弊本丸の日常
悪癖
近侍の仕事に一区切りついて、ふと甘味が欲しくなった三日月は厨に顔を出した。
いつも誰かしらがいる厨がシンと静まりかえっている。昼餉の片付けも済み、次の作業まで少し時間が空いたのだろう。もしかしたら急な買い出しで連れ立って出かけたのかもしれない。
「誰もおらぬとなると…まあ、適当に何か摘まむとするか。」
菓子が入っていそうな場所を物色するものの、今日は何故か煎餅やらあられやら塩気のものばかりだ。甘い物を求めてあちこち探し、冷蔵庫のドアを開ける。
すると目の高さにプリンらしきものを見つけた。その側面には山姥切という文字が見える。
「お。良いものがあるではないか。」
山姥切国広の怒った顔を思い出して、ふふっと小さく笑うとそれを手に取った。
フタをぺらんとめくり、早速スプーンで掬って口に入れると、ふわっと幸せな甘みが口に広がる。
「おお、これはなかなか。」
今まで食べたプリンの中で一番と言っても過言ではない。一体どこで買ったのだろう、と先程めくったフタに視線をやるが、それは透明なもので何も書いてなかった。
それならと側面を見て、山姥切と書いてある反対側を見るためにくるっと回して愕然とする。
「…これは…参った…」
山姥切の続きに書かれていたのは『長義』の文字だった。
山姥切長義は比較的新しい仲間で、三日月はまだあまり打ち解けていない。共に仕事をすることもあるが、軽口を言えるような間柄では無いのだ。加えて、彼は少々気難しいところがある。
三日月は、うーんと唸って思案した。
「…まあ、食べてしまったものは仕方ない…」
これは食べることにして、正面から謝ろう。本当のところを言えば同じものを買ってきたいところだが、どこで買ったのかが分からないではどうしようもない。謝って、詫びに買いに出ると言えば店を教えてくれるだろう。
そう考えて、残りもしっかり堪能した。
ドタドタと足音を立てながら長義は山姥切国広を捜し回る。そして見つけた途端詰め寄った。
「偽物くん!お前、俺に言うことがあるだろう!」
山姥切国広はキョトンとしている。
「…どうかしたのか?」
何も分からないといった風に返されて、長義は更にいきり立った。
「とぼけるな!俺のプリンを食べただろう!」
「いや、食べていないが。」
「お前以外にあり得ないんだよ!山姥切と書いておいたんだからな!もちろん長義まで書いたが、それを間違うのは他にいないだろう!?」
食べた、食べてないの応酬が続く。
だいたい、と長義は内心で歯噛みした。この本丸の山姥切国広は、彼が顕現したときには既に修行を済ませており、初対面から臆することなく見返してきた。偽物と呼んでもどこ吹く風だ。だから突っかかるのも馬鹿馬鹿しく、早々に冷戦状態になっていた。その上のこの蛮行を、許せるわけがないのだ。
「あくまでもとぼけるつもりか。わかった。こうなったらお前が盗み食いをしたことを主に報告ののち、対策を講じることにするよ。覚悟をしておくといい。」
「まて、長義、本当に食べていないんだ。」
山姥切国広の制止を聞かずに立ち去ろうとすると、長義を止めるように小夜左文字が立っていた。どうやら二人のやり取りを聞いていたようだ。
「あの…山姥切長義、やま…えっと、まんばちゃんさんはそんな嘘を吐かないと思います。」
愛称の『まんばちゃん』に『さん』を付けたのを聞いて、山姥切国広が「さんは要らないぞ?」と言うと、小夜左文字はモジモジしながら「じゃあ、まんばちゃんで…」と言い直す。
長義は大きく溜息を吐いて見せた。
「偽物くん贔屓のキミはそう思うかも知れないけれどね、状況的に他に間違える者がいないだろう?」
「ひとり、心当たりがあります。」
「は?…他に、山姥切はいない筈だが。」
「三日月さんです。」
今度は長義がキョトンとする番だった。
