みかのり短編
捕まえる
いつもと変わらぬ朝、行き交う仲間たちから朝の挨拶を掛けられて、則宗もいつも通りに「おはようさん」と返す。
内番に向かう者、出陣の準備をする者、雑事や事務仕事をこなす者、役の付いている者。それぞれが皆、各々らしく、きびきび動いたりのんびり怠けたりと日常の光景だ。
「あ、御前さん。今日は僕たちの手合わせ見てほしいんだけど、時間ある?」
乱藤四郎がそう言って則宗を引き止めた。
彼の言う『僕たち』が誰を指すのか少々量りかねながら、恐らく兄弟のことだろうとアタリを付ける。
「かまわんが、短刀たちは短刀なりの鍛錬があるだろう?大体、極のお前さんたちの役に立てるかな、僕は。」
「謙遜謙遜。御前さんの指摘にはみんな助けられてるんだよ?さすが元監査官さんって感じ。」
政府で顕現した則宗は、短期間ではあるものの特命調査のためにそれなりの訓練を受けている。自身の鍛錬は本丸に配属になってからだったが、見る目だけはしっかりと身についていた。
「そうかい?じゃあ、まあ後で顔を出すとしよう。」
乱とおおよその時間の約束をして別れると、今度は浦島虎徹に庭から呼び止められた。
「あ!則宗さん!」
縁側を歩く則宗に声を掛けた浦島は、肩に釣り竿を凭れ掛けさせて、もう一方の腕を大きく振って見せた。
隣には長曽祢虎徹が連れ立っていて、二人でこれから釣りに行くのだろうと予測できる風体だ。
「おや?第一部隊は今日はお休みかい?」
「うん!釣りに行くんだけど、今日は蜂須賀兄ちゃんが近侍代理で忙しいから、長曽祢兄ちゃんと二人なんだ。良かったら則宗さんも行かない?」
折角仲の良い兄と出かけるのに自分は邪魔者だろうと一瞬よぎり、ちらと長曽祢に視線をやると気の良い笑顔を向けてくる。別段気にしている様子はなさそうだ。
とは言え。
「手合わせを見る約束をしたところだ。折角だが遠慮させてもらうよ。」
「そっかー、残念。」
「誘ってくれてありがとうよ。また別の機会にな。」
「うん!じゃあ行ってきまーす!」
浦島はもう一度大きく腕を振る。その横で長曽祢が「じゃあな」と言うように小さく手を上げて見せた。
自室に戻ると丁度相方の三日月が身なりを整えたところだった。
「菊、いいところに。ちょっと見てくれるか。」
スーツ姿の三日月に瞬間目を奪われ、見ろと言われるまでもなく全身をくまなく眺めてしまう。
「おかしなところはないか?やはり洋装は馴れなくてな。」
「ああ…後ろを向いてくれ。…うん、大丈夫だ。」
もう一度前を向かせて、申し訳程度にネクタイを整える。
今日は審神者の集まりがあるらしく、三日月はそのお伴だ。政府への出頭だけなら普段の戦闘服でも問題無いのだが、集会の後、主は気の合う審神者仲間数人と飲みに出る約束があり、その護衛のための洋装である。
「多分帰りは遅くなる。諸々のことは蜂須賀に頼んであるが、手を貸してやってくれ。」
「ああ、心得ているさ。そちらも、主が飲み過ぎないよう気を付けてくれよ?」
「あいわかった。」
見送りに行くと、同じく主を見送るために数人が集まっていた。
「あ、菊、丁度良かった。今日は帰りが遅くなるから、一応ね。」
見送りのメンバーは偶然ではなく、番長たちを呼んだらしい。三日月を見送るであろう則宗には、呼ぶまでもないと声を掛けなかったようだ。
主はいくつかの注意事項を思いつくまま口に出して、よろしくね、と付け加える。
「ご心配なく。出陣も少ないですし、こちらはつつがなく。主もお気を付けください。三日月、頼んだよ。」
近侍代理を仰せつかった蜂須賀がいつもより丁寧にお辞儀をして見せると、二人は安心したように出掛けていった。
「さて、各自持ち場に行こうか。何か問題が発生したら迅速に伝達を頼む。」
口々に了解の返事をして場を離れていく。
「蜂須賀、お前さんも抱え込まないで頼ってくれよ?」
則宗がそう声を掛けると、蜂須賀は柔らかく笑った。
「助かるよ。暇な時間でいいから執務室に顔を出してくれるかい?」
「ああ、そうしよう。」
その日は何故か則宗を呼び止める者が多かった。ちょっとした困りごと、遊びの誘い、ただの雑談、などなど。
