刀剣乱舞

竜宮城


「竜宮城に行ってみたいと思う?」
 俺はいつもそんなことを問いかけていたし、主さんも軽く適当に返していた。「そうだねぇ」とか何とか。
 でもその日、主さんは少し困ったように笑ってこう言った。

「ちょっと夢のない話をしていい?」

 俺は一瞬身構えた。
 だって、主さんに「そんなものあるわけないでしょ?」って言われたら落ち込むから。
 少し声を落として、何?って聞き返したら主さんは言った。

「竜宮城はさ、多分神の領域だと思うんだよね。時間の進み方が違ったじゃない? 浦島太郎が数日遊んでた間に、現世(うつしよ)は何十年?百年以上?経ってたでしょ? …人間は踏み入っちゃいけない場所だと思う。」
 だから、私は行きたくないよ、と。
 そっか、と少し残念な気分で、でも竜宮城を否定されなかったことにホッとして相槌を打つと、また主さんは言った。

「もうひとつ、夢のない話をしていい?」
「何?」
 今度は何を言うんだろう、とまた俺が身構えていると、主さんは悲しげな顔をして話し出した。


 浦島太郎の話はね、と静かに語る。
 私は、浦島太郎のお母さんの話でもあると思うんだ。
 海で行方不明になった息子を待ち続ける母親の話。
 村のみんなは口を揃えて言う。あんたの息子は死んだんだよ、と。いい加減あきらめなよ、と。
 それでも母親は死んだなんて信じられなくて、何年も何年も息子を待っている。
 やがて村の人たちは母親を哀れに思い、気休めを言うようになった。
「あんたの息子はきっと神様に気に入られちまったのさ。海の中の、ずっと深いところにあるお城で楽しく暮らしてるんだ。幸せすぎて、現世には戻ってこられないんだろう。」
 そうか、と母親はやっと納得する。
 息子は神様のところで幸せに暮らしているんだ。だからもう待つのはよそう。
 でも、それは気休めになったんだろうか。

 私はね、と主さんは間を開けた。

「どんなに幸せに暮らしている息子を思い描いても、それでも帰ってきて欲しいと思い続けてたんじゃないかと思うんだ。」
 そうかもしれないって思って、俺は無言で頷いた。
 だからね、と続ける主さんの顔は、一層悲しげに見えた。
「私は、できれば竜宮城に行って欲しくないんだよ。」
「俺が行ったら悲しい?」
「そうだねぇ…。」と言ってから、主さんは急に笑顔になった。
「でも、キミは付喪神だ。もしかしたら、神の領域に行って神様の時間を過ごしてもなんともないかもしれない。竜宮城で何年過ごしても、ここに戻って来られるかもしれないね。」
 主さんにつられて俺も笑顔でこう返した。
「大丈夫!絶対帰ってくるよ!主さんは人間だから行けなくても、俺が土産話いっぱい持って帰ってくるよ!」
「それは楽しみだ。」





 竜宮城はまだ見つけていない。だから、本丸に帰れなくなるのはまだずっと先のことだと思ってた。
(どうして…)
 仲間と分断され、敵に囲まれて、俺は力尽きようとしていた。
 敵の数が思っていた以上だった。
 仲間の姿が見えない。戦闘音も聞こえてこない。みんな無事だろうか。
(どうしよう…俺、折れちゃうのかな…)
 ごめんよ主さん、と何度も心の中で謝った。このまま、帰れないかもしれない。
 でも、主さんには沢山の刀剣がいる。主さんはきっと大丈夫だから。
 ねえ、主さん、俺ひとり居なくなっても大丈夫だよね。

