則清
想いの先
その日、加州は買い物に行った先で同位体に出会い、カフェに誘われた。
ほんの偶然、雑貨屋で同じ商品を手に取ろうとしただけの縁だったが、思いのほか打ち解け、誰にも言っていない胸の内を流れで口に出してしまった。
「まだってことは、そういう気持ちはあるんだ?」
相手は悪戯っぽく笑って言い当てた。
その同位体の本丸の一文字則宗が彼に執着しないのを不思議に思ったらしく、あれこれ一文字則宗という刀について質問を投げかけてきた。それに応じて答えていたら、ふいに「恋仲なのか」と聞かれて「まだそんな仲じゃない」と答えてしまったのだ。
自分でも分かるほど顔が赤くなり、どうしようかと困っていると、彼は謝って話題を変えた。
「ごめん。恋仲って言えばさ、他の本丸の話なんだけど…」
噂話は一文字則宗のことだった。
その個体もどうやら加州清光ではなく、他の刀に執心しているらしい。
目の前の同位体は気を遣って話題を変えたつもりだろうが、こちらにとっては逆に少し気落ちする内容だった。
帰り道、加州は足取りが重くなってトボトボと歩く。
「…大丈夫…うちのジジイは俺に執着してる…はず…」
そう口に出してから、違う、と思った。
執着してるのは、沖田総司だ。
だから、加州と相方の大和守にも同じようにちょっかいを出しに来る。
「…俺たちを通してあの人を見てるんだよな…」
泣きたい気分だと一文字則宗が言ったのは、何時だったか。
あれが自虐的な冗談なのか、本心なのか、未だに分からないでいる。
彼は己に付いた物語を、歪だと言って口角を上げた。あの笑みは、あの時の言葉は、彼の心のどの程度を表に出したものなのか。分からないまま、彼の執着に任せて軽口に応じている現状だ。
そのやり取りの全てが、自分ではなく沖田総司に向けての想いなら、この胸の内は隠しておくべきなのかもしれない。
「坊主、浮かない顔だな。」
玄関で靴を脱いでいると、彼が話しかけてきた。
「…別に…」
「なんだなんだ?お前さん、折角の休暇に重い荷物でも背負い込んできたのか?」
「うるさいよ、ジジイ…」
ひとりになりたくていつもの軽口で追い払おうとしたのに、トーンが暗くなってしまった。
則宗は小さく息を吐いて、手に持った扇子を自身の顎に当てる。
「そりゃ悪かったな。退散するとしよう。」
いつもならしつこく纏わり付くところを、あっさりと引き下がった。
加州はハッとしてその背中を追いたい衝動に駆られながら、今追い払ったのは自分だと足を止めた。
夕餉時、加州と大和守が向かい合って食べていると、そこに則宗がやってきた。
「坊主、隣いいかい?」
加州に向けて声が掛かったことに大和守はすぐに気付いたが、加州はエビの殻を剥くのに四苦八苦して気付かなかった。
「清光」
「なに。ちょっと今困ってんの見りゃ分かるだろ?」
相方に呼ばれたのを煩そうにしながら、加州は尚もエビと格闘している。
苦笑を向ける大和守に則宗はニッと笑って返し、構わず加州の隣に座った。
「どれ、貸してみろ。」
座ると同時に加州の格闘相手をつまみ上げる。
「あっ!…な、なんだよ、ジジイ。」
「爪紅が気になるのはわかるが、もう夕餉なんだから落ちたっていいだろうに。」
「う…うるさい…」
プイッと横を向いている間に、則宗がひとつ殻を剥いて加州の皿に戻した。そしてまたもうひとつ手に取る。
「いいよ!自分でやる!」
「気にするな。僕も綺麗なものは好きだからな。その爪はそのままにしておくといい。」
言われて加州は自分の爪をジッと見つめた。
「アンタはさあ…」
「なんだい?」
「アンタはいいよね、何もしなくても綺麗なんだから。」
「坊主だって何もしなくても可愛いぞ?」
「…俺は…努力して可愛くしてんの。そうじゃなきゃ…」
二つ目のエビを戻して次を持ち上げながら、則宗はわざとらしく溜息を吐いた。
「まったく、何があったか知らんが、随分とひねくれて帰ってきたじゃないか。」
「アンタがあの人の刀だったら…きっと一番大事にされてたよ。」
「そうかい。そいつは光栄だな。」