「あ、則宗さん、ちょっといいかな?」
厨番長の燭台切に呼ばれて振り向けば、何やら皿にのせたものを掲げて見せている。
「…?なんだい?料理の手伝いは少々苦手なんだが…」
皮むきや切る工程なら言いつけられればやらなくもないが、率先して厨の仕事を手伝う方ではない。だから普段は手伝い刃員として数えられることもないのだ。則宗は釈然としないまま歩み寄った。
「手伝いじゃないよ。…あ、手伝いと言えなくもないかな?」
ハッキリしない燭台切の言葉に首を傾げる。
彼の持っている皿には菓子らしきものが乗っていた。
「ちょっと新しいものを作ってみたから、味見をしてほしくてね。自分では評価が甘くなってしまうから。」
「チョコレートケーキに見えるんだが、何か入れたのかい?」
「そう、オレンジピューレをね。まあ、レシピを見たからおかしなものではないと思うし、僕的には上手くいったと思っているんだけど。」
出回っているレシピを見て作り、燭台切が味見をして問題が無いなら十中八九美味しいものなのだろう。わざわざ誰かに味見をさせる必要も感じないが、初めて作ったものならそんなもんだろうかと則宗は味見を引き受けた。
厨に置いてある小さな椅子に座って作業台をテーブルにして、切り分けられたケーキを口に運ぶ。
「…ん、…おお、美味い。流石だな、お前さん。」
「じゃあ、飲み物も出すからゆっくりしていってよ。」
何がいいかと聞かれて紅茶と答えると、インスタントではなく、わざわざ茶葉と茶器を出してくる。
「なんだか手間を増やしてしまったな、申し訳ない。忙しいんじゃないのかい?」
燭台切は笑って首を横に振った。
「丁度一休みするところだったから気にしないで。僕もご一緒していいよね?」
「それは勿論。」
二人で他愛ない話をすれば思いのほか盛り上がった。
菓子の話に始まり、本丸内で流行っている遊びや最近起こった出来事、万屋街での催しが意外に面白いという情報。
予定外のお茶の時間を楽しんで、丁度食べ終えた頃、歌仙兼定がやってきた。
「おや?楽しそうだねぇ。」
歌仙はたすき掛けをしながら作業台を一瞥し、食材のストックを確認する。
「昼餉の準備、始めるかい?」
燭台切は皿とカップを持って立ち上がると、キビキビと動き出した。
「ああ、でもまだ大丈夫だ。もう少しお喋りしててもかまわないよ。…そうだ、燭台切。キミが言っていた創作ケーキ、本人の好みを取り入れるべきなんじゃないか?」
丁度いいじゃないか、と歌仙は則宗を指し示した。
「か、歌仙くん」
焦ったような燭台切の様子に、則宗はキョトンとした表情で二人を見比べる。
「…僕に関係あることかい?」
あるとも、と歌仙が答えれば、また燭台切が慌てて止めようと名を呼んだ。
しかし、歌仙は呆れたような表情で、「秘密にする意味が分からない」と話を続けた。
「黄色くてふわふわでツヤツヤな洋菓子、を作りたいらしくてね。ほら、覚えてるだろ?三日月の…」
それは三日月が随分前に言った戯れ言だ。則宗のことを洋菓子に例えて言ったらしいということしか、則宗自身は知らない。
カッと頬が赤く染まる。
「な、なんだってそんなものを…」
「いや、その…粟田口の子たちに頼まれちゃって、きっと可愛くて美味しいケーキになるからって…その、やっぱりあまり気分がいいものじゃないよね、ゴメン。」
別に美味しいお菓子を作ることに異議はないが、自分がモデルにされるのは気恥ずかしい。
則宗は拒否も許可もしづらくて、「いや、…別に…その…」と口ごもってしまった。
「いいじゃないか。粟田口の坊やたちの言も頷けると思わないかい?ふわふわならスポンジケーキとか、ムースもいいかもしれない。菊の花を飴細工で再現するのもいいね。何より、美しいものを模した料理というのは総じて雅なものだろう?僕は是非とも作って欲しいのだけれど。」
歌仙は機嫌良く力説する。彼は雅だと判断したものは全力で推す質だ。「なんでも協力するよ」とまで言い出した。
美しいものと言われてしまった則宗は、ますます恥ずかしくて両手で顔を覆ってしまったが、歌仙の雅への熱量に気圧されて渋々了承した。
「いや、…美味い菓子なら…大歓迎だが……きっと三日月も喜ぶだろうし…」
