みかのり短編
チョコをひとつ
帰還した三日月に呼ばれて則宗が玄関に顔を出すと、呼んだ当人は履物を脱がずに待っていた。
「お疲れさん。また出陣かい?」
「ああ。当分は出突っ張りだ。」
このところ、政府の訓練場での催しに全部隊が出ている。達成報酬を得るために日に何度も出陣を繰り返していた。
労いを言って呼ばれた理由を尋ねてみれば、買い物に出て欲しいという。
「お安いご用だが、何が要るんだ?」
「皆が話していたのだが、ばれんたいんとかいう菓子の祭りがあるらしくてな、街で菓子が沢山売られているのだそうだ。」
「その菓子を買ってくればいいのかい?」
「ああ。美味そうなのを見繕っていくつか買ってきてくれ。」
「わかった。折角だから色々見てくるとしよう。」
姫鶴を誘って二人で街に出る。祭りというだけあって、菓子を売っている店舗はイベントらしく飾り付けがされていた。
「菓子の祭りだと聞いたんだが…チョコばかりだな…」
「んー…チョコの祭りなんじゃね?」
姫鶴はバレンタインの本当の内容を教えるべきか考えながら、まあ知らなかったことにしておこうと適当なことを答える。わざわざ教えるまでもなく、その辺の垂れ幕やら幟やらで気付くかもしれないのだから。
いくつか店を見て回ると、案の定『感謝を込めて』だの『大切なあの人に』だのとそれらしい言葉がいくつも並んでいる。
「…どうやらプレゼントするのが一般的らしい。」
「かもね。でも自分で食べちゃいけないわけじゃないし…あ、ほら、あれ。」
姫鶴が指さした先には『頑張ってる自分へのご褒美』と書かれていた。
「頑張っていると言えば、今部隊に組まれている皆に土産を買っていきたいところだな。」
「そだね。」
則宗が三日月に頼まれた分だけでなく他の仲間の分も買おうとあれこれ見比べて吟味に時間を掛けている間、姫鶴は少し退屈になって辺りをフラフラ見て回っていた。
「ごぜーん、ちょっちいい?」
近くをぐるっと回って帰ってきた姫鶴が、則宗を呼ぶ。
まだ決めかねていた則宗は、買うのは後回しにして呼ばれるまま付いていった。
すると行った先には体験コーナーと書かれた部屋があり、看板にチョコ作りの教室の説明があった。『手作りで想いを伝えよう』と添えられている。
「時間あるっしょ?一緒にやろ?」
「ふむふむ…チョコを溶かして型に入れるだけか。まあやってみるのも楽しいかもしれんな。」
二人が入っていくと参加しているのが子供ばかりだったため、姫鶴が「大人でもい?」とスタッフに尋ねた。「はい、ぜひどうぞ」という和やかな返事にホッとする。
則宗が型を選んでいると、姫鶴が横から覗き込んだ。
「みかちにあげるよね?」
「まあ、…そうだな。折角だし。」
「じゃあ、これにすれば?」
差し出されたのはハートの形の大きな型だった。
「バレンタインの定番の形らしいよ?この大きさなら割りやすい薄さになるだろうし、二人で分けて食べれば?」
姫鶴の言に、そういえば店にもハート型のものがあったと思い出す。
「ふむ、それもいいな。お前さんはどうするんだい?」
「ごっちんとー、けんけんとー、ごことー、南くんにもあげよっかな。だから小さい型のをいくつか作るつもり。…ま、店でも買うんだけど。」
スタッフの指導の下、滞りなく型に流し込むところまで済み、固まるのを待つ間に一旦買い物に出た。
二人で皆が喜びそうなものを選りすぐって、あれこれと購入すると結構な量になってしまった。
「やれやれ、思ったより疲れたな。」
「ん。でも頑張って。最後の飾り付けが残ってるから、戻ろ。」
戻ってみると、固まったチョコに飾り付けをするための小さな菓子のパーツやチョコレートのペンなどが準備されていた。
