっ!…ブルーローズぅ?嫌いになってないから、大丈夫だぞー?」
「ぅぅぅ…嘘よ…。今日、ずっと冷たかったもの…。タイガーは優しいからそう言ってくれるだけなんだわああああぁぁ!」
 再び大声をあげて泣くカリーナの様子に、慌てて虎徹は立ち上がった。
「ブ、ブルーローズ!そんなことない!好きだから!ホントにっ!」
 泣き声に負けじと大声で言ってしまう。
 こんな若い娘相手に、しかもその両親の前で「好きだ」なんて言葉を叫ぶなんていうあり得ないことを自分がしていると思うと何ともやるせない。
 しかし今は仕方ないと無理に納得する。
「ホント?」
 カリーナが涙でぐしゃぐしゃの顔を上げた。
「ホントホント、ブルーローズ大好き。」
「じゃあ…カリーナって呼んで。」
 新たな要求に一瞬躊躇する。
 両親とバーナビーの視線が痛い。
「か…カリーナ。」
「あたしのこと好き?」
「うんうん。」
 作り笑顔で頷いて見せると、カリーナもパッと笑顔に変わった。
 そして飛びついてくる。
「あたしも大好きっ!」
「うおっ!?」
 立ち上がっていた虎徹の首に抱きついたカリーナは、ぶら下がるような状態だ。
 転びそうになって咄嗟にカリーナの体を支えるために腕を回した。
 あはは、と周りに苦笑いを向ける虎徹。
「…カ…カリーナは、かりぃ(軽い)な~なんちゃって、ははは。」
 場を和ませようとした言葉は逆効果だった。
 ポリポリと頬を掻きながらカリーナを見下ろすと、彼女はうっとりと見上げている。
「タイガーってユーモアのセンスあるのね。」
 恋は盲目とはよく言ったものだ。
 見ている三人から、盛大に溜め息が吐き出された。


 とにかく寝かせてしまえば朝には治る筈だからと寝るように促すと、彼女は駄々をこねて嫌がった。
「もっとタイガーとお話したいの。」
 うーんと皆で唸る。
 バーナビーがいつになく優しげに笑いかけた。
「明日もまた会えますよ?」
 また泣き出されては厄介だからだろう。
 顔には完ぺきな営業スマイルが貼り付けられている。
「だって、せっかくタイガーがここにいるんだもの。まだ寝る時間には早いし。」
 営業スマイルが微妙に苦笑に変化して、顔をそむけると共に微かに舌打ちが出た。
 そのバーナビーに虎徹も苦笑を向けてから、あっと思い付いたことを言ってみる。
「よし、カリーナ。明日、デートするってのはどうだ?」
「デート!?」
 驚いた声はカリーナだけではなく、両親からも出ていた。
 小さい声で「明日になったら元に戻りますから。」と取り繕う。
「どこ行きたい?」
 虎徹が尋ねると、カリーナは紅潮した顔で真剣に考え出す。
「えーっと…じゃあ、遊園地。」
「よし、じゃあ、明日は遊園地でデートだ。だから、今日は早く寝ような?」
 これで納得するだろう、と得意げな笑顔をバーナビーに向けると、カリーナからは予想外の返事が返された。
「あぁ、ダメ。明日デートだと思うと、興奮して眠れそうにないわ。」
「えぇえ!?」
「逆効果じゃないですか…。」
 バーナビーは呆れたように呟いてから、仕方ない、と後ろを向いた。
「睡眠薬か、睡眠導入剤ありますか?」
 小声で母親に問うと、彼女はポンと手を打つ。
「導入剤なら主人のが。ちょっと待ってくださいね。」
 水と錠剤を受け取って、バーナビーは再び営業スマイルをカリーナに向けた。
「ブルーローズ、睡眠不足はお肌に悪いですよ?」
 それに便乗して虎徹も言う。
「お。睡眠不足でお肌ボロボロのカリーナは見たくないなー。やっぱ、ツルツル肌のカリーナのほうがいいなー。」
「…お肌ボロボロ…大変!寝なくちゃ!どうしよう、眠れるかな…。」
 一大事だと言わんばかりに慌てだしたカリーナに、薬を差し出す。
「さあ、これを飲めばぐっすり眠れますよ?」
「ホント?ありがと。」
 カリーナは大人しく受け取った。





「あー、災難だった…。」
 助手席でうなだれる虎徹に、バーナビーは揶揄を向けた。
「若い子に言い寄られて、嬉しかったんじゃないですか?そうそうないでしょう?そんな事態。」
「ばっ…。針のむしろだったっての!」
「どうだか。」
 ったく、とぼやいて溜め息を吐く。
「明日、ちゃんと治ってるといいけどな~。」
「残念ですけどね。」
「だからっ、残念じゃねえよ!」
 苦りきった顔を尻目に、バーナビーは楽しげな笑みを漏らした。








 次の日、トレーニングルームに行くと、いつものカリーナがいた。
 プイっと不機嫌に顔をそむけている。
「…タイガー、昨日の事だけど…。」
 虎徹は、あははと笑って返す。
「わーってるって。犯人の能力の所為だったんだから、気にすんなよ。元に戻って良かったな。」
「…だから、…今日の…約束は…。」
「おう、遊園地は彼氏と行けよ?こんなオジサン連れててもつまんねえしな。」
 彼女の横を通り過ぎながら、虎徹はそう言って片手をあげた。
 問題が解決してホッとした様子でもうトレーニングを始めている。


 カリーナは小さく溜め息をついた。
「…遊園地…行きたかったな…。」
 後ろにいたネイサンがニマッと笑う。
「あーら、それなら昨日みたいに言ってみたら?『タイガー愛してる!デートしましょう?』って。」
 カッとカリーナの頬が染まった。
「なっ!?べ、別に、タイガーとデートしたいわけじゃ…ゆ…遊園地行きたいだけだもん。」
「あら、そうなの?じゃあ、友達とでも行ってきなさいな。」
「…う…うん、…そうする…。」
 そう答えて、カリーナは虎徹がトレーニングしている場所とは反対側のブースにトボトボと歩いて行く。

 ふう、とネイサンは呆れた溜め息をついた。
(あれじゃあ、告白はいつの事やらって感じねぇ…。)




fin.
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