否定して欲しいわけではないが、そのまま言葉を受け入れられたことにまた気分が沈む。やはり沖田総司は則宗にとって特別な存在なのだろう、と。
則宗は加州の皿のエビを剥いてしまうと、自分の分に取りかかった。
「だが、いまさらそんなたらればを言ってどうなる。僕に対する嫌味かい?」
「!!…別に…そんなこと言ってない。」
「僕は現実に沖田総司の刀ではなかった。勿論、彼に愛されたこともない。その僕に、お前さんのそんな想像をどうしろと?」
返事に窮して加州は黙り込んだ。
箸も進まず視線を落としていると、則宗はまたエビをひとつ加州の皿に乗せる。
「…それ、アンタのだろ?」
「食え食え。若いもんが遠慮するな。」
前から大和守が箸を伸ばす素振りを見せた。
「清光がいらないなら、僕が貰っちゃおうかな~。」
うはは、と則宗は笑って、新しく剥いたエビを大和守に差し出した。
「喧嘩するなよ。お前さんにもひとつやろう。」
「え~?則宗さんの分が減っちゃうじゃん。」
「僕はさっき菓子を摘まんでしまったからな、腹が減ってないんだ。」
「いいの?貰っちゃうよ?」
「遠慮するなと言ったろう?」
わーい、と大和守が子供のように喜んで皿で受け取る。
「ありがとー、則宗さん。」
「どういたしまして。…ほら、加州の坊主も食えよ。いつまでもそうしていては汁物も冷めてしまうだろう?」
「う…ん、…ありがと…」
ボソッと礼を言って、加州も食べ始めた。
「どうしちゃったのさ、清光。ホントに出先で何かあったの?」
布団を敷きながら相方がそう尋ねると、加州は早々に敷き終えて布団に潜り込んだ。
「則宗さんも心配してたじゃない。相談してみたら?」
「出来るわけないだろ!?」
その返事で悩みの種が則宗絡みだと気付いて、大和守は「なるほどね」と呆れた声を出した。
「さっさと告っちゃえば?」
加州は驚いて起き上がる。
「な、な、何の話だよ!」
「僕が気付かないとでも思った?バレバレだよ。」
隠しているつもりだった。誰にも知られていないと思っていたのに。
「今どうか知らないけど、則宗さんだって気付くと思うよ。その前に告った方が良くない?」
「そんなこと!…無理だ…」
則宗が絡んでくるのは、自分たちが沖田総司の刀だからだ。それ以上の感情は無いはずだ。それなのに、告白なんて出来ようがない。きっと困らせることになるし、もしかしたらそのせいで距離を取られるかもしれない。
そんな胸の内を話すと、加州は自分の絶望を再確認してしまって涙が流れ落ちた。
「どんなに着飾っても、俺は俺でしかないじゃん…。あの人の求める姿にはなれない…」
「それはそう。」
あっけない返事に、泣き濡れたまま怒る。
「なんだよ!そんなこと言う!?バカ安定!」
「バカはそっちでしょ。なんでお前が沖田くんにならなくちゃいけないんだよ。則宗さんだってそんなこと望んでないよ。」
「そんなの分かんないだろ!?バカ!」
「分かるよ。あの人、僕たちのとこ来るときいつも楽しそうじゃん。そりゃ強くなれって言うけどさ、それは沖田くんになれって意味じゃないでしょ。僕たちへの執着って、沖田くんに起因するものじゃないと思うよ?」
「だって…あの人、愛されたがってたじゃん…沖田総司の刀になりたかったんでしょ。」
「そうは思わないけど、仮にそうだとしても、それと清光の気持ちは関係無いじゃん?沖田くんへの想いはあっても、それと清光との関係を混同したりはしないんじゃない?」
それより何より、と大和守は言った。
「自分の恋愛感情を諦める理由に、沖田くんを使わないでよ。」
加州は頬をぬらしたまま、大きく目を見開いた。
そうだ。誰よりも沖田総司に拘っているのはコイツだった。
「…ごめん…」
「清光は清光として、あの人と関わればいいと思う。…僕はこれ以上何も言えないから、告るなり諦めるなり好きにするといいよ。」
言って大和守は布団に入った。
加州は身体を起こしたまま、長く考え込んでいた。
「よう、坊主、機嫌は直ったかい?」
則宗の言葉に顔を顰めてみせると、彼はいつものように楽しげに笑い声を立てた。