それを眺めて則宗が困っていると、姫鶴が見本を指さす。
「ね、これ書けば?直線多いし、書きやすいんじゃね?」
「ん?横文字か…なんて書いてあるんだい?」
「んー、確か…感謝の気持ちを伝える言葉だったような?おしゃれに見えるし、いいと思うなー。」
ふむ、と納得して則宗はそれを書くことにした。
姫鶴はフフッと静かに笑い、離れて自分のチョコの飾り付けを始める。
則宗が書こうとしているのは「I LOVE YOU」という文字だった。
「よし、こんなものだろう。」
則宗が見本通りに文字を書き終えたところに、同じくチョコ作り体験に参加していた小さな姉妹が近付いてきた。
「おにーさん、じょうずだねえ。」
「ホントだー。」
そうかい?という則宗の返事に、小さい方の少女が愛らしく首を傾げる。
「すきなひとにあげるの?」
一瞬返事に戸惑っていると、隣の少女が「あたりまえじゃん」と横入りした。
「だって、あいらーびゅってかいてあるんだから。」
「お嬢ちゃん、読めるのかい?凄いね。」
彼女は得意げに答える。
「えいごならってるの。」
「意味も知っているかい?」
そこで慌てたように妹の方が口を出す。
「だいすきっていみだよ!」
「だいすきっていうか、あいしてるっていみだよね!」
妹に張り合うように姉がそう同意を求めたが、則宗は驚いて固まっていた。
二人がキョトンとして則宗を見上げる。
「おにーさん、いみしらないでかいてたの?」
「お、…おう…」
心の中で姫鶴に文句を言いながら、なんとか笑顔を保って返事をした。
少女は則宗のチョコを指さして説明する。
「これが『わたし』これが『あなた』これが『あいしてる』だよ?ちゃんとすきなひとにあげないと、ゴカイされちゃうからね。」
「そ、そうか。教えてくれてありがとうよ。」
渡す相手は三日月なのだから問題は無いが、姫鶴に嵌められたのが少々悔しい。文句を言おうと姫鶴の方を見ると、先にラッピングを終えた彼はもう帰り支度をしていた。
則宗も急いで終わらせて、側に寄って小声で咎める。
「お前さん、知ってたろう?」
「ん。ま、ね。」
隠そうともせずそう答えた姫鶴の口元は微かに緩んでいた。
則宗たちが帰ったのはもう夕食時だった。
姫鶴は「じゃ、御前。みかちと仲良くね。」と言って去って行く。「余計なお世話だ。」と返して、則宗は「まったく…」と複雑な表情で呟いた。
皆への土産は厨に預け、食事と風呂を済ませて三日月との相部屋に戻れば、相方は寝る支度をしているところだ。
「もう寝てしまうのかい?」
声を掛けると三日月はふわりと笑う。
「まさか。おぬしを待つのに飽いてしまっただけだ。美味そうな菓子は見つかったか?」
「ああ。ほら。」
小さな手提げを差し出し、手作りチョコだけは自分の手元に置く。
「ん?それは別なのか?」
「ん…ああ。…これは僕からアンタへの贈り物だ。」
贈り物と言いながら渡そうとしないのを見て、三日月は不思議そうに首を傾げた。
「…どうした?」
「…その…バレンタインというのはチョコを贈る日らしくてな、それはもう祭りのように沢山の店が並んでいたんだが、自分で作ることが出来る場所があったんで姫鶴と一緒にやってきたんだ。」
「ほう?つまりそれは、菊が作った菓子ということだな?」
溶かして型に流し込んだだけの工程を、「菓子を作った」と言っていいのか疑問に思いながら「一応」と答える。
「だから、その…、受け取ってくれるかい?」
「ああ、勿論だ。」
三日月は先程受け取った手提げを座卓に置いて手を空けた。
それでも何故かすんなりとは渡さない則宗の様子にまた首を傾げる。
「何やら遠慮がちに見えるのだが…どうかしたのか?」