「だろう?」と歌仙が得意げに返す。
燭台切は申し訳なさそうにしていたが、その後は歌仙が則宗の好みをあれこれと聞いたことでそれなりに構想が固まったようだった。
仕事も約束ごともきちんと済ませると、三時を疾うに過ぎていた。
いつもなら午後の大半を三日月と過ごしているが、今日彼はいない。
少し小腹が空いてどうしようか考えあぐねていると、今剣が呼びに来た。
「きーくさん!いっしょにお茶にしませんか?おかしもありますよ。」
ついて行ってみれば、三条の居間には三日月以外の面々が揃っていた。
促されるまま座ると、どこかの和菓子屋の上品な菓子が前に置かれる。「おいしいんですよ?」と今剣。石切丸はいつかのように茶を淹れてくれて、岩融はいつものようにニコニコとし、小狐丸は変わらず悠然としていた。
「今日は随分とゆっくり仕事をしていたのですね。」
小狐丸がそう言ったのを、どう受け取るべきか数秒悩んでいると、彼は「嫌味ではありませんよ?単純な疑問です。」と付け足した。
そんな気の回し方に内心感謝しながら、則宗は「うはは」といつものように笑った。
「なんだか今日はあれこれ呼び止められてね。手合わせに、相談に、手伝いに、元々の仕事と近侍代理の手伝いにも行っていたんだ。意外といつもよりやることが多かったな。」
ほお?という岩融の相槌の直後に、小狐丸がフフッと笑う。
「則宗殿は随分と甘やかされているご様子。」
ん?と則宗は首を傾げた。
どういう意味だろう。先程嫌味ではないと言ったばかりだから、そのようなことは言わないのではないか。
考えあぐねていると、石切丸が窘めるように言った。
「小狐丸、揶揄ってはいけないよ。お菊さんが困っているじゃないか。」
小狐丸は声高に笑う。
「皆に愛されている証拠じゃないですか。寂しがっているのではと皆が皆、暇にならないように用事を作り出して。羨ましい限りです。」
則宗はパチクリと瞬きをして、小狐丸が言ったことをゆっくりと咀嚼した。
つまり、今日あちこちから声を掛けられたのは、三日月がいないせいで寂しい思いをしないよう、皆が気を遣ってくれていた、ということだ。
「…え…いや、たった一日だぞ?」
「だから、甘やかされていると言ったのですよ。」
「いや、しかし、…まさかそんな…」
今剣が菓子を頬張りながら、堪えきれずにくぐもった笑い声を立てた。
「ぐふふふふ。ほんあこほいっへこぎふへまふらっへ…」
「今剣、何を言っているか分からんぞ?」
横から岩融が覗き込むと、何やら目配せや身振り手振りをしている。
「おう、わかった。今剣は『そんなこと言って小狐丸だって、菊さんをお茶に誘おうって言ったじゃないですか』と言っておるぞ?」
則宗は驚いてポカンと口を開ける。まさか小狐丸が言い出したことだなんて思いもしなかったのだ。
「な!?そ、それは、菓子が余ってしまうからですよ。別に甘やかしてなんて…」
小狐丸はプイッと横を向く。石切丸が口元を隠して柔らかく笑った。
「ふふっ。つまり、皆、お菊さんのことが大好きだってことだね。」
今剣がやっと口の中のものを飲み下して、満面の笑みを見せる。
「にんきものですね、きくさんは。」
「光栄の至りだな。」と返しはしたものの、顔が火照ってどうしようもなかった。
小狐丸たちが言ったことが本当かどうかはわからない。が、甘やかされてばかりもいられない。
別に寂しいと思ったつもりも、勿論そんな素振りを見せた覚えもないのだが、それだけ心配されているということだろう。なら、何か自分でやってみようと考えて、ひとつ思いついた。
部屋に帰ると、そこには南泉一文字が待っていた。
「御前、今から暇にゃ?」
これも『甘やかし』のひとつだろうかと思いながら「何か用か?」と返すと、南泉はあからさまに作った用事を口にする。
これも愛か、と納得して、しかし思いついたことをやりたくて逆に聞き返した。
「坊主、花は好きか?」
脈絡のない質問に慌てて南泉は答えた。
「き、嫌いじゃない…けど、揺れると……そわそわする…にゃ」
「そうか、なら誘えんな。今から福島のところに花を貰いに行くのだが。」