「気晴らしに甘い物でも食べに出るか。奢るぞ?」
「え…じゃあ…行こうかな。」
ふたりで出掛ければ、気持ちを伝える機会もあるかもしれない。そう思って奢りにつられた風を装う。
「よし、じゃあ、大和守の坊主も誘っておいてくれ。あとでな。」
二人きりだと思っていたのに相方を誘うように言われてしまい、内心がっかりしながら「わかった」と了解の返事をした。
部屋に戻ってみたら大和守はそこにはいなかった。
出掛ける準備をしながらアレコレ考えて、くっと唇を結ぶ。
「…ゴメン、安定…今度奢る。」
相手のいない部屋にそう言い残して玄関に向かった。
「なんだ。もう一人は来ないのかい?」
「うん、約束があるって言ってたから誘わなかったんだ。」
嘘を吐くことに多少の罪悪感があって、ふいっと視線を外してブーツの紐を結ぶ。
さて、行こうという段になって、間が悪いことに大和守が通りかかった。
「あれ?ふたり、出掛けるの?いいなー。」
「ああ。お前さん何か用事があるんだろう?また今度な。」
則宗の返事に大和守が一瞬「え?」という顔を見せる。
「用事…」
用事なんてないよと言いかけたところで、則宗の死角から加州が「ゴメン」のジェスチャーをしていることに気が付いて、思いだしたように言った。
「あ、そうそう!うっかり忘れるところだった。じゃあねー。」
加州はホッと胸を撫で下ろして「ほら、行こうよ。」と則宗を急かす。
則宗は立ち去った大和守の背中と先に外に出た加州の背中を見比べるようにして、フフッと笑った。
加州は万屋街を歩きながら、あそこは何が安い、あそこは可愛いものが売られている、とまるで案内をするように次々話題を出した。しかししばらくするとネタが尽きる。
気まずい雰囲気を断ち切るように、則宗が脇道を示した。
「川沿いを歩かないか。今日は風が気持ちいい。」
則宗の誘いに、コクリと頷いて後に付いていく。
「坊主。」
「ん?」
「お前さん、嘘を吐いただろう。」
ドキリと胸が鳴り、立ち止まった。
「な…嘘なんて、…吐いてな…」
「大和守の坊主を誘わなかったのは、どうしてだい?」
言葉に詰まって「だ、だからあの…用事があるって…」と先程の話を出す。
「暇そうに見えたがなあ。」
則宗はそう言って、顔を背けている加州を覗き込んだ。そして数秒観察するように眺めるとニッと笑う。
「まあいいか。僕と二人で出掛けたかった、ということにしておこう。」
「そ、…」
そんなことはないと言いかけて、加州は思い留まる。
言うなら今だ。間違いなく。
そう思いはするものの、声が出ない。
「長椅子があるな、あそこで少し休むか。」
促されるまま椅子に座ると、則宗は少し間を開けて腰掛けた。
「気落ちした理由を聞かせてくれるかい。」
告白をしようかというところに別の問いかけが来たことで、加州は頭の整理が追いつかず、困ったような表情で「え?え?」と首を傾げてしまう。
それを見て則宗はきょとんと見返した。
「…その話をしたかったんじゃないのかい?相談に乗れればと思ったんだが…」
「あ、あの!さ…」
話を聞いてくれるのだとわかって、加州は慌てて相手の袖口を掴んだ。
「言いたいことが…あって…だから…聞いて…くれる?」
「ああ、もちろん。どうしたんだい。」
「…あ、…あの…」
息が苦しい。心臓が口から出そうだ。言葉なんて出せそうにない。どうしよう。早くしないと呆れて帰ってしまうかもしれない。
心の中で「どうしよう」と繰り返すばかりで唇はちっとも動かない。
焦りと不安に潰されそうになって、ぽろぽろと涙をこぼした。
「どうした…?そんなにツラいことがあったのか?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「ち、違…言いたい…ことが…」
「うん?…聞いているよ。」
「俺…」
うっと嗚咽を漏らしそうになりながら、袖口を掴む手に力を入れる。行かないでと言うように。
則宗はその手を見て、安心させようと少し身体を寄せる。
「ゆっくりでいい。今日言えないならまた今度でもいいんだぞ?」