近侍の三日月はなんでもそつなくこなすタイプで、あまりドジやうっかりミスをするところが想像できない。それより何より…。
「俺は、自分の名前を書いて、それがしっかり見えるような場所に置いたんだよ。彼がその文字を見て間違うわけがないだろう?」
「だからですよ。」
小夜左文字のその返事の意味も分からないでいると、山姥切国広の方は「なるほど」と納得している。
「…訳が分からないんだが…説明しろ、偽物くん。」
ひとり疎外感を味わうことになった長義が、そのイライラを山姥切国広に向けると、二人は代わる代わる説明を始めた。
「つまり、俺のプリンを偽物くんのものだと勘違いをしたということだな?」
「十中八九。」
三日月が悪戯に人の菓子を食べると知らされて、長義は顔を顰めた。たまに事務仕事を手伝うことがあるが、多少面倒臭がりなところはあっても、それなりに出来た御仁だと認識していた。
苦言を伝えるつもりはあるものの、どう言おうか少々悩む。日頃の薄い関係性からして怒ってみせるのもどうかと思うが、かといって淡々と苦情を言ったところで反省を促すのは難しそうだ。
そんな思考を知ってか知らずか、もうひとりの山姥切が「長義」と声を掛けた。
「ああ、悪かったよ。偽物くんを疑って。」
てっきり文句を言われると思ってそう返すと、相手は首を横に振った。
「構わない。それより、三日月をとっちめに行くぞ。アイツは絞めないと何度でもやるからな。」
山姥切国広は既に二回被害に遭っている。今度こそ反省させなくては、といったところだ。
長義は写しの彼に世話を焼かれることに少しの抵抗を感じながら、共に行くことを了承した。
三日月は長義の顔を見ると、待っていたというような空気を出して迎え入れた。
「山姥切長義、こちらから出向こうと思っていたのだが、おぬしがどこにいるか見当が付かなくてな。」
「その口ぶりは、こちらの用件を分かっているようだ。」
長義の言葉に三日月は目を伏せて小さく頷く。そしてプリンを食べてしまったことを話した。
が、言葉の端々に「気付かなかった」「うっかり」というようなニュアンスが入っている。あくまでも小さな失敗として終わらせたいようである。
三日月の話を聞きながら、山姥切国広が長義に視線を送る。「詰めろ」と言われているのだと察して、三日月の言葉を遮った。
「三日月宗近、あなたは名前が書いてあったことに気付いていたはずだ。なぜなら、俺は文字が見えやすいように気遣って置き場所を選んだのだから。」
「いや、それがな、」
三日月が言うことには。
「奥のものを探ろうと一旦手前のものを出したのだが、特に食べて良さそうなものが見当たらなくてな、仕方なく全てを片付けようとしたところで、上から見たものだから名前が書いてないと思い込んでしまったのだ。」
国広の方は「またそんな言い訳を」と信じていないが、長義は考え込んでしまった。
「長義、口から出任せだ。信じるなよ。」
「…だが、あり得なくはないだろう?確証もなく決めつけるのはどうかと思わないのか、偽物くん。」
先刻は山姥切国広が犯人だと決めてかかっていたのに、そんなことを言う。
国広は文句を飲み込んで、一拍おくと「お前が納得するならまあ…」と黙った。
そんな二人をよそに、三日月はニコニコと話を続ける。
「それで、詫びに買ってこようと思っているのだが、店の場所やら細かいことを教えてもらえるか、長義よ。」
「ああ、それなら…」と言いかけて、長義はまた思案する。
その店は賑やかな都会の一際人通りが多い場所にあった。慣れないものが行けば、迷うこともある。それに出遅れると周りの人に押しのけられて注文すら出来ないなんてことにもなりかねない。
「…あなたがあの人混みの人気店で無事に目的のものを買って帰ってこられると思えない。金を出してくれれば自分で買いに行ってくる。」