「なら、花瓶持ってくる、にゃ。」
「いや、花瓶じゃなくて水盤がいいな。」
大きさや色の希望を伝え、水盤は南泉にまかせることにして、福島のところに向かう。
福島光忠は本丸の敷地内にある洋館のテラスとその前の庭を主から任され、花園にしていた。花が欲しい者はそこに行って分けてもらうのが当たり前になっている。
足を踏み入れると、そこは顕現数ヶ月の彼が作ったとは思えないぐらい沢山の植物で埋め尽くされていた。勿論種や球根から育てたものばかりではなく、どこかで育っていたものを根ごと掘ってきて植え付けたものも沢山ある。本人は植物を育てるのはそれほど得意ではないと言っているが、桑名江の次と言っていいぐらいではないだろうか。
「ん?則宗さんじゃないか。俺の花たちに何か用かい?」
テラスの端で花の世話をしていた福島が、声を掛ける前に則宗に気付いて立ち上がった。
「邪魔してすまんな。実は花を二三分けて貰いたいのだが。」
福島はニッコリ笑って小首を傾げる。
「どのようなものがご入り用で?」
すっかり花屋が板に付いている。
「凜としたのがいいな。…色は青。」
「凜とした子かぁ…この子なんてどうだい?」
茎と葉がスラッと伸びて、その先端に華やかな花弁。イメージにぴったりだと即決した。その花を二本頼むと、則宗はふと空を見上げる。
その様子を見て福島も空を見上げ、「今宵は三日月」と呟くと則宗に向かって尋ねた。
「水盤かい?」
福島は含みのある笑顔を向けている。
やろうとしていることを既に知られていることに多少の羞恥は沸いたが、相手はキザな男だ。揶揄うようなことはしないだろう。
「ああ。」
「なら、一緒にこの子も生けてあげてよ。それと…」
福島は返事も聞かずに黄色いふわりとした花弁の花を一輪切って青い花と共に束ねた。そして少し移動すると、細かな花がついた茎の細いのを一本、一緒に差し出した。
「小さな花びらを水に浮かべるのも一興だと思うよ。気が向いたらやってみて。」
「わかった。ありがとうよ。」
「ふふ。誰かを想って生けてもらえるその子たちも、きっと幸せだと思うよ。」
「ふはは。愛だな。」
「だね。」
夕暮れの中、縁側で片膝を立てて花を生ける。内番服で行儀悪く。
このくらいがちょうどいい。
南泉はしばらく側で見ていたが、やはり花が揺れるとそわそわしてしまうらしく、降参して逃げていった。
「もうすぐ夕餉だから…席取っとくから、来てくれにゃ!」
了解の返事を返し、ゆっくりと花の位置を決めた。
夕餉も風呂も済ませた頃には、空の三日月は高い位置に上がっていた。
「ここではダメか…」
縁側に置いていた水盤を一旦踏み石に移し、それでもだめだと履き物を履いて庭に出た。
部屋から見えればそれがいいと思っていたが、あの高い位置の月は捕まらないだろう。
月と水盤と自分の落ち着く位置を考えて、場所を選ぶ。
結局、いい場所が見つからず、庭石の平らなところに落ち着いた。
「仕方ない。ここで眺めるとしよう。」
大きな庭石に水盤と並んで座る。見下ろせば生けた花の横にしっかり三日月が浮かんでいた。
「捕まえたぞ、三日月。」
「何を捕まえたのだ?」
後ろから声を掛けられて驚いて振り返ると、スーツ姿の彼がそこに立っていた。
恥ずかしさに身体が火照り、それを隠すためにふいっと視線を水盤に戻して、無言で指さす。
三日月は則宗の肩越しに覗き込んだ。
「ほお、中々良いな。」
「だろう?…捕まえたら…アンタが帰ってきた。」
甘えるように則宗がコツンと肩を預けた。
「寂しかったのか?」と三日月が抱きすくめる。
「たった一日だ。そんなわけ無いだろう?」
互いの体温が心地良い。
「わざわざ捕まえておいて、そんなことを。」
「皆が僕を甘やかすからだ。」
則宗の口調が楽しげなことに気付いて、三日月も笑みを漏らす。
「どういうことだ?」
「話せば長くなるが、聞く気はあるかい?」
「勿論だ。」
三日月は腕の中の愛しい相手の目尻に軽く接吻を施し、身体を離すと手を差し出した。
和服のときにもよくやる仕草だが、スーツ姿にもよく似合っている。
良い物を見た気分で、則宗はニパっと笑ってその手を取った。
fin.