「…その…」
書いてしまった文字をどう説明しようかと考えあぐねている。二人の関係からすれば全く問題の無い言葉だが、自分はそんな文言だと知らずに書いたものだ。揶揄われてしまうかもしれない。
「型に流し込んだだけの簡単なものだから、味はその辺のチョコと変わりない。一緒に食べるつもりで大きく作ったんだ。」
則宗はそう言って、三日月の腹に押しつけるようにして渡した。
「そうかそうか。開けてみて良いか?」
「お…おう…」
目を逸らせている相手をチラッと見てから、三日月は包みを開ける。
「綺麗にできているではないか。割るのが勿体ないぐらいだ。…横文字が書いてあるが、これも菊が書いたのか?」
「あ、ああ。チョコペンというのがあってな、見本を見ながらその通りに書いてみた。それなりに書けているだろう?」
「ああ。これは何と書いてあるのだ?」
一瞬返事に詰まってから、ボソッと答える。
「…何だったか…ありがとう、だったかな。」
三日月は則宗の目が泳いでいるのに気が付いて、じっと見た。
「菊…嘘を言っているな?」
「え…いや、…そんなことは…」
三日月の目が更にじぃーっと見つめると、則宗は観念して口を開いた。
「…その…姫鶴に騙されたんだ。アヤツが感謝の言葉だと言うからそのつもりで書いたんだが…」
「姫鶴が?それは珍しいな。」
彼は普段落ち着いた風で悪戯を仕掛けるようなタイプではない。加えて則宗のことを大切に思っているはずだから尚更である。
三日月の気が姫鶴の方に逸れたことにホッとして、則宗はこの日会った姉妹のことを話し出した。
「なるほど、その子供たちに教えて貰ったのか。」
「そうなんだ。姫鶴のやつに嘘だったのかと問い詰めたらシレっと認めおった。まったく困ったヤツだ。」
あっはっは、と笑って三日月はまた尋ねる。
「で、本当はどういう意味なのだ?」
うっと言葉に詰まる則宗。
「菊。」
三日月の圧に負けて、「子供たちが言うには…」と聞いたままを答えた。
「…どうしてそれを隠したがるのだ。…騙されて書いたから本心ではない、と?」
少し機嫌を損ねたような顔で三日月が言ったことに、則宗は慌てて返す。
「いや!違うぞ?その…騙されて書いたことが恥ずかしかっただけで…その…内容が間違っているわけではなくて…だな…」
「ん?」と覗き込むようにしながら、三日月は則宗を抱き寄せた。
「間違っていないということは、こう思っている、ということだな?」
座卓の上にあるハートの文言を指さす。
則宗は頬を染めながら頷いた。
「では、読んでくれるか?」
「よ、読むのかい?…何だったかな…」
あの子は何と言っていただろう。一度しか聞いていないからハッキリとは思い出せない。
しばらく考えて少女の言葉を真似る。
「えーっと…『アーラービュー』とかなんとか…」
「ふむ。なかなか良い響きだな。もう一度頼む。」
「もう一回かい?…あ…あーらーびゅ…」
抱き寄せる三日月の腕はしっかりと腰に回されていて、顔が触れそうなほど近付いている。隣からほんの少し見上げる形で、真正面ではないのが救いだ。面と向かって言えと言われたら真っ赤に染まってしまいそうだ、と則宗は思っていた。
「…もう一度。」
「…うろ覚えだから、合ってるか分からんぞ?」
「よいよい。他に聞く者もおらぬし、それにな…」
そこで一拍間を置いた三日月の目を覗き込む。
「それに?」
するとその目は優しく細められた。
三日月の空いた手が則宗の頬を捉える。
「その唇から紡がれる音は、なんであれ甘美に聞こえるぞ?」
そう言った唇は、相手の唇を数秒しっかりと塞いだ。
離れ際にペロッと舐める。
「さ、もう一度だ。」
fin.