「おお、そうか。やはり人気の店の商品だったのだな。どうりで美味いわけだ。実は俺も気に入ってしまってな。余分に五つほど買ってきてくれぬか。勿論、金は出すぞ。」
「あ…ああ、わかった。」
釈然としないまま引き受けてしまい、その場をあとにしてから後悔する。
これはもしかして、今後何度もおつかいを頼まれるのではないか。
どうしてこうなったかと考えると、三日月は認めてはいないが、そもそも偽物くんのものと間違われて食べられたわけだから原因は偽物くんじゃないか。
そう思ったら長義は隣を歩く山姥切国広を睨み付けていた。
「おい、偽物くん。明日は付き合って貰う。空けておけよ。」
「どうして俺が。」
「お前と三日月の戯れに巻き込まれたんだ。次から三日月にプリンが欲しいと言われたらお前が買いに行くべきだろう?だから場所を覚えておけ。」
「戯れているわけじゃない。俺も被害者だと言ったろう。」
山姥切国広は反論したが長義は聞く耳を持たず、結局二人で連れ立って行くことになった。
プリンを買って帰ると、三日月は嬉しそうな笑みを浮かべて受け取った。
「手間を取らせたな、山姥切長義。」
「いや。…だが、これっきりにしてもらいたい。」
「あっはっは。これっきりか。わかった、気を付けよう。」
反省の色が見えないことに、長義も、そして共に来ていた山姥切国広も顔を顰める。
堪えきれず国広が口を出した。
「本当に分かっているのか。二度と人の菓子に手を付けるな、と言っているんだ。」
三日月は袖口で緩んだ口元を隠しながら返事をする。
「ああ、分かっているぞ。次からは山姥切と書かれているものはきちんと確認してから食べることにしよう。」
「ああ、きちんと確認…いや、ちょっと待て!」
「では、ぷりんを三条で分けるのでな、これで失礼する。」
くるっと向きを変えた三日月を止めるべく肩を掴む。
「ちょっと待て!違うだろ!山姥切と書いてあるものを食おうとするな!」
「あっはっは、気を付ける気を付ける。」
「三日月!」
三日月が構わず歩こうとするため、山姥切国広は引きずられそうに後を追う。
その後ろから長義が不機嫌に言った。
「偽物くん、次に俺を巻き込んだら、お前に責任を取ってもらう。いいな。」
ぎょっとして振り向くと、長義は立ち去ろうとしている。
「いや、おかしいだろう!?…待て!長義!悪いのは三日月で!三日月!アンタも待て!」
二人が逆方向に歩いて行くため、山姥切国広はどちらを追うべきか迷って足を止めてしまった。
笑って去って行く三日月を諫めるのは至難の業だと諦めて、長義を追いかける。
「長義!待て!待ってくれ!」
プリンを食べながらフフッと笑う三日月を見て、今剣が「どうしたんです?たのしそうですねぇ。」と首を傾げた。
「ああ、存外面白い展開になったと思ってな。」
小狐丸が呆れた溜息を吐く。
「おこぼれを貰っておいてなんですが、三日月、悪戯も程々にしないと痛い目を見ますよ。」
「あっはっは。そうだな。気を付ける。」
本当に分かっているのだろうかと三条の面々は苦笑した。
「それにしてもこのプリンは美味いな。」と岩融。今剣もコクコクと頷きながらまたひと匙掬って口に入れた。
「だろう?しかし、店を教えて貰えなんだのでな、食べたくば山姥切に頼むしかない。」
「それはまた難儀だねえ。」
そう返した石切丸もおいしいプリンに舌鼓を打っていた。
「山姥切長義も的認定されましたか。可哀想に。」
ことの顛末を伝え聞いて、宗三左文字が半ば笑って言った。
「彼は気付いてないと思いますが、今後狙われるのは必至ですね。」
「三日月にも困ったものです。諍いにならぬことを祈るばかり…」
左文字の兄弟は山姥切長義から貰ったプリンを囲んで、彼の今後を哀れんでいた。
fin.