また首を横に振った。
「言う…言う…から…」
それから数回、加州は「俺は」と言いかけては言い淀みを繰り返した。
涙は止めどなく流れる。
則宗は袖を掴んでいる加州の手をもう一方の手で掴んで離させると、そっと抱き寄せた。
「すまん。どうしていいか分からなくてな。」
「ごめ…ごめんね…俺…」
「気にするな。」
抱き寄せられて包まれてしまうと、ドキドキと高鳴った鼓動が少し治まった気がした。
相手の胸の辺りにグッと頬を押しつけるようにして、加州は言葉を絞り出した。
「俺…アンタのことが……好きだよ。アンタの…特別になりたい…」
言った途端、則宗の抱き寄せる手から力が抜けた気がした。それが離れたがっているのだと感じて、加州は慌てて身体を離す。
「ご…ごめん!忘れて!今のナシ!」
手で涙を拭って立ち上がろうとすると、今度は則宗がその手首を掴んだ。
「言い逃げかい?狡いぞ、坊主。」
「だ、だって、迷惑だろ?ゴメン、気にしないで。」
手首を掴まれたまま立ち上がって逃げ腰になっている加州を、則宗は引き寄せる。
「坊主、勝手に僕の気持ちを決めるんじゃない。」
「だから、気にしないでって。」
「誰が迷惑だっていったんだい?」
「え…?」
分からない様子の加州の腰に手を回し、自分のすぐ側に立たせると、則宗は立ち上がった。
「随分と泣かせてしまったな。もう、泣く必要は無いぞ?」
両頬に手を添えて、則宗は加州の瞼にキスを落とす。
「ジ…えっと…の、則宗さん?」
頬に残った涙を親指で拭って、則宗は言った。
「僕をお前さんの特別にしてくれるかい?」
パチクリと瞬きをする。今、何を言われたのだろう。思い人が、自分の特別な相手になりたいと、…そう言った気がする。
嘘嘘嘘。そんなことがあるわけが…。
加州は暫し呆然とし、それから相手の言葉を理解し始める。
たっぷり時間を掛けてその言葉を咀嚼してから、笑った。
「もうとっくになってるよ。」
「ところでさっき、ジジイと呼びそうになったろう。」
「ご、ごめん。」
fin.
その日、加州は買い物に行った先で同位体に出会い、カフェに誘われた。
ほんの偶然、雑貨屋で同じ商品を手に取ろうとしただけの縁だったが、思いのほか打ち解け、誰にも言っていない胸の内を流れで口に出してしまった。
「まだってことは、そういう気持ちはあるんだ?」
相手は悪戯っぽく笑って言い当てた。
その同位体の本丸の一文字則宗が彼に執着しないのを不思議に思ったらしく、あれこれ一文字則宗という刀について質問を投げかけてきた。それに応じて答えていたら、ふいに「恋仲なのか」と聞かれて「まだそんな仲じゃない」と答えてしまったのだ。
自分でも分かるほど顔が赤くなり、どうしようかと困っていると、彼は謝って話題を変えた。
「ごめん。恋仲って言えばさ、他の本丸の話なんだけど…」
噂話は一文字則宗のことだった。
その個体もどうやら加州清光ではなく、他の刀に執心しているらしい。
目の前の同位体は気を遣って話題を変えたつもりだろうが、こちらにとっては逆に少し気落ちする内容だった。
帰り道、加州は足取りが重くなってトボトボと歩く。
「…大丈夫…うちのジジイは俺に執着してる…はず…」
そう口に出してから、違う、と思った。
執着してるのは、沖田総司だ。
だから、加州と相方の大和守にも同じようにちょっかいを出しに来る。
「…俺たちを通してあの人を見てるんだよな…」
泣きたい気分だと一文字則宗が言ったのは、何時だったか。
あれが自虐的な冗談なのか、本心なのか、未だに分からないでいる。
彼は己に付いた物語を、歪だと言って口角を上げた。あの笑みは、あの時の言葉は、彼の心のどの程度を表に出したものなのか。分からないまま、彼の執着に任せて軽口に応じている現状だ。
そのやり取りの全てが、自分ではなく沖田総司に向けての想いなら、この胸の内は隠しておくべきなのかもしれない。
「坊主、浮かない顔だな。」
玄関で靴を脱いでいると、彼が話しかけてきた。
「…別に…」
「なんだなんだ?お前さん、折角の休暇に重い荷物でも背負い込んできたのか?」