帰還した三日月に呼ばれて則宗が玄関に顔を出すと、呼んだ当人は履物を脱がずに待っていた。
「お疲れさん。また出陣かい?」
「ああ。当分は出突っ張りだ。」
このところ、政府の訓練場での催しに全部隊が出ている。達成報酬を得るために日に何度も出陣を繰り返していた。
労いを言って呼ばれた理由を尋ねてみれば、買い物に出て欲しいという。
「お安いご用だが、何が要るんだ?」
「皆が話していたのだが、ばれんたいんとかいう菓子の祭りがあるらしくてな、街で菓子が沢山売られているのだそうだ。」
「その菓子を買ってくればいいのかい?」
「ああ。美味そうなのを見繕っていくつか買ってきてくれ。」
「わかった。折角だから色々見てくるとしよう。」
姫鶴を誘って二人で街に出る。祭りというだけあって、菓子を売っている店舗はイベントらしく飾り付けがされていた。
「菓子の祭りだと聞いたんだが…チョコばかりだな…」
「んー…チョコの祭りなんじゃね?」
姫鶴はバレンタインの本当の内容を教えるべきか考えながら、まあ知らなかったことにしておこうと適当なことを答える。わざわざ教えるまでもなく、その辺の垂れ幕やら幟やらで気付くかもしれないのだから。
いくつか店を見て回ると、案の定『感謝を込めて』だの『大切なあの人に』だのとそれらしい言葉がいくつも並んでいる。
「…どうやらプレゼントするのが一般的らしい。」
「かもね。でも自分で食べちゃいけないわけじゃないし…あ、ほら、あれ。」
姫鶴が指さした先には『頑張ってる自分へのご褒美』と書かれていた。
「頑張っていると言えば、今部隊に組まれている皆に土産を買っていきたいところだな。」
「そだね。」
則宗が三日月に頼まれた分だけでなく他の仲間の分も買おうとあれこれ見比べて吟味に時間を掛けている間、姫鶴は少し退屈になって辺りをフラフラ見て回っていた。
「ごぜーん、ちょっちいい?」
近くをぐるっと回って帰ってきた姫鶴が、則宗を呼ぶ。
まだ決めかねていた則宗は、買うのは後回しにして呼ばれるまま付いていった。
すると行った先には体験コーナーと書かれた部屋があり、看板にチョコ作りの教室の説明があった。『手作りで想いを伝えよう』と添えられている。
「時間あるっしょ?一緒にやろ?」
「ふむふむ…チョコを溶かして型に入れるだけか。まあやってみるのも楽しいかもしれんな。」
二人が入っていくと参加しているのが子供ばかりだったため、姫鶴が「大人でもい?」とスタッフに尋ねた。「はい、ぜひどうぞ」という和やかな返事にホッとする。
則宗が型を選んでいると、姫鶴が横から覗き込んだ。
「みかちにあげるよね?」
「まあ、…そうだな。折角だし。」
「じゃあ、これにすれば?」
差し出されたのはハートの形の大きな型だった。
「バレンタインの定番の形らしいよ?この大きさなら割りやすい薄さになるだろうし、二人で分けて食べれば?」
姫鶴の言に、そういえば店にもハート型のものがあったと思い出す。
「ふむ、それもいいな。お前さんはどうするんだい?」
「ごっちんとー、けんけんとー、ごことー、南くんにもあげよっかな。だから小さい型のをいくつか作るつもり。…ま、店でも買うんだけど。」
スタッフの指導の下、滞りなく型に流し込むところまで済み、固まるのを待つ間に一旦買い物に出た。
二人で皆が喜びそうなものを選りすぐって、あれこれと購入すると結構な量になってしまった。
「やれやれ、思ったより疲れたな。」
「ん。でも頑張って。最後の飾り付けが残ってるから、戻ろ。」
戻ってみると、固まったチョコに飾り付けをするための小さな菓子のパーツやチョコレートのペンなどが準備されていた。
