みか菊

指輪



「僕たち二人に出頭命令?」
 則宗は主の前で首を傾げて見せた。
「出頭命令って言うか、目的は健診みたいよ?でも、今回は菊も受けて欲しいから二人揃って来てくださいってことかな?」
「僕まで受けるのかい?…まあ、穢れが残っていたら移る可能性はあるっちゃあるが…」
 三日月が霊に身体を乗っ取られた件で監視対象になっているのは分かっているが、定期的な報告書の提出で納得させたはずだ。健診も二度ほど受けたが、もう必要ないのではないかという話が前回出ていたのに。
「移る可能性か…ってことは、キミたちの関係があちらに知られてるってことだよね。」
 則宗はウッと言葉に詰まった。
 それは、何か問題なのだろうか。自分としては恥ずかしいと言う問題があるが。
「何か嫌なこと聞かれたら突っぱねて帰ってきていいからね。あとは私が何とかするし。」
「…なるほど…。いや、主の手を煩わせたりしないさ。僕は政府に一応顔が利くからな。」
 二度目の特命調査で増員されたうちの一振りではあるが、政府刀は政府刀だ。大きな発言力というのは持ち合わせていないものの、ある程度の抑止力はある。セクハラまがいの言動があれば、それを理由に今後の出頭命令には応じないと言ってやるくらいのことは出来るのだ。
 則宗は健診の概要が書かれた紙を貰って執務室に向かった。明日は一日本丸を空けることになるから、近侍は蜂須賀に任せなくてはならない。今なら三日月と蜂須賀、両方がそこにいるだろう。



 次の日、予定通りの時間に政府施設に向かった。
「お待ちしておりました。」
 いつもは受付まで行かないと案内の者は付かないのに、転送ゲート前でひとりの職員が待っていた。
「…時間には間に合っているはず…」
「はい、大丈夫です。手が空いたので迎えに来ただけですのでお気になさらず。」
 案内されるまま付いていくと、いつもとは違う通路に連れて行かれた。
「健診と聞いているのだが。」
 三日月が疑問を口に出すと、彼は失念していたというように「ああ」と声を上げた。
「今、いつもの施設は改装中でして。こちらに臨時のメディカルルームを作ってあるんです。」
 ロッカールームで着替えるように言われ、金属の小物を付けていないかと確認された。
「ああ、指輪があるな。」
「では、こちらの箱に入れて衣服と一緒にしておいてください。」
 言われた通りに着替えてロッカーに全て片付ける。鍵は電子キーで数字を打ち込むタイプだった。
 そこからまた少し移動して、ある部屋の前で職員はその扉を指し示した。
「こちらです。お入りください。」
 彼は扉横のタッチパネルに触れて、電動のドアを開ける。ドアの向こうは正面に衝立ついたてがあって、右側に通路が折れていた。目隠しのために良くある構造だ。
 ふたりは何の疑いも無く足を踏み入れ、通路沿いに奥まで行っておかしいことに気付いた。
 部屋の中はがらんどうで、医療スタッフはおろか機材さえ何も無かった。
 振り返って慌ててドアに駆け寄ると、そこはもう閉ざされてどこを触ってもピクリとも動かない。
「おい!どういうことだ!」
 ドンドンとドアを乱暴に叩いて声を荒げてみるが、何の反応もなく、先程の職員はいないようだった。
 間違えたという可能性を考えて暫く待つ。だが、入り口を閉ざされている以上、十中八九故意だろう。ああでもないこうでもないと則宗は考えを巡らせていた。
 それとは対照的に、三日月はうろうろと動き回り、あちこち見て回っている。
「菊よ。来てくれるか。」
 則宗が行ってみると、三日月はがらんどうの奥の壁に扉を見つけて開けていた。
「出口はないが、食料があるぞ?」
「ああ、ここはシェルターだからな。有事の際の備蓄品だ。」
「しぇるたあ?」
「災害や戦争なんかの時に皆が逃げ込むための場所だ。ちょっとやそっとじゃ壊れない作りになっている。」
「ここに職員たち全員が入るのか?」
「いや、この建物の職員だけだろう。こういう小規模のシェルターがいくつもあって、それぞれの部署で管理されてるんだ。」
 そう答えながら手近にあった缶詰をひとつ手に取って、ハッとする。
 則宗はあれこれ手に取ってはジッと見て、何かを確認していた。
「どうした、菊。どれか食べたいのか?」
「まったく、バカなことを言っている場合じゃないだろう。賞味期限が三年も前に切れているんだ。これはおかしい。」
「もう食えないのか?」
「あー、食える食えないの話ではなくてだな、ここは管理されていないってことだ。それなのに、僕らが入るとき電源が既に入っていた。」
 シェルターはそれぞれ管理部署が決められていて、数年ごとに備蓄品が入れ替えられている。勿論その為の予算が担当部署に下りているはずだ。それがなされていないということは。
「予算をかすめ取っている者がいるということか?」
「もしくは、担当部署自体が解体されて、ここの引き継ぎが行われなかったか。」
 思い返してみれば、この建物に入った辺りから人の姿がなくなった。随分閑散としているなという印象だった。
 だからこそ『臨時のメディカルルーム』という話を信じてしまったとも言える。
「無人の部署を別の用途に使う、というのはありうるな。」
「しかし、実際はなんの機材も運ばれていない。僕らがこの建物で見たのはあの職員一人だけだ。」
 それでいて、このシェルターは通電がなされていた。
「僕らに危害を加えるつもりなら、ここは真っ暗にした方が良いはずだ。それに、随分経ったが誰もやってこない、となると、目的は僕らの足止めだ。…三日月…」
「狙いは、本丸だというのか?」
「今日は普通に出陣もしている。あの時のように、今本丸は手薄だ。」
 頷き合って、手を前に伸ばす。くっと気を集中させて刀を呼び出そうとするが、その手の中に本体は現れなかった。
「このしぇるたあとやらは霊力を遮るのか?」
「いや、そんなはずはない。…むしろ、僕らの刀と装束にまじないが掛けられていると見た方がいい。」
 刀があれば入り口を破壊することもできるかと思ったのだが、そうはいかないようだ。
「どうする?」
「どうしよう…」
 ふたりして下を向く。その目に映る検査着はこの切迫した状況にしては笑える姿だ。
 と、自分たちの足首に付いたものを見て同時に顔を上げた。
「これだ!」