近侍の仕事に一区切りついて、ふと甘味が欲しくなった三日月は厨に顔を出した。
いつも誰かしらがいる厨がシンと静まりかえっている。昼餉の片付けも済み、次の作業まで少し時間が空いたのだろう。もしかしたら急な買い出しで連れ立って出かけたのかもしれない。
「誰もおらぬとなると…まあ、適当に何か摘まむとするか。」
菓子が入っていそうな場所を物色するものの、今日は何故か煎餅やらあられやら塩気のものばかりだ。甘い物を求めてあちこち探し、冷蔵庫のドアを開ける。
すると目の高さにプリンらしきものを見つけた。その側面には山姥切という文字が見える。
「お。良いものがあるではないか。」
山姥切国広の怒った顔を思い出して、ふふっと小さく笑うとそれを手に取った。
フタをぺらんとめくり、早速スプーンで掬って口に入れると、ふわっと幸せな甘みが口に広がる。
「おお、これはなかなか。」
今まで食べたプリンの中で一番と言っても過言ではない。一体どこで買ったのだろう、と先程めくったフタに視線をやるが、それは透明なもので何も書いてなかった。
それならと側面を見て、山姥切と書いてある反対側を見るためにくるっと回して愕然とする。
「…これは…参った…」
山姥切の続きに書かれていたのは『長義』の文字だった。
山姥切長義は比較的新しい仲間で、三日月はまだあまり打ち解けていない。共に仕事をすることもあるが、軽口を言えるような間柄では無いのだ。加えて、彼は少々気難しいところがある。
三日月は、うーんと唸って思案した。
「…まあ、食べてしまったものは仕方ない…」
これは食べることにして、正面から謝ろう。本当のところを言えば同じものを買ってきたいところだが、どこで買ったのかが分からないではどうしようもない。謝って、詫びに買いに出ると言えば店を教えてくれるだろう。
そう考えて、残りもしっかり堪能した。
ドタドタと足音を立てながら長義は山姥切国広を捜し回る。そして見つけた途端詰め寄った。
「偽物くん!お前、俺に言うことがあるだろう!」
山姥切国広はキョトンとしている。
「…どうかしたのか?」
何も分からないといった風に返されて、長義は更にいきり立った。
「とぼけるな!俺のプリンを食べただろう!」
「いや、食べていないが。」
「お前以外にあり得ないんだよ!山姥切と書いておいたんだからな!もちろん長義まで書いたが、それを間違うのは他にいないだろう!?」
食べた、食べてないの応酬が続く。
だいたい、と長義は内心で歯噛みした。この本丸の山姥切国広は、彼が顕現したときには既に修行を済ませており、初対面から臆することなく見返してきた。偽物と呼んでもどこ吹く風だ。だから突っかかるのも馬鹿馬鹿しく、早々に冷戦状態になっていた。その上のこの蛮行を、許せるわけがないのだ。
「あくまでもとぼけるつもりか。わかった。こうなったらお前が盗み食いをしたことを主に報告ののち、対策を講じることにするよ。覚悟をしておくといい。」
「まて、長義、本当に食べていないんだ。」
山姥切国広の制止を聞かずに立ち去ろうとすると、長義を止めるように小夜左文字が立っていた。どうやら二人のやり取りを聞いていたようだ。
「あの…山姥切長義、やま…えっと、まんばちゃんさんはそんな嘘を吐かないと思います。」
愛称の『まんばちゃん』に『さん』を付けたのを聞いて、山姥切国広が「さんは要らないぞ?」と言うと、小夜左文字はモジモジしながら「じゃあ、まんばちゃんで…」と言い直す。
長義は大きく溜息を吐いて見せた。
「偽物くん贔屓のキミはそう思うかも知れないけれどね、状況的に他に間違える者がいないだろう?」
「ひとり、心当たりがあります。」
「は?…他に、山姥切はいない筈だが。」
「三日月さんです。」
今度は長義がキョトンとする番だった。