それを眺めて則宗が困っていると、姫鶴が見本を指さす。
「ね、これ書けば?直線多いし、書きやすいんじゃね?」
「ん?横文字か…なんて書いてあるんだい?」
「んー、確か…感謝の気持ちを伝える言葉だったような?おしゃれに見えるし、いいと思うなー。」
ふむ、と納得して則宗はそれを書くことにした。
姫鶴はフフッと静かに笑い、離れて自分のチョコの飾り付けを始める。
則宗が書こうとしているのは「I LOVE YOU」という文字だった。
「よし、こんなものだろう。」
則宗が見本通りに文字を書き終えたところに、同じくチョコ作り体験に参加していた小さな姉妹が近付いてきた。
「おにーさん、じょうずだねえ。」
「ホントだー。」
そうかい?という則宗の返事に、小さい方の少女が愛らしく首を傾げる。
「すきなひとにあげるの?」
一瞬返事に戸惑っていると、隣の少女が「あたりまえじゃん」と横入りした。
「だって、あいらーびゅってかいてあるんだから。」
「お嬢ちゃん、読めるのかい?凄いね。」
彼女は得意げに答える。
「えいごならってるの。」
「意味も知っているかい?」
そこで慌てたように妹の方が口を出す。
「だいすきっていみだよ!」
「だいすきっていうか、あいしてるっていみだよね!」
妹に張り合うように姉がそう同意を求めたが、則宗は驚いて固まっていた。
二人がキョトンとして則宗を見上げる。
「おにーさん、いみしらないでかいてたの?」
「お、…おう…」
心の中で姫鶴に文句を言いながら、なんとか笑顔を保って返事をした。
少女は則宗のチョコを指さして説明する。
「これが『わたし』これが『あなた』これが『あいしてる』だよ?ちゃんとすきなひとにあげないと、ゴカイされちゃうからね。」
「そ、そうか。教えてくれてありがとうよ。」
渡す相手は三日月なのだから問題は無いが、姫鶴に嵌められたのが少々悔しい。文句を言おうと姫鶴の方を見ると、先にラッピングを終えた彼はもう帰り支度をしていた。
則宗も急いで終わらせて、側に寄って小声で咎める。
「お前さん、知ってたろう?」
「ん。ま、ね。」
隠そうともせずそう答えた姫鶴の口元は微かに緩んでいた。
則宗たちが帰ったのはもう夕食時だった。
姫鶴は「じゃ、御前。みかちと仲良くね。」と言って去って行く。「余計なお世話だ。」と返して、則宗は「まったく…」と複雑な表情で呟いた。
皆への土産は厨に預け、食事と風呂を済ませて三日月との相部屋に戻れば、相方は寝る支度をしているところだ。
「もう寝てしまうのかい?」
声を掛けると三日月はふわりと笑う。
「まさか。おぬしを待つのに飽いてしまっただけだ。美味そうな菓子は見つかったか?」
「ああ。ほら。」
小さな手提げを差し出し、手作りチョコだけは自分の手元に置く。
「ん?それは別なのか?」
「ん…ああ。…これは僕からアンタへの贈り物だ。」
贈り物と言いながら渡そうとしないのを見て、三日月は不思議そうに首を傾げた。
「…どうした?」
「…その…バレンタインというのはチョコを贈る日らしくてな、それはもう祭りのように沢山の店が並んでいたんだが、自分で作ることが出来る場所があったんで姫鶴と一緒にやってきたんだ。」
「ほう?つまりそれは、菊が作った菓子ということだな?」
溶かして型に流し込んだだけの工程を、「菓子を作った」と言っていいのか疑問に思いながら「一応」と答える。
「だから、その…、受け取ってくれるかい?」
「ああ、勿論だ。」
三日月は先程受け取った手提げを座卓に置いて手を空けた。
それでも何故かすんなりとは渡さない則宗の様子にまた首を傾げる。
「何やら遠慮がちに見えるのだが…どうかしたのか?」