 ひと月ほど前、主が朝礼であるものを全員に配った。
 それは、願掛けのお守りだと彼女は説明した。願いを掛けて身に付けると、それが千切れたとき、成就するのだと。
「自然に千切れるまで絶対取っちゃダメだからね。しっかり足首に付けておいて。もし間違って破損したらすぐに言ってね。予備があるから。」
 だが、それには秘密が隠されていた。
 あとから伝達で聞かされたのは、緊急時の連絡手段だという話だ。身に付けたそれを引きちぎったり切り落としたりすれば、主の手元にある『予備』に異変が起きる。主の霊力が吹き込まれた特別なお守りである。
 こんのすけも真相を知らない、つまり、政府の職員にも知られていないことだ。



「よし、切るぞ?」
「ああ。」
 二人同時にそれを引きちぎった。



 ピクッと彼女は顔を上げた。
 嫌な予感がして自室の押し入れの中を覗く。そこにはお守りの予備がずらりと並んでいるが、そのうちの二つが千切れて落ちていた。
「…三日月と菊ちゃん…」
 すぐに蜂須賀を呼んで、全部隊の強制帰還を命じた。
「分かりました。」
 ただならぬ雰囲気を察した蜂須賀が即座に帰還命令を出す。
「買い物に出ている者、内番中の者も呼び戻してくれ。本丸の守りを固める。」
 こんのすけが慌ててやってきた。
「あるじ様、どうされましたか。何があったのです?」
「こんのすけ、今すぐ政府に連絡付けて、三日月宗近と一文字則宗を返すように言って。」
「は、はい!ただ今!」
 三日月と則宗以外の全振りがすぐに庭に集まった。
 主のめいにより、厳戒態勢に入る。全員が気を張って、辺りに敵意を持った者が近付いていないか探った。
「あるじ様、大変でございます!」
 こんのすけの声に、主は気を引き締めた。
「どうしたの?」

 こんのすけが政府に連絡を入れると、思いも寄らぬ回答が戻ってきた。
『貴本丸の三日月宗近と一文字則宗は本日政府施設を訪れていない』
 そんなわけがないと送り返すと、転送ゲートの使用記録もなければ、呼び出した事実もないと返ってくる。
「繋いで!埒が明かない!」
 通信窓で職員と話すも、やはり回答は同じ。
 主は端末に残った呼出状と、こちら側の転送ゲートの使用記録を送りつけた。
 政府の職員は訝しがりながら、一応防犯カメラの映像を確認すると返事をよこした。
 そして、数分で、今度はあちらの方が焦ったように連絡を入れてくる。
『確認が取れました。現在足取りを追っています』
「足取り?あの二人が自分で姿を消したとでも!?」
 怒りにまかせてまくし立てると、否の返事が返った。
 防犯カメラには職員らしき男に連れられていく二人が映っていた。問題は、その男が職員のふりをした部外者だということだ。正確に言うと、元、職員。
『こちらで責任を持って見つけます。目的が見えない以上、そちらは守りを固め、警戒していてください。』



 お守りを切ってから、三十分もしないうちに、三日月たちがいるシェルターの入り口は開かれた。
「お怪我は。」
「いや、閉じ込められていただけだ。世話を掛けるな。」
 ふたりを閉じ込めた男はもうどこにもいなかった。その後、本丸にも何も起こらず、目的も分からない。
 ただ、着替えようとロッカーを開けると、そこにあるはずの指輪が入った箱がなくなっていた。
「どういったものです?特別なまじないが掛かっているとか?」
「いや、ただの装飾品だ。」
「ああ、買ったのも現世の普通のアクセサリーショップで…」
 ふむ、と職員数人が考えに入り、場が静まると、三日月が「ただなあ…」と呟いた。
「なんです?」
「あれは思い出の品だから、俺たちの念というか、気は染みついておろうな。」
 それを聞いてひとりの職員が何かを思いついたらしく、急いで端末で調べ始めた。
「あの男の所属していた部署に、元研究者がいたんです。その研究者が離反して部署が解体されたんですが、かつて携わっていた研究に、刀以外のそういう物品から同じ刀剣男士を顕現させるというのがあって…つまり、その指輪が悪用される可能性が…」
 一気にざわめき立ち、彼らは忙しなく対処を始めた。
「お二人は本丸にお戻りください。指輪はこちらで回収いたします。」