「うるさいよ、ジジイ…」
ひとりになりたくていつもの軽口で追い払おうとしたのに、トーンが暗くなってしまった。
則宗は小さく息を吐いて、手に持った扇子を自身の顎に当てる。
「そりゃ悪かったな。退散するとしよう。」
いつもならしつこく纏わり付くところを、あっさりと引き下がった。
加州はハッとしてその背中を追いたい衝動に駆られながら、今追い払ったのは自分だと足を止めた。
夕餉時、加州と大和守が向かい合って食べていると、そこに則宗がやってきた。
「坊主、隣いいかい?」
加州に向けて声が掛かったことに大和守はすぐに気付いたが、加州はエビの殻を剥くのに四苦八苦して気付かなかった。
「清光」
「なに。ちょっと今困ってんの見りゃ分かるだろ?」
相方に呼ばれたのを煩そうにしながら、加州は尚もエビと格闘している。
苦笑を向ける大和守に則宗はニッと笑って返し、構わず加州の隣に座った。
「どれ、貸してみろ。」
座ると同時に加州の格闘相手をつまみ上げる。
「あっ!…な、なんだよ、ジジイ。」
「爪紅が気になるのはわかるが、もう夕餉なんだから落ちたっていいだろうに。」
「う…うるさい…」
プイッと横を向いている間に、則宗がひとつ殻を剥いて加州の皿に戻した。そしてまたもうひとつ手に取る。
「いいよ!自分でやる!」
「気にするな。僕も綺麗なものは好きだからな。その爪はそのままにしておくといい。」
言われて加州は自分の爪をジッと見つめた。
「アンタはさあ…」
「なんだい?」
「アンタはいいよね、何もしなくても綺麗なんだから。」
「坊主だって何もしなくても可愛いぞ?」
「…俺は…努力して可愛くしてんの。そうじゃなきゃ…」
二つ目のエビを戻して次を持ち上げながら、則宗はわざとらしく溜息を吐いた。
「まったく、何があったか知らんが、随分とひねくれて帰ってきたじゃないか。」
「アンタがあの人の刀だったら…きっと一番大事にされてたよ。」
「そうかい。そいつは光栄だな。」
否定して欲しいわけではないが、そのまま言葉を受け入れられたことにまた気分が沈む。やはり沖田総司は則宗にとって特別な存在なのだろう、と。
則宗は加州の皿のエビを剥いてしまうと、自分の分に取りかかった。
「だが、いまさらそんなたらればを言ってどうなる。僕に対する嫌味かい?」
「!!…別に…そんなこと言ってない。」
「僕は現実に沖田総司の刀ではなかった。勿論、彼に愛されたこともない。その僕に、お前さんのそんな想像をどうしろと?」
返事に窮して加州は黙り込んだ。
箸も進まず視線を落としていると、則宗はまたエビをひとつ加州の皿に乗せる。
「…それ、アンタのだろ?」
「食え食え。若いもんが遠慮するな。」
前から大和守が箸を伸ばす素振りを見せた。
「清光がいらないなら、僕が貰っちゃおうかな~。」
うはは、と則宗は笑って、新しく剥いたエビを大和守に差し出した。
「喧嘩するなよ。お前さんにもひとつやろう。」
「え~?則宗さんの分が減っちゃうじゃん。」
「僕はさっき菓子を摘まんでしまったからな、腹が減ってないんだ。」
「いいの?貰っちゃうよ?」
「遠慮するなと言ったろう?」
わーい、と大和守が子供のように喜んで皿で受け取る。
「ありがとー、則宗さん。」
「どういたしまして。…ほら、加州の坊主も食えよ。いつまでもそうしていては汁物も冷めてしまうだろう?」
「う…ん、…ありがと…」
ボソッと礼を言って、加州も食べ始めた。
「どうしちゃったのさ、清光。ホントに出先で何かあったの?」
布団を敷きながら相方がそう尋ねると、加州は早々に敷き終えて布団に潜り込んだ。
「則宗さんも心配してたじゃない。相談してみたら?」
「出来るわけないだろ!?」
その返事で悩みの種が則宗絡みだと気付いて、大和守は「なるほどね」と呆れた声を出した。
「さっさと告っちゃえば?」
加州は驚いて起き上がる。
「な、な、何の話だよ!」
「僕が気付かないとでも思った?バレバレだよ。」
隠しているつもりだった。誰にも知られていないと思っていたのに。