いつもと変わらぬ朝、行き交う仲間たちから朝の挨拶を掛けられて、則宗もいつも通りに「おはようさん」と返す。
内番に向かう者、出陣の準備をする者、雑事や事務仕事をこなす者、役の付いている者。それぞれが皆、各々らしく、きびきび動いたりのんびり怠けたりと日常の光景だ。
「あ、御前さん。今日は僕たちの手合わせ見てほしいんだけど、時間ある?」
乱藤四郎がそう言って則宗を引き止めた。
彼の言う『僕たち』が誰を指すのか少々量りかねながら、恐らく兄弟のことだろうとアタリを付ける。
「かまわんが、短刀たちは短刀なりの鍛錬があるだろう?大体、極のお前さんたちの役に立てるかな、僕は。」
「謙遜謙遜。御前さんの指摘にはみんな助けられてるんだよ?さすが元監査官さんって感じ。」
政府で顕現した則宗は、短期間ではあるものの特命調査のためにそれなりの訓練を受けている。自身の鍛錬は本丸に配属になってからだったが、見る目だけはしっかりと身についていた。
「そうかい?じゃあ、まあ後で顔を出すとしよう。」
乱とおおよその時間の約束をして別れると、今度は浦島虎徹に庭から呼び止められた。
「あ!則宗さん!」
縁側を歩く則宗に声を掛けた浦島は、肩に釣り竿を凭れ掛けさせて、もう一方の腕を大きく振って見せた。
隣には長曽祢虎徹が連れ立っていて、二人でこれから釣りに行くのだろうと予測できる風体だ。
「おや?第一部隊は今日はお休みかい?」
「うん!釣りに行くんだけど、今日は蜂須賀兄ちゃんが近侍代理で忙しいから、長曽祢兄ちゃんと二人なんだ。良かったら則宗さんも行かない?」
折角仲の良い兄と出かけるのに自分は邪魔者だろうと一瞬よぎり、ちらと長曽祢に視線をやると気の良い笑顔を向けてくる。別段気にしている様子はなさそうだ。
とは言え。
「手合わせを見る約束をしたところだ。折角だが遠慮させてもらうよ。」
「そっかー、残念。」
「誘ってくれてありがとうよ。また別の機会にな。」
「うん!じゃあ行ってきまーす!」
浦島はもう一度大きく腕を振る。その横で長曽祢が「じゃあな」と言うように小さく手を上げて見せた。
自室に戻ると丁度相方の三日月が身なりを整えたところだった。
「菊、いいところに。ちょっと見てくれるか。」
スーツ姿の三日月に瞬間目を奪われ、見ろと言われるまでもなく全身をくまなく眺めてしまう。
「おかしなところはないか?やはり洋装は馴れなくてな。」
「ああ…後ろを向いてくれ。…うん、大丈夫だ。」
もう一度前を向かせて、申し訳程度にネクタイを整える。
今日は審神者の集まりがあるらしく、三日月はそのお伴だ。政府への出頭だけなら普段の戦闘服でも問題無いのだが、集会の後、主は気の合う審神者仲間数人と飲みに出る約束があり、その護衛のための洋装である。
「多分帰りは遅くなる。諸々のことは蜂須賀に頼んであるが、手を貸してやってくれ。」
「ああ、心得ているさ。そちらも、主が飲み過ぎないよう気を付けてくれよ?」
「あいわかった。」
見送りに行くと、同じく主を見送るために数人が集まっていた。
「あ、菊、丁度良かった。今日は帰りが遅くなるから、一応ね。」
見送りのメンバーは偶然ではなく、番長たちを呼んだらしい。三日月を見送るであろう則宗には、呼ぶまでもないと声を掛けなかったようだ。
主はいくつかの注意事項を思いつくまま口に出して、よろしくね、と付け加える。
「ご心配なく。出陣も少ないですし、こちらはつつがなく。主もお気を付けください。三日月、頼んだよ。」
近侍代理を仰せつかった蜂須賀がいつもより丁寧にお辞儀をして見せると、二人は安心したように出掛けていった。
「さて、各自持ち場に行こうか。何か問題が発生したら迅速に伝達を頼む。」
口々に了解の返事をして場を離れていく。
「蜂須賀、お前さんも抱え込まないで頼ってくれよ?」
則宗がそう声を掛けると、蜂須賀は柔らかく笑った。
「助かるよ。暇な時間でいいから執務室に顔を出してくれるかい?」
「ああ、そうしよう。」
その日は何故か則宗を呼び止める者が多かった。ちょっとした困りごと、遊びの誘い、ただの雑談、などなど。
「あ、則宗さん、ちょっといいかな?」