 ふとあの日の主さんの話を思い出した。
『何年も何年も待ち続けて…』
『きっと海のお城で幸せに…』

「主、浦島は、竜宮城に行ったんです。きっと、楽しくて帰るのを忘れているのでしょう。」
「そうか、早く帰ってくるといいな。」

 主さん、そんな話信じないで。俺、まだ竜宮城に行ってないよ。
 そんな悲しい顔で俺を待ち続けないで。
 イヤだ。そんな風に主さんが悲しい顔になるのは、イヤなんだ。

 萎えかけた四肢に力を入れて、目の前の一番デカい敵に刃を向けた。
「たあああああ!!!」
 振り絞った力は、敵の一体を霧散させた。
 でも、そこまでだった。

 ああ、やっぱり折れるんだ。
 ごめんよ主さん。
 どうか、お願いだから、俺を待つのはやめて。
 竜宮城はまだ見つけてないんだ。だから、待たないで…


 敵の刀が迫るのを感じながら、俺は目を閉じた。
 そこに。
「浦島!!」
 よく知った声がしたと思ったら、敵の刃は弾かれ、目の前には蜂須賀兄ちゃんがいた。その向こうには長曽祢兄ちゃんもいる。
「蜂須賀!浦島を頼んだぞ!」
「当たり前だ。残りはお前一人で捌け!」
「元より!」
 蜂須賀兄ちゃんは俺を小脇に抱えて走り出した。
「…なんで…兄ちゃん…」
 今日は別部隊で遠征に出ていたはずだった。
「説明は後だ!」
 前から来る敵を難なく蹴散らしていく。
 ふと後ろを見ると、後方から襲いかかる敵は全部長曽祢兄ちゃんが片付けていた。
(ああ、蜂須賀兄ちゃん、長曽祢兄ちゃんに背中預けてるんだ…)

 カッコいいなぁ…兄ちゃんたち…
 俺、こんなボロボロなのに…負けて、もう諦めちゃったのに…
 兄ちゃんたちみたいに、なりたいなぁ…





 目が覚めると、窓際に加州がいるのが見えた。なぜかジッと自分の爪を眺めている。
「…加州…どうか…した?」
 驚いたような顔をしてこっちを見た。
「馬鹿、どうかしたのはそっちだろ。…まあ、目が覚めたんならもう大丈夫かな。」
 ずっと見ててくれたんだろうか。加州が?どうして?
 そんな疑問が顔に出てたのか、加州は言った。
「俺、あの日の部隊長だったからさ、状況説明するのが筋かなって思って。…今、話聞ける?」
「うん。」


 加州が言うには、あの時部隊はバラバラに分断されたらしい。
 敵の数も行動も、予想外のことが続いて全員が混乱していた。
「それでも俺たちはなんとか切り抜けられたんだ。怪我はしたけど。で、一旦退却しようって思ったら浦島だけ見つからなくってさ、戦闘音を頼りに駆けつけたら…敵だらけだった。」
 微かに刀の音が聞こえるものの、様子を確認することもできない。とにかく片っ端から敵を倒して中心を目指したけどそれもままならず。
「それで兄ちゃんたちを呼んでくれたの?」
「違うよ。主が俺たちと連絡がつかないことを心配して、応援部隊を送ってくれたんだ。」
 後ろから「浦島は!」と声がして、反射的に敵の中心を指さした。
「そしたらさあ、走ってきた勢いのまんま、蜂須賀と長曽祢が敵の中に飛び込んで行ったんだ。笑えるくらいの躊躇のなさでさ…嘘だろ?って実際笑った。」
 でも、だから助かったんだろうと思うと冷や汗が出た、と加州は言った。


「二人が入っていった直後にさ、ひときわデカい敵が消えたんだけど覚えてる?」
「…俺が倒した奴のことかな?」
「そうか、あの時まだ立ってたんだね。二人が倒したにしては早すぎると思ってたんだ。」
 加州は頷いて「頑張ったじゃん。」と言ってくれた。
 照れくさくて、頭を掻いて笑って冗談のつもりで言った。
「俺、まだ本物の竜宮城見つけてないからさ、死ねないって思って頑張ったんだ。」
 加州はフフッと笑った。
「何それ。偽物の竜宮城なら見つけたみたいな口ぶり。」
 言われて少し驚いて、黙ってしまった。
 偽物の竜宮城…。主さんが俺を待ち続けるあの世界…。
「…どうか、した?」
 俺が黙っちゃったから、加州は心配そうに覗き込んだ。
「偽物の竜宮城、見つけたかも…嫌な世界だった…。」
「走馬灯でも見た?」
「…そう、なのかな…」
 笑おうとしたけど今度はうまく笑えなかった。
「ホント、やばかったんだね。」
 改めてギリギリの生還だったと加州も俺も、ようやく事態を飲み込んだ感じだった。


 それからもう少し喋って、兄ちゃんたちの話をしてたら少し元気が出て、そうしたら加州が兄ちゃんたちを呼びに行ってくれた。
 ホント言うと、今すぐに主さんのところに行きたかった。でもまだ布団から出ちゃダメだって言われたし、主さんを呼びつけるなんて出来ないし、何より、元気な姿を見せなくちゃ意味が無いと思って我慢することにした。
 会ったら何を話そう。沢山話がしたい。土産話はひとつも無いけど。

「取り敢えず、竜宮城探しは当分お預けかな。まずは強くならなくちゃ。」

 声に出してみたら少しやる気が出た。
 うん、まずは、兄ちゃんたちみたいに強くなろう。




fin.
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