「…その…」
書いてしまった文字をどう説明しようかと考えあぐねている。二人の関係からすれば全く問題の無い言葉だが、自分はそんな文言だと知らずに書いたものだ。揶揄われてしまうかもしれない。
「型に流し込んだだけの簡単なものだから、味はその辺のチョコと変わりない。一緒に食べるつもりで大きく作ったんだ。」
則宗はそう言って、三日月の腹に押しつけるようにして渡した。
「そうかそうか。開けてみて良いか?」
「お…おう…」
目を逸らせている相手をチラッと見てから、三日月は包みを開ける。
「綺麗にできているではないか。割るのが勿体ないぐらいだ。…横文字が書いてあるが、これも菊が書いたのか?」
「あ、ああ。チョコペンというのがあってな、見本を見ながらその通りに書いてみた。それなりに書けているだろう?」
「ああ。これは何と書いてあるのだ?」
一瞬返事に詰まってから、ボソッと答える。
「…何だったか…ありがとう、だったかな。」
三日月は則宗の目が泳いでいるのに気が付いて、じっと見た。
「菊…嘘を言っているな?」
「え…いや、…そんなことは…」
三日月の目が更にじぃーっと見つめると、則宗は観念して口を開いた。
「…その…姫鶴に騙されたんだ。アヤツが感謝の言葉だと言うからそのつもりで書いたんだが…」
「姫鶴が?それは珍しいな。」
彼は普段落ち着いた風で悪戯を仕掛けるようなタイプではない。加えて則宗のことを大切に思っているはずだから尚更である。
三日月の気が姫鶴の方に逸れたことにホッとして、則宗はこの日会った姉妹のことを話し出した。
「なるほど、その子供たちに教えて貰ったのか。」
「そうなんだ。姫鶴のやつに嘘だったのかと問い詰めたらシレっと認めおった。まったく困ったヤツだ。」
あっはっは、と笑って三日月はまた尋ねる。
「で、本当はどういう意味なのだ?」
うっと言葉に詰まる則宗。
「菊。」
三日月の圧に負けて、「子供たちが言うには…」と聞いたままを答えた。
「…どうしてそれを隠したがるのだ。…騙されて書いたから本心ではない、と?」
少し機嫌を損ねたような顔で三日月が言ったことに、則宗は慌てて返す。
「いや!違うぞ?その…騙されて書いたことが恥ずかしかっただけで…その…内容が間違っているわけではなくて…だな…」
「ん?」と覗き込むようにしながら、三日月は則宗を抱き寄せた。
「間違っていないということは、こう思っている、ということだな?」
座卓の上にあるハートの文言を指さす。
則宗は頬を染めながら頷いた。
「では、読んでくれるか?」
「よ、読むのかい?…何だったかな…」
あの子は何と言っていただろう。一度しか聞いていないからハッキリとは思い出せない。
しばらく考えて少女の言葉を真似る。
「えーっと…『アーラービュー』とかなんとか…」
「ふむ。なかなか良い響きだな。もう一度頼む。」
「もう一回かい?…あ…あーらーびゅ…」
抱き寄せる三日月の腕はしっかりと腰に回されていて、顔が触れそうなほど近付いている。隣からほんの少し見上げる形で、真正面ではないのが救いだ。面と向かって言えと言われたら真っ赤に染まってしまいそうだ、と則宗は思っていた。
「…もう一度。」
「…うろ覚えだから、合ってるか分からんぞ?」
「よいよい。他に聞く者もおらぬし、それにな…」
そこで一拍間を置いた三日月の目を覗き込む。
「それに?」
するとその目は優しく細められた。
三日月の空いた手が則宗の頬を捉える。
「その唇から紡がれる音は、なんであれ甘美に聞こえるぞ?」
そう言った唇は、相手の唇を数秒しっかりと塞いだ。
離れ際にペロッと舐める。
「さ、もう一度だ。」
fin.