厨番長の燭台切に呼ばれて振り向けば、何やら皿にのせたものを掲げて見せている。
「…?なんだい?料理の手伝いは少々苦手なんだが…」
皮むきや切る工程なら言いつけられればやらなくもないが、率先して厨の仕事を手伝う方ではない。だから普段は手伝い刃員として数えられることもないのだ。則宗は釈然としないまま歩み寄った。
「手伝いじゃないよ。…あ、手伝いと言えなくもないかな?」
ハッキリしない燭台切の言葉に首を傾げる。
彼の持っている皿には菓子らしきものが乗っていた。
「ちょっと新しいものを作ってみたから、味見をしてほしくてね。自分では評価が甘くなってしまうから。」
「チョコレートケーキに見えるんだが、何か入れたのかい?」
「そう、オレンジピューレをね。まあ、レシピを見たからおかしなものではないと思うし、僕的には上手くいったと思っているんだけど。」
出回っているレシピを見て作り、燭台切が味見をして問題が無いなら十中八九美味しいものなのだろう。わざわざ誰かに味見をさせる必要も感じないが、初めて作ったものならそんなもんだろうかと則宗は味見を引き受けた。
厨に置いてある小さな椅子に座って作業台をテーブルにして、切り分けられたケーキを口に運ぶ。
「…ん、…おお、美味い。流石だな、お前さん。」
「じゃあ、飲み物も出すからゆっくりしていってよ。」
何がいいかと聞かれて紅茶と答えると、インスタントではなく、わざわざ茶葉と茶器を出してくる。
「なんだか手間を増やしてしまったな、申し訳ない。忙しいんじゃないのかい?」
燭台切は笑って首を横に振った。
「丁度一休みするところだったから気にしないで。僕もご一緒していいよね?」
「それは勿論。」
二人で他愛ない話をすれば思いのほか盛り上がった。
菓子の話に始まり、本丸内で流行っている遊びや最近起こった出来事、万屋街での催しが意外に面白いという情報。
予定外のお茶の時間を楽しんで、丁度食べ終えた頃、歌仙兼定がやってきた。
「おや?楽しそうだねぇ。」
歌仙はたすき掛けをしながら作業台を一瞥し、食材のストックを確認する。
「昼餉の準備、始めるかい?」
燭台切は皿とカップを持って立ち上がると、キビキビと動き出した。
「ああ、でもまだ大丈夫だ。もう少しお喋りしててもかまわないよ。…そうだ、燭台切。キミが言っていた創作ケーキ、本人の好みを取り入れるべきなんじゃないか?」
丁度いいじゃないか、と歌仙は則宗を指し示した。
「か、歌仙くん」
焦ったような燭台切の様子に、則宗はキョトンとした表情で二人を見比べる。
「…僕に関係あることかい?」
あるとも、と歌仙が答えれば、また燭台切が慌てて止めようと名を呼んだ。
しかし、歌仙は呆れたような表情で、「秘密にする意味が分からない」と話を続けた。
「黄色くてふわふわでツヤツヤな洋菓子、を作りたいらしくてね。ほら、覚えてるだろ?三日月の…」
それは三日月が随分前に言った戯れ言だ。則宗のことを洋菓子に例えて言ったらしいということしか、則宗自身は知らない。
カッと頬が赤く染まる。
「な、なんだってそんなものを…」
「いや、その…粟田口の子たちに頼まれちゃって、きっと可愛くて美味しいケーキになるからって…その、やっぱりあまり気分がいいものじゃないよね、ゴメン。」
別に美味しいお菓子を作ることに異議はないが、自分がモデルにされるのは気恥ずかしい。
則宗は拒否も許可もしづらくて、「いや、…別に…その…」と口ごもってしまった。
「いいじゃないか。粟田口の坊やたちの言も頷けると思わないかい?ふわふわならスポンジケーキとか、ムースもいいかもしれない。菊の花を飴細工で再現するのもいいね。何より、美しいものを模した料理というのは総じて雅なものだろう?僕は是非とも作って欲しいのだけれど。」
歌仙は機嫌良く力説する。彼は雅だと判断したものは全力で推す質だ。「なんでも協力するよ」とまで言い出した。
美しいものと言われてしまった則宗は、ますます恥ずかしくて両手で顔を覆ってしまったが、歌仙の雅への熱量に気圧されて渋々了承した。
「いや、…美味い菓子なら…大歓迎だが……きっと三日月も喜ぶだろうし…」