近侍の三日月はなんでもそつなくこなすタイプで、あまりドジやうっかりミスをするところが想像できない。それより何より…。
「俺は、自分の名前を書いて、それがしっかり見えるような場所に置いたんだよ。彼がその文字を見て間違うわけがないだろう?」
「だからですよ。」
小夜左文字のその返事の意味も分からないでいると、山姥切国広の方は「なるほど」と納得している。
「…訳が分からないんだが…説明しろ、偽物くん。」
ひとり疎外感を味わうことになった長義が、そのイライラを山姥切国広に向けると、二人は代わる代わる説明を始めた。
「つまり、俺のプリンを偽物くんのものだと勘違いをしたということだな?」
「十中八九。」
三日月が悪戯に人の菓子を食べると知らされて、長義は顔を顰めた。たまに事務仕事を手伝うことがあるが、多少面倒臭がりなところはあっても、それなりに出来た御仁だと認識していた。
苦言を伝えるつもりはあるものの、どう言おうか少々悩む。日頃の薄い関係性からして怒ってみせるのもどうかと思うが、かといって淡々と苦情を言ったところで反省を促すのは難しそうだ。
そんな思考を知ってか知らずか、もうひとりの山姥切が「長義」と声を掛けた。
「ああ、悪かったよ。偽物くんを疑って。」
てっきり文句を言われると思ってそう返すと、相手は首を横に振った。
「構わない。それより、三日月をとっちめに行くぞ。アイツは絞めないと何度でもやるからな。」
山姥切国広は既に二回被害に遭っている。今度こそ反省させなくては、といったところだ。
長義は写しの彼に世話を焼かれることに少しの抵抗を感じながら、共に行くことを了承した。
三日月は長義の顔を見ると、待っていたというような空気を出して迎え入れた。
「山姥切長義、こちらから出向こうと思っていたのだが、おぬしがどこにいるか見当が付かなくてな。」
「その口ぶりは、こちらの用件を分かっているようだ。」
長義の言葉に三日月は目を伏せて小さく頷く。そしてプリンを食べてしまったことを話した。
が、言葉の端々に「気付かなかった」「うっかり」というようなニュアンスが入っている。あくまでも小さな失敗として終わらせたいようである。
三日月の話を聞きながら、山姥切国広が長義に視線を送る。「詰めろ」と言われているのだと察して、三日月の言葉を遮った。
「三日月宗近、あなたは名前が書いてあったことに気付いていたはずだ。なぜなら、俺は文字が見えやすいように気遣って置き場所を選んだのだから。」
「いや、それがな、」
三日月が言うことには。
「奥のものを探ろうと一旦手前のものを出したのだが、特に食べて良さそうなものが見当たらなくてな、仕方なく全てを片付けようとしたところで、上から見たものだから名前が書いてないと思い込んでしまったのだ。」
国広の方は「またそんな言い訳を」と信じていないが、長義は考え込んでしまった。
「長義、口から出任せだ。信じるなよ。」
「…だが、あり得なくはないだろう?確証もなく決めつけるのはどうかと思わないのか、偽物くん。」
先刻は山姥切国広が犯人だと決めてかかっていたのに、そんなことを言う。
国広は文句を飲み込んで、一拍おくと「お前が納得するならまあ…」と黙った。
そんな二人をよそに、三日月はニコニコと話を続ける。
「それで、詫びに買ってこようと思っているのだが、店の場所やら細かいことを教えてもらえるか、長義よ。」
「ああ、それなら…」と言いかけて、長義はまた思案する。
その店は賑やかな都会の一際人通りが多い場所にあった。慣れないものが行けば、迷うこともある。それに出遅れると周りの人に押しのけられて注文すら出来ないなんてことにもなりかねない。
「…あなたがあの人混みの人気店で無事に目的のものを買って帰ってこられると思えない。金を出してくれれば自分で買いに行ってくる。」