 ふたりが帰ったときには、既に政府からの次の通達が届いていた。
 それは全本丸に向けたもので、「直ちに各自本丸に戻り、他本丸の刀剣男士を敷地に入れぬように」というものだった。
 そして数日後警戒態勢が解かれ、主と共に三日月と則宗は政府施設に呼び出された。



「犯人確保、および事態の収拾が終了しました。指輪も回収いたしました。」
 そう言った職員の手には、証拠品として袋に入れられた指輪があった。
「それで、誠に申し訳ないのですが…」
 差し出されたのは、指輪ではなく書類だった。
 指輪はどんな悪影響が出るかわからないから、研究所で預かることになるという。その承諾書に審神者の名を書いてくれ、と。
 彼らの予想通り、指輪は件の研究に使われていたらしい。そして、何体もの刀剣男士のまがい物が生み出されていた。姿形は三日月と則宗にそれぞれそっくりで、本体も携えている。が、不完全だったのか、政府が出した特別部隊の活躍で事態はすぐに好転した。偽の刀剣男士は折れることもなく幽霊のように掻き消えて、先導者、実行犯諸々、関わった者全てを拘束できた。
 主はペンを受け取るべきか悩んで手を出せずにいる。
 その横から三日月が「良い良い」と何でもない風に言った。
「あの指輪は戯れに人を真似ただけのこと。ケチが付いたものを惜しんで穢れを貰ってもつまらん。好きにするが良い。」
「そう言っていただけると有り難い。では、審神者様、サインを。」
 職員に促され、主は承諾書にサインを書いた。
「では、今回はこれで。災難でしたね。お疲れ様でした。」
 窓口から離れると、則宗は「さあ帰ろうか、主。」と主の手を取る。
 そそくさと歩いて行く則宗が、チラッとも三日月を見ないことに気付いて、主が小声で呼びかける。
「三日月!さっきのはちゃんと話さないと誤解が…」
 一瞬何のことかと思い返し、先程「戯れに人を真似ただけ」と言ったことを思い出した。
 慌てて追いかける。
「菊、違うぞ?おぬしとのことを戯れなどと言ったわけではなくて、あれは、ほれ、何だ、西洋の風習の…贈り物をするというやつを真似たという話で…」
 指輪はクリスマスのプレゼントとして贈り合ったものだった。
 付喪神である自分たちが、西洋の宗教のイベントに便乗したのが、ある意味滑稽だったという認識だ。贈り物をすること自体はなにもおかしなことではないと分かっている。
「菊、待ってくれ。誤解だ。」
 転送ゲートに向かう途中のエントランスにでたところで、三日月は回り込んで則宗の前に立ちはだかった。
「誤解を与えるようなことを言ったのは悪かった。…おお、それに、俺の一存で決めてしまったのも申し訳ない。だが、やはりあの指輪には穢れがついたと考えるのが妥当であろう?あれは諦めるとして、…そうだな、指輪が良ければまた買いに行こうではないか。前の店でも良いし、加州や乱なら良い店を知っているかも…」
 懸命に機嫌を取ろうとしている三日月の様子を、則宗は顔を背けて横目で窺う。
 なんだろう、腹が立っているわけではなく、むしろ、笑みがこぼれそうになる。
 エントランスには政府の職員たちがチラホラと出ていた。皆思い思いに休憩を取っている。そのいくつかのグループの視線が自分たちに集まっているのが分かった。
「ああ、あの、指輪の話?」
「あれ、結婚指輪だったんでしょ?酷いよね。」
「え?あの二人結婚してるんだ?」
「痴話喧嘩か?まあ、災難だよな。何度も」
「ああ、前にも何かあったんだっけか。」
 彼らの中には、則宗が知っている職員もいる。が、その人物は則宗のことを個体認識していないだろう。なにせ何百振りという増員の一文字則宗のひとりだったのだから。
 個体識別されない自分が、こうして唯一無二の存在として大事に思われているのだ。
(そうか、僕は、誇らしいんだ)
 則宗は笑いそうになるのを堪えて、面倒くさそうに「分かった」と三日月に返す。
「分かったから、そう必死にならなくていい。」
 三日月は「分かってくれたか。」と胸を撫で下ろした。
 そのふたりを主は眺めて、自分の手を取っている則宗の左手を三日月の右手に乗せ、前に出る。
「さ、帰ろ。今日の夕餉は何かな~。」
 スタスタ行ってしまう主を追って、二人は手を繋いだまま歩き出した。




fin.
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