「今どうか知らないけど、則宗さんだって気付くと思うよ。その前に告った方が良くない?」
「そんなこと!…無理だ…」
則宗が絡んでくるのは、自分たちが沖田総司の刀だからだ。それ以上の感情は無いはずだ。それなのに、告白なんて出来ようがない。きっと困らせることになるし、もしかしたらそのせいで距離を取られるかもしれない。
そんな胸の内を話すと、加州は自分の絶望を再確認してしまって涙が流れ落ちた。
「どんなに着飾っても、俺は俺でしかないじゃん…。あの人の求める姿にはなれない…」
「それはそう。」
あっけない返事に、泣き濡れたまま怒る。
「なんだよ!そんなこと言う!?バカ安定!」
「バカはそっちでしょ。なんでお前が沖田くんにならなくちゃいけないんだよ。則宗さんだってそんなこと望んでないよ。」
「そんなの分かんないだろ!?バカ!」
「分かるよ。あの人、僕たちのとこ来るときいつも楽しそうじゃん。そりゃ強くなれって言うけどさ、それは沖田くんになれって意味じゃないでしょ。僕たちへの執着って、沖田くんに起因するものじゃないと思うよ?」
「だって…あの人、愛されたがってたじゃん…沖田総司の刀になりたかったんでしょ。」
「そうは思わないけど、仮にそうだとしても、それと清光の気持ちは関係無いじゃん?沖田くんへの想いはあっても、それと清光との関係を混同したりはしないんじゃない?」
それより何より、と大和守は言った。
「自分の恋愛感情を諦める理由に、沖田くんを使わないでよ。」
加州は頬をぬらしたまま、大きく目を見開いた。
そうだ。誰よりも沖田総司に拘っているのはコイツだった。
「…ごめん…」
「清光は清光として、あの人と関わればいいと思う。…僕はこれ以上何も言えないから、告るなり諦めるなり好きにするといいよ。」
言って大和守は布団に入った。
加州は身体を起こしたまま、長く考え込んでいた。
「よう、坊主、機嫌は直ったかい?」
則宗の言葉に顔を顰めてみせると、彼はいつものように楽しげに笑い声を立てた。
「気晴らしに甘い物でも食べに出るか。奢るぞ?」
「え…じゃあ…行こうかな。」
ふたりで出掛ければ、気持ちを伝える機会もあるかもしれない。そう思って奢りにつられた風を装う。
「よし、じゃあ、大和守の坊主も誘っておいてくれ。あとでな。」
二人きりだと思っていたのに相方を誘うように言われてしまい、内心がっかりしながら「わかった」と了解の返事をした。
部屋に戻ってみたら大和守はそこにはいなかった。
出掛ける準備をしながらアレコレ考えて、くっと唇を結ぶ。
「…ゴメン、安定…今度奢る。」
相手のいない部屋にそう言い残して玄関に向かった。
「なんだ。もう一人は来ないのかい?」
「うん、約束があるって言ってたから誘わなかったんだ。」
嘘を吐くことに多少の罪悪感があって、ふいっと視線を外してブーツの紐を結ぶ。
さて、行こうという段になって、間が悪いことに大和守が通りかかった。
「あれ?ふたり、出掛けるの?いいなー。」
「ああ。お前さん何か用事があるんだろう?また今度な。」
則宗の返事に大和守が一瞬「え?」という顔を見せる。
「用事…」
用事なんてないよと言いかけたところで、則宗の死角から加州が「ゴメン」のジェスチャーをしていることに気が付いて、思いだしたように言った。
「あ、そうそう!うっかり忘れるところだった。じゃあねー。」
加州はホッと胸を撫で下ろして「ほら、行こうよ。」と則宗を急かす。
則宗は立ち去った大和守の背中と先に外に出た加州の背中を見比べるようにして、フフッと笑った。
加州は万屋街を歩きながら、あそこは何が安い、あそこは可愛いものが売られている、とまるで案内をするように次々話題を出した。しかししばらくするとネタが尽きる。
気まずい雰囲気を断ち切るように、則宗が脇道を示した。
「川沿いを歩かないか。今日は風が気持ちいい。」
則宗の誘いに、コクリと頷いて後に付いていく。
「坊主。」
「ん?」
「お前さん、嘘を吐いただろう。」
ドキリと胸が鳴り、立ち止まった。
「な…嘘なんて、…吐いてな…」