「おお、そうか。やはり人気の店の商品だったのだな。どうりで美味いわけだ。実は俺も気に入ってしまってな。余分に五つほど買ってきてくれぬか。勿論、金は出すぞ。」
「あ…ああ、わかった。」
釈然としないまま引き受けてしまい、その場をあとにしてから後悔する。
これはもしかして、今後何度もおつかいを頼まれるのではないか。
どうしてこうなったかと考えると、三日月は認めてはいないが、そもそも偽物くんのものと間違われて食べられたわけだから原因は偽物くんじゃないか。
そう思ったら長義は隣を歩く山姥切国広を睨み付けていた。
「おい、偽物くん。明日は付き合って貰う。空けておけよ。」
「どうして俺が。」
「お前と三日月の戯れに巻き込まれたんだ。次から三日月にプリンが欲しいと言われたらお前が買いに行くべきだろう?だから場所を覚えておけ。」
「戯れているわけじゃない。俺も被害者だと言ったろう。」
山姥切国広は反論したが長義は聞く耳を持たず、結局二人で連れ立って行くことになった。
プリンを買って帰ると、三日月は嬉しそうな笑みを浮かべて受け取った。
「手間を取らせたな、山姥切長義。」
「いや。…だが、これっきりにしてもらいたい。」
「あっはっは。これっきりか。わかった、気を付けよう。」
反省の色が見えないことに、長義も、そして共に来ていた山姥切国広も顔を顰める。
堪えきれず国広が口を出した。
「本当に分かっているのか。二度と人の菓子に手を付けるな、と言っているんだ。」
三日月は袖口で緩んだ口元を隠しながら返事をする。
「ああ、分かっているぞ。次からは山姥切と書かれているものはきちんと確認してから食べることにしよう。」
「ああ、きちんと確認…いや、ちょっと待て!」
「では、ぷりんを三条で分けるのでな、これで失礼する。」
くるっと向きを変えた三日月を止めるべく肩を掴む。
「ちょっと待て!違うだろ!山姥切と書いてあるものを食おうとするな!」
「あっはっは、気を付ける気を付ける。」
「三日月!」
三日月が構わず歩こうとするため、山姥切国広は引きずられそうに後を追う。
その後ろから長義が不機嫌に言った。
「偽物くん、次に俺を巻き込んだら、お前に責任を取ってもらう。いいな。」
ぎょっとして振り向くと、長義は立ち去ろうとしている。
「いや、おかしいだろう!?…待て!長義!悪いのは三日月で!三日月!アンタも待て!」
二人が逆方向に歩いて行くため、山姥切国広はどちらを追うべきか迷って足を止めてしまった。
笑って去って行く三日月を諫めるのは至難の業だと諦めて、長義を追いかける。
「長義!待て!待ってくれ!」
プリンを食べながらフフッと笑う三日月を見て、今剣が「どうしたんです?たのしそうですねぇ。」と首を傾げた。
「ああ、存外面白い展開になったと思ってな。」
小狐丸が呆れた溜息を吐く。
「おこぼれを貰っておいてなんですが、三日月、悪戯も程々にしないと痛い目を見ますよ。」
「あっはっは。そうだな。気を付ける。」
本当に分かっているのだろうかと三条の面々は苦笑した。
「それにしてもこのプリンは美味いな。」と岩融。今剣もコクコクと頷きながらまたひと匙掬って口に入れた。
「だろう?しかし、店を教えて貰えなんだのでな、食べたくば山姥切に頼むしかない。」
「それはまた難儀だねえ。」
そう返した石切丸もおいしいプリンに舌鼓を打っていた。
「山姥切長義も的認定されましたか。可哀想に。」
ことの顛末を伝え聞いて、宗三左文字が半ば笑って言った。
「彼は気付いてないと思いますが、今後狙われるのは必至ですね。」
「三日月にも困ったものです。諍いにならぬことを祈るばかり…」
左文字の兄弟は山姥切長義から貰ったプリンを囲んで、彼の今後を哀れんでいた。
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