「だろう?」と歌仙が得意げに返す。
燭台切は申し訳なさそうにしていたが、その後は歌仙が則宗の好みをあれこれと聞いたことでそれなりに構想が固まったようだった。
仕事も約束ごともきちんと済ませると、三時を疾うに過ぎていた。
いつもなら午後の大半を三日月と過ごしているが、今日彼はいない。
少し小腹が空いてどうしようか考えあぐねていると、今剣が呼びに来た。
「きーくさん!いっしょにお茶にしませんか?おかしもありますよ。」
ついて行ってみれば、三条の居間には三日月以外の面々が揃っていた。
促されるまま座ると、どこかの和菓子屋の上品な菓子が前に置かれる。「おいしいんですよ?」と今剣。石切丸はいつかのように茶を淹れてくれて、岩融はいつものようにニコニコとし、小狐丸は変わらず悠然としていた。
「今日は随分とゆっくり仕事をしていたのですね。」
小狐丸がそう言ったのを、どう受け取るべきか数秒悩んでいると、彼は「嫌味ではありませんよ?単純な疑問です。」と付け足した。
そんな気の回し方に内心感謝しながら、則宗は「うはは」といつものように笑った。
「なんだか今日はあれこれ呼び止められてね。手合わせに、相談に、手伝いに、元々の仕事と近侍代理の手伝いにも行っていたんだ。意外といつもよりやることが多かったな。」
ほお?という岩融の相槌の直後に、小狐丸がフフッと笑う。
「則宗殿は随分と甘やかされているご様子。」
ん?と則宗は首を傾げた。
どういう意味だろう。先程嫌味ではないと言ったばかりだから、そのようなことは言わないのではないか。
考えあぐねていると、石切丸が窘めるように言った。
「小狐丸、揶揄ってはいけないよ。お菊さんが困っているじゃないか。」
小狐丸は声高に笑う。
「皆に愛されている証拠じゃないですか。寂しがっているのではと皆が皆、暇にならないように用事を作り出して。羨ましい限りです。」
則宗はパチクリと瞬きをして、小狐丸が言ったことをゆっくりと咀嚼した。
つまり、今日あちこちから声を掛けられたのは、三日月がいないせいで寂しい思いをしないよう、皆が気を遣ってくれていた、ということだ。
「…え…いや、たった一日だぞ?」
「だから、甘やかされていると言ったのですよ。」
「いや、しかし、…まさかそんな…」
今剣が菓子を頬張りながら、堪えきれずにくぐもった笑い声を立てた。
「ぐふふふふ。ほんあこほいっへこぎふへまふらっへ…」
「今剣、何を言っているか分からんぞ?」
横から岩融が覗き込むと、何やら目配せや身振り手振りをしている。
「おう、わかった。今剣は『そんなこと言って小狐丸だって、菊さんをお茶に誘おうって言ったじゃないですか』と言っておるぞ?」
則宗は驚いてポカンと口を開ける。まさか小狐丸が言い出したことだなんて思いもしなかったのだ。
「な!?そ、それは、菓子が余ってしまうからですよ。別に甘やかしてなんて…」
小狐丸はプイッと横を向く。石切丸が口元を隠して柔らかく笑った。
「ふふっ。つまり、皆、お菊さんのことが大好きだってことだね。」
今剣がやっと口の中のものを飲み下して、満面の笑みを見せる。
「にんきものですね、きくさんは。」
「光栄の至りだな。」と返しはしたものの、顔が火照ってどうしようもなかった。
小狐丸たちが言ったことが本当かどうかはわからない。が、甘やかされてばかりもいられない。
別に寂しいと思ったつもりも、勿論そんな素振りを見せた覚えもないのだが、それだけ心配されているということだろう。なら、何か自分でやってみようと考えて、ひとつ思いついた。
部屋に帰ると、そこには南泉一文字が待っていた。
「御前、今から暇にゃ?」
これも『甘やかし』のひとつだろうかと思いながら「何か用か?」と返すと、南泉はあからさまに作った用事を口にする。
これも愛か、と納得して、しかし思いついたことをやりたくて逆に聞き返した。
「坊主、花は好きか?」
脈絡のない質問に慌てて南泉は答えた。
「き、嫌いじゃない…けど、揺れると……そわそわする…にゃ」
「そうか、なら誘えんな。今から福島のところに花を貰いに行くのだが。」