「大和守の坊主を誘わなかったのは、どうしてだい?」
言葉に詰まって「だ、だからあの…用事があるって…」と先程の話を出す。
「暇そうに見えたがなあ。」
則宗はそう言って、顔を背けている加州を覗き込んだ。そして数秒観察するように眺めるとニッと笑う。
「まあいいか。僕と二人で出掛けたかった、ということにしておこう。」
「そ、…」
そんなことはないと言いかけて、加州は思い留まる。
言うなら今だ。間違いなく。
そう思いはするものの、声が出ない。
「長椅子があるな、あそこで少し休むか。」
促されるまま椅子に座ると、則宗は少し間を開けて腰掛けた。
「気落ちした理由を聞かせてくれるかい。」
告白をしようかというところに別の問いかけが来たことで、加州は頭の整理が追いつかず、困ったような表情で「え?え?」と首を傾げてしまう。
それを見て則宗はきょとんと見返した。
「…その話をしたかったんじゃないのかい?相談に乗れればと思ったんだが…」
「あ、あの!さ…」
話を聞いてくれるのだとわかって、加州は慌てて相手の袖口を掴んだ。
「言いたいことが…あって…だから…聞いて…くれる?」
「ああ、もちろん。どうしたんだい。」
「…あ、…あの…」
息が苦しい。心臓が口から出そうだ。言葉なんて出せそうにない。どうしよう。早くしないと呆れて帰ってしまうかもしれない。
心の中で「どうしよう」と繰り返すばかりで唇はちっとも動かない。
焦りと不安に潰されそうになって、ぽろぽろと涙をこぼした。
「どうした…?そんなにツラいことがあったのか?」
ぶんぶんと首を横に振る。
「ち、違…言いたい…ことが…」
「うん?…聞いているよ。」
「俺…」
うっと嗚咽を漏らしそうになりながら、袖口を掴む手に力を入れる。行かないでと言うように。
則宗はその手を見て、安心させようと少し身体を寄せる。
「ゆっくりでいい。今日言えないならまた今度でもいいんだぞ?」
また首を横に振った。
「言う…言う…から…」
それから数回、加州は「俺は」と言いかけては言い淀みを繰り返した。
涙は止めどなく流れる。
則宗は袖を掴んでいる加州の手をもう一方の手で掴んで離させると、そっと抱き寄せた。
「すまん。どうしていいか分からなくてな。」
「ごめ…ごめんね…俺…」
「気にするな。」
抱き寄せられて包まれてしまうと、ドキドキと高鳴った鼓動が少し治まった気がした。
相手の胸の辺りにグッと頬を押しつけるようにして、加州は言葉を絞り出した。
「俺…アンタのことが……好きだよ。アンタの…特別になりたい…」
言った途端、則宗の抱き寄せる手から力が抜けた気がした。それが離れたがっているのだと感じて、加州は慌てて身体を離す。
「ご…ごめん!忘れて!今のナシ!」
手で涙を拭って立ち上がろうとすると、今度は則宗がその手首を掴んだ。
「言い逃げかい?狡いぞ、坊主。」
「だ、だって、迷惑だろ?ゴメン、気にしないで。」
手首を掴まれたまま立ち上がって逃げ腰になっている加州を、則宗は引き寄せる。
「坊主、勝手に僕の気持ちを決めるんじゃない。」
「だから、気にしないでって。」
「誰が迷惑だっていったんだい?」
「え…?」
分からない様子の加州の腰に手を回し、自分のすぐ側に立たせると、則宗は立ち上がった。
「随分と泣かせてしまったな。もう、泣く必要は無いぞ?」
両頬に手を添えて、則宗は加州の瞼にキスを落とす。
「ジ…えっと…の、則宗さん?」
頬に残った涙を親指で拭って、則宗は言った。
「僕をお前さんの特別にしてくれるかい?」
パチクリと瞬きをする。今、何を言われたのだろう。思い人が、自分の特別な相手になりたいと、…そう言った気がする。
嘘嘘嘘。そんなことがあるわけが…。
加州は暫し呆然とし、それから相手の言葉を理解し始める。
たっぷり時間を掛けてその言葉を咀嚼してから、笑った。
「もうとっくになってるよ。」
「ところでさっき、ジジイと呼びそうになったろう。」
「ご、ごめん。」
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