「なら、花瓶持ってくる、にゃ。」
「いや、花瓶じゃなくて水盤がいいな。」
大きさや色の希望を伝え、水盤は南泉にまかせることにして、福島のところに向かう。
福島光忠は本丸の敷地内にある洋館のテラスとその前の庭を主から任され、花園にしていた。花が欲しい者はそこに行って分けてもらうのが当たり前になっている。
足を踏み入れると、そこは顕現数ヶ月の彼が作ったとは思えないぐらい沢山の植物で埋め尽くされていた。勿論種や球根から育てたものばかりではなく、どこかで育っていたものを根ごと掘ってきて植え付けたものも沢山ある。本人は植物を育てるのはそれほど得意ではないと言っているが、桑名江の次と言っていいぐらいではないだろうか。
「ん?則宗さんじゃないか。俺の花たちに何か用かい?」
テラスの端で花の世話をしていた福島が、声を掛ける前に則宗に気付いて立ち上がった。
「邪魔してすまんな。実は花を二三分けて貰いたいのだが。」
福島はニッコリ笑って小首を傾げる。
「どのようなものがご入り用で?」
すっかり花屋が板に付いている。
「凜としたのがいいな。…色は青。」
「凜とした子かぁ…この子なんてどうだい?」
茎と葉がスラッと伸びて、その先端に華やかな花弁。イメージにぴったりだと即決した。その花を二本頼むと、則宗はふと空を見上げる。
その様子を見て福島も空を見上げ、「今宵は三日月」と呟くと則宗に向かって尋ねた。
「水盤かい?」
福島は含みのある笑顔を向けている。
やろうとしていることを既に知られていることに多少の羞恥は沸いたが、相手はキザな男だ。揶揄うようなことはしないだろう。
「ああ。」
「なら、一緒にこの子も生けてあげてよ。それと…」
福島は返事も聞かずに黄色いふわりとした花弁の花を一輪切って青い花と共に束ねた。そして少し移動すると、細かな花がついた茎の細いのを一本、一緒に差し出した。
「小さな花びらを水に浮かべるのも一興だと思うよ。気が向いたらやってみて。」
「わかった。ありがとうよ。」
「ふふ。誰かを想って生けてもらえるその子たちも、きっと幸せだと思うよ。」
「ふはは。愛だな。」
「だね。」
夕暮れの中、縁側で片膝を立てて花を生ける。内番服で行儀悪く。
このくらいがちょうどいい。
南泉はしばらく側で見ていたが、やはり花が揺れるとそわそわしてしまうらしく、降参して逃げていった。
「もうすぐ夕餉だから…席取っとくから、来てくれにゃ!」
了解の返事を返し、ゆっくりと花の位置を決めた。
夕餉も風呂も済ませた頃には、空の三日月は高い位置に上がっていた。
「ここではダメか…」
縁側に置いていた水盤を一旦踏み石に移し、それでもだめだと履き物を履いて庭に出た。
部屋から見えればそれがいいと思っていたが、あの高い位置の月は捕まらないだろう。
月と水盤と自分の落ち着く位置を考えて、場所を選ぶ。
結局、いい場所が見つからず、庭石の平らなところに落ち着いた。
「仕方ない。ここで眺めるとしよう。」
大きな庭石に水盤と並んで座る。見下ろせば生けた花の横にしっかり三日月が浮かんでいた。
「捕まえたぞ、三日月。」
「何を捕まえたのだ?」
後ろから声を掛けられて驚いて振り返ると、スーツ姿の彼がそこに立っていた。
恥ずかしさに身体が火照り、それを隠すためにふいっと視線を水盤に戻して、無言で指さす。
三日月は則宗の肩越しに覗き込んだ。
「ほお、中々良いな。」
「だろう?…捕まえたら…アンタが帰ってきた。」
甘えるように則宗がコツンと肩を預けた。
「寂しかったのか?」と三日月が抱きすくめる。
「たった一日だ。そんなわけ無いだろう?」
互いの体温が心地良い。
「わざわざ捕まえておいて、そんなことを。」
「皆が僕を甘やかすからだ。」
則宗の口調が楽しげなことに気付いて、三日月も笑みを漏らす。
「どういうことだ?」
「話せば長くなるが、聞く気はあるかい?」
「勿論だ。」
三日月は腕の中の愛しい相手の目尻に軽く接吻を施し、身体を離すと手を差し出した。
和服のときにもよくやる仕草だが、スーツ姿にもよく似合っている。
良い物を見た気分で、則宗はニパっと笑ってその手を取った